第十九章 30
午後五時。真とバイパーが、グリムペニス日本支部ビルの医療室で治療を行っている間、みどりと義久と犬飼は、同じビル内にある食堂で、早めの夕食をとっていた。
「敵のビルに攻めいって、そのビルの中で治療してもらったりメシ食ったりってのも、何かおかしな話だな」
義久がビールのジョッキを傾ける。
「一応は和解したんだろ。なら問題無いさ。むしろ和解した証ってことになるんじゃないかねえ。完全に和解したと見るのは早いかもしれないが」
義久を見て、ビールのデカいジョッキを持つのが似合う男だと思いつつ、犬飼が言った。
「ふわぁ~、海チワワのあのブタちゃんに限っては、和解でいいんじゃないのォ~? 中々話のわかる姉御みたいだったしさァ」
「みどり、はっきり言うのはやめような?」
義久が苦笑いを浮かべて注意する。
「純姉とヴァンダムに関しては、まだ対立構造維持してると見ていいし、会談するとか何とか言ってるけど、このまま平和的に終わると思えな~い」
「確かに何か一波乱有りそうだ」
みどりに同意したのは、治療を終えて食堂にやってきた真だった。真は車椅子を押して、食堂に入ってきた。車椅子に座っているのはバイパーだ。
「随分時間かかったね」
「僕はともかく、バイパーは結構手ひどくやられてたからな。特に足がひどい」
声をかける義久に、真が説明する。
「溶肉液を大量に食らっちまってな……」
しんどそうな表情でバイパー。
「無理すれば歩くこともできるんだがよ。かなり辛いし、何週間か安静にしておかないと駄目な重傷だってよ」
主であるミルクの下に帰れば、この傷も短期間の内に癒してくれるであろうが、その辺については、この場では触れないでおいた。
「それはそうと気になってた事があるんだが、犬飼さん途中から姿消してたけど、どこで何してたんだ?」
義久が犬飼の方を向いて尋ねる。
「いやー、何か面白いもの無いかなーと思って、ビルの中を徘徊してたんだが、何も無かった」
正直に答える犬飼。
「あぶあぶあぶぶ、犬飼さんは昔からちょこまかする人だったからねえ。立ち入り禁止と書いてある場所は絶対に入るし、撮影禁止と書かれてたら絶対撮影するし、触るなって書いてあるものは積極的にベタベタ触る人だから」
「ただの迷惑男じゃねーか……。しかもいい歳こいて……」
みどりの話を聞き、バイパーは呆れて犬飼を見る。薄幸のメガロドンの教団にいる時には、そんな人物だとは知らなかった。
「好奇心の塊と言ってくれよ。まあそれで痛い目にあったことも数知れずだ。外国旅行行った時に、民家の前に落ちてた怪しげな食事をつまみ食いしたら、それがどうも腐ってたか変なバイキンあったみたいで、高熱と下痢で死にかけた事とかあるしな。くれぐれも俺の真似はすんなよ」
「それはつまみ食いじゃなくて拾い食いでは……」
「危機意識ってものが無いのか……」
自慢げに語る犬飼に、義久が突っ込み、真も呆れる。
「雪岡からメールがきた。コルネリス・ヴァンダムと会談することになって、ホルマリン漬け大統領が間に入るらしい。会談の内容は後で、ホルマリン漬け大統領のサイトで有料公開するそうだ」
「ああ、知ってるよ。もう裏通りのネットではすっかり話が出回っている」
真の話を聞いて、義久が顔をしかめる。
「俺に独占記事書かせてほしかったがな。よりによって仕切るのが、俺の大嫌いなホルマリン漬け大統領とはね」
「決めたのはヴァンダムらしい。雪岡にとっても何か美味しい条件があったのか。それともただの好奇心か。もしかしたら雪岡は、会談を途中でブチ壊す気なのかもしれない」
是非そうして欲しいと、密かに期待する真。
「ホルマリン漬け大統領の裏通り事情暴露サイトは、いまいち面白くないし、人気も出てないなー。担当幹部がきっと無能なんだろう。上にいる大幹部も注意すりゃいいのに」
「担当幹部?」
犬飼のその言葉に反応する義久。
「あの組織はね、大幹部の下に何人も幹部がいて、企画を立てたり事業を賄ったりするのがその幹部達なんだよ。幹部一人につき、事業一つって感じだな」
「そういう仕組みだったのか……。幹部と大幹部って区分けは知ってたけど」
犬飼に説明されて、義久は納得する。
「あたしもさっき見たけど、中立区域でやる予定じゃん。それなら暴力的な手段で会談を壊すのって、難しそうじゃね? それでなくても純姉は、例の放射能の件でいろんな所から怒られた直後なんだし、無理できそうにないと思うんだよね」
みどりが真に向かって言う。
「壊す手段が暴力とは限らないけどな」
「内容次第なら、純姉だって相手の要求を受け入れるんじゃないかねえ。取引して幕を閉じるってのも、いまいちしまらないけど」
