第二十二章 23
時は少し遡る。
百合と睦月が真と累の二人と遭遇し、魔法少女と階段で戦闘に入った頃。四階の百合一味が拠点にしている休憩部屋。
「私だけ何もせず帰る可能性、大いにありなのよね~」
亜希子がつまらなさそうな顔でぼやく。
「奴等は手強い。そこに雪岡純子や相沢真まで呼び寄せて、収拾をつけられるのか?」
やっと口が繋がった獅子妻が、百合のやり方に疑問を抱く。
「ママってわりと大雑把だし、深く考えてない気もするわ」
「百合様に限ってそんなことはないっ。百合様は常に俺の中では深謀遠慮な女狐キャラだ!」
亜希子が笑顔で言うと、怒ったように擁護する白金太郎。
「その台詞、ママの前で言って欲しいわ。ママ絶対ブチキレるよ~?」
「何でだよ!?」
からかう亜希子に、真剣に疑問を抱いて問う白金太郎。
「話を戻しますが、彼等の撤退タイミングは完璧でした。矜持などにこだわって命を危険に晒さず、機を見て、本能に忠実。だからこそ手強い敵と言えます。逃げる機を見誤らない敵。これを僕は評価しますよ。蛆虫の僕なんかに評価されても、嬉しくないでしょうけどね」
唐突に語りだした葉山に、三人が注目する。
「逃げる見極めは簡単なようで、実は難しいのです。もちろん逃げることそのものも難しい。戦う前に逃走ルートも念頭に入れておくのが大事でしょう」
「あいつらは亜空間トンネルを通って逃げたから、逃走そのものはわりと楽だったろうな」
葉山の言葉を受け、獅子妻が言った。
「葉山さんほど強い方が、逃げる事を評価したり戦う前に逃げる事も考慮したりしてるなんて、ちょっと意外ですね」
と、白金太郎。
「戦いは博打みたいなものですよ。ゲームで行われる数字の争いとは違います。どんな相手だろうと、確率が低かろうと、不可抗力も含めて敗北の可能性はついて回ります」
いつもの虚ろな顔ではなく、珍しく真顔になって語る葉山。
(この人、元々のルックスはいいんだから、いつもこういう顔でいればいいのにね)
葉山を見て亜希子は思う。
「戦ってみるまで、その確率がどのくらいかはわかりませんが、敗北率が5%を上回ったと感じた時点で、僕は蛆虫ランナウェイするよう心がけています。まず命ありきですから」
「つまり勝率95%以上と判断しないと戦わないと?」
呆れる獅子妻。臆病イコール生存率に繋がる理屈は、かつて自身も殺し屋であった獅子妻にもわかるが、しかしこれは極端すぎると感じた。
「そうですよ。敗北率は戦いながら変化していきますけどね。命あっての蛆虫と言うじゃないですか」
「何が何でも蛆虫に繋げたいのね」
亜希子が小さく微笑んだその時、微かにではあるが、銃声やら爆発音が響き渡るのが確かに聞こえた。
「ちょっと外の様子を見てみようよ。ここからそんなに遠くなさそう」
「いや、音は下からだ」
促す亜希子を引き止めるように獅子妻。
「三階の東側だな。百合と睦月の声も聞こえる。あの二人が戦闘中のようだ。他にも……三人ほどいるな」
「すごーい。そんな所の音や声も聞こえちゃうんだ」
「今やっと聴覚が回復してきた所だ。まだ万全ではないが」
感心する亜希子であったが、獅子妻の狼フェイスが少し険しくなる。
「これは……少し不味いかもしれないな。声しか聞こえないが、押されてる? いや、逆転したか……」
「もうちょっとわかりやすいように実況してくださいよ」
白金太郎の要求に、無茶言うなと思う獅子妻。
「むう……」
しばらくして、獅子妻が息を吐く。
「どうなったの?」
亜希子が恐る恐る問う。獅子妻のウルフフェイスがかつてなく険しく、そして瞳に暗い輝きが宿り、何より背後に見えるヴィジョンの変化にも、亜希子は不安になった。灰色のガラスの破片が赤黒い血の中に撒き散らされているヴィジョンが見えたのだ。
「百合と睦月が逃亡したようだ。先程私達が交戦した女性と少年と、百合と睦月が戦っていたが、思わぬ援軍が乱入して……逃げずにはいられなかった」
