第二十二章 5

 村山に教わった、バトルクリーチャー製作部の研究室へと向かう途中、凜、晃、十夜、幸子の四人は、小宮とばったり遭遇した。


「おや、皆さんどちらへ? この研究所内で殺人事件が起こったことは御存知で? 全員エントランスに避難するよう言われているのですが」


 全く緊張感の無い顔で、小宮の方から声をかけてくる。


「バトルクリーチャーを製作している場所へと向かうところだよ。バトルクリーチャーの仕業じゃないかって思ってさ」


 包み隠さず語る晃。十夜は驚いて晃を見たが、凜は特に無反応だった。


「そうですか。お気をつけて。私はこのままエントランスに避難しますが、何か協力できることはありますか?」

「無いよ」

「わかりました」


 素っ気無い晃に一礼し、小宮は四人が来た方へと歩いていく。


「今のはいいの? 晃」


 胡散臭い依頼者である小宮に、こちらの行動を正直に告げなくてもよかったのではないかというニュアンスを込め、十夜が尋ねる。


「いいのよ。あいつが何か企んでいるとしたら、今はこちらの行動を明かしておく方がいい。それによって尻尾を出すかもしれないでしょ」


 晃に代わって凜が説明する。


「晃もそのつもりだったの?」

「うん。小宮が腹に一物あったとしても、今の僕らにはそれが何であるかわからない。でもあいつがもし僕らを陥れようとしているなら、今の僕らの動きは多分向こうも想定しているものだろうから、順調にいっていると思わせておく方がいいよ」


 問いかける十夜に、晃は微笑みながら答えた。十夜は自分だけ置いてけぼりにされた気分になったが、同時に晃の成長を頼もしくも思い、自分も頑張らないと、という気持ちになる。


「あの人は一人で移動してて平気なのかな?」


 十夜が疑問を口にする。他の研究員は皆固まって移動していたというのに。その辺も怪しく感じられる。


「平気だとしたら、ただでさえ胡散臭いのが、余計に怪しくなるよね」


 晃が微笑みをたたえたまま言う。


「私もあの男、変な気配を感じた。うまく形容できないけど、生気にも霊気にも欠けるというか……人間と向かい合っている気がしなかった」


 小宮に対して不審がっている三人を見て、幸子も感じたことを述べる。


(私も同じ印象。人ではない人の振りをした何かに見えた)


 凜が口に出さず幸子に同意する。


(もし……あの小宮が、結界を張った奴とも繋がっているとしたら、黒幕の目的は私達ってことになるんだけど)


 あまりぞっとしない想像であった。ここまで大掛かりな方法で自分達にちょっかいをかける者など、心当たりはない。十夜は純子の仕業かもしれないと名を挙げ、凜は即座に否定したものの、自分達を知る者でここまでのことができる者など、他に知らない。


***


 しばらく廊下を歩いた後、四人は殺気を感じ取り、足を止めた。

 前方の曲がり角の先の死角に、明らかに何者かが潜んでいる。そして向こうもこちらに気がついて、待ち構えている。


「殺気を全く隠せない辺りが、いかにもバトルクリーチャーっぽいわね」

 幸子が言う。


「十夜、ちょっと囮して誘き寄せてきて」

「はいはい」


 晃の指示に、十夜は服を脱ぎだす。

 服の下に来ていた緑色の全身タイツを見て、幸子はぎょっとする。幸子がおかしな目で見ることも予期していた十夜は、最早何も感じない。もう恥じらいも大して無い。

 背負っていたナップサックからマスクを取り出して被る。


「メジロエメラルダー、けんざーん」


 棒読みで名乗りをあげてポーズを取る。名乗りとポーズは、スーツの力をフルに引き出すトリガーとして設定されているので、やらないわけにいかない。

 スーツを装着しなくても十夜は十分に常人を超える戦闘力を持つが、当然スーツの力を引き出した方が全てにおいて強い。


 十夜はおっかなびっくりな足取りで、恐る恐る曲がり角に近づいていく。


 曲がり角に出た所で、果たして潜んでいた者が飛びかかってきた。

 不意打ちで攻撃が来ることは予想していたので、十夜はわりと余裕をもってかわすが、それでもその速度には舌を巻いた。


 現れた四足獣に向けて、晃と凜が発砲するものの、まるで姿を晒した瞬間に銃撃が待ち構えているのも予想していたかのように、動きを止めることなく、じぐざぐにステップを踏んで晃達のいる方へと向かってくる。


