第二十二章 4

 郡山は所長が殺された件を、内線で各部署に知らせていた。

 一通り報告した後、気分を落ち着けるために飲み物でも飲もうと、所内の自動販売機へと向かう途中。廊下で奇妙な三人組とすれ違う。


(見かけない顔だな……)


 そのうち一人は目立つ。何しろ少年で坊主頭だ。


(でも三人共ここの白衣を着ているし、新人かなあ?)


 そう思い、深くは考えずに自動販売機へと向かう郡山だった。


「やはりカツラを用意した方がよかったな。君は目立つ。すれ違う者が全て君をチラ見してるぞ」


 その三人の中で、最も年長と思われる男が歩きながら口を開く。見た目の年齢は三十歳前後ほど。非常に目つきの悪い三白眼で、彫りの浅いのっぺりとした顔の男である。


「えー、このキュートなくりくり坊主頭を、カツラなんて無粋なもので隠すなんて、有り得ませんよっ。百合様だってきっと怒りますよっ」


 坊主頭の少年が、三白眼の男に反発する。


「TPOをわきまえない……。白金太郎、君は蛆虫の素質があるね。蛆虫も同じだよ……。TPOをわきまえず、いつだってどこだって、うねうねするだけなのだから」


 三人の中で最も背が高く、スラリと手足の長い男が、陰気な声を発する。顔立ちそのものはわりと整っているが、その口は半開きのままで、目は虚ろだ。


「葉山さんと俺を一緒にしないでよ。俺はただこのイガグリヘッドに誇りを持っているだけなんだからねっ。葉山さんは自分に誇りがありますか? 無いでしょう? いつも自分のことを蛆虫だの何だのと言って、自虐しているんですし」

「酷いことを言われてしまった……。でも、それが蛆虫の運命(さだめ)。皆から嫌われ、罵られる……嗚呼……」


 白金太郎と呼ばれた少年の言葉を聞いて、葉山と呼ばれた長身の男はますます虚ろな眼差しになって、ぶつぶつと呟く。


「百合は君達のような愉快な男が好みなのか? 私は君達のような個性は無い、つまらない男だが」


 三白眼の男が自虐と皮肉をこめて言う。


「いや、獅子妻さんは獅子妻さんで、十分個性的だと思いますよ。何考えてるかわからなくて、いつもつまらなさそうにしている所が特に」

「それは冗談のつもりか? それとも嫌味か?」


 獅子妻と呼ばれた男が、冷たい目で白金太郎を見る。


「それにしても俺、ここにいて平気なのかなあ?」

 話題を変える白金太郎。


「平気とは?」

 何の不都合があるのかと思い、獅子妻が尋ねる。


「いや、獅子妻さんは知らないんでしょうが、俺っていつも百合様の傍らにいるポジションですし。俺がいなくて百合様は平気かなーと。百合様って、俺がいないとてんで駄目な人ですしねー。あははは」


 頭の後ろに両手を回し、白金太郎は無邪気に笑う。これまた冗談で言っているのか本気なのか、葉山にも獅子妻にも、いまいち判別がつかなかった。


***


 村山に連れられて、ほころびレジスタンスの三人と幸子が所長室に行くと、惨たらしい殺され方をした死体が床に転がっていた。

 腹部を二つに両断された死体は、惨殺という言葉がこれ以上なくあてはまる。しかし鋭利な刃物で切断されたような感じではない。断面は不規則にでこぼこだ。


 内臓が放つ悪臭に十夜と晃が顔をしかめている横で、死体を見て、手を叩いて小躍りして喜ぶアンジェリーナの姿があった。


「ジャアアァァァァアアァァップ! ジャップッジャップジャプジャアァァァップーッ! ジャッ、ジャップゥ~!」

「うるさいっての」


 けたたましく騒いで大はしゃぎしているアンジェリーナの後頭部を、力いっぱい平手で叩く村山。


「大きな顎で噛みちぎられたように見える。内臓の損傷の仕方から見ても、一撃で体を二つにされたというわけでも無さそう」


 凜が自分の考えを述べる。以前にもそういう死体を見たことがあった。その時は、肉食のバトルクリーチャーに半ば食い殺された死体だった。


「これ見てよ」


 血の飛び散るカーペットの上に、血のついた足跡を見つけて指差す晃。人の足跡ではない。肉球と爪の跡だった。

 足跡としては見逃しにくい代物だ。カーペットを歩いているうちに、足についた血は取れてしまったようだ。あるいは、人の手で拭かれたという可能性もある。


「これ人間じゃないよねー。ここでバトルクリーチャー作ってるとか言ってたけど、それが逃げ出して襲ったとか?」

「うーん……可能性としては考えられます。しかしそれがピンポイントで、所長室にいる所長を襲うなんて不自然な……」


 晃の推測に、村山は口元に手を当てて唸る。


「何者かの手引きがあると考えた方が妥当ね」

 と、幸子。凜達も同感だった。


「所長は恨みとか買ってた?」

 晃が村山に尋ねる。


「ここにいるのはマッドサイエンティストばかりですし、毎日いがみあい、喧嘩ばかりでした。でも皆仲良く喧嘩する間柄でしたよ。殺すまで至るってのは、ちょっと想像しがたいです」


