第二十二章 10
白金太郎と葉山と獅子妻の三名は、四階にある休憩室へと戻った。
「ただいまです。敵を退けてきましたっ」
先に部屋に入った白金太郎が、中にいる百合に向かって、意気揚々と報告する。百合、亜希子、睦月の視線が白金太郎に降り注ぐ。
「仕留めましたの?」
「いえ、敗走させました。トドメはさせませんでしたが、俺達の勝ちです。ねえ?」
後方にいる葉山と獅子妻に同意を求める白金太郎であったが、二人揃ってノーリアクション。
「殺しに行っておいてそれは失敗じゃん」
睦月が小声で呟く。
「それでは何の意味も無いということがわからなくて? 罰が必要ね……」
笑顔でじりじりと白金太郎に迫っていく百合。顔を引きつらせ、横歩きに百合から距離を取ろうとする白金太郎。
「奴等も相当手強かった。私と白金太郎だけでは負けていただろう。葉山がいたから敵を退けることができたようなものだ。油断はしない方がいい」
白金太郎を嬉しそうに追い詰める百合に、獅子妻が声をかける。
「その言い方では、私の采配に難があったかのようですわね」
「そうは言ってないが」
「別に気を悪くしてはいませんわ。ただの冗談でしてよ。私はちゃんと信頼に値する編成を組んだつもりですもの。その信頼を裏切ったのは貴方方ですけど」
優雅に微笑み、百合はのたまう。
「ママ、そういうのすごく性格悪~い。すごく感じ悪いわぁ~。自分の思い通りにならなかったからってさあ」
嫌そうな顔で亜希子が言う。
「亜希子。貴女の私への見当違いな見方こそ、不快ですわ。思い通りにならなかったからヘソを曲げているわけではございませんのよ。ただ、からかって遊んでいるだけですわ。しかしまあ、今仕留めておいた方が、最良の展開だったのは事実でしたし、残念ではありますわね」
「私達は百合に命じられるまま、ターゲットを殺しに行ったわけだが、今どうしても殺さねばならない理由があったのか? 次の機会では間に合わぬと? 結界の中に閉じ込めているのであれば、また機会は巡ってくるだろう?」
獅子妻が疑問を口にする。他の全員も同じ疑問を抱いていた。
「結界に侵入者がありましたわ。純子と真、それに累もですわね」
百合の言葉に、亜希子があからさまに動揺を面に表す。一方、睦月はポーカーフェイスのままであったが、動揺は亜希子以上だ。
睦月のその動揺に、一人だけ気がついた人物がいた。獅子妻だ。動悸の速さの変化まで、彼の耳は捉えていた。
「雪岡純子は最早俺にとっても敵だな。マウスを俺への刺客として差し向けてきた。結果、俺の野望は中途半端な所で終わった」
「貴方の野望など、どの道、中途半端に終わっていたでしょうに」
獅子妻の言葉尻を捉えて、冷めた声で嘲る百合。流石にこれには獅子妻も険悪な目で百合を睨む。
「今のは聞き捨てならない」
「事実を述べたまでですわ。見境無いテロ行為を働いて、それが何になりますの? 薄幸のメガロドンもそうでしたが、生き延びて命を楽しむ方が健全でしてよ」
「ますます聞き捨てならん。私は薄幸のメガロドンの電波ジャックによるテロを見て、生まれて始めて魂が燃焼された。彼等の意志は私が引き継いだのだ。それを無価値だとは誰にも言わせない。伴大吉の精神を否定させはしない」
自分らしくなくムキになっていると、獅子妻は意識する。そして、自分がムキになっていることを楽しんでいることも、自覚している。今一つ感情が希薄だった自分が、薄幸のメガロドンの影響から、踊れバクテリアという組織を作ってテロ活動を始めてから、大きく変わってきている。自分の心の変化に、自分で心を躍らせている。
「よしましょう。私も少々大人げなかったですわ」
百合が小さく息を吐き、視線を逸らす。
「次は私も出ましょう。睦月、貴女もお供しなさい」
「はいはい」
百合と睦月が立ち上がる。
「私は~?」
指名されなかった亜希子が尋ねる。
「亜希子は男共に混じってお留守番しなさいな。今、私に生意気な口を叩いたから、お仕置きとして、出番はお預けですわ」
「ママ、たまに優しいのね」
嫌味ったらしい口調で命ずる百合であったが、亜希子はそれを聞いておかしそうに笑う。
「あらあら、何を勘違いしているのやら。その方が私にとっても都合がよいというだけの話ですのに。行きましょうか、睦月」
「あはっ、それで誤魔化してるつもりぃ?」
睦月が百合をからかうも、百合はそれ以上何も言わずに部屋を出て、睦月も後に続く。
「えーっと……亜希子、百合様がたまに優しいって、何のこと?」
きょとんとして尋ねる白金太郎に、亜希子は呆れたように息を吐く。
「私はママの言いつけで、純子や真とも仲良くなってるでしょー。私の本心としては、騙しているみたいで気が引けるし、一緒に行って鉢合わせする可能性もあるじゃない。ママはその気持ちも汲んでくれたってこと」
「なるほど~」
亜希子の言葉に納得する白金太郎。
