第二十三章 13

 窓近くに置かれている観葉植物の葉が、ざわざわと動き出す。二号が『オーガニック・トラップ』を発動させる構えを見せている。

 激しい機械音と共に、防弾ガラスの窓をドリルが削っていく。


「この前は斧。今回はドリルにゃー」


 七号が呑気に呟く。


「ぐへへへ、まずはあたしに任せなよ。飛び込んできた瞬間に、上手に首を胴から切り離してやんよ」


 楽しそうに笑う二号。

 ドリルで穴を開けられた箇所に、ハンマーが振るわれる。一気に割れたりはしないが、確実に穴が開いていく。


「二号の力では難しそうだな!」


 ハンマーを振るう人物を見て、美香は判断した。全身をほぼ隙間無くボディプレートで覆っており、銃弾も通じそうに無い武装をしていた。だからこそ、堂々と時間をかけて防弾ガラスの窓を割っているのだとも言える。


「裏通りでは、ああいう装備は珍しいのでしょう?」

「ああ! しかし全くいないわけでもない! ゴリ押しタイプの戦闘者なら、まず徹底して身を守る手段を備える! いろいろとデメリットもあるがな!」


 尋ねる十三号に、美香が答えた時、ようやく人が通れるくらいの穴が開いて、フル装備の刺客がゆっくりと中に入ってくる。


 頭部もフルフェイスのヘルメットですっぽりと包み、顔はわからない。背は高く、横幅のあるがっちりとした体型の持ち主だ。

 観葉植物の葉が刃と化して伸び、ボディプレートで全身を包んだ刺客に襲いかかったが、その装甲を切断することはできなかった。


「うへえ、何ですか、こいつは。堅え~」


 自分の能力が全く通じないほどの厚い装甲に、舌を巻く二号。


 男の両手にはハンマーが握られている。まさかこれで攻撃してくるのかと、美香は思わず笑ってしまう。


「中々珍しいタイプじゃないか! 武骨な重戦車といったところか!」


 称賛も多少入った美香の叫びに、刺客は何の反応も無く、ハンマーを振り上げて突っ込んできた。


「デカいのに速えっ!」

「直線的な勢いだけだ! 敏捷性に優れているとは言わん!」


 さらに舌を巻く二号に、ハンマーの一撃を軽やかにかわした美香が余裕を持って叫ぶ。


(しかし腕の立つ刺客なのは間違いない! 今の淀みの無い動きは、熟練したものを感じる!)


 相手の力量をある程度見抜くものの、いくらなんでも単身で殴りこみをかけるのは無謀ではないかと考える。


(他に仲間がいるのか!? それとも爆弾抱えて特攻か!? いや、後者は流石に無いと思うが!)


 仲間がいるとしたら、この重装甲の刺客が粘っていて、気を抜いた頃に不意打ちをかけてくるかもしれないと、美香は警戒しておく。


「こいつはどうじゃあっ!」


 二号が吠え、亜空間から死体で作ったオーガニック・トラップを呼び出す。直径1メートル近くはあろうかという、ぶよぶよした赤い塊が四つ出現し、宙を舞って四方から刺客へと襲いかかる。


 回避することがかなわず、それらは全て刺客に命中する。塊は刺客に当たった瞬間、液状になって弾け、無数の糸を引いて刺客の体にまとわりつく。それらは机や床にも張り付いて、刺客をその場に繋ぎ止めた。

 血を粘着状にして、相手の動きを封じる目的で作られた、オーガニック・トラップである。


 動きの封じられた刺客に、美香が間接部分を狙って撃つが、やはり間接部分も銃弾は通さない。


「おいおい……」


 二号が目を剥いた。粘着血液を浴びたまま、刺客は動き出した。床をひっぺがし、机を破壊しながら、美香めがけて突進していく。


(パワーは認めざるをえんな!)


 振り回されるハンマーを、余裕を持ってかわしつつ、さらに称賛する美香。


「七号! 十三号! あれをやるぞ!」

「わかりました」

「いちかばちかにゃー」


 美香の叫びに応じるクローン二名。


「うんめいー、それはー、ここぞという時のー」

 歌いだす十三号。


「殺って殺るにゃっ!」


 刺客に向けて、殺意を膨らませる七号。同時に七号の目の前に、幾条もの紫電が現れ、不規則に踊るようにスパークしだす。


「偶然の悪戯!」


 運命操作術を発動させる美香。それとほぼ同時に、紫電が全て刺客めがけて放たれ、一斉に降り注いだ。


 本来、感情任せ運任せで制御の難しい七号の能力を、美香の運命操作術で安定させる。それと同時に十三号の歌による増幅効果で、初級運命操作術『偶然の悪戯』の成功率を上げる。この三人がかりのコンビネーションが、見事にハマった。


