第二十二章 6

 バトルクリーチャーの製造研究室は、地獄の様相を呈していた。

 散乱する研究員の無惨な死体の数々。それらの死因の大半は、爪で引き裂かれたか、牙で噛み殺されたものだ。

 そのうえ室内には、六匹のバトルクリーチャーが解き放たれ、うろついている。


「どうするの?」


 十夜が尋ねる。四人は部屋の外にいるが、バトルクリーチャー達も臭いや足音やらで、四人の存在を察知している。しかしすぐに襲い掛かってくるようなこともない。警戒している。


「あいつらがエントランスに行って、ここの人達を襲う可能性もあるから、ここで始末しておかないと駄目でしょう」


 幸子が言った。


「じゃあ僕達も戦う方向で。仕事とは無関係だけどね」

 晃がそう決定する。


(もう仕事云々とか、そういう次元では無くなっているけどね。如何にしてこの事態が引き起こされたのか、その謎を解き、悪意ある何者かを退け、ここを生きて出るか。そういう状況よ)


 凜が思うが、口には出さない。言わずとも、晃も十夜も理解しているであろうと信じている。


 中にいるバトルクリーチャーは六匹共、先程と同じタイプであった。しかし姿は同じでも、体型は皆大きい。小型の豹くらいはある。もちろん戦闘力は、豹などとは比較にならないであろう。


 室内に真っ先に飛び込んだのは幸子だった。続いて十夜が飛び込む。


 扉の近くにいた二匹が左右から幸子に襲いかかるが、一匹目の攻撃は幸子が前方にダッシュしたために空を切り、二匹目は幸子に牙が届く前に、廊下で遭遇した小型の一体同様に、亜空間より抜き様に放たれた刀の一閃により、スライスされていた。

 先程遭遇した個体に比べると、動きが格段に落ちるのが、誰の目にもわかった。大型な分動きが遅いというだけではない。知能もそれほど高くないというか、動きも洗練されていないように見える。


「メジロトーキック!」


 幸子への攻撃を外した獣が、十夜に放たれた爪先蹴りによって、顎から頭部にかけて破壊される。


 入り口では晃がかがんで低位置から、凜は立ったまま銃を撃ち、奥にいる二体を仕留める。たちまち残りは二匹となった。


 残った二匹は退くことも怯える事も知らず、果敢に十夜と幸子に襲いかかる。


「メジロセントーン!」


 大きくジャンプしてバトルクリーチャーの攻撃をかわすと、十夜は背中からバトルクリーチャーの上に落下した。大したダメージにはならないが、十夜の体に押し潰される形で、バトルクリーチャーの動きが止まる。そこに晃の銃が火を噴き、バトルクリーチャーの頭部を銃弾が撃ち抜く。


「ちょっと晃、そのタイミングで撃たないでよ。今の、俺に当たりそうだった……」

「だいじょーぶ。ちゃんと狙ってるから」


 軽く抗議する十夜であったが、晃は悪びれることなく、朗らかに笑う。


「いや、今のは危ない。余程ピンチでもない限り、ああいう真似はやめなさい」

「はい……」


 しかし凜に注意されて、晃は笑みを消し、しおらしく頷くのであった。


 残った一匹も、幸子が刀で真っ二つにして始末した。


「WH4とかいうのはこの中にいるのかなー」

 バトルクリーチャーの死体を見回し、晃が言う。


「いないんじゃない? さっきのより大分弱かったし」


 あるいは先程の手強い個体こそが、WH4だったのではないかと、凜は思う。


「誰かいる……」

 研究室の奥にある扉に顔を向ける幸子。


「逃げ遅れたここの技術者が、立てこもってたとか?」

 十夜が言った直後、扉が開いた。


 中から現れたのは十代後半の坊主頭の少年、二十代半ばから後半くらいの長身の男、ムキムキ毛むくじゃらの狼男という、三名だった。

 そのうちの二十代の男の顔だけは、四人共知っていた。実際に御目にかかるのは初めてだが、ネットで出回っている顔画像は見たことがある。もちろん名前も、どういう人物かも知っている。


