第二十一章 25
蔵は早速、純子から聞いた、お茶沸かし能力のグレードアップ法を試していた。
純子曰く、蔵の能力は体内での熱のコントロールであり、美味しいお茶沸かしとして緻密なコントロールが出来るほどの代物であるために、熱気を作り出して大概へ放出することも十分に可能であるし、それを戦闘にて攻撃用に扱うことも、出来ないはずがないとのこと。
普段は水と茶葉を入れて発動する能力であるが、空気だけを取り込み、胃の中て激しく熱する。
「ぶーっ!」
唇をすぼめ、口から熱気を吹き出す蔵。蔵の食道や口腔や唇は熱にとても強いが、顔の肌などは防熱改造されていないので、噴射した熱気が顔には触れないよう注意して噴く。
確かに熱気は出たが、空気の揺らぎを見た限り、1メートルも先に飛んでいない。
「コツを掴むのが難しいが、外に向けての攻撃としてできないことはないな」
体内で熱にする空気の量を増やし、かつ噴出する力をもっと上げれば、攻撃範囲を広げることもできるように、蔵には思えた。
「貯め時間、長すぎじゃないですか」
怜奈が冷めた表情で突っこむ。
「第一、能力があるといっても、純粋な身体強化はしてないわけでしょー? そしてボスの素の戦闘力も期待できそうにないですし」
「一応裏通りに堕ちた際に戦闘訓練は一通り受けた」
「実戦経験無いでしょー?」
怜奈の指摘に、蔵は唸る。
「よくわかるな。無い」
「そりゃわかりますよ。足運びや視線の気配り、それからオーラみたいなもんでもわかりますしー。あ、こりゃ錆ついてるなー、平和ボケてやがんなーって」
そこまで言った所で、怜奈はしまったと口を押さえる。
「悪かったな。まあ事実だが」
「こっ、こここっちこそすみませんっ。つい……」
「君の本音であり、本当のことなんだろう。構わんよ」
言い方は褒められたものではないが、きっぱりと指摘してもらえるのはありがたい。
「でははっきり言わせていただきますがー、ボスのその大道芸が戦力になるとは思えません。このまま一人プラス大道芸使いという戦力で敵アジトに乗り込んでも、犬死に必至です」
大道芸使いとは言ってくれると、蔵は苦笑いを浮かべる。
「純子が言うにはあと一人いるらしいしな。二対三になる。だが希望としては、どうにか来夢を先に解放してこちらの戦力に加えるか、あるいはエンジェルが早めに復活するかで……」
「意地でも二人と勘定しますか? 私も意地でも勘定しませんけど。正確にはできませんけど」
冷めた顔でシビアに言い放つ怜奈。
「私の芸も使い方次第だよ。射程と範囲をもっと伸ばせば、一撃死を狙って相手を一人潰せるかもしれん。不可能でも、一人をこちらで担当して誘導くらいはできる。しかし敵が三人となれば難しい」
それからまた蔵は訓練を再開する。怜奈はもう午後九時になろうというのに、帰る素振りを見せない。
「む。今のはいい感じだったな」
熱気が広範囲に広がっただけではなく、炎まで伴っていたのを見て、蔵は大きな手応えを感じた。
「おおっ、範囲がかなり広がって、距離も伸びてますねー」
怜奈も感心の声をあげた。
「コントロールするコツを掴まねば」
「しかし……ボスを戦力として加えるのも考慮したとして、やはりエンジェルさんの復帰を待つべきです」
怜奈の中で、大道芸使いから戦力に格上げされた事に、蔵はほっとする。
「病院に確認してみた。命に別状は無いが、当分動けないとのことだ。復帰を待っていたら、来夢がどうなるかわからん」
「本来は切り捨てるべきですよ。敵に捕らわれた時点で」
「捕らわれたからこそ切り捨てられんのだ。殺されたなら諦めるしかない。生存の可能性があるなら助ける」
蔵の中で苦い思い出が蘇る。破竹の憩いが天野弓男に襲撃され、構成員を何人も殺され、組織が壊滅した嫌な思い出。
しかも自分はあの時、途中でリタイアしてしまい、指揮は純子任せになっていた。純子は多くの構成員が生き残れるよう、うまく取り計らってくれたようだが、その際にもやはり犠牲は出た。
