第二十一章 13

 翌日朝、新たなメンバーを加えたプルトニウム・ダンディーの面々は、護衛対象である四つ葉の烏バーのアジトへと向かった。


「おや? 今日は休日ではなかったのか?」


 アジトには依頼主の大島遼二がいたため、蔵が訝る。


「休みだけど……家に帰りづらい事情があって、昨夜事務所に寝泊りしてな。ああ、仕事キャンセルはしないし、今日はここで英気を養うから、心配しなくていいぜ」


(家族か恋人と喧嘩とか、そういう理由かな)


 物凄く言いづらそうな顔で言う遼二を見て、蔵は何となく察した。


「今更だけど、あんた雪岡研究所で見た顔だな」

 蔵を見て遼二が言う。


「私も君を覚えていたが、そちらは忘れているかと思って口に出さなかった。おかげさまで私も研究所から独立して、自分の城を再びもったというわけだよ。記念すべき最初の仕事だ」

「ほう、それは目出度いな」


 遼二と程々に雑談した後、蔵達は組織の売人と共に『褥通り』という呼び名の、文字通りの裏通りへと向かう。

 ビルの合間に挟まれた奇妙な長い道であり、主に裏通りの住人が足を踏み入れる領域だ。入り口こそ狭いが、ある程度進むと、建物に挟まれているとはいえ、わりと広いスペースになる。

 道に面している店舗は全て裏通りの住人相手の商売だという。抗争も頻繁に起こる危険地帯である。


 売人の数は二人。護衛するには楽な人数だ。それを確認したうえで、作戦と役割を決める。メンバーが一人増えたが、蔵も一応予定通りに参加する。


「俺がガードを務めよう。彼等の守護天使となり、売人を狙っていると思われている者を見定め、死のラッパを吹こう」


 エンジェルが申し出た。


「ガードは一人で足りるか?」

「予定通り、私も守備役に回りまーす」


 蔵の問いに、怜奈が緊張感の乏しい声で言う。


「なら私も予定通り、もしもの時の囮を務める」


 そう言って蔵は来夢を見る。来夢も蔵を見上げて、無言で頷く。ちゃんと反応してくれたのでほっとする蔵。たまに無反応であったり、おかしな反応をしたりするので、来夢相手のやりとりは気を遣う。


***


 売人達の護衛を始めて三時間が経過した。現在は午前十二時半だ。


 傍目で見ていて、違法ドラッグ組織の売人の仕事は、わりと時間のかかる代物だった。基本待ち続けるものであり、事前に連絡した相手がやってきてこちらを見つけ、売りさばくという形式だ。

 買い手は裏通りの住人だけに限らない。明らかに表通りの住人もいた。


 売人と思われる者は他にもいて、四葉の烏バーの売人と会うと、互いに会釈している。こちらの前で堂々と取引をしているが、縄張りを譲り合って使っているような、そんな雰囲気である。


 何も無い時間帯は、四葉の烏バーの売人達とも交えて、雑談に興じていた。


「あと一人予定を消化したら、昼飯行きましょう」


 売人がそう言った数分後、怪しい一団が褥通りに現れた。その数は十三人。

 見た目は東洋人であるが、明らかに日本人ではない集団。中国系のマフィアであることは明白だった。しかも明瞭な敵意をこちらに向けている。


「今日は大島がいないのか? 拍子抜けだな。今日こそ奴に引導を渡すためにと、精鋭を引き連れてきたのにな」


 一番後ろにいる小男が流暢な日本語で言った。こいつがリーダー格だろう。


「早速登場ですねー。ちょっと準備しますから、エンジェルさん、その間だけはガードお願いしまーす」


 怜奈がそう言って服を脱ぎだす。

 ぶかぶかと言ってもいいくらいのゆったりとした服を脱ぐ怜奈。するとその下から、肌にぴっちりとフィットした、少しくすんだ藍色の全身タイツが露わになる。


「一応警戒しておくが、相手は意表をつかれて動く気配が無いようだ。天使もびっくりだな」


 怜奈の着替えを一瞥し、エンジェルが微苦笑をこぼす。

 確かにエンジェルの言うとおり、マフィア達は怜奈に視線を向けたまま硬直している。いきなり服を脱ぎだすという行為に加え、服の下から現れた衣装に目を奪われている。

 蔵からすると特に珍しいものではない。雪岡研究所で同様の改造をされた者を何名も見ている。特撮ヒーローさながらの、所謂ヒーロー系マウスだ。


 怜奈が鞄の中から折りたたみ式ヘルメットを取り出してかぶる。鳥を模したヘルムで、先端が尖ったバイザーで顔は覆われている。


「ブルー・ハシビロ子! 推参!」

 ポーズを取って名乗りをあげる怜奈。


(ああ、あれはハシビロコウだったのか。言われてみれば似ていなくもない)


 怜奈のヘルムを見て納得する蔵。


「ねえ、もう殺していいの?」


 蔵の服の裾を引っ張り、来夢が尋ねてくる。


(表現がストレートすぎるな。注意した方がよいのだろうか……)


 そう思いながら、無言で頷く蔵。


「あれはもしかして、雪岡純子のヒーロー系マウスじゃないのか?」

「もしそうなら油断できんぞ。気を入れてかかれ!」


 マフィア達が中国語で警戒しあっていたが、蔵達にも売人にもかわらない。ただし、戦闘の号令がかかったのだけは理解した。

 何名かのマフィアが銃を抜く。売人達がその場に伏せ、エンジェルと怜奈がその前に立ち塞がる。


「ハシビロ魔眼!」


 自分達の方に銃口を向けてきたマフィアに向かって怜奈が叫ぶと、ヘルムについていた目の部分が光る。


「お、おい?」


 数名のマフィアが、まるで時間を止められたかのように完全に動きが止まったのを見て、無事だったマフィアの一人が慄いて声をかける。


 銃撃戦が始まった。エンジェルとマフィア数名が撃ちまくっている。早くもマフィア二名が倒されるが、数が多いので、エンジェルはたちまち防戦に追い込まれている。

 エンジェルは売人の盾になって守る役目であったが、敵の注目を浴びてしまい、それどころではなくなってしまった。蔵が担う予定だった囮の役を、エンジェルが引き受ける事となった。


「こっちへ」


 売人二名を物陰へと手招きする蔵。一応怜奈が身を張ってかばってくれているが、それで二人を守りきれるわけがない。

 逃げようとする売人に銃口を向けるマフィアであるが――


「ハシビロ魔眼!」


 再び怜奈のヘルムの目が光り、売人を狙ったマフィアの体が硬直した。


 売人と蔵が建物の陰に隠れたのを見て、怜奈は攻撃へと移った。マフィアめがけて突っこんでいく。

 当然マフィア達から銃弾が雨あられと降り注ぐが、怜奈は左右にステップを踏んで巧みにかわす。何発かは当たったが、怜奈のスーツを貫くことはできなかった。


 怜奈が最も近い位置にいたマフィアまで肉薄すると、ヘルムのバイザーが上がる。さらに、バイザーが伸び、先端が尖る。それはまるでハシビロコウの嘴を模していかのように見えなくもない。


「ハシビロ突っつき!」


 怜奈が高速で頭を振り、その嘴バイザーの先端が、マフィアの喉や顔面を突きまくり、穴だらけにする。悲鳴をあげ、血を巻きちらし、もんどりうって倒れるマフィア。


 エンジェルは激しく駆け回りながら、複数のマフィア達と銃撃戦を繰り広げているが、敵の数が多く、遮蔽物も無いとあって、苦戦しているようだ。それでもさらに一人のマフィアを殺害した。


(来夢は――!?)


 本来オフェンス役の予定だった来夢が何をしているのかと視線をやり、蔵は驚愕した。

 来夢はアジトにいる時のように、服を脱いでいた。そして素っ裸に白い布だけ巻き、大きな白い翼を生やして、宙に浮いている。しかしその翼は、鳥の羽根とも蝙蝠の皮膜とも虫の翅とも違う。無機質な白い六枚の板と、半ば透明の白い四枚のふわふわとそよぐ布のようなものが背中より生えていた。


 マフィアもエンジェルも怜奈も売人も、来夢の変化に気がついて目を見張る。


「て、天使が……やはり俺の見立て通り、本物の天使だったのかっ」


 銃撃戦を一次中断し、呻くエンジェル。


「何を必死になってるの?」


 来夢がマフィアを見据え、ぽつりと呟いた。


 マフィア達の動きが一斉に止まる。銃を持ったまま手が動かない。銃口を動かすことができない。引き金を引けない。空間に固定されたかのように、腕だけ動かない。


「何のために傷つけるの?」


 来夢が喋ると、また変化が起こった。マフィア達の手首から先が強烈に重くなったかと思うと、手が見えない力で引っ張られるかのようにして、全員一斉に前のめりに地面へと体ごと叩きつけられる。


「何で今ここにいるの?」


 来夢が一言発するごとに変化が生じる。今度はマフィア達の体が跳ね上がるようにして空中高く舞い上がる。すぐ脇に立つ五階建ての雑居ビルより高く上がり、さらには空中で固定されたマフィア達が、悲鳴をあげているのが地上まで聞こえる。


「何でこうなったの?」


 空高く飛んでいたマフィア達が、不自然な猛スピードで落下した。自然な重力だけとは思えぬ勢い。明らかにそれ以上の力が加えられたうえでの落下。


 マフィア達は文字通り潰れて、地面にへばりついた。普通に落とされただけではなく、まるで飛んでいる虫を叩き潰すかの如く、見えざる手でぺちゃんこにされた。

 呆気なくマフィアは全滅した。その凄惨な死に様を目の当たりにして、蔵も売人二名も呆気に取られる。


「天使の手に掴まれたら最期のようだな」


 凄惨な死体を見下ろし、サングラスを人差し指でずりあげながらエンジェルが言った。どうも彼は、来夢の能力の正体がわかったようだ。


「どういうことだ?」


 蔵が物陰より出てきて、エンジェルに向かって尋ねる。


「あの子は重力を操っている。天使の意識に捕まってしまえば、それでほぼおしまいだ。天使の意識――あの子の意識の手に、捕まらないように避ければ問題は無い。念動力の対処と変わりはない」

「そんなこと言われても、普通は念動力の対処などできないぞ」


 エンジェルに解説され、蔵は苦笑いを浮かべる。


「恐らく鍵は、あの天使の翼だろう。念動力のように、完全に意識の根で相手を掴むのではなく、あの羽ばたきもせぬ翼が重力をコントロールしていると見ていい」


 来夢の能力よりも、それをあっさりと見抜いたエンジェルの方に、蔵は感心した。


「純子のマウスに詳しいようだな」

「まだ雪岡純子の殺人人形という名の守護天使が現れる前、俺はマウス処理専門の、殺戮の天使の役目を担っていたからな。暴走して悪さをしすぎた堕天使に、裁きを与えていた。俺一人ではなく、何人かそういう役目のマウスはいたようだが」


 懐かしげな面持ちで語るエンジェル。


 来夢の方を見る蔵。来夢はおもむろに脱いだ服を着ている最中であった。

 蔵は来夢がまるで虫でも弄んでいるかのようにして、マフィア達を殺したことが気になっていた。


(殺しを楽しむタイプか? 裏通りでは稀にいるが。この子の心が歪んでいるようには見えないが、暴走してヘタを打たないといいが……)


 もっと来夢のことを知る必要があると、蔵は思った。蔵が来夢を制御するためにも、来夢自身が己をちゃんと制御できるようにするためにも。

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