第二十一章 29
「ナンバー4とはまた微妙な数字ですねー」
怜奈が身を起こしながら煽る。
(いや、かなりの脅威と見ていい。純子が何百体、あるいは何千体も作ったマウスの中で、上から四番目だぞ)
怜奈とて煽っているだけで、その脅威は理解しているであろうから、口にして注意はしない蔵であった。
「数字に惑わされるのは愚か者とお父ちゃんが言っていた。信頼できる数字は、天使のヒエラルキーだけだ」
エンジェルが嘯き、倒れた姿勢のまま銃を撃つ。
今度はあっさりと回避する獅子妻。かわすという事は、当たってもノーダメージというわけにはいかないという事だ。二発食らった分は、ちゃんとダメージとして蓄積されている。
倒れたまま続けて何発も撃つが、獅子妻はエンジェルの銃撃を悉く回避する。
怜奈は出る機会を伺っているのか、あるいは観察しているようで、動こうとしない。
蔵が前に出て戦った所で、あっさりとやられるのがオチだ。蔵の能力は、ここぞとういう所の切り札として取っておく腹積もりでいる。不意打ちでひるますくらいの役に立てばよいと。
エンジェルが身を起こす。そのタイミングを狙って獅子妻が突っこむが、逆にエンジェルもその行動を見切っていたため、もう一挺の銃を取り出し、獅子妻めがけて撃った。
腹部に一発食らい、獅子妻の動きが止まる。やはり効いてはいる。しかし致命傷にはならない。
さらに何発も撃ちまくるエンジェルだが、その後はまた全てかわされる。
一見するとエンジェルが一方的に攻撃しているように見えるが、それは獅子妻を近寄らせないために、必死に撃っているだけだ。
「これは……明らかだぞ」
蔵が呻く。何が明らかと言えば、両者の戦闘力の違いだ。エンジェルとて相当な強者である。しかし獅子妻はまるで、エンジェルの動きを全て読み取っているかのようであった。三発当たったのは、不意打ちが決まったに過ぎない。警戒されている際は、全く当たらない。
実際、優れた視覚と聴覚と嗅覚で、獅子妻はエンジェルの一挙手一投足を全て読み取っている。獅子妻に施された改造は、単純な肉体強化であるが、その最も優れた点は五感の強化にあると、純子は獅子妻の前で言った。それは今こうして証明されている。
エンジェルの銃弾が尽きる。それ機と見て、獅子妻が一気に詰め寄るが、怜奈が立ち塞がった。
「ハシビロ突っつき!」
怜奈が叫ぶと、鳥の嘴を模したバイザーが直角に上がる。怜奈が大きく状態をのけぞらすと、獅子妻に向かって頭から突っ込み、頭突きを試みる。
刃となったバイザーの先が獅子妻の喉元に突き刺さるかと思いきや、獅子妻が放ったアッパーが怜奈の顔面をとらえ、怜奈の体がまたしても宙を舞う。
(もっとまともな攻撃をできなかったのか……。キャラクターイメージもほどほどにしろと)
それを見て心底呆れる蔵であったが、怜奈は転倒してもすぐに起き上がった。
「はははっ、無駄ですよっ。ハシビロスーツを着ていると、剥きだしの部分も薄いバリアーで覆われていますから、生半可な攻撃は通りませーん」
勝ち誇ると、口から唾を吐く怜奈。いや、吐いたのは唾ではなく、歯であった。そして嘴を模したバイザーが下がり、再び怜奈の顔がバイザーですっぽりと隠れる。
(効いているように見えるが……まあ、顔面粉砕されなかっただけマシということか)
はらはらしながら見守りつつ、自分がどのタイミングで仕掛けるか、ずっと機を伺う蔵であった。
「ハシビロ魔眼!」
怜奈の声と共に、鳥を模したヘルムの目の部分が光る。
「むっ!?」
その光を見てしまった獅子妻が呻く。体の動きが止まってしまう。
動きの止まった獅子妻に、エンジェルが二発撃った。一発は背中。もう一発は頭部に当たる。
血を撒き散らしながら倒れた獅子妻であるが、すぐに身を起こして頭を振ると、二発の弾丸が銃創から押し出されて、こぼれ落ちる。急激な再生能力は見受けられないが、頭に弾を食らっても即死とはならない頑健さも備えていた。
(今のタイミングで私が攻撃すべきだったか)
怜奈にまだ隠された能力があるかもしれないが、エンジェルの銃撃は決定打にはならないと見て、蔵は次に獅子妻が隙を見せたら、自分が攻撃することを決める。
「出番だ」
怜奈の動きを止める能力を厄介と見なし、獅子妻は仲間を呼ぶ。
「格好つけて一人でいくとか言っておきながら、随分と早いギブアップだな」
ロドリゲスが揶揄しながら現れる。しかし陰から獅子妻の戦いぶりを見ていて、その戦闘力の高さに目を見張っていた。
「ふっ、この間は痛み分けだったな」
ロドリゲスを見て、エンジェルが声をかける。
「お前の方が痛手を負ったろう。見物していたが、今日は明らかに動きが鈍いぞ」
エンジェルに向かって、嘆息しながら言うロトゲリゲス。
「天使が囁いている。この男は俺が天国へ導けと」
「ということは、私がこの獣人を一人で担当ですかー。しかしまだ敵がいたような……」
怜奈の言葉に、獅子妻も訝っていた。克彦が何故姿を現さないのかを。
(まさか逃げ出したのか? その可能性も十分有り得るが)
克彦が来夢を連れて逃げるという選択をしたなら、それを防ぐことなど獅子妻にはできない。せいぜい逃げられる前に殺すくらいだが、一応自陣営にいるわけだし、逃げる可能性もあるとして殺害するというのは、あまりにも野蛮すぎて、いくら冷徹な獅子妻といえども、ポリシーに反する。
(二人がかりでも手こずっていた獅子妻を怜奈一人というのは、負担が大きい。しかし……怜奈のあの動きを止める能力は、獅子妻に効くようだ。その隙をついて私が仕掛ける)
緊張する蔵。最大出力の高温ブレスが、果たして決定打になるかどうか。それが問題だ。
「ハシビロ魔眼!」
怜奈のヘルムの目が光った瞬間、怜奈から目を背ける獅子妻。
「げっ、かわされましたー。ていうか見抜かれましたー。おのれー」
怜奈が口惜しげに胸の前で拳を握り、わなわなと振るわせる。
「ハシビロ魔眼! ハシビロ魔眼! ハシビロ魔眼! ハシビロ魔眼! ハシビロ魔眼!」
ほとんどやけくそ気味に連打しだす怜奈。当然、全てかわされている。
わざわざ叫んでからその後で目が光るうえに、目を見なければ動きも封じられないのだし、あれなら素人でも余裕でかわせるだろうと、蔵は呆れる。
「少しは考えて使え」
「うるさいっ! 戦闘できないボンクラの分際で余計な口出しすんなっ!」
呆れて声をかける蔵に、苛立ち紛れに叫ぶ怜奈。
(今のはただムカついたから怒鳴っただけか? それとも私が戦力外だと裏付けるための演技か? それとも両方か?)