(彼等の半数以上は、私が表通りの事業で失敗して、そこから引っ張ってきた者達だったな)
自分が殺したも同然という意識は、どうしてもぬぐえない。もちろん自分で裏通りに堕ちることを選択した、彼等の自己責任という道理が正しいことも理解しているが、それでも感情的には割り切れない。
「来夢に変な保護欲みたいなのが沸いて、ムキになっているとかはありませんかー?」
意地悪い口調での怜奈の指摘を受け、蔵は思わず笑みをこぼす。
「それもあるかもな。あの子にはそういう気持ちをかきたてられる部分はある」
「あれま、あっさり認めちゃうんですか」
「意地になって否定するほど若くはないよ」
「若さと関係無いと思いますよ。いや、あるかもしれませんが。やましい気持ちは無いからこそ、あっさり認められるんでしょう」
怜奈のその言葉に、蔵は異論があったが、口には出さなかった。やましい気持ちがあっても、やましい気持ちが無いように見せかけるために、あっさり認めるかもしれないのだから。
「あるいは照れだな。私としてはそちらのニュアンスで年齢を引き出したが」
これが蔵の本心だ。
「話を戻すが、来夢をさらった時点で、相手にも何か意図があるのだろう」
「悪い想像ばかり浮かびますねー」
その悪い想像は蔵の中にある。来夢が拷問されてこちらの情報を引き出されたとして、来夢は果たして喋るだろうかと勘繰る。
(予測不能な子だからな。大した情報など無いがしかし、喋ってしまえば用無しとして処分される可能性もある)
むしろ拷問が続いている方が安全という状況であることに、気が滅入る蔵であった。
***
「そちらの子は筋が通っているようだな。そして克彦。君は見損なった」
「あー、そうかよ」
獅子妻の冷たい一言を鼻で笑い飛ばす克彦。
「元々あんたのことは気に食わなかったし、これで決別でも構わないぜ」
「ただ決別で済むと思うのか? 私達の情報を外部に漏らすつもりでいるかもしれないのだから、決別は君の死を意味する」
挑みかかるように言う克彦に、獅子妻はさらに冷たい声で警告する。
「まあ、どのみち我々は長くないがな」
「どういうことだ?」
獅子妻の呟きを訝る克彦。
「言葉通りだ。まさか長生きできると思っていたのか? テロなど起こして、生き延びられると思っているのか? 我々はできるだけ多くの人の命を奪う。このふざけた世界により多くのダメージを与える。世界は我々を決して許さないし、物量に押されていずれは果てる。伴大吉とてそれがわかっていたから、自殺して幕を閉じた。私は足掻く。足掻いて足掻いて生き延び、できるだけ多くを殺すつもりでいる。しかし長生きできないことはわかっている。君にはその覚悟が無かったのかな?」
「あんた、俺と会った時と言ってることが違うぜ? 自分が死んでしまったら何もならないと、俺のしたことがくだらんと言って俺の気を惹いたくせに、今は逆のこと口にしてる」
「無駄死にはするなという意味で言った。無駄死にはしないが、長生きはできん。何もおかしくはないぞ」
獅子妻に声をかけられた時の記憶を掘り返す克彦。そもそもあの時、獅子妻は自分のことを勘違いしていた。ヤケをおこした通り魔か何かだと勝手に思い込んでいた。
「あー、もう面倒くせーや」
獅子妻から視線を逸らす克彦。
「それより私はこちらの子と話がしたい」
当の獅子妻は、来夢へと顔を向ける。
「爬虫類?」
獅子妻を見上げ、真顔でそんな言葉を発する来夢。
「私のことか?」
「うん。爬虫類みたいな目」
来夢の言葉に克彦が吹き出した。
「いつもローテンションなのでね」
獅子妻は特に気を害した様子を見せていない。自分でも認めているし、どう思われようと構わないとしている。
「君から情報を引き出したい。君達は名声目当てで私達を討つと宣言していたが、ただそれだけが目的とは思えない。君達はどうやら全員マウスのようだ。おそらくは雪岡純子のマウス」
「うん」
あっさり認める来夢。
「雪岡純子の指令を受けているのではないか?」