 刺客が崩れ落ちる。厚い装甲も、高電圧高電流は防げなかったようだ。


「ピンクジャージ!」


 扉が開き、全身ピンクのスーツに身を包んだ十一号が飛び込んできて、ポーズと共に名乗りをあげる。


「もう終わったっつーの」


 床に転がる重装甲の刺客を親指で指し、呆れ声をあげる二号。


「十一号! 腹の調子はどうだ!?」

「まだダメみたいっ」


 美香に問われ、十一号は答えるなり背を向け、駆け足でトイレへと戻っていった。


***


 美香の事務所が襲撃されたのと同じ時刻。グリムペニス日本支部ビルのとある一室。


 グリムペニス日本支部支部長フレデリック・勝浦は、引っくり返されたソファーの陰から、震えながら、床に転がる五つの死体を見やり、嘔吐しそうになった。

 死体のうち三つは銃殺されており、一つは頭部を破壊され、一つは腹部がひしゃげて口から大量の血を吐き出して果てている。


「これも裏通りの仕業だとでもいうのかね? ルシフェリン・ダストを支援する邪魔な私を殺しにきたと?」


 デスクの前で椅子に腰かけたままのヴァンダムが、床に転がる死体を見下ろし、呆れきった口調で言う。


「ここまで忍び込んでくるのは大したもんじゃない?」


 カウガール姿の太ましい体型の白人女性が、銃を腰のホルスターに収めながら言った。海チワワの幹部、キャサリン・クリスタルである。


「私を殺そうというのだから、それなりの腕の者でないとな。しかし……あの連中は実に見境無く、後先のことも考えないようだな」


 ルシフェリン・ダストの甲府だけではなく、もう一人の別な人物も、ヴァンダムは思い浮かべていた。


「サラ・デーモンの方にも向かったのかしら」


 ヴァンダムが襲われたからには、その可能性もあると考えるキャサリンであったが、ヴァンダムは両手を軽く広げて首を横に振る。


「今メールで確認したが、あちらは大丈夫なようだ。まあ、予想通りだが」


 自分と義久と美香を襲撃することは、予想できていた。そしてサラを襲わぬことも、予想的中していた。


「大使館の中まで刺客を放って大使を殺害など、いくらなんでも大胆すぎるしな。ガードも固いし無理がある」


 顔に浴びた返り血をハンカチで拭いながらそう言ったのは、キャサリンの腹違いの弟、ロッド・クリスタルである。


「そういう意味で言ったのではない」


 ロッドの至極常識的な発想に、微笑をこぼして、再びかぶりを振るヴァンダム。


「サラ・デーモンが死ぬ事態が一番大ごとだし、万が一を考えて向こうにもボディーガードを割く?」


 キャサリンの確認に、ヴァンダムはさらに続けて首を横に振り続ける。


「その必要も無い。確証があるわけではないが、裏で糸を引いているのは他ならぬサラ・デーモンだと私は見ている」


 ヴァンダムの言葉に、キャサリンとロッドと勝浦の三人は驚いた。


「大月が死んだ時に、彼女の会話がどことなくわざとらしく感じた。疑いすぎかもしれんと私も思ったが、甲府を交えての会話は、さらにわざとらしい。甲府がこう言っていた。いかにもアメリカらしいやり方だ、と。私も実はその意見に同感だったが、とぼけて、一面だけ見るなと言って否定してやったよ」


 その時のやりとりを思い出しながら、ヴァンダムは肩をすくめる。


「甲府はともかく、サラの方に確証は無い。半分以上は勘のようなものだが、サラが自陣営の者を殺して裏通りの仕業に見せかけるマッチポンプを考え、甲府とも繋がっていると見た。そして怪しまれまいと、私の側に立って、私の前で甲府を批難した。あれも実にわざとらしく見えた。そもそも彼女は何の根拠があって、最初から私を信用したような口ぶりで接していたのだ? 私が先にそのように接したからか? 答えは私の信用を得て油断を誘うため――と私は考えるね」


 室内にいる三人と話すというより、別の誰かに問いかけるかのように、ヴァンダムは喋り続ける。


「私の推測が正しければ、サラはいざとなったら甲府も人身御供にするだろう。甲府はそれも承知したうえなのかな? ま、これも全て確証が無い。私の勘。私の妄想に過ぎん話だがね」


 独り言のようにひとしきり喋ると、ヴァンダムは椅子に深くもたれかかり、微笑をこぼした

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