第二十章 6
物語は、美香の事務所が襲われ、美香が警察や銀嵐館に足を運んだ日の朝まで、時間を遡る。
その日の朝、真は早朝のジョギングを行っていた。
最近は累もジョギングをするようになり、累と共に走る事も多々あったが、累は生活リズムがやや不規則であるため、いつも一緒というわけではない。
早朝ランナーはわりと多い。見かけるランナーの半分以上はお年寄りだった。真とも大体顔見知りになってしまっているので、すれ違う度に会釈したり手を上げたりして挨拶をする。
ジョギングコースの中には、安楽大将の森も含まれる。公園の中に入った所で、真は立ち止まった。尾行されている事には気付いていた。
尾行する側も、こっそり追うつもりが全然無いようで、堂々と追い回している感じだ。
振り返り、相手の姿を確認する。
コートにマフラーに帽子にサングラスと、見た目を完全に隠した、背の高い三人組だ。両手に一本ずつ斧を携えている。
「ジョギング中に襲われるのは久しぶりだ」
そう言いながら銃を抜く一方で、すぐには攻撃に移らず、異形の襲撃者達を観察する真。
(こいつら全く殺気が無いな。それどころか……恐れている? 僕を? 躊躇っているようにも見えるが)
斧など持っているが、明らかに逡巡している様子の襲撃者達。殺意の無い者が相手だと、真も本気で殺す気にはなれない。
「我等は腕斬り童子と申す妖の者。私に対し、情けや容赦は無用であります」
立ち位置からしてリーダー格と思しき男が宣言し、帽子とマフラーとサングラスを取った。確かに妖怪そのものの容姿が露わになる。さらにコートを脱ぐと、腕が四本もあった。
(妖怪が僕に何の用だ?)
腕斬り童子という妖怪の知識は無かったが、妖怪という呼称で呼ばれる、大昔に術師に改造された生物の成れの果ての存在は知っているので、真は特に驚かない。
「命がけの腕試しの無礼、どうか御許しを。これはお力を計りたいとする、私の我侭のようなもの」
「容赦は無用と言いつつ、御許しをとは、どういうことだ?」
真も銃を懐に戻し、素手で構えながら問う。
「私の命は気遣い無用ですが、私の所業にて、我等を敵と見なさず欲しいと願います」
さらに矛盾した台詞を吐くと、喋っているリーダー格の妖怪が、真めがけて突っこんだ。他の二人は動かない。
相変わらず殺気は無い。二本の斧という、物騒な得物は携えているが、寸止めするつもりなのだろうと、真は悟った。
寸止めされるとわかっていても、真は振るわれる斧をかわしていく。反撃には移らず、しばらく防戦一方で観察し続ける。
(かなりできるな。中々隙を見せない)
動きからして真はそう見なす。得物があるという事と、徒手空拳という差もあるが、相手の腕が四本というのも厄介だ。
(懐に飛び込んだ所で、あの余った二本の腕でカウンターも食らいかねないしな)
そう思いつつも、真は斧が振るわれた直後、相手に向かって飛び込んでかわし、初めて反撃に転ずる。
真の予想通り、余った二本の手の内の右下の腕が動き、真の頭部めがけて拳を振るったが、真は素早く上体を沈めてかわすと、腕斬り童子の股間めがけてアッパーを見舞い、寸止めした。
腕斬り童子の動きが止まった。情けは無用と言っておいたが、真が情けをかけて攻撃を寸止めしたのを見て、それで勝負はついたと見なした。
真から一歩下がって、得物を収めて構えを解く腕斬り童子。
「徒手空拳で、得物を持つ私とここまで渡り合うとは、流石です。しかもその慈悲の心は、上に立つ者としての器量を――」
「満足したなら、お前達が何者で何の用かを言えよ」
真も構えを解き、相手の賛辞を遮って尋ねる。
「先ほども申しましたが、私達は腕斬り童子。私はその頭を務める青葉と申します。見ての通り、人成らざる妖。我々の主となる者である貴方をお迎えにあがりました」
青葉と名乗った妖は、真に向かって恭しく頭を垂れた。後ろの二人もそれに合わせるようにして、膝を折ってその場に平伏する。
