第二十二章 25

「ハシビロ魔眼!」


 怜奈のヘルムの目が光る。しかし亜希子は、怜奈と白金太郎との戦闘を目の当たりにし、この能力の正体を何となく察していたため、目を瞑って見ないようにしてやり過ごす。


 亜希子が目を閉じたその瞬間を狙って、攻撃を仕掛ける怜奈。手刀が亜希子の喉めがけて放たれる。

 だが亜希子はまるでそれも読みきっていたかのように、目を閉じたまま上体をかがめ、怜奈の攻撃をかわす。


 まだ手にした妖刀『火衣』の力を用いてはいない。なるべく妖刀の力に頼らず戦わないと、いつまで経っても強くならないと、火衣に諭されたがため、力の使用は最小限に――瞬間的に留めることにする。もちろん相当な強敵と対峙したら、全開でいかなければならないだろうが。

 力を出し惜しみして負けて殺されたのでは話にならないが、殺し合いさえも鍛錬の一環と考えて亜希子は臨む。


 怜奈の攻撃をかいくぐり、亜希子は低い姿勢のまま怜奈めがけて勢いよく踏み込み、小太刀を怜奈の腹部めがけて突き入れる。


「ぐえっ!」


 完全にとらえたと思った。実際小太刀は怜奈の鳩尾に直撃したが、スーツを突き破ることはできなかった。それでも急所に痛打をくらい、怜奈は体をくの字に曲げて、呻き声をあげる。


(私の力じゃスーツを切れないみたい。火衣、力を貸して)


 亜希子の呼びかけに応じ、妖刀から亜希子に力が流れ込む。


「ハシビロ低空ドロップキック!」


 突然亜希子の視界から怜奈が消えたかと思うと、滑り込むようにして両足による蹴りを亜希子の片足に見舞う。

 あまりに意表をついた攻撃であったがために、亜希子は反応しきれなかった。前のめりに体勢を崩す。


 それほど大したダメージにはなっていないが、大きく体勢を崩されて隙丸出しになった事が、亜希子は不味いと感じる。

 しかしそれは技を放った怜奈も同じことだ。体勢を崩す崩さないといった事や、肉体的ダメージよりも、一撃食らわした事による、精神面での流れの変化が大きいと、怜奈は見なしている。


(戦いは流れを掴むことが大事と、純子に散々叩き込まれていますからねっ)


 怜奈がほくそ笑み、次の攻撃を仕掛けんとする。


「ハシビロ突っつき!」


 起き上がったのは同時だが、先に仕掛けたのは怜奈だった。


「ハシビロコウは低空ドロップキックなんてしないでしょっ」


 だが、亜希子が放った思わぬ台詞が、怜奈の心をえぐり、怜奈の攻撃が鈍った。

 動揺し、怜奈のバイザー頭突きの速度が鈍った瞬間を見逃さず、小太刀の峰でバイザーの刃を受け止めた。


「くっ……私としたことが、ぬかりましたよっ」

「よく考えたらハシビロコウは魔眼も無いじゃん」

「いいえっ、それは確かにありますっ。あの眼光に睨まれたら……ていうか、貴女、ハシビロコウに詳しいんですか?」

「動物番組で見た程度よ」


 バイザーの端と小太刀の峰で鍔迫り合いじみた格好になりながら、互いに不敵な笑みを浮かべて言い合う二人。


***


 晃が予想した通り、エンジェルと晃は二人がかりでなお、葉山相手に苦戦を強いられていた。


 晃とエンジェルの銃撃は、いずれも葉山の身に届かない。

 葉山の銃撃のその一発一発が非常に精妙であり、晃もエンジェルも回避に全く余裕が無い。二人で即興のコンビネーションを行い、少しでも葉山の攻撃の手数を抑えるのがやっとだ。それでもなお、葉山の攻撃を完全に封じることはかなわず、葉山が押し気味である。


(参ったね……全然勝てる気がしない)


 葉山を見据え、恐怖に捉われる晃。


 エンジェルが前面に立ち、晃が後ろから支援という構図もとっくに崩れている。葉山による銃撃は、二人に等しく降り注いでいる。


(世の中、上には上がいる。それはわかりきっている。その中には、何をどうやっても手が届かないような、化け物みたいに強い奴もいる。そんな奴等と対峙した際、僕みたいにちょっと腕が立つ程度の――雑魚相手になら負けない程度の中途半端な奴は、どうすりゃいいんだろうな)


 それが無意味な問いかけであることはわかっている。今できることをし尽くすのみだ。


(正直怖くて仕方無い。今は二対一だから何とかなってるけど、もしエンジェルが斃されたら、僕も生きてはいられないだろうし)


 その可能性はかなり高い。二対一でもなお、劣勢なのだ。葉山の技量はそれほど圧倒的だった。人の姿をした怪物と相対しているように感じる。


(手出さないでおけばよかったかな)


 一瞬そう考え、即座に自己嫌悪を覚え、一瞬よぎった己の卑しさと臆病さを打ち消す。


(違う。僕はここで保身のために黙って指くわえてられるタチじゃない。凜さんなら生存を優先させるかもしれないけどさ)


