第十九章 28

 清次郎は最も恐ろしい役割を担っていた。一撃で人体を粉砕する怪力の持ち主と、正面から接近し、牽制と攻撃の両方を行う役。十三人の中で、死亡率は最も高い。

 キャサリンの、攻撃は2%で回避は98%の割合にしておけという言いつけが、ありがたく感じられる。


(この流れを維持できれば、勝てる)

 清次郎はそう思い、気を引き締めた。


(この流れのままだと負けちまうな)

 一方でバイパーも清次郎と同様の事を考えていた。


(どうにかしねーと……どうにかする方法は、ある事にはある。だが、結構覚悟がいる博打だ)


 正面にいる善太と清次郎を一瞥するバイパー。


(他に手も思いつかないし、やるしかねーか)


 決断し、バイパーは善太に向かって突進した。

 当然善太はひたすら逃げに徹し、他がバイパーの隙をついて遠距離近距離から立て続けに攻撃する。


 今まではバイパーも敵の攻撃を避ける努力をしていたが、今やそれを捨てた。一切の防御と回避を捨て、自ら受けるダメージを省みず、一人ずつ確実に潰す戦法へと切り替えた。


「糞っ!」


 ひたすら自分が狙われている事に、善太は焦りと恐怖のあまり、顔を引きつらせて叫ぶ。


 フェイントも交えたバイパーの動きについていけず、とうとうバイパーの長い脚が、善太の右脚をとらえた。

 素早く足払いをしただけだが、それで十分だ。右足を粉砕骨折し、善太は倒れる。


 トドメを刺される死の恐怖に晒された善太だが、バイパーにその気は無い。無力化させればそれで十分だ。


(こいつらだって俺を壊す気が無いのに、俺がこいつらを壊せるかってんだ。それにこちらも壊さない事を示しておけば、こいつらの気勢を殺ぐ事もできる。逆にこいつらを壊しちまえば、死に物狂いになる可能性があるしな)


 バイパーはそう計算していた。


 次は横から近接攻撃を繰り返していた一人に狙いをつける。これも善太同様、追い回したあげく、足の骨を折って戦闘不能で済ませておいた。


 銃撃組が、善太ともう一人の穴埋めとして、近接に回る。

 その後もバイパーは一人集中狙いを続ける。だがその間、銃の溶肉液と肉弾攻撃によるダメージが加算していく。特に足ばかり狙われている溶肉液のダメージが深刻だ。隙を見て体外へ押し出してはいるが。


(十三人――いや、十一人仕留めるまで、もつのか? 先に俺が立っていられなくなるかもしれねえ。分の悪い博打だ)


 三人目を転倒させた所で、バイパーは自分の動きが鈍くなってきている事に気がついた。早くも、足が思う通りに動かなくなっている。


***


 みどりとロッド、互いに少しずつ少しずつ、間合いを詰めていく。しかしたまに後退するか横に動いて、牽制するため、両者の距離は中々縮まない。

 いずれロッドの方が、弾かれたように動くであろう。みどりはそれを待って、カウンターを狙っている。

 ロッドもそれを予期しつつ、機を伺う。


 ここまで神経を集中させたのは、ロッドにとって初めての経験であった。攻撃に移ることなく、時間をかけてたっぷり対峙したのも初めてだ。安易に敵のアタックレンジに踏み込むのを体が拒んでいる。一気に踏み込めば、即座に返り討ちになると、全身の細胞が教えている。


 みどりが構えを変えて、みどりの方から仕掛けてくる事も想定している。その方が不利だと、ロッドは予測している。得物の長さを考えれば当然だ。

 薙刀の攻撃を上手く捌いてロッドが踏み込む前に、みどりは即座に構え直してカウンターをお見舞いできるであろう。薙刀という武器と初めて対峙しているにも変わらず、ロッドにはそのヴィジョンが見えていた。


 お見合い状態で時間だけが過ぎていく。昔、ロッドがテレビで見た異種格闘技戦で、似たような試合があった。互いに構えて一定の距離を取り合い続け、たまに牽制しあうだけで、中々打ち合おうとしない一戦。戦いとも呼べない代物だとして、当時子供だったロッドは、その試合の選手二人を軽蔑したものだが、今はそれを蔑む事も嘲る事もできない。

 いろんなものを見くびっていた、幼かった自分、青かった自分、もしこの場に連れてきたら、どうなっていることか。


(死ぬぞ。殺される)


 ロッドは確信を込めて自分に言い聞かせる。少女の力とはいえ、木刀とはいえ、それが可能であると、ロッドは理解している。


(あれを木刀と見くびるな。刃と思え)