「白衣は着ているけど、ここの研究員というわけではなさそうね」

 幸子が言う。


「うん。違うよ。ていうかもう白衣脱いじゃお。凄くダサい」

 坊主頭の少年が着ていた白衣を脱ぎ捨てる。


「白金太郎が脱ぐなら僕も脱ぎます。嗚呼……主体性の無い蛆虫……」

 二十代の男も白衣を脱ぐ。


「あれもバトルクリーチャー? いや、そのわりには……」


 狼男から、凜は確かな知性を感じとった。それと同時に、ひどく破滅的なヴィジョンが見える。黒いマグマが渦を巻いているのが見える。


「一応は人間だ。名は獅子妻那郎。数日前まで世間を騒がしていた、踊れバクテリアの頭目をしていた。組織は壊滅してしまったがね」


 狼男が口を開き、自虐めいた口調で自己紹介をする。


「確か、僕の姉ちゃんを殺した奴だよね?」


 二十代の男――葉山をじっと見ながら、晃が言った。葉山に関しては晃達も幸子も、裏通りの噂で知っている。最近名が売れてきた殺し屋だ。


「姉ちゃんのことはほとんど覚えてないし、どうでもいいんだけどねー」


 晃が言った直後、唐突に葉山が銃を抜いて晃を撃った。


「あっぶねー。本当に殺気無しで撃つんだな。手元の動き、注意しておいてよかったー」


 横っ飛びに大きくかわして、機材の裏に隠れた晃が、緊迫感の無い声で言う。


「貴方達が黒幕?」


 そんな雰囲気のようでもあり、同時に違うような気もしつつ、凜が問う。


「黒幕の手下といったところだ」

 獅子妻が答える。


「何の目的でこんなことを?」

「それは教えられませんね。知らぬまま死すべしっ」


 幸子の問いに、白金太郎が威勢よく言い放ち、ファイティングポーズを取る。


「晃、十夜。貴方達は二人がかりであの葉山ってのを相手にしなさい。どう見てもあいつが一番ヤバい」


 三人の中で最も退廃的なヴィジョンを出している葉山を見て、凜が告げる。


「相沢先輩には劣るけど、いろいろヤバい噂あるしね」


 晃が言い、銃の弾を入れ替える。今装填していた弾は、バトルクリーチャー用の溶肉液入りだったが、勿体無いので普通の弾にした。


「残る二人はどちらも接近戦タイプ――でいいの?」


 獅子妻と白金太郎を交互に見て、幸子が尋ねるが、答えは返ってこない。


「私はこっちにしようかな」


 幸子が獅子妻の方を見た。まだ少年の白金太郎よりは、いかにも凶暴そうな外見の獅子妻の方が、幸子にとっては心情的に相手をしやすい。


「私がこのクリクリ頭?」

 露骨に嫌そうに白金太郎を見る凜。


「いやいや、何その嫌そうな顔。俺と戦うことに何の不服があるんだよ」


 凜の態度にむっとして白金太郎が問いただす。


「だってクリクリ頭だし」

「それの何がいけないっての!? 触るとざらざらして気持ちいいんだよ! 百合様はいつも気持ち良さそうに俺の頭撫でてくれるし! あんたには絶対触らせてやらない!」

「別に触りたいと思わないし……」


(その百合様とやらが黒幕なわけね)


 呆れつつも凜は、激昂する白金太郎がぽろっとこぼした名前を、聞き逃しはしなかった。


(あ、しまった。よく考えたら百合様って義手だし、撫でてもわからないんだ。あれ? それなのにいつも撫でてくれるのは何故かな)


 百合の名を敵に漏らしたことには気づかず、別の疑問に捉われる白金太郎。


「僕だけ二人相手……しかも獅子妻と白金太郎は女性が相手で、僕は男の子二人……。これに深い意味はあるのだろうか。やはり僕が蛆虫だから、女性にはキモがられて嫌われているのだろうか……」

「何こいつ……」


 気持ち悪いことをぶつぶつと口走る葉山に、晃は顔をしかめる。


「一番まともそうな人って、あの狼男に見える」

 獅子妻を一瞥して呟く十夜。


(自分でもそう思うよ)


 十夜の呟きもしっかり聞こえていた獅子妻は、声に出さずに同意した。


***


 刹那生物研究所の敷地内。閉ざされた正面入り口前。


「本当にここなのか?」


 真が訝る。純子が懇意にしている研究施設の一つだ。真も純子と共に何度か来たことがある。


「オーマイレイプに最高金額コースで頼んだし、信用していいと思うなー。そこら中の監視カメラの記録をチェックして、人工衛星からも捜索して、占い師や予知能力者やダウンジングの使い手も総動員して、それで割り出したのがここだってさ」


 純子の言葉に、真は少し意外に思った。純子はあまりオーマイレイプとは仲がよろしくなく、情報屋としての依頼はもっぱら別組織であると聞いている。


(わざわざ不仲のオーマイレイプに依頼しないとわからないほどだったのか? それに加えて……雪岡自身が本腰を入れて臨もうとしているのかな)


 最近はわりと多いが、かつてはあまり外に出なかった純子が自ら出向いている事を見ても、わりと本気なのかもしれないと、真は勘繰る。


 訪れたのは純子と真の二人だけではない。累の姿もあった。例のネトゲ騒動の件以降、累も積極的に外に出るように努めているようだが、今回はただヒキ脱出のためという目的だけではない。


「巨大な結界が張られて……いますね。外からは問題なく入れるでしょうが、中からは容易に出られないタイブです。この結界には……覚えがあります」


 嫌な記憶が蘇る累。


(真には悪いけど、機会があったら、百合は僕が始末しますよ。これ以上のさばらせていても、ろくなことはありません)


 そのために自らの意志で、無理して足を運んだ累である。


(こいつは僕を出し抜いてあいつを殺す気だな)

 しかし真はあっさりそれを見抜いていた。


「私にも覚えがあるよ。取りあえず入ろうか。晃君達、まだ生きてるといいけど」


 笑顔で不穏なことを口走りつつ、純子は研究所の扉を開いた。

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