第二十章 11
もう何度も訪れて、見慣れた風景の一つとなった病院の個室。
見るからに血色の悪い老人が、ベッドに横たわっている。腕には点滴、鼻にはチューブが通されている。
会う度に肌から生気が欠けていくので、病室を開ける度に、二号は怖くなる。
「前にも言ったろう? もうここに来る必要は無いよ」
薄目を開けて二号を見るなり、老人は掠れ声でそう告げる。
「はあ? 寝たきりのくたばり損ないのくせして、あたしに指示すんなよ~」
老人の側に椅子を引っ張ってきて座り、精一杯元気な声を出して憎まれ口を叩き、笑顔を作ってみせる二号。
「君は君の生きる場所も生き甲斐も見つけた。例えクローンという出生だろうと、君はもう、一人の立派な人間だ。くたばり損ないに関わって、貴重な時間を無駄にしてはいかんよ」
「ふひっ、ふざけんなよ。御主人様だってあたしに側にいてほしいんだろ。わかってるんだっ。ぐひひ……」
達観した口調で諭す老人に、二号はやけくそ気味に喚く。自分の台詞が虚ろに響いていることは、二号自身もわかっている。
「本心を言えばそうだよ……」
老人は言った。老人は微笑もうとして、できなかった。もう表情を作る事も難しかった。喋るだけで精一杯だ。
「ふひっ、あんた、一体何でクローンなんか買ったんだ。一人ぼっちで寂しかったからだろう? ふひひ……」
「そうだ。私は人を利用するだけ利用し、そうすることで勝ち上がった人間だからな……。しかし……その結果、誰とも心を通い合わせることはできなかった……。私の側に来る女は、全て……私の地位と財産目当ての、蝿のような女ばかりだったしな」
「で、心を開けるのは、金で買った、調教に失敗したアイドルクローンだけってか。あひゃひゃ、無様な人生だこと」
「そうでもない。最後に知る事ができたんだ」
嘲る二号に、老人は瞑目して否定する。
「何を?」
「人と心が触れあい、通じ合うことの幸せをだ。最後の最後で知る事ができた。贅沢なことだよ……。まあ……誰にもわからんだろう。私の今の満たされた心は……」
老人の発した言葉に、二号は押し黙る。その幸せとやらをどうして老人が感じることができたかは、言わずもがなだ。
「私が病に伏しても、心配して見舞いに来る者など、君以外に一人もおらん。何十年も会って無かった兄が、遺産をせがみに来たのは笑ってしまったがな。そういう生き方をしてきたから仕方がない。だが、君一人いるだけで、それが何よりの救いだった」
「何勝手に過去形にしてるんですかね、この爺は」
「そうだな。現在進行形だったな……」
「爺のくせしてクサいことばっかりぬかしやがって~。ほーんと、みっともねーっス。聞いてるこっちが恥ずかしくなるっての」
二号の言葉は途中から涙声に代わっていた。そこで会話がしばらく途切れる。
「私はそれでよかったが、君のことが心配だった」
老人が小さく息を吐き、言った。
「私がいなくなった後のこととか、君の寿命が短い事とか。だが……君のオリジナルが助けにきてくれて、仲間ができて、寿命の問題も解決して、そして新たな生き甲斐ができて……本当に安心した……」
老人が目を開き、二号と視線を合わせる。老人の目が再び開いたのを見て、二号は安堵する。喋っていても、いつか言葉も途切れ、そのままずっと目が開かなくなるかと、心配していた。
「君のオリジナルが現れた時、私が何で……オリジナルに君を預けようとしたか、必死に説得したか……もう……わかっただろう?」
「ぐへへへ、あんまりうるさくて根負けしたけど、あの時にすでにわかっていたってばよ。爺がくたばった後も、あたしが寂しくないように……。おい……? 爺? おい……。おいってば……」
老人が目を開いたまま、二号と視線を合わせたまま固まり、瞬きすらしなくなっていたのを見て、二号は愕然とする。
「ふざけんなよ……。返事しろよ……ばぁか……ひぐっ、うぐっ……うぁぐ……」
しばらく泣きじゃくる二号であったが、やがて電話を手にかける。