実際には自分が百合の元にいることは、純子と真にもとっくにバレているが、それでも百合と一緒にいる状態で、純子達と会いたくはない亜希子であった。
***
凜と晃は二人でエントランスへと向かった。
幸子も亜空間を作れるので、凜の代わりに幸子に作ってもらい。そこで十夜と二人で休憩をとってもらうことにした。
エントランスに着いた二人は、取りあえずは郡山と村山に、これまでの経緯を伝えた。怪しい依頼者である小宮より、この二人の方が余程信用できる。
「実は雪岡嬢が来たんだよ。男の子を二人連れてね」
郡山の報告に、凜と晃は顔を見合わせた。
「君達のことも教えておいた。その様子だと、君達とはすれ違いみたいだね。雪岡嬢もバトルクリーチャー製造室の方へ向かったはずなんだが」
「純子と合流できれば心強いのに、ラッキーなんたがアンラッキーなんだか」
渋い表情になる凜。
「凜さん、純子達が戻るまでここにいた方がいいけどさあ。何かそれはそれで情けなくない? 結局純子に甘えて頼るみたいでさあ」
思いも寄らぬ言葉に、凜は驚いたように晃を見た。
「もちろん場合によりけりだけどね。敵は凄く強いし。でも何の成果も上げずに、純子に頼ってすがるのも、やっぱり情けないぜ。馬鹿な選択かもしれないけど、さ」
「そういう馬鹿な決定も、悪くないよ。ボス」
にやりと笑う凜に、晃もつられるようにして笑いかけたその時――
「ほんげーっ!」
「キャーッ!」
「で、でたーっ!」
悲鳴が立て続けにあがり、エントランスが騒然とした。
凜と晃が悲鳴のした方に視線を向けると、二匹の巨大な獣が、廊下からゆっくりと歩いて姿を現す。
「さっきの奴等と見た目は同じだけど、サイズが全然違うね」
晃の言うとおり、そのフォルムやデザインは先程交戦したバトルクリーチャーと同じであったが、大きさはライオンほどもある。あるいはそれ以上か。そして二匹共首からはタグを下げていた。
「あれがWH4ね」
タグを見て凜が言う。わざわざWH4とタグに彫られていた。
「二体もいるのか」
「いや、全部で三体と聞きました」
晃の言葉に、村山が訂正した。
二匹の大型バトルクリーチャー――WH4が、手近にいた所員に襲いかかる。たちまち二名の白衣が赤く染まり、他の所員が悲鳴をあげて逃げ惑う。
「何あれ……。晃、あいつらの体、よく見て」
凜に言われ、晃は所員を貪り食らうに引きのWH4をじっと見てみる。
よく目をこらして見てみると、WH4の体中の表面に、人間の顔が浮かび上がっていた。
(駆け出しの頃にホルマリン漬け大統領のアジトを襲撃した時も、顔が浮かんでいるバトルクリーチャーがいたな。あれは一体につき一人だけだったけど。あの時、凜さんは敵だったっけ)
WH4の不気味な姿を見て、昔を懐かしむ晃。
「あ、ああああいあいつらはバトルクリーチャー部の連中ですっ」
村山もWH4に浮かぶ顔に気がつき、声を震わせて言った。
「殺して食った人間の顔が、中から浮かんでるってことかな?」
「あるいはDNAを取り込み、それが……って、今食い殺された人らの顔が浮かんできたーっ!」
村山の叫び通り、たった今食い殺された研究員が、恐怖と絶望の表情のまま、二匹のWH4の背中と肩にそれぞれ浮かぶ。
「あああ……これは……」
浮かんだ顔が喋りだし、一同はさらに仰天する。
「お、俺は取り込まれた。意識がある。他の連中の意識も伝わる。これは……失敗作」
「今ここにいる二体は失敗作です」
たった今食い殺されたはずの研究員の言葉に反応し、最初から浮かんでいる顔の一つが口を開く。
「単に食ったものの意識を取り込むだけです。WH4は食った者の願望を取り込み、その精神エネルギーをパワーに変えて、強くなっていくというコンセプトのバトルクリーチャーでした。しかし成功したのはたった一体。それも偶然の産物です」
淀みない口調で別の顔が喋り、情報を伝える。
「今喋っている彼は、確かバトルクリーチャー部の者だ」
と、郡山。
「殺してください……。もう我々は絶対に助からない」
「諦めるな。この姿でも脳は生きているから、研究はできる」
「何言ってるんだっ。WH4に食われたまま自由も無く意識だけある状態で、まともに研究などできるか」
「ああ……せめて食われるならこんな失敗作じゃなくて、成功した奴に食われたかった」
WH4に浮かび上がった顔が、口々に喋りだす。
「どう考えても殺すしかないな。新たな犠牲者を生まぬためにも」
そう言ったのは、いつの間にか凜と晃の近くまで来ていた、八鬼であった。
「こいつら全員死ねばいい下衆だとは思うが、それでも見殺しは寝覚めが悪いし、仕方ない。助けてやる」
言うなり八鬼は、二匹のWH4に向かって疾走する。
「片方あいつに任せて、もう片方引き受けようぜぃ」
凜が口を開く前に、晃の方から戦闘方針を決定した。凜は満足げな微笑をこぼし、術を唱え始める。
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