『怖くて当然なんだよ。殺し合いなんてな』


 晃の魂に刻まれた言葉が脳裏に蘇る。


『逆に、怖くなければ楽しみも薄れる。楽しめ』


 晃が慕う人物の言葉は、ピンチの時にいつも脳裏に蘇る。その言葉で恐怖が振り払われるということはないが、思い出すことによって、恐怖で動けなくなるということは無くなる。


(今こそまさに楽しむ時だよね、先輩)


 笑顔で葉山を見据え、エンジェルの銃撃が二発続いた直後、葉山の反撃を封じるニュアンスで、続けざまに撃つ晃。


(でもこれだけじゃ駄目だ。仕留める算段が無いと)


 そう思い、晃が三発撃ったところで、銃弾が尽きる。リロードの暇が果たしてあるか、微妙な所だ。ここに遮蔽物も無い。


 その時、前方で堂々とリロードするエンジェルの姿を見て、晃は戦慄した。

 ここは自分が撃たないと、葉山に大きな攻撃の余裕を与えることになる。しかし自分も弾が尽きている。

 エンジェルも賭けに出たのだろうと、晃は察する。エンジェルがリロードしている際に、自分が援護してくれるものと見て。


 葉山の銃口が自分に向けられ、晃は硬直した。


(死んだ……)


 晃は確信した。完全に殺られたと。防ぎようが無いと。例えどうかわしても葉山の銃口からは逃れられず、撃たれて死ぬと。


(でも、楽しかっ……!?)


 晃が諦めて死を受け入れようとしたその時、両足の足首を何者かによって掴まれ、思いっきり後方へと引っ張られ、転倒した。その刹那、銃弾が晃のいた空間を横切る。


 転倒した晃はそのまま後方へと引きずられていく。見ると足首には、ふにょふにょと柔らかそうな黒く長い手が巻きついている。

 その晃めがけてさらに葉山が発砲したが、銃弾は晃に当たることなく、別の黒手によってキャッチされていた。


「ったく、危なかっしくて見てらんないよ」


 笑いながら言う克彦の足元に、黒い穴が開き、中から何本もの黒手が出て、にょろにょろと蠢いている。そのうちの五本は、晃の方へと伸びていた。


***


 重力と反重力の連携。重力弾のサンドイッチ攻撃。


 かつての踊れバクテリアでのアジトと同様に、獅子妻は来夢の能力に翻弄され、一方的にやられて、近寄ることすらままならない状態だ。

 逆に言えば近寄りさえすれば獅子妻の勝利も同然であるが故、来夢とて近寄らせるわけがないと、獅子妻もわかっている。


(あの時と同じか。キツいな)


 全身を押し潰される感触を味わいながら、獅子妻は苦笑いを浮かべ、その苦笑いすらも重力で潰されて歪なものへと変わる。


「近づきさえすれば勝てると思う? 間合いに入ったら一気に引き裂いて終わりだと思う?」


 獅子妻の勝機を見透かした来夢が声をかける。


 不意に重力が消えた。いや、来夢が意図的に解除した。


「そう思うならおいでよ。俺に届くまでの距離は、何もしないであげる。いちかばちかで飛び込んできてみなよ。ほら、チャンスだよ」


 小さく微笑み、両手を広げる来夢。


「君は私が殺したボスからまともな躾をされなかったのか? 大人をからかった代償は痛いぞ?」

「おじさんはこの世で二番目に俺のことを理解してくれた人だよ。理解があれば躾なんて必要無い。一番は克彦兄ちゃんだけど」

「論点がズレてるな。まあいい……」


 獅子妻が一気に来夢の懐へと飛び込む。


 高速で来夢めがけて腕が振るわれる。しかしその爪が来夢の肌と肉を引き裂くより早く、至近距離から来夢の体より放たれた反重力によって弾かれ、獅子妻の巨体が数メートルも一気に吹き飛び、床でバウンドしてさらに飛ばされた。


「距離、さっきより開いたよ?」


 くすくすと微笑む来夢。天使のような容貌をして、悪魔のようだと獅子妻は思う。


「反重力――斥力とも言うらしいけどね。あまり覚えの無い言葉だし、反重力の方が通じると思うんだ。そう思わ――」


 来夢の台詞は途中で止まった。


 来夢の目の前で、天井を突き破って、何者かが四階から三階へと降ってきた。

 それは獲物が通りかかるのを待ち構えていた、待ち伏せを行う肉食昆虫の如く、倒れた獅子妻の真上から降ってきて、獅子妻の巨体へと覆いかぶさる。その異形は、獅子妻をも上回る巨体の持ち主だった。


「貴方の願いっ、かなえてあげるわ!」


 甲高い少女の裏声で告げると、女性のフォルムの異形は、獅子妻の体をぎゅっと抱きしめる。


「ぐああああっ!」


 獅子妻が悲鳴をあげた。肉を溶かされながら、同化するかのように、獅子妻の全身が異形の中にゆっくりと吸収されていく。

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