第二十二章 21
「助ける必要があるんですか? せっかくのいい機会なんですし、見殺しにしておきましょうよ。睦月は助けてもいいと思いますが」
溜息混じりに言う累であったが、真の性格からすると、こうするであろうことも納得できた。
「僕は散々こういうケースを見てきたよ。復讐目的の奴が、復讐相手を他に殺されて目的を喪失したケースな。僕もそれと同じになるのは嫌なだけだ」
「それなら弱っている今のうちにとどめをさしたらどうです? 見逃せばまた嫌がらせで、真の周囲の人間を殺していくんですよ? そうなっても後悔しませんか?」
冷たい視線を百合にぶつける累。隙を見て百合を殺すつもりでここに来た累であったが、今、真の見ている前でそれをやると、激しく真に恨まれそうで手が出せない。
(真と二人っきりになったのが裏目に出てしまいましたね……)
まさかこんなにあっさりと百合と遭遇し、しかも都合よく弱っているとは思わなかった累である。
「累、それじゃ意味が無いんだ。漁夫の利の勝利なんかじゃ、僕は納得できない。いや、それは勝利とは言えないし、復讐としても成立しない。僕の手で完膚なきまでに叩きのめし、これ以上とない屈辱を与えてやらないと」
(真兄、そのわりにはみどりに手伝いさせすぎじゃね?)
みどりが頭の中で突っこんできたが、真は無視する。
「百合のこと、憎くはないんですか?」
「憎いからこそだ。こんな殺し方をしたんじゃ、僕の気がすまない。こんな所で死んでもらってもな。もっと屈辱を与えて、僕に打ち負かされたという事実を骨の髄まで、魂の奥底までわからせてやらないと、無意味なんだ」
「理想論を追うのは結構ですが、僕が今言ったことはどうなるんです? ここで百合を見逃したが故に、親しい者を殺されて後悔しませんか? 全て防げるというのですか?」
真と累のやりとりを聞き、百合はうつむいて思案する。
(全く……人が弱っているのをいいことに、こんな小僧如きに言わせっぱなしでは、格好がつきませんわ。こんなことを目の前で言われている時点で、十分すぎるほど屈辱ですことよ。それに私とて、純子と決着を着ける前に、こんなわけのわからない者に殺されるなんて、真っ平御免でしてよ。今はこの子達の力を借りるのが得策ですわね。でも……)
真が戦力になるとは思えないが、累であれば、この魔法少女にも対抗できるかもしれないと、百合は考える。しかし一応抜刀して戦闘態勢にあるとはいえ、累が全面的に協力するかどうかも怪しい。
「取引しませんこと?」
思いつめたような表情で、百合が真と累の方を向いて声をかける。
「今ここでどうにかして私と睦月を助けてくれたら、今後は、真の周囲の人間に、ちょっかいを出す嫌がらせはいたしませんわ」
「わかった。それでいい。まあ、そうくると予想していたけどな」
「ちょっと、真……」
百合の持ちかけた嘘臭い取引に対し、間髪入れずに承諾する真に、累は啞然としてしまう。
「ねえ、そこの二人の男の子も、強い願いを持っているみたいだね? 私は魔法少女だから、二人の願い、かなえてあげるよ?」
「今こっちで喋ってるから、お前は少し黙ってろ。願いをかなえるんなら、まずその願いを聞き届けろ」
「はい」
声をかけてくる魔法少女に対し、にべもなく返す真。素直に引き下がり、待機する魔法少女。
(何これ……)
そのやりとりを見て睦月は苦笑いをこぼす。
「こいつは本気だろう。プライドだけは高いようだから、自分の言葉を撤回もしないし、偽りも言わないだろう。いや、そんな取引なんて本来必要無いんだ。僕はこいつを他に渡すつもりはないからな。でもこいつはプライドの高さ故に、敵である僕にただ助けてもらう形になる事が耐えられなかった。そこであえて取引どうこうと言い出した。後出しだがな」
全て見透かしたかのように淡々と語る真に、百合は恥辱を覚え、唇を軽く嚙む。こんな小僧に一瞬にして、腹の底まで読まれてしまった自分が情けない。それだけ抜き差しならない状況下にあったとはいえ。
「取引どうこう言う以前に僕がすることは決まっているし、追い詰められた姿を僕らに晒したうえでここまで言って、その後さらに偽りで覆すような恥晒しな真似をするタイプか? 睦月、お前はどう思う? こいつの側にいるから、僕よりもよくこいつのこと知ってるだろう?」