いずれにしても良い作用になると、蔵は計算する。獅子妻が自分から警戒を解くであろうと。もっとも最初からあまりこちらを警戒しているようにも見えないが。
一方、ロドリゲスとエンジェルは銃撃戦を繰り広げている。今回は作業場に無数にある遮蔽物が利用できるので、互いに守りは固い。
その時、蔵の携帯電話がなる。メールの着信音だ。
(到着したか。そして――)
すでに包囲が済んでいるという合図だ。蔵に不都合さえなければ、不都合の旨を返信しなけければ、そのまま突入する手筈となっている。
(早く来い。早く)
心の中で急かす。エンジェルはともかく、このままでは怜奈が不味い。一人では明らかに獅子妻相手には不利だ。
その数秒後、作業場に一斉に複数の男女がなだれ込んできた。
服装に統一性は無い。だが、全員アサルトライフルで武装している。拳銃が主流の裏通りでは滅多に御目にかからない銃器。
(拳銃以外を出来るだけ出回らせない理由の一つは、一般市民への巻き添えの考慮だけではない。裏通りの住人の力を抑制しつつ、中枢が優位に立つためだ。中枢直属の兵士は、小銃や機関銃で武装している)
かつての取引相手であったため、蔵はその事実を知っていた。
突入した中枢の精鋭達が、一斉にライフルを撃つ。
「うごおおぉっ!」
たちまちロドリゲスが中枢の精鋭部隊に蜂の巣にされる。怪人に変身する間も無く、断末魔の悲鳴を短くあげ、絶命した。
「ふっ、殺戮の天使の軍団に揚げ物を取られてしまったか」
その光景を見て、心なしか虚しげな響きの声を発するエンジェル。
当然だが獅子妻も蜂の巣にされていた。しかし――
「おい、効いてな――」
中枢の兵士の驚愕の叫びは、途中で遮られた。
にょろにょろと不規則な軌道を描いて現れた黒く長い手が、彼の顔面に巻きつくと、一気に後方へと引っ張ったのである。
「うおおおっ!?」
「何よ、これはーっ!?」
他の兵士達にも同じように、どこからか現れた黒手が巻きついていき、引っ張られていく。
引っ張られた先には、中から黒手が無数に這いずり出して蠢く、黒い穴があった。その黒い穴の中へと、中枢の兵士達は次々と引きずり込まれていく。
「来夢……」
穴の前にいる来夢の姿を見て、呆然とする蔵。
来夢の横には、黒手と亜空間トンネルを用いて、中枢の精鋭達の半数をあっという間に全て封じ込めた克彦もいる。
「遅いぞ……」
体中から血を噴き出しながら、獅子妻が呻く。
「ふんっ!」
気合いと共に全身に力をこめると、獅子妻の体内にある銃弾が体の外へ一斉に押し出される。
「あれだけ食らってまだ生きてるんですかー」
その光景を見て驚愕する怜奈。
蔵は獅子妻の不死身っぷりよりも、気を取られていた事があった。来夢の存在だ。
克彦の傍らにいる来夢。まるで克彦に付き従うかのようにして現れたのだ。そのうえ来夢はすでに上着を脱いで上半身裸で、翼を見せている。戦闘態勢だ。
(まさか……)
それを見て、蔵は嫌な予感を覚えていた。
「来夢? もしかして……」
怜奈も察したようで、震える声を漏らす。
「うん。いろいろ考えたけど、俺、おじさんの組織を抜けて、踊れバクテリアの子になる」
来夢がそう言った直後、残った中枢の兵士達の何人かがその場に崩れ落ちた。重力場だ。
床にへばりついた中枢の兵士達の足に黒手が蛇のように巻きつく。重力から解放された直後、中枢の兵士達は黒手によってまた、次々と黒い穴の中へと引きずり込まれていった。
「形勢逆転されたかと思ったら形勢逆転し返したか。中々心臓に悪いものだ」
その光景を見た獅子妻が、大きく安堵の息をつく。
「こっちの心臓は今まさに凍りつきそうな所だがね」
獅子妻の言葉に対し、蔵は血の気の失せた顔で呟いた。
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