「援軍て、純子達?」
百合が逃げ出すからには、そうである可能性が高いと亜希子は思ったが――
「いや、雪岡純子のマウス達だ。ブルトニウム・ダンディーという私と因縁の深い組織だ。どうも……私を殺しにきたようだな」
しかしそれは全く不思議なことではないと、獅子妻は納得する。彼等のボスを無惨に殺して、純子陣営に挑戦状として叩きつけるという、最悪の挑発行為を働いたのだ。むしろ来ない方がおかしい。
「何だ? これは……」
またしばらく経ってから、百合と睦月が新たに交戦し始めたのを聞き取り、獅子妻は声をあげる。
「また敵と遭遇したようだが……これは何だ? 自らを魔法少女と名乗る者と……」
喋っている途中に獅子妻が立ち上がる。
「助っ人に行った方がよさそうだ。何やら途轍もなく禍々しいものと遭遇し、二人がさらなる危機に晒されている」
「マジでー?」
亜希子も立ち上がる。
「百合様が二度もピンチなんて、きっと睦月が足を引っ張ってぐぽわぁっ!」
白金太郎の顔面に亜希子の裏拳が決まり、台詞が途中で止まる。
「あんた、少しは言葉に気をつけなさいよ。冗談だろうと本気だろうと」
「ごめん……」
ドスの効いた声で亜希子に注意され、一生懸命鼻をぎゅっぎゅっと押さえて鼻血を止めようとしながら、謝罪する白金太郎だった。
***
晃はプルトニウム・ダンディーの四人と共に、研究所の廊下を歩いていた。
「世間を騒がしていたテロ集団、踊れバクテリアを討伐した発足したての始末屋組織ってことで、うちらも当然注目してたよ~。同業者だしね。しかしまさか全員マウスだったとはねえ」
全く物怖じせずに愛想よく話しかけてくる晃に、どちらかというとネガティヴな克彦は少し感心していた。
「晃はマウスじゃないの? マウスにならないの?」
「いやあ、僕の相方とうちの御目付け役の――さっきの凜さんは改造済みだけど、僕はちょっとそういうのは性に合わないんだ。あくまでこの身一つ、自分の鍛えた力と技で勝負したいって感じさっ」
来夢の質問に、晃は弾んだ声で答える。
「それも一つの選択。そして想いを――信念を乗せたその選択は、きっと大きな力に変わる。実を結ぶ。信じて進む楽しさを堪能して」
微笑みながら、詩を吟ずるかのような喋り方で来夢が告げる。
「おお、てっきり反発されるかと思ったら、そんな小難しく肯定されるとは。ありがとさんっ。でも君小さいのに、随分と哲学的というか詩人じゃん?」
ちょっと上から目線とも感じたが、それは口にしないでおく晃。
「改造されて特殊能力を持たなくても、晃は結構強いでしょ? 俺にはわかるよ。大体見てわかる。経験豊富な始末屋の先輩だね」
独特な喋り方の来夢の言葉は、社交辞令の類は一切無く、全て本心で語っているように晃には感じられた。それだけで、晃は来夢に好感を抱く。
(先輩っていうなら、私やエンジェルだって同じなんだけど……)
そう思った怜奈であるが、口にしないでおく。
「あはは、さっきは無様な所、見られちゃったけどね」
「無様でも何でも生き延びること、捕まらないことが重要だと思うよ。一年間ひたすら無様に逃げ回っていた俺だけど、おかげでこうして生きているし……」
照れ笑いを浮かべる晃に、克彦が冗談めかして言ったが、来夢を一瞥し、途中で言葉が止まる。
「俺と再会できたしね。はっきり言うの照れるの?」
「そりゃ人前でそんなことはっきり言うの照れるだろー」
来夢と克彦のやり取りを見て、この二人が、特別仲がいいということは、晃にもすぐ察せられた。
「ま、同業者でライバルでもあるけど、同じ純子繋がりな組織だし、さっきは助けってもらったし、何か協力してほしいことがあったら、遠慮なく言ってよ」
「それなら人手が欲しいという時には、仕事依頼という形で積極的に手を借りますよっ」
晃の厚意に対して、怜奈が口を出す。交渉は自分の担当としているし、来夢に任せておくのは危うい。