 難しい顔をして村山が答える。


「何だ、こりゃ。ホラー映画の始まりか?」


 そこに新たな人物が姿を現す。ルシフェリン・ダストの萩野八鬼だ。


「そのマントの下どーなってるの?」

「教えてやんない」


 物怖じせず尋ねる晃であったが、八鬼はすげなく拒む。


「誰の仕業かはわかってるのか?」

「教えてやんなーい」

「私達も今来た所よ」


 尋ねる八鬼に、茶目っ気たっぷりに答える晃と、真面目に答える幸子。


「この事は研究所にいる全員に知らせて注意と警戒を促して。できれば全員を一箇所に固めた方がいいわ」

「すでに郡山さんが知らせてまわっていますよ」


 指示する幸子に、村上が言った。


「はぐれて行動している人間から殺されるのがホラーの基本だしねっ」


 一人不真面目モードの晃が、笑いながら言う。


(あと何人か殺されてくれた方が、証拠が多く残る分、犯人の特定にも近づけるんだけどね)


 そう思った凜だが、流石にそれは口には出さない。


「バトルクリーチャーの製作部署に、問い合わせてみます」

 村山が室内の内線を繋ぐ。


「出ませんね……」

 十数秒の経過の後、村山が渋面になって言う。


「もう殺られてるんじゃないの?」


 と、凜。バトルクリーチャーが逃げ出して殺害したとなれば、その管理者達が殺されている可能性も高いと、凜は見た。


「俺達が囮になって、バトルクリーチャー誘き出すのがいいんじゃないかなー? どうせここにいる面々は、バトルクリーチャーなんて屁でもないでしょ」


 晃が気楽な口調で提案する。


「晃以外はそうかもね」

「え~っ? 凜さん、そういうこと言うの?」


 口を尖らす晃。


「バトルクリーチャーの性能だってピンキリでしょ。そもそも貴方、溶肉液入りの弾は用意していあるの?」

「もちろん用意してるよ。ありとあらゆる可能性想定して、備え有れば憂い無―しっ。再生能力持ちマウスが現れてもへっちゃらさー」


 凜に指摘されるも、晃はあくまでお気楽モードであった。しかしそれが表面上のものだけで、本当に緊張感が無いわけではないことを、凜も十夜も知っている。晃は第三者の目を意識して、必要以上にそう振舞っているだけだ。多少は素のキャラも混じっているが。


「村山さん、このことを早く研究所内に知らせて。そして、バトルクリーチャーを作っている場所を私に教えて」

「はい」


 幸子の要求に、村山が頷く。


「僕らもそこに行こう」

 晃が凜と十夜に促す。


「んじゃ、俺は集まった研究所員のガードでもしとくかー」

 そう言って八鬼が真っ先に部屋を出ようとする。


「あんた何者なの?」

 その八鬼を晃が呼び止めて、ストレートに問う。


「ルシフェリン・ダストの者だって言ったろ? もう忘れたのか?」

「ここへ何しに来たのか、いまいちわからないんだよなあ。そもそもルシフェリン・ダストっていう組織のコンセプトも、よくわからないっていうか。裏通りを抑制するのが目的って」

「抑制どころじゃない。裏通り自体を潰したいと願う、反裏通り勢力だ」


 さらりと答える八鬼に、村山を除く面々は驚いた。


「正気なの? いや、それをここであっさりバラしていいの?」


 凜が八鬼に見据えて問う。確かに裏通りに否定的な個人や集団が集結している事は聞いていたが、せいぜい抵抗勢力程度だと思っていた。実際現時点では、抑制が目的と言っていた。だが八鬼は、はっきりと潰すとまで明言している。


「いずれ知られる事だしな。そして正気だし本気だぜ」

「一枚岩でその考え? 貴方含めて一部だけが暴走してるとかじゃなくて?」


 やる気の無い口調で話す八鬼に、凜がさらに突っこんで問う。


「一枚岩ではないけどな。まあ楽しみにしてろよ。いずれ本格的に動く」


 そう言って八鬼は部屋を出た。


「気をつけてください。管轄が違うので、俺も噂でしか聞いたことありませんが、現在この刹那生物研究所では、特別高性能なバトルクリーチャー『WH4』というものを作っているそうです。もしそれが完成されて、野放しになっていたら……」


 警告する村山。


「バトルクリーチャー部の連中がひとりでもいれば、WH4がどういうものかわかるのですが。あるいは所長がいれば……」

「だーいじょーぶ。僕らこう見えて強いんだからさ。そいつもやっつければいいだけだろー」


 やんちゃな笑みを満面に広げて嘯く晃を見て、村山も口元をほころばせた。


***


 村山は八鬼の後を追い、共に廊下を歩いていた。もちろんアンジェリーナもいる。


「あ、村山君」

 そこに郡山が現れ、声をかける。立ち止まる三人。


「すでに研究所内に知らせてある。エンランスに全員集ってもらうように言った」


 郡山の言葉通り、研究員は皆、廊下を一方向に向かって歩いていた。


「わりと落ち着いて行動しているようだな」

 研究員達の歩く姿を見て、八鬼が言った。


「ま、皆食わせ物のマッドサイエンティスト達だ。多少は動揺している者もいるが、胆の据わった者の方が多い」


 心なしか自慢げに語る郡山。


「それより村山君、バトルクリーチャーの管理者と連絡がつかないと言ってたな」

「ええ。バトルクリーチャー製作部にかけてみましたが、誰も出ませんでした」

「バトルクリーチャー製作部のコミケスキー・小宮なら、先程すれちがったぞ」


 二人がその挙動を怪しんでいた人物である。いや、他の者から見ても怪しい。以前と微妙に人が変わったような所が見受けられる。表情の作り方や言動が歪なのだ。発言の内容等を聞いている限り、本人であるし、性格が激変したというわけではないが、所々違和感がある。


「エントランスにいますかね。やはり彼が怪しい。ていうか、しまった……。彼がバトルクリーチャー部の担当者だって、伝えるの忘れてた」


 片目を閉じて顔をしかめる村山であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る