第二十二章 22
無数の光の明滅が、魔法少女めがけて一斉に放たれる。それらは全て同じ直線の軌道で放たれているのではない。一つ一つが意志を持っているかのように、様々な軌道で魔法少女へと高速で向かっていく。
「えいっ」
魔法少女が杖を一回転すると、光の明滅が見えない壁にでも衝突したかのように、魔法少女の手前で片っ端に弾けて消えていく。
「次はこっちのばーんっ」
杖からピンクの光線が、累めがけて放たれる。
累が黒い刀身の刀を構え、ピンクの光線を刀で受け止める。
「えー、うっそー」
刀に変化が無いのを見て驚く魔法少女。
「流石は不壊の妖刀『妾松』ですわね」
感心の声をあげる百合。この妖刀はいかなる衝撃も圧力も耐え、例え超常の現象を用いても、何ら変化が無いと言われている。完全な不可侵な存在などあるはずもないが、地球上に現存する物質の中では、限りなくそれに近いのではないかと思われる。
真が銃を撃つ。真の射撃に反応できず、魔法少女は二発の銃弾を腹と胸にそれぞれ食らってひるむ。その間に、累は新たな術を形成する。
「悪因悪果大怨礼」
闇――ではなく、透けて見える黒い光が、累の突き出した手より放たれ、魔法少女の頭部に直撃する。
魔法少女がもんどりうって倒れた。さらに追撃として、累が呪文を唱えかけたが――
「累、操霊系統の術は控えた方がよろしくてよ。試したわけではありませんが、霊魂を吸収して強化される危険性もありますので。すくなくとも生体に関しては、肉体と霊魂の双方が吸収されていると考えるべきでしょう」
百合に忠告され、累は術を中断した。
「それでは相当使える術も限られてしまいますね。擬似生命をけしかける術もアウトですか?」
雫野の戦闘用妖術は、霊を行使したり擬似生命をけしかけたりするものが非常に多い。
「いいえ、イメージの生命なら平気でしたわよ」
「なるほど。思念そのものが危険な可能性があるのですね」
百合の言葉に頷くと、累は新たな呪文を唱える。
「黒蜜蝋」
累の影が伸びる。正確には、累の影から平面の黒い影のようなものが伸びていく。影にしては色が濃すぎる。
黒い影のようなものが魔法少女の足に触れた途端、魔法少女の膝から下が黒光りする別の物質へと変わり、魔法少女は膝から下の感覚を失って、前のめりに転倒した。
「いろいろしてくれる子だねえ。魔法少年て感じー」
面白そうに言い、魔法少女が立ち上がった。蜜蝋化していた足は、いつの間にか治っている。
(状態変化からの回復も自在ですか)
感心しつつ、累はさらに次の術を完成させた。
「魔神楽」
累の背後から堤太鼓、横笛、銅拍子、琵琶等の和楽器を持った、白無地の和服を着た巨大な鬼が数体現れ、演奏を始めた。さらに、巫女の格好をして大太刀を携えた女性型の巨大な鬼が、他の鬼達より遅れて出現し、演奏に合わせて踊りながら、魔法少女へと向かっていく。
(私の忠告は聞いていたでしょうし、実際の鬼を召喚したわけではなく、イメージの具現化したのでしょうね)
これは百合も始めて見る術であったが、そう判断する。
鬼巫女が大太刀を振るう。魔法少女はわりと危うげながらもその攻撃をかわし、杖を一回転させて、炎を吹き出して、鬼巫女へと浴びせる。
しかし炎はすり抜けたかのように、あるいは鬼巫女が幻影でもあるかのように、鬼巫女には何の変化も無い。鬼巫女は魔法少女に横薙ぎに太刀を振るった。今度はかわしきれず、下腹部を横に切り裂かれる。
「このっ!」
怒ったような可愛らしい声と共に、魔法少女ピンクの光線を鬼巫女に放ったが、光線は鬼巫女をすり抜けて通じない。
(無駄ですよ。本体は奏者の方ですから。気付いた人もわりといましたけど)
累がほくそ笑む。そして攻撃を担う鬼巫女は、鬼奏者からはあまり離れることができないという条件もある。
「真、睦月、援護を――」
累が二人を促すと、自らは魔法少女へと一気に間合いを詰め、喉元めがけて突きを繰りだす。
その累の動きに合わせて、真が銃を撃つ。魔法少女の右太ももに銃弾が当たり、ひるんだ所に、累の刀が喉を貫いた。さらに睦月の刃蜘蛛が飛びかかり、杖を持った右手を斬り付ける。最後に鬼巫女の野太刀が、袈裟懸けに胸から腹まで切り裂いた。
それぞれ血が噴き出ているし、通常の人間であればオーバーキルであるが、この怪物にとってはどの程度のダメージなのか、杳として知れない。
累が刀を抜き、さらに斬りかかろうとしたが、その攻撃を直前で思い留まる。魔法少女の攻撃の気配を感じ取ったのだ。
回避ではなく、妖力の力場による障壁を張る。回避も間に合わないと、累は直感で判断した。
下から突き上げるようにして、至近距離から不可視の衝撃波を食らい、大きく吹き飛ばされて天井に激しく叩きつけられる累。攻撃がくることを察して、直前で障壁を作ったにも関わらず、それでも防ぎきれなかった。