「ああ、そう……。じゃあ……」
途轍もなく面倒な気配を感じ、真は平伏している妖達の脇を、そのまま走り去る。
「陛下! お待ちを! せめて話だけでも!」
「いや、他の陛下をあたってくれ……」
慌てて呼び止める青葉だが、真はつれない。
「そういう問題ではありません! 貴方は選ばれし者なのです」
「そういうラノベ、昔は嫌いじゃなかったけど、今はあまり好きじゃない。主人公が選ばれた勇者の血筋とか、前世が凄い奴だったとか、最近は食傷気味なんだよ」
そう言いつつも、真には思い当たることがある。
「ラノベの話ではありませんっ。現実としてそうなのです。陛下っ、どうか、御同行をっ」
青葉がダッシュで追いかけてきて、真の横を走りながら食い下がる。他の二人も追ってきている。
「こっちの都合は無視か?」
「そういうわけではありませんが、どうしても来ていただきたい。すでに戦いの火蓋は切って落とされました。どうか我等が眷族を救うと思って!」
「仕方ないから話だけでも聞いてやるよ。走り終えたらな」
相手のしつこさに、真も仕方なく折れた。
***
銀嵐館を訪ねた後、美香は累に会いに雪岡研究所へと戻る予定であったが、十三号からのメッセージを見て、予定を変えて事務所の方へと向かった。
十一号もすでに事務所に帰宅している。事務所には妖怪達の死体が三体、倒れていた。
「私のせいなのかな……。だとしたら……」
妖怪達が自分を探していたという話をすでに聞いていた十一号が、不安げな表情を美香に見せ、口を開く。
「言いたいことはわかる! しかしそれ以上言うな! 許さん!」
十一号が何を言わんとしているか察し、怒ったような顔を見せて、美香は十一号の台詞を遮った。
「私は一度決めたことを曲げん! 私達は運命共同体! いかなる時も一蓮托生のツクナミカーズだ!」
「か、かっこいいにゃあ~っ」
「流石はオリジナルですっ」
「だせえ……。うぜえ……。マジで誰も恥ずかしくないわけ……? この空間、正気じゃねーっス」
高らかに宣言する美香に、キラキラと目を輝かせて尊敬の眼差しを向ける七号と十三号。その背後で、二号はうんこ座りしてそっぽを向いて吐き捨てていた。
「それで私達の中の誰かに犠牲が出ても、オリジナルはそんなこと言える?」
「応! それが運命共同体だ!」
さらに食い下がる十一号に、美香は毅然と言い放つ。
「そして私はそれ以上言うなと言ったはずだ! 許さんとも言った! これはその訓戒と知れ!」
叫ぶなり、美香は手を上げ、十一号の額に向けて振り下ろす。
「うげえ、暴力反対~」
二号がそれを見て茶化す。
「黙れ! こっちのが痛いわ!」
十一号にチョップを食らわした美香が、手を押さえて顔をしかめる。十一号の方は大して痛みはない。
「こういうノリでこられると、一人深刻なのが馬鹿みたい」
そう言って微笑む十一号。美香の心遣いも、嫌な顔一つしないクローン達の気持ちも、涙が出そうになるほど嬉しいし、申し訳ない。
「十三号、『恐怖の大王後援会』に連絡しろ! 死体の処理を頼もう!」
「はいっ」
美香が十三号に指示を出した時、ふと二号がある事を思い出した。
「あ、そうだ。言い忘れてたけど、こいつが死ぬ前、変な台詞をほざいてやがったよ」
串刺しの腕切り童子の死体を見下ろし、二号が言った。
「何だ!? 言え!」
「ケモノノミカドの復活を見る前に死ぬのが無念とか何とか」
二号の報告を聞き、美香は目を剥いた。
「つまり……こいつらの主である獣之帝が、蘇ろうとしているのか!? いや、蘇らせようとしているのか!?」
朽縄正和曰く、国一つの存亡の脅威となるほどの大妖怪が蘇るという話に、美香は激しい興奮を覚えていた。
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