「そうしてくれると大歓迎だけど、単に売り込みしただけじゃないぜぃ。せっかくの縁だしねっ。人の繋がりは表通りよりずっと大事だよ? 仲良くできる奴と巡りあえたら、仲良くしておいた方がいいじゃない」
朗らかな笑顔で話す晃を見て、怜奈と克彦はそれぞれ別の意味で感心していた。
怜奈は正直な所、美辞麗句を堂々と口にするタイプを全く信用しない。善意に満ちた台詞を口にする奴も、友情や義理人情をほのめかす手合いも、表裏の無さをアピールする者も、下心など無いと訴える者も、等しく疑って然るべき胡散臭い相手だという考えである。
その考え方からすると、晃も当然引っかかるわけだが、どういうわけか晃に胡散臭さを全く感じない。ただただ無邪気で明朗快活という印象しかない。
「克彦兄ちゃんは少し晃を見習った方がいい。見習うべき。これくらい明け透けになってほしい」
「いやいや、何でだよ……」
突然来夢に話を振られて、克彦は顔の前で手を振る。
克彦視点で見ると、克彦自身、根がシャイなので、晃のようなタイプは眩しく映る。好感を抱く一方で、自分にはとても口にできない台詞を、はにかみもせずさらっと口にできるのが、信じられないし、やっかみに似た気持ちが多少はあった。
「三階まで上がるんですかー?」
階段を上る途中、怜奈が来夢に声をかける。
「純子が、真と累が二階を調べるって言ってたし、それなら俺達は三階」
端的に答え、階段を上っていく来夢。
三階の廊下を歩いている途中、プルトニウム・ダンディーの面々にとっては忘れられない者が、前方から歩いてくるのを確認した。
「ふっ、五対四か」
エンジェルが呟く。
対峙するは、プルトニウム・ダンディーの来夢、克彦、怜奈、エンジェルに、晃を加えた五人。獅子妻、白金太郎、葉山、亜希子の四人。
(あれは……)
晃の視線は、先程戦闘した三人組ではなく、さっきはいなかったゴスロリ姿の亜希子へと注がれた。
「君、前に船で会ったよね。純子の知り合いじゃなかったの?」
晃が真っ先に口を開く。視線の先は亜希子のままだ。
「あっ、覚えてるよ~。あの時いたね。純子や真とは友達よ。ただ、私のママが純子のこと敵視しているだけで、私個人は友達。そういう複雑な状況にいるの。察して」
言いにくそうに答える亜希子。
「スパイとか裏切ったとか、そんなんじゃないわけか」
晃の言葉に、亜希子は少し胸が痛む。実際にはスパイのような側面も確かにあったからだ。
「皆さん、お揃いで、か」
プルトニウム・ダンディーの四人を見渡し、ぽつりと呟く獅子妻。
来夢が一歩前に出て、獅子妻をじっと見つめる。
「あれだけやっても生き残っていたから、今度はもっと念入りに殺すよ? 焼いて、その灰を瓶に詰めて、宇宙に飛ばそうかな?」
「それはいくら私でもオーバーキルだ。敵討ちというわけか。そのわりには冷静そうだな」
特に怒りも憎しみも感じさせることなく淡々と話す来夢に、獅子妻が言った。
「俺の美的感覚だと、復讐はドロドロした怨念めいたものとか、怒りに燃えてウオーッていうのではなく、当然の作業の一つとして、サクッと落とし前をつけるスマートなのがいい」
微笑をたたえて語る来夢に、克彦と晃は同時に嫌な事を思い出す。二人共親殺しであり、自分の意趣返しは、とてもスマートとは言えない――来夢が否定したような代物だった。
「獅子妻。あんただってそうだったんだろう? そんな風におじさんを殺した。克彦兄ちゃんから聞いた話では、あんたはそういうキャラだ。だから俺もそんな風に殺してあげるね。作業的に殺される気分、味合わせてあげる」
煽り気味の来夢の宣告を聞き、獅子妻は視線を外して押し黙った。
(復讐の連鎖か……。しかし……)
獅子妻にはわかっていた。復讐の連鎖とて、永遠には続かない。少なくともこの連鎖は、どちらに転んでも、ここで断ち切られる事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます