第二十章 12
銀嵐館の本家庭園。
屈強な体をした、いかにも荒事に長けてそうな男達が整列している。中に女性も何人かいるが、彼女達も百戦錬磨の兵(つわもの)だ。
そんな彼等の前方で、彼等が息を呑むほどの闘気をまとった、金髪細身の美少女が、ふてぶてしい顔で彼等を見渡す。フリルのついた柔らかそうな生地のブラウスに、レースの編みこまれたカーティガン、リボンタイという、上はお嬢様然とした服装であるが、下は機能性重視のロングパンツだ。
「今の所、妖怪共が狙っているのは政府中枢でもなければ、民草でも皇室でもねえ。それらを守護する朽縄や白狐だ。さらに俺らも標的になっている」
少女は銀嵐館に所属する構成員達を前にして、古めかしいライフルで己の肩をひっきりなしに小さく叩きながら、状況の確認を行い、今後の指針を告げていた。
「俺らは二手に分かれて、朽縄と白狐の護衛に当たる。俺らも狙われているのだから、丁度いい。向こうも丁度いいと考えるかもしれねーがな」
銀嵐館当主シルヴィア丹下は、自分の前に整列した猛者達相手にそこまで話した所で、電話を取る。相手は朽縄一族の当主、朽縄正和だった。
『こちらはまた交戦した、な。相当な数が都内に潜んでいるようだ、な。油断する、な。数の多さも厄介だが、奴等の戦闘力は個体差が激しく、中には相当の腕利きもいるから、な』
「こっちも話をつけたところだ、うちの精鋭をそちらのガードに向かわせる」
精鋭しかいねーけどなと、口の中で付け加えるシルヴィア。
銀嵐館に所属する構成員は厳選している。幼い頃から銀嵐館の一員となるべく育てられている家系も、幾つかあるほどだ。シルヴィアもそうした家の一つで育ち、実力で当主の座に就いた。当主は一子相伝というわけではなく、単純に戦闘力と指導力を認められた者が就く掟となっている。
『ありがたいことだ、な。護衛してもらえる分、こちらも攻勢に回れるか、な?』
「奴等の隠れ里らしき場所は、すでに判明してるぜ」
『流石はオーマイレイプだ、な』
「残念ながら突き止めたのは俺達じゃねえ。雪岡純子だ。んで、裏通りの始末屋の月那美香、樋口麗魅、そして雪岡純子と雫野累が、足斬りと腕斬りの隠れ里らしい場所に向かった。これがこちらの矛ってことになるが、追加はいるか?」
『それは頼もしい話だ、な。ならば我々は、都内に潜んだ連中の殲滅に力を注げばいい、な。万が一、雪岡らが敗れたら、その時は我等も出向けばいい、な』
「俺も奴等の隠れ里とやらに行きたいが、さすがにここで指揮を取らねーとな」
護衛を本分とする銀嵐館であるが、敵対者を殺害することも仕事の一つとしている。シルヴィアは護衛よりも、そちらの方を好んでいる。
「俺達の当面の仕事は朽縄と白狐の護衛であるが、敵の数も多いようだし、むしろ共闘というニュアンスの方が強い。そのつもりでかかれ」
『はっ!』
ライフルを部下達の頭上に突きつける格好でシルヴィアが命じ、銀嵐館の猛者達が気合いの入った声と顔で返事をした。
「それと、この中に当主になりたいって奴はいるか? 俺より強いと思う奴だ。遠慮なく言ってくれ。そして俺の前で、皆の前で実力を示せ。もう一度言う、遠慮は無用だ」
唐突にシルヴィアがそんなことを口走ったので、銀嵐館の猛者達は戸惑いの表情を浮かべる。
「いねーのか? 俺には誰もかなわねーってか? ふんっ」
不機嫌そうに鼻を鳴らすシルヴィア。このタイミングでこのような話を切り出す彼女の意図が、誰にもわからない。
(やっぱり俺は強いだろうに。何で俺が麗魅より下なんだよ。あの糞妖怪め……)
一昨日言われたことを未だ根に持ち、かつ疑っているシルヴィアであった。
***
腕斬り童子の指導者である青葉は、ほんの数名の部下と共に、都内のホテルに滞在していた。
彼は村の妖怪を千人近くも引きつれ、都心へと赴いた。だが数十の班に分けて、ばらばらに行動させている。固まってしまえば一網打尽にされる恐れがあるからだ。
「朽縄、白狐、銀嵐への攻撃ペースは、最初はゆるくていい。次第に早めていくのだ。そして防戦気味に戦い、奴等を消耗させろ。こちらが消耗気味になったらすぐ退却し、入れ替わり別の班で攻めろ。その繰り返しだ。時間の経過と共にペースを速めて、奴等に休む時間を与えぬようにする。そうやって左京が導き出した復活の吉日までもたせろ」
電話でメッセージを送り、各班に指示を送る青葉。
「最初にペースをゆるめておくのは何故です?」
同じ場所にいた部下の一人が尋ねる。
「最初から飛ばしてしまうと、連中も別の手で対処しそうだからな。油断を誘い、時間を稼ぎ、そして奴等が帝の復活の日には、動けないようにするのが、我々の最大の目的だ」
計画の意図を直属の部下へと伝える青葉。他の妖怪達には特に伝えることもない。むしろ伝えない方がいい。捕獲されて、自白剤を打たれるようなことがあれば、台無しになる。
(一つ懸念があるとすれば、敵がこちらの本拠地である村の場所も突き止め、すでに少数精鋭の刺客を放っている可能性も、有りうるということだ)
青葉の懸念は見事に当たっていた。
***
「ヘイ! ボーイ!」
田んぼの中で遊ぶ十歳くらいの男に、威勢よく声をかける美香。
「月那美香だーっ。うわっ、いっぱい!? 何でこんな所に月那美香―っ!?」
美香のことも知っていたようで、驚きの表情になる子供。
(知られていることが吉と出るか災いとなるか!?)
同じ顔が四人も並んでいる事に、子供は戸惑っているようだ。
「すまん! この村の外から来たのだが、この村のことを詳しく教えて欲しい! 嫌ならいい! しかし私達のことは誰にも言わないでほしい!」
「テレビで五人に増えていたのは、何だったの……? 今も四人いる?」
「視ていたのか! 今後は五人でユニットを組んでやっていくつもりだ! 応援よろしくな! いや、それはいいとして、教えてくれるのか!? くれないのか!?」
満面に愛想笑いをひろげて、男の子へと迫る美香。
「お、教えていいのかな……。よくわかんない。村からは出ちゃいけないって言われてるけど、村人以外が村入ってきたのなんて、初めてだし」
「何故駄目なんですか?」
躊躇する子供に、十三号が尋ねた。
「俺達は皆、足斬り様と腕斬り様に仕えるために生きてるから。この村で生まれた者はそうする決まりだし、外に出てはいけないのも、足斬り様と腕斬り様が決めた決まりなんだ」
子供の話しを聞き、改めて村に入る前の老婆の台詞を思い出す美香達。
「妖怪のために働き、妖怪の子を作るんだ。妖怪達は口であれこれ指示するだけ。村の人達は妖怪を怖がってるから、皆従ってる」
「奴隷ですにゃ……前のにゃー達と同じにゃー」
七号が身震いする。
「妖怪の子を作るとは!?」
さらに尋ねる美香。
「足斬り様と腕斬り様には、女が生まれないから、人間の女は全部、いずれ妖怪達の嫁になるんだけど、何が産まれるかわからないんだって。足斬り様が産まれるかもしれないし、腕斬り様が生まれるかもしれないし、人が産まれるかもしれない。たまに首斬り様が産まれることもあるんだ」
「首斬り様だと!?」
さらに尋ねる美香。
「足斬り様と腕斬り様がごっちゃになった、偉い妖怪だよ。一人しかいない」
「きっとそいつは足や腕を斬るより強いにゃ……」
七号が身震いする。
「お前達が侵入者かっ! その子から離れろ!」
その時、後ろから怒鳴られて美香達が振り返ると、青い肌の小さな妖怪がこちらを睨んでいた。足斬り童子だ。
「別に子供に危害を加えてはいない!」
「お前が危害を加えなくても、頭の固い奴が一緒にいる所を見ると、子供に罰を与えかねんのだ! 離れないというなら……」
どうやらこの妖怪は、男の子を真剣に気遣っていると見られた。足斬り童子が鉈を手に取り、美香達にじりじりと近づいてくる。
「わかった! 行け!」
子供に離れるよう、指で促す美香。それを見て、足斬りが臨戦態勢を解く。
「戦わないのか!?」
鉈を下ろした足斬り童子に、美香が問う。
「侵入者ではあるが、悪い奴では無さそうだしな。それに俺は、穏健派だ。好戦派の連中なら戦ってたろうよ。大半が出払ってるけどな」
「好戦派とか穏健派がいるのね」
足斬りの話を聞いて、十一号が意外そうに言う。
「誰も彼もが左京や八重に従っているわけでもないし、奴等のやる事に賛同しているわけでもない。この村の人間への仕打ちだってそうだ」
忌々しげに吐き捨てると、足斬りは堂々と美香達に背を向けた。
「待て! できれば話を聞かせてくれ! そしてかくまってくれ!」
足斬りを呼び止め、自分でも図々しいと思う事を頼む美香。
「調子に乗ってるな……。まあいいか。ついてこい。放置して厄介事を起こされても面倒だ」
立ち止まって了承し、再び歩き出す足斬りの後に、美香達はついていった。
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