第二十章 10

 目が覚めると、真は奇妙な場所にいた。

 薄暗い部屋。畳が敷かれているが、まともな家屋ではないのは壁を見ればわかる。壁がつるつるした岩肌なのだ。天井は薄暗いせいで見えないほど高い。オイルヒーターが稼動し、布団の上に寝かされている自分。


 体が非常にダルく、思考回路も鈍っている。薬で寝かされたせいではあると思う。そして随分長い間眠っていたのでろあうこともわかる。


(これは本当に眠り薬だけか? 他の薬物もうたれている気がするぞ。麻薬とか……)


 妙に心地好い感覚があるので、真はそう疑ってしまう。持続性と常習性の高い違法ドラッグの類を用いられていたら、厄介なことになる。


(雪岡の拷問訓練のおかげで、大抵の拷問は耐えられるけど、薬物は不味い。特に麻薬の類……快楽を促すものはな)


 うたれた薬物が、常習性のある麻薬の類かどうかは不明だが、えもいわれぬ心地好さに、頭がうまく働かない。何もかもどうでもいい気分になりかけている。


(今はぎりぎりで理性を保っているけど、これが続けば……あるいは量を増やされたら不味い)


 何のためにこんな目にあっているのか、いまいち意図がわからない。

 真と交戦して青葉と名乗った妖怪は、真を拉致したとはいえ、敵意は見せなかった。それどころか敬意すら持って接していた。なのに、この仕打ちだ。


 しばらくしてから真は、自分がジャージから和服へと着替えさせられていることに気がついた。拘束はされていない。だが拘束の必要も無さそうだ。薬物の効果で、まともに動くことができない。体にろくに力が入らない。目と頭部を軽く動かす程度だ。


(トイレ行きたくなったらどうするんだよ……って、おしめか、これ?)


 下半身にはかされている下着が、トランクスと異なるものであることにも気がつき、真はげんなりする。


「きひひひひひ……」


 奇怪な笑い声を耳にし、真は頭を動かして声のした方を見る。


 部屋には自分一人ではなかった。もう一人、布団の上に寝かされている人物がいた。こちらは自分と違い、かけ布団がかけられていない。おかげでその人物の状態がはっきりとわかった。

 狂気の笑みを張り付かせた、痩せ細った中年女性。彼女には両手足が無かった。


「いひひひひ……」


 明らかに正気を失っているようで、虚ろな目つきで天井を見上げたまま、口の端から涎を垂らし、時折笑い声を漏らしている。

 彼女も自分と同じように薬物の類を打たれているのだろうかと勘繰ったが、何となく勘で、違うような気がした。


(薬を打たれて朦朧としていて、逆に助かったかもな。意識がはっきりしている状態でこの有様じゃあ、そっちの方が、頭がどうにかなりそうだ)


 そう思い、真は目を閉じた。


***


 美香、十一号、十三号、七号の四人は、純子に指定された場所へとタクシーで赴き、その近くで降りた。

 指定された場所は、車では入れない、林の中へと続く、舗装されていない細道の先のようであった。地図で検索しても、細道こそは映っているが、その先は映し出されていない。しかし純子の指定では、明らかにその先を指している。


「あんたら観光客? この先には行かない方がいいよ」


 腰の折れ曲がった農家の老婆が、美香達に声をかける。


「信じなくてもいいけどね。地図にも載ってない名も無い村がある。この辺の者は皆知ってるけど、誰も近寄らない。危険な連中が住んでいるんでね」

「そうか! 警告サンクス!」


 老婆に頭を下げる美香。


「聞く気は無いみたいだね」


 老婆は、美香が警告に従わずにその先に入るであろう事を察して、溜息をついた。


「注意はしたからね。言うこと聞かずに怖いもの見たさで入っていった観光客は、誰も帰ってこないんだ! 化け物が住んでいるんだよ! あの先では、人が化け物の奴隷にされているんだ! あんたらもそうなるよ!」


 老婆が叫び、その場を立ち去る。


「つまり当たりという事よね?」

 と、十一号。


「そうだな!」

 不敵に笑い、美香が先頭で細道へと足を踏み出す。


(先頭が一番危険だけど、その役目を当然のように自分が担っている……)


 美香の背を見ながら、十一号は美香の行動を意識する。


(博お坊ちゃん、貴方が憧れていた実物の月那美香は、多分貴方が思っていた以上の人よ。貴方にも会わせてあげたかった)


 かなわぬ願いを抱く十一号。


 細道は林の中をどこまでも続いていた。曇天の林の中を四人の少女は歩き続ける。途中から心もち下り坂気味になる。

 しばらく歩いた後、山とトンネルが立ち塞がる。トンネルは短く、抜けた先の光が入る前から見える。トンネルの前は開けた空間になっていて、『この先私有地につき立ち入り禁止』と書かれた古めかしい看板が立てかけられていた。