「あはぁ……真の言うとおりだねえ。プライドどうこうだけじゃなく、百合は今の台詞で、真の反応見ようとしたんじゃないかなあ。百合はきっと取引を持ちかけて真が怒るか迷うかするのを期待していたんだよお。なのに、あっさり受け入れた。そのうえ、百合の心情も見抜いちゃってさあ。今、百合が憮然としてるのが、俺的には傑作かなあ」
睦月がおかしそうに喋っているのを見て、ますます憮然とする百合であった。
「それにさぁ、ここまで言って、その取引をも引っくり返したら、流石に誰もついていかないと思うしねえ。少なくとも俺は見限るよ。卑しさにも限度が有る。でも百合はそんな奴じゃないさ」
「そこまでやったとしても引っくり返す者も、世の中にいるから用心してくださいよ」
諦めたように付け加える累。
「ねえねえ、空気読んで待つの、もういい?」
魔法少女がじれったげに声をかける。
「ああ。待たせたな。で、お前は何なんだ?」
真が魔法少女の方を向いて尋ねる。
「私は魔法少女WH4=Ⅲ。皆の願いをかなえるために生まれたの。この研究所にいる人達が、私という存在が生まれるのを望んだ。体も心も、ここで造られたの。私は――私が私であることを望んで造った人達の望みを――私が人の願いをかなえるという願いをかなえるために、私は願いをかなえるという私であり続け、願いをかなえ続ける」
「ちょっと日本語がおかしいけど、大体わかった」
真が言った。ここに来るまでに、魔法少女製造研究部の研究員達が殺されたという話を聞いていたので、目の前の異形が如何なる存在か、理解するのも早かった。
「しかし……WH4=Ⅲって、魔法少女のネーミングとしてはどうかと思いますね」
「えっ……そうなの?」
累の言葉に、魔法少女が口元(にあたる部分)に手をあて、戸惑いの声をあげる。
「願いをかなえるのなら、何でこの二人をぼろぼろにしているんだ?」
「えっとねえ、願いをかなえるためには、相手を食べる必要があるんだってさあ。あははっ」
真の問いに対して、睦月が簡潔に理解できる説明をする。
「お前はそうやって願いをかなえ続け、人類全て食らい尽くすつもりでいるのか? そんなことが可能だと思っているのか? そもそもそんな形で、願いをかなえてもらいたいと思わない奴の方が多いだろうし、それは願いをかなえるのではなく、望まぬことを力づくでやろうとしているんじゃないのか?」
真に矢継ぎ早に質問を浴びせられて、魔法少女は押し黙る。
(ここで魔法少女が説得されて、考えを改めるなんて展開は……ありえないんだよねえ。まともな奴じゃないからこそ、相手の幸せのために、相手を食おうなんて発想が出てくるんだしさあ)
蛭鞭を構え、睦月は思う。
「難しいことはよくわからないし、先のことまでは考えていないけど、私は私にできることをしようと思う。その先、私に待ち受けている運命とか、そこまで頭回らないや」
「そうか」
弾んだ声で己の気持ちを述べる魔法少女に、真は納得したように頷く。
(そこに悪意は微塵も無く、異なる価値観による善意と本能の赴くまま生きるしかない……。しかし人間にとっては悪以外の何者でもない。悲しい存在ですね)
魔法少女を自称する異形に対し、累は憐憫を覚える。彼女は生まれてきたことそのものが、悲劇としか思えない。
「じゃあ、改めて始めよう」
言うなり真が銃を撃つ。銃弾が魔法少女の胸の中心に穴を開ける。
「痛いなあ……もう」
不満そうな響きの声と共に、魔法少女が杖を一回転させると、銃創はすぐに塞がった。出血も多少はあったが、どれだけ効いているのかいまいちわからない。
「次はこっちからいくよ~」
魔法少女が宣言し、また杖を振ろうとしたが、睦月の鞭が杖を持つ手を打ちすえ、その動作を中断させた。
「むー。今度はこっちの番なのにー」
目も鼻も口も無い顔を睦月の方に向け、さらに不満げな声を発する魔法少女。
「人喰い蛍」
累の声と共に、周囲に夥しい数の三日月状の光滅が浮かび上がる。
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