現実はそんなもんかと思うみどりだった。
***
医療室を利用していたのはバイパーと真だけではない。バイパーによって骨を折られた学生メンバー達や、真に撃たれたキャサリンも押しかけ、医療室勤務の医師は、グリムペニス日本支部ビル始まって以来の忙しさに見舞われた。
どれもこれもちゃんと病院に行った方が良い怪我ばかりであったが、応急処置は必要である。それにグリムペニスとしては、救急車を何台も呼ぶ事態も避けたいので、出来る限りのことを医療室で済ますようにと、勝浦からの指示もあった。
「あっちの勝ちだったのに、何で引きあげていったのか、よくわからない」
桃子が不思議そうに言う。ついさっきまで、バイパーと真も医療室にいた。
「バイパーは優しい人だったのよ。その優しさが、愛が、皆を救った。それだけよ」
恥ずかしげもなくクサい台詞を口にするキャサリンを、一同、何とも言えない顔でスルー。
「ヴァンダムさんが雪岡純子と直接話し合うらしい。しかも公開会談するとか」
空中に出したディスプレイの、裏通りの住人用のサイトを見ながら、清次郎が言った。皆が清次郎に注目する。
「一体何を話すっていうんだろ」
「まさかこっちが武力では負けたから、降伏とかいう流れ?」
「何か取引するんじゃないかな?」
「公開って、俺達も見られるのか?」
どよめく学生メンバー達。
「ホルマリン漬け大統領っていう組織のサイトに登録して、お金払って見られるみたい」
「どれどれ。高っ」
「あんた達、ホルマリン漬け大統領なんかにお金落とすことないわ。あなた達が見てはいけない場所よ」
キャサリンがぷにぷにフェイスを露骨にしかめて言う。
「どうしてです?」
「スナッフ映像を売ったり、人を痛めつけて苦しめる娯楽を提供したり、ろくでもない組織だからよ。私達ならミスター・ヴァンダムに頼めば、私達がホルマリン漬け大統領にお金を落とさなくても見せてくれるでしょう」
不思議そうに尋ねる善太に、キャサリンが解説した。
「私達が護衛しなくて、ヴァンダムさんは平気なの?」
桃子が疑問を口にする。
「裏通りには中立指定区域というものがあってね。会談場所は中立指定区域を利用しているし、そこでの暴力沙汰は御法度だから、多分平気よ」
学生達の前ではそう言うキャサリンであったが、雪岡研究所のあるカンドービルの通路で、雪岡純子は放射性物質を用いたのは、明らかに違反ではないかと、内心疑問に思う。そして彼女が違反を承知でタブーを犯す人物だとしたら、中立指定区域であろうと危険と感じられた。
(この子達は目立つし、私とロッドだけでこっそり近くまで行った方が良さそうね)
キャサリンはそう決めた。
***
真とみどりが雪岡研究所に帰宅したのは午後九時前だった。
「おかえりー」
「ただまんふぁーっく、渋滞につかまってえらい目にあったわ~」
純子を前にして、げんなりした顔でみどりが言う。タクシーで帰宅途中、高速道路で人身事故による渋滞に巻き込まれた。
「あれなら電車で帰った方が良かったな」
「それも勘弁だわさ。下り電車が丁度混んでる時間帯じゃんよ」
「その苦痛さえ我慢してさっさと帰るより、時間かかっても車の方がいいのか。僕は前者だなー」
「真兄と違ってみどりは繊維なんだよねぇ~。ところで――敵のボスと会談とか聞いたけど、どういうことォ?」
真と話していたみどりが、純子の方を見て尋ねた。
「さあねえ。向こうからの要求だし、いまいち何を考えているのか、わからないなあ。だからこそ興味があるんだけど」
「わざと乗ってみたってことか。でも何を喋ることがあるっていうんだ?」
「それも『さあ?』だよー。私からは話したいことなんて無いしねー」
真の疑問に、純子は曖昧な微笑をこぼして答える。
「近くで護衛した方がいいか? 会談場所が中立指定区域と言っても、グリムペニスは裏通りの組織ってわけじゃないし、そんな決まりを守りもしないだろう」
「いやー、いらないよ。真君の姿が近くで見えたら、警戒されてややこしくなる可能性もあるからねえ。気遣い、ありがとさままま」
真の申し出をやんわりと断る純子。
(嫌な予感がするな……)
この間のネトゲで、純子が直結厨のプレイヤーとオフで会いに行った事を真は思い出す。
(でも雪岡は断っているし、中立指定区域で出来ることも無さそうだし、信じて待った方がいいか)
そう判断した真であるが、後ほど自分の認識の甘さを痛感する事になる。
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