「不気味だにゃー。幽霊でも出そうだにゃー」

 七号が身を震わせて呟く。


「トンネルの中に入ったら警戒が必要だ! いや、なるべく早く駆け抜けた方がいい! 嫌な予感がする!」


 美香が注意を促したその直後――


「いや、トンネルには入るな。引き返せ」


 声と共に、林の中から無数の人影が現れる。全員コートと帽子とマフラーとサングラスといういでたちだ。背が高いか、背が低いかで、極端に分かれた組み合わせの者達である。

 彼等が何者であるかは、その服装と背丈を見ただけで一目瞭然であった。


「この先が私有地だと書いてあるのが見えないのか。もしも……」

「十一号……」


 口上の途中に、何者かが呻いて遮った。


「むっ!?」


 一人が口にしたその名に対し、驚きの声をあげる美香。もちろん当の十一号はもっと驚いている。


「十一号だと?」

「変装しているが間違いない。こいつらは月那美香とそのクローンだ」

「そちらから来てくれたとは、手間が省けたというもの」


 取り囲んだのっぽとチビ達が口々に言うと、衣服を脱ぎ捨てる。現れたのは二本の斧を手にした腕斬り童子達と、二本の鉈を手にした脚斬り童子達だ。


「幸運の前借!」


 美香が運命操作術を使用する。一日に一回だけ使用可能な、自らに小さな幸運をもたらす術だ。不運の回避にも繋がるが、不運の回避の際は確実性に欠ける。


「どうにゃっても知らにゃいにゃー」


 七号が両手で頭を抱え、瞑目する。

 ばちんばちんと、何かが弾ける音が続けざまに響く。妖怪達何人かは不審げに辺りを見回し、何が起こったか把握する。木の枝が次々と折れ、高速回転しながら斜めの角度で妖怪達に降り注いだのだ。


(七号の能力だろうが、厄介だ! 運命操作術を使う私はともかく、十一号と十三号が巻き添えをくらわねばいいが!)


 木の枝を身に受け、負傷してひるむ腕斬りと脚斬りを見つつ、美香は思う。七号の能力は広範囲に及び、威力も高いが、本人にも制御不能なうえに、何が起こるかわからないという、非常に剣呑な代物である。


 美香が銃を撃ち、ひるんでいる脚斬りを二人撃つ。体が小さくて素早さそうな脚斬りが厄介と判断し、そちらから始末していくことにした。

 枝による攻撃を潜り抜け、二人の腕斬りが突っこんでくる。


「夢も希望もない世界、全ての人が呪われて生まれ――」


 突然歌い出す十三号。しかもその歌詞は、美香の持ち歌を替えた代物だ。


「なっ!?」

「脚が……体が重い?」


 向かってきた二人の腕斬りの動きが、明らかに鈍くなっているのが見えた。本人達もそれを自覚し、驚愕している。

 その二人に順番に銃口を向け、引き金を引く美香。体が思うように動けず、恐怖と絶望を味わいながら二人の脚斬り童子は銃弾をその身に受けた。


「偶然の悪戯!」


 さらに運命操作術を用いる美香。先程の幸運の前借りは、すでに効果を発動したと見なした。即ち、七号の能力の巻き添えを食らわなかったものとして。

 偶然の悪戯は七号の能力同様、効果の発生自体は不明瞭な力であるが、相手を指定することができるうえに、幸運か不幸かも選ぶこともできる。ただし、相手に不幸を与える場合、相手がその不幸の起こる可能性を予感していた場合は、回避されてしまう。


「うぬっ」


 美香にはわからなかったが、脚斬りの一人が、折れて飛んでくる枝の葉が目に入り、視界を遮られる。それだけで美香の術は終わっていた。しかしそれで十分だ。動きの止まった脚斬りを撃つ。

 腕斬りと脚斬りは合計で七人いたが、戦いは一方的に終わった。もちろん美香達の勝利だ。


「愚かな……。この村の先は、全て我等の領域……。村の者も全て我等の支配化にある。全てが敵だ。入れば死……あるのみ」


 今際の際に、脚斬りの一人が呪詛のような台詞を口にして果てる。


「貴重な情報サンクス!」


 息を引き取った腕斬りに向かってそう叫ぶと、美香は銃を懐に戻す。


(私の出番、無くてよかった……)


 こっそりそう思う十一号。十一号は近接戦闘向きなので、七号の能力がおかしな具合に広範囲に発動している状況では、戦いに参加しづらくて、黙って見ていた。


「行くぞ!」

「はいっ」

「はいにゃーっ」


 美香に促され、一同はトンネルの中へと入っていった。

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