(速い。これは厄介かも)


 凜は無理して反撃せず、相手の攻撃をかわすことに専念した。晃のいる側に亜空間の扉を開き、すぐに入る。晃もそれに続いて中に入る。


 獣は、そのまま残った幸子に襲い掛かると思いきや、途中で足を止めた。


「まるでカウンターを警戒しているかのようね。これは相当訓練されてる。あるいは、訓練された人間の脳でも組み込んだか」


 猫科動物に酷似した、スリムな体型のバトルクリーチャーを見つめながら、幸子は言った。大きさは大型犬程度であるが、体つきは猫のそれだ。しかし口が異様に大きく開き、鋭い牙が鮫の様に多重の列となって生えている。


「犯人発見。でも話は通じなさそうだね」


 亜空間の扉が少しだけ開き、中からひょっこり顔を出し、現れたバトルクリーチャーを見て言った。その爪にも牙にもべったりと血肉がついている。


 顔を出した晃めがけて、バトルクリーチャーが跳躍する。


「あぶなっ」


 顔を引っ込める晃。バトルクリーチャーが晃の横をすり抜けていく。


「別に顔出さなくても、中から外の様子は見えるのに……」


 凜が言う。凜の作る亜空間トンネルは一つ次元がズレただけであり、通常空間からトンネルの中は見えなくても、トンネルの中からは通常空間が全て見える。


「ちょっとからかってみただけだよ。それはそうと、あれを銃で仕留めるのは至難かもねえ」


 動きが俊敏なうえに、銃に対しての訓練がしっかりと生されているように、晃には思えた。


「十夜でもあの速さには手こずりそうね。でも私達は陰から援護する形で、直接的な戦闘は十夜に任せた方が無難よ」


 曲がり角から戻ってきた十夜を見て、凜が言った。


「おや?」


 バトルクリーチャーと対峙した幸子を見て、晃が興味深そうに声をあげる。十夜も立ち止まり、両者を見守る。


「やる気みたいね、あの女」


 凜も興味津々といった感じで見物モードに入る。有名なヨブの報酬のエージェントの、実力の程を見ることが出来る。

 素手でどうする気なのかと、固唾をのんで見守る晃と十夜。一方で凜だけが、空間が歪む気配を感じていた。


 バトルクリーチャーが幸子に向かって駆け出し、ある地点まで迫った所で、一気に跳躍する。


 飛びかかるバトルクリーチャーにタイミングを合わせ。幸子が右腕を振る。いや、右腕だけを振ったわけではない。何も無い空間から現れた刀剣を握ると全身を振り回し、刀を横薙ぎに一閃させた。

 頭部から尻にかけてまで、綺麗に横向きに一刀両断されたバトルクリーチャーが、二つに分かれて床に落ち、落下してから血と臓腑を撒き散らした。


 あっさりと決着がついたので、晃と凜が亜空間トンネルから外へと出てくる。


「すげえ……何これ」

「片手で日本刀振るって、しかもバトルクリーチャーを二枚に下ろすとか、どんな怪力……」


 晃と十夜が舌を巻いて呻く。


「片手だけじゃないわ。剣は全身のバネを使って振ってる。あと、空間の狭間から引き抜く時に、かかっていた圧力の力も加わっているし。居合いで刀に鞘を滑らせるのと一緒よ。剣が良いってのもあるけどね」


 怪力女扱いされるのもかなわないので、種をばらす幸子。


「これで事件解決?」

 と、晃。


「そんなわけないでしょ。一匹とは限らないし、所長を殺した奴かどうかもわからない。そもそもどういう経緯で所長が殺されたかも不明だし、何より私達は閉じ込められてるんだから」