「累っ!」
あまりにも激しい勢いで吹き飛ばされて天井に叩きつけられた累を見て、思わず真が声をあげる。
(防いだようですが、私が食らった衝撃波よりはるかに強い威力ですわね、今のは)
累が吹き飛ばされる様を見て、百合は息を飲む。
かなりのダメージを食らったものの、累は術を解いてはいない。鬼巫女は依然として魔法少女に大太刀を振るい続けている。魔法少女は応戦するも、鬼巫女に攻撃は通じない。
真は倒れた累に駆け寄り、心配げに覗き込む。睦月は鬼巫女に攻撃を任せたまま様子見をしている。
「もー、これわけわからない。疲れてきたし、やーめたっと」
鬼巫女をしきりに攻撃していたが、全く効かないのでへそを曲げた魔法少女は、階段を四階へと上っていった。
真が追おうとしたが、魔法少女がそれを見て杖を振ると、真の手前の階段が爆発し、辺りが大量の埃に包まれる。真は杖を振ったのを見た瞬間に階段の下へと跳び、爆風を避けていた。
「何とかやりすごしましたわね」
安堵の吐息をつく百合。
「正直、底が見えないと感じました。一応生物ではあるようですが、何というか……生物の枠を超えた存在のような……」
魔神楽の術を解き、累が痛そうに顔をしかめながら告げる。
「それで、百合のことは本気で見逃す気ですか?」
一切戦闘に参加しなかったのを見た限り、ズルして楽していたわけではなく、戦闘に加わる余力さえなかったと、累は見なす。今なら殺すのは簡単だ。
「取引できたのは良かったと思う。僕や雪岡への嫌がらせのために、親しい者を狙われるという陰険なやり口は、鬱陶しくてかなわないしな。でも、今までのことを許すわけでもないが」
冷めた視線を百合に向け、真は淡々とした口調で言った。
「俺が証人になるし、釘を刺す意味で、他の仲間にも伝達しておくよぉ」
「睦月、貴女はどちらの味方ですの?」
睦月の言葉を聞いて、百合が皮肉っぽく問う。
「あははっ、心情的には真の味方したいけどぉ?」
「貴女の仲間を皆殺しにした子でしてよ?」
「俺の人生を生まれる前から弄んだ奴よりはマシだよぉ? あはっ。そしてそんなひどい奴と今一緒に暮らしているし、そんなひどい奴に言われたところで、説得力感じないねえ」
「あらあら、気付いていましたの」
睦月がその事実を知っているであろうことも、百合は薄々わかっていたが、あえてとぼけてみせる。しかしとぼけるだけで、それ以上からかう気力が今の百合には無かった。
「他にも仲間が来ているのか?」
真が睦月に向かって尋ねる。
「いるけど、それは流石に秘密ってことで」
肩をすくめ、悪戯っぽく笑う睦月。
「じゃあお前達もエントランスに来い。雪岡がそこにいる」
「どうして私が貴方に命令されなくてはなりませんの?」
真の言葉を受け、百合がさらに皮肉たっぷりな声を発する。
「あの魔法少女とやらは、きっとまた襲撃してくると思うぞ。まあ、結界を解いてお前達だけでさっさととんずらするつもりなら、共闘する必要も無いが」
「共闘って……」
憎き仇相手に、つっかかることもせず、躊躇い無く手を組むつもりでいる真に、累は絶句した。百合と睦月の二人も、真の割り切りっぷりに驚いている。
「僕としてはあんなものを野放しにしておきたくはないな。きっとろくでもないことになる。しかしここには幸いにも強者が集っている。全員で協力して退治するのが、最良の選択だと思うぞ。あんなものを生み出した原因であるお前が、無様にさっさと尻まくって逃げるというのであれば、それはそれで仕方無いと諦めるけどな」
「髄分と人の神経を逆撫でするのがお上手ですわね。口の達者さだけは褒めてさしあげますわ」
真に向かって、百合は怒りを隠そうともせずに言い放つ。
(ていうか、百合が煽り耐性低いだけだと思うけどねえ)
そんな百合を見て、睦月は笑いがこみ上げてくる。
「ですが、今は貴方の考えにはのりませんわ。それが良い選択だとはわかっていますが、今の私では戦力になりませんし、まず回復に努めたいところですわね。それにこちらの陣営にまず状況を説明しなければなりません。ただ、あの化け物を放置して逃げ出すということだけは、いたしませんことよ」
百合が落ち着いた口調と表情になって告げる。
百合からしてみれば、このまますごすごと逃げるなどという選択をとれるわけがなかった。ここまで自分を痛めつけた相手から逃れ、そのうえで純子達に退治されたとあっては、あまりにも情けない。それはいくらなんでもプライドが許さない。
それに、魔法少女は四階へと向かった。亜希子達がいるのは四階の西側なので、東側のこちらとは相当離れているが、それでも亜希子達と遭遇する危険性はある。
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