「うん」
「おいおい来夢……。敵にあっさり情報与えていいのかよ」
素直すぎる来夢に、克彦が突っこむ。
「隠す意味無いよ。この人もわかっていて確認している質問だもの」
克彦の方を向いて、来夢があっけらかんと言う。
「聡明な子だな。誰かさんと違って」
「ここで俺にあてつけるかねえ」
獅子妻に皮肉られ、克彦は舌打ちする。
「中枢が絡んでいるのではないか? 直接指令を出されたということは?」
「うん、その通り。それに、ここで違うと言っても、信じないでしょ?」
来夢が言ったが、獅子妻はここで初めて笑い、かぶりを振った。
「私は目がいい。顔の筋肉のこわばり、体色、体毛のわずかな変化、さらに瞳の変化でわかる。私は耳がいいので心音の変化まで聴こえる。さらに鼻もいいので、臭いでもわかる。それらで嘘か真か判断できるのだよ」
「おいおい、あんたもそれ教えちゃうのかよ」
「くだらぬ手間を取らせなかった礼のようなものだ」
克彦の突っ込みに対して、獅子妻は相変わらず冷たい声で答える。
「あんたそんなタイプだったのか? 意外だな。全部打算か計算で論理的に動くだけの、冷血人間だと思ってたのに」
茶化しているわけではなく、克彦は本気でそう思っていた。
「そして我々は、できれば君達と戦いたくないと告げておく」
来夢を見下ろしたまま、獅子妻は告げる。
「我々はこれから逃走する。いずれは殺されるだろうが、それまでの間に、出来る限り多くの命を奪う。このふざけた社会に牙を突き立てる。我々のそうした行動を喜ぶ者も多い。我々の行動に感化されて、叛逆のスピリッツを受け継ぐ者も出てこよう。我々の行動に意義はある。君に言っても伝わらないだろうが、我々は信念のために殺している」
「ううん、わかるよ。とても立派なことだと思う」
皮肉でも何でもなく、本心らしき言葉であっさりと言ってのけた来夢に、鉄面皮の獅子妻ともあろう者が面食らってしまった。
「俺はそれを否定もしないし、馬鹿にもしない。俺にも似た気持ちはあるし、心の中では応援してる。自分でやるつもりはないけど。だって楽しいよ? 死ぬのが無関係な人達である限り、他人の不幸なんて、話題として誰もが楽しんでる。だからこそニュースがある。皆、他人の不幸の情報を楽しむために、ニュースや新聞を見てるんだ」
まだ小学生と思しき子供の来夢が、大人ぶっているわけでもなく、拗ねた様子も見せず、確信を込めて涼しげに語るのを見て、聞いて、獅子妻は圧倒された。
「否定するのは克彦兄ちゃんを否定するのと同じになる。強い気持ちと、そう考える理由があるなら、俺は否定しない。否定できない。少なくとも空っぽじゃない。テロにもちゃんと中味がある。テロは悪だけど、テロが起こる理由があるなら、テロを起こす理由の全ても悪。だから……」
「つまりテロを起こさせる社会も悪、だな。素晴らしい。私達と全く同じ思想ではないか」
「爬虫類の仲間にはならないよ。俺はプルトニウム・ダンディーの一員。裏切りはしない」
顔をほころばせて称賛する獅子妻であったが、勧誘しようとすることを予期して、先回りして拒絶する来夢に、再び面食らう。
「出会いが先なら、君もこちらに加わったかな?」
「わからない。僕はおじさん……今のボスが信用できる人だから、今後もやっていこうと思えた。それが大きい」
獅子妻の質問に、来夢はこれまた素直に心境を語る。
(情報を流して解放しようと思ったが……正直微妙だな。こんな特異な子だとは思わなかった。初めて見るタイプだ)
少し喋っただけであるが、来夢が強烈な個性の持ち主であることはすぐに察せられた。そして獅子妻は、来夢に対する強い欲求がこみ上げてきた。
(手放したくない。拒否はされたが、何とかして我々の仲間に引き入れたい)
来夢の能力ではなく、その特異性に惹かれ、獅子妻は強くそう思った。
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