「だよねー」


 凜の言葉に、肩をすくめて笑う晃であった。


***


 小宮は研究員達が集るエントランスへとは向かわず、階段を四階へと上がっていた。そしてある部屋へと向かう。休憩室の一つであるが、薬品をばらまいたので立ち入り禁止という張り紙が張られている。

 部屋をノックし、開ける。中には三人の人物がくつろいでいた。


「百合様、バトルクリーチャーを全て解放し、所長も殺害しておきました。ターゲットはバトルクリーチャー研究室の方へと向かっております」

「御苦労様」


 三人のうちの一人、白ずくめの貴婦人、雨岸百合がにっこりと笑ってみせる。


「何で所長を殺害したの?」


 ゴスロリ風の衣装の少女――臼井亜希子が尋ねる。


「指導者となりうる人物を始末しておいた方が、ここにいる人達を扱いやすくなる。そう思っただけですわ。大して深い意味は有りませんことよ。あとは、あの子達を楽しませるための演出といったところかしら」

「くっだらな~い。そんなことで人を殺すわけ~?」


 百合の話を聞き、非難と呆れが混じった声をあげる亜希子。


「WH4とやらも解放しましたの?」

「はい。丁度最後の一体も完成しましたので。最後の一体は、偶然生まれた完成体です。同じ物は造れないでしょう」

「そうですの」


 答える小宮に、あまり百合は興味無さそうな声で相槌を打つ。実際、ここで製造されたバトルクリーチャーがどれほどの代物かなどは、あまり興味が無かった。

 しかしもしこの時点で、それがどれだけ禍々しい代物かを知れば、百合は即座にこの遊びを中止したであろう。


「白金太郎達と遭遇して、果たして生き延びることができるかしら。そこであっさりとおしまいになってしまう可能性も高いのですが」

「真達も呼んだんだろ?」


 くせっ毛だらけの頭髪が印象的な、学ラン姿の美少年が尋ねる。名は睦月。男の格好をしているが、実際には女だ。


「ええ、招待状は出しておきましたが、果たして間に合うでしょうか」


 楽しそうに微笑む百合。招待状とは、獅子妻に届けさせた蔵の生首と、その口にくわえさせておいた、十夜と晃の写真の事だ。


「私はどうすればよいでしょうか?」

 小宮が尋ねる。


「貴方はしばらくの間、普通の研究員として振舞っていなさいな。役目はもう終わっていますが、もしかしたら必要な時が来るかもしれませんし、定期的にこちらにも顔を見せるようになさい」

「承知しました」


 百合に向かって恭しく一礼し、小宮は退室した。


「あの人……死体人形なのよねえ?」


 嫌そうな顔になる亜希子。百合が扱う死体人形には、いい思い出が無い。


「ええ。魂は無くても知能は有りますのよ。普通の人間同様に口頭で指示をすれば、後は自分で考えてやってくれますわ」

「あまり私の前で使わないで欲しい。すごく……気分悪い」

「……わかりましたわ」


 陰鬱なオーラを発している亜希子に、百合は真顔で頷く。


 身内相手にも平然と意地悪をする百合であるが、それはイベントとして仕組んで行うものだ。日常生活のやりとりで同様のことをするのは、百合の趣味ではない。


***


 その命と共に解き放たれた二つの紛い物は、ただ本能に忠実な獣でしかなかった


 しかしその命には知能があった。鋭敏な感覚もあった。だからこそ理解していた。

 自分を解き放った者には、命が無いことを。心が無いことを。

 だから取り込む気にはなれない。望みをかなえる気にはなれない。


 命はさまよい歩く。己の命を輝かせる者を求めて。


 もう死んでしまったが、己を作った者達のためにも、己を輝かせなくてはならないと思う。そうすればきっと、死んだ先の世界で己を作ってくれた者も喜んでくれると信じた。


 命は己の存在意義を理解している。何のために生まれてきたか、何をすべきかを。

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