「あー、オリジナル? 今さあ、爺くたばったから~、もうこんな小便臭い病院に見舞いに来るとか、面倒臭いこともせずに済むわ~。あひゃひゃひゃひゃ」
『そうか……』
泣き笑いしながらの二号の報告に、美香は静かに頷いた。
「そーかじゃねーよ、月那美香! てめーのキャラならそこで『お悔やみ!』とか、『ご愁傷!』とか叫ぶところっスよォ~。ぐひゃひゃひゃひゃ」
『そこまで非常識ではない。だがお悔やみ申し上げる』
「お悔やみなんていらねーよ、ばーかばーか。そっち行くから、行き方と場所さっさと教えろってんだよ、ばぁか」
死を悼み、ここで哀しんでいるより、仲間のために動く方が主を心配させないで済む。そう考え、二号は美香達の元へと行く事にした。
***
「二号が来るそうだ」
電話を切り、美香が静かに報告する。
美香達はすでにトンネルを抜けて、目的地へと着いた。目の前には村がある。人影もちらほら見える。正確には人ではない者の姿も。ここではコートで隠してはいない。
「一人で来て大丈夫でしょうか?」
十三号が心配そうに言う。
「交戦する可能性もあるから、来たら迎えに行くのが理想だな! 二号が来た時、迎えに行ける状況であればいいが!」
と、美香。村をざっと見渡す。
「えっとー、まずこういう初めて来た、わけのわからにゃい場所では、情報を仕入れるために聞き込みが基本だったかにゃー?」
美香に仕込まれた、始末屋としてのイロハを思い出し、七号が美香の顔色を伺いながら確認する。
「人間もいるようだが、聞き込みをするにも、村人が妖怪達の支配化にあるなら、協力を請うのも難しい!」
ここに来る前の老婆の警告を思い出す
見た限り、村のほとんどは田畑で占められていて、道路は全く舗装されていない、むき出しの土の道だ。わりと密集して建っている家屋は全て茅葺屋根の古めかしい木造建築である。一応電線と電柱は通っている。
「いい場所ですね」
村を見渡し、十三号が微笑みをこぼす。
「妖怪が堂々と歩いてるのがシュールだけどね」
道を歩いている四本腕に青い肌の腕斬り童子の姿を目にして、十一号が言う。
「私達の姿は目立つな! 同じ顔が四人!」
「今更……」
美香の台詞に呆れる十一号。先程の戦闘で、すでに変装は解いてある。
「聞き込みするなら子供がいいんじゃないかにゃー?」
田んぼの中にて、一人で遊んでいると思しき子供の姿を見つけ、七号が指差して言った。
「確かに子供が相手なら、うまいこと誤魔化せそうね」
十一号が七号に同意する。
「七号、ナイス提案! 七号もたまには頭が働く!」
「たまには余計にゃーっ」
褒める美香に、頬を膨らませてみせる七号。
「よし! では早速あの子を皆で取り囲んで聞き込みだ! 行くぞ!」
「はいっ」
「はいにゃーっ」
美香を先頭に、堂々と水の張られていない田んぼの中へと足を踏み入れる一行。
(開けた場所だし、そこらにいる妖怪達の目にも留まってる気がするんだけど……)
最後尾を歩きながらそう思う十一号であったが、もう手遅れなので、意見はせずについていった。
***
「美香ちゃん達が目的地に着いたみたいだねえ」
雪岡研究所のリビングにて、ホログラフィー・ディスプレイの中に映された地図を見て、純子が言った。
「ふわわぁ~、んで、あたし達はいつ行くのぉ~?」
みどりが問う。ぞろぞろ大人数で行くのもどうかという事なので、純子とみどりと累は時間差を置いて行くということになっていた。
「明日の朝でいいんじゃないかなー。美香ちゃん達だけでそれまでにケリつけちゃうかもしれないけど、それならそれでいいだろうし」
「それ、わりと有りうるんじゃない? 美香姉はクローン軍団を率いるようになってから、何か頼もしいっつーか、成長した感すごいしさァ」
「うん、私もそう思う」
笑顔で言うみどりに、純子も微笑んで同意した。
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