 さらにそう言い聞かせる。


 薙刀はその振り回す際の遠心力によって、女性の力でも威力を出せる武器だ。ロッドは薙刀と初めて対峙して、一目でそれを見抜いていた。


 少しずつ動きながら、ロッドは必死に戦っていた。相手を討ち取れるタイミングを。


 みどりにもそれがわかっていた。ロッドが針の穴に糸を通すほどのほんのわずかな隙を突いて、一気に詰め寄ってくることを。

 わざと隙を見せて誘うような真似もせず、ロッドの神経を削りとるかのように、みどりは静かに構えている。そう、これはメンタルへの静かなる攻撃だ。


 間合いの取り方で――互いの制空権と制空権の測り合いで、色も形も無いはずのアタックレンジが、確かに視えている。可視化されている。

 それを視つつ、ロッドは自らが出る際の勢いとタイミングを、目と肌で測る。気で測る。心で測る。


 たっぷりと時間をかけ、少しずつ少しずつ、ロッドはみどりへと接近していき――とうとう飛び込んだ。

 獲物に向かって瞬時に体を伸ばすコブラの如く、ロッドは一気に間合いを詰める。


 小さな体めがけて、容赦なく拳を食らわすつもりであった。普段のロッドからは考えられない。女子供に手を上げるような男では無い。

 だが目の前にいる少女の姿をしたそれは、断じて弱者では無い。気を抜けばこちらが殺(や)られる。


 ロッドの拳は――みどりの頭部に向かって放たれたが、当たる事は無かった。


 みどりの体がロッドの側面へと動く。その時、みどりの薙刀の切っ先がロッドの視界から消えた。

 ロッドの側面へと入ったみどりの動きと、それに合わせて弧を描く薙刀の動き。流れるような、巻き込むかのような、二つの軌道。

 コンマ数秒の間に瞬間的に描かれた二つの軌道を目の当たりにして、ロッドは美すら感じた。二つの軌道は途中までロッドに見えていたが、途中からは視界から消えていた。体に至っては全くついていけなかった。


 ロッドの視界から完全に消失した薙刀の切っ先が、ロッドの膝の裏を打ち据え、そのままロッドは足をすくわれるようにして体勢を崩し、尻餅をつく。

 いくら遠心力の助けがあろうと、少女の膂力から繰り出されたとは思えぬ力。そして痛打。


「あばばばばば」


 みどりが自分を見下ろし、綺麗な並びの白い歯を見せて、変な笑い声をあげている。


「あははは」


 ロッドもつられるようにして笑ってしまう。勝負はついたと認める。完膚なきまでの敗北で、逆に清々しい気分になってしまった。


(傍から見てたら情けなく見えるだろうな。いい大人が、こんなガールに負けたとか。しかし……情けないと思うなら、お前もやってみろと言いたい。こいつは間違いなく達人(マスター)だ)

(まあ……反則なんだけどね。あたしの勝利もさァ。転生繰り返して、三桁に及ぶ年月の修行の蓄積があるんだから。そりゃ大抵の相手には負けんわ~。真兄みたく、ひでーズルしまくらない限りね)


 ロッドがそう思う一方で、みどりは真に敗れた時のことを思い出していた。


***


 真の反応の速さにキャサリンは驚いたが、慌てる事無く二発撃つ。


 相手の銃口と弾道を見る暇も無かったので、真は勘だけでかわす。


 さらに投げ縄が飛来する。いつの間にか二つの投げ縄は一つになっているが、火はついたままだ。

 回避と同時に、真は投げ縄の輪の中に、先に長針のついた鋼線を投げ込んだ。

 投げ縄が戻る前に、真は鋼線の先の長針を左手でキャッチする。鋼線は右手の袖から伸びている。


 投げ縄を回すキャサリンを見て、真は自分が仕掛けた事に気付かれていないのを確信し、両手を顔の前で交差させてから、思いっきり体ごと引っ張った。


「え?」


 投げ縄の輪の部分が切断されたのを見て、キャサリンは唖然とする。

 鋼線が収束されていく。輪を引っ掛ける事が目的なので、これでもうラリアットは結びなおさないと、使い物にならない。


(予備が無い限りだが)


 あるかもしれない予備を出される前に始末をつけたいと考え、真は縄が切断されて驚くキャサリンの隙を突いて、マシンピストルの弾を連射で撃ちつくした。

 リロードする暇などとても無いが、銃は予備があり、抜く余裕くらいはある。これで仕留められなくても、戦闘の続行は可能だ。


 だがその必要も無さそうであった。二発の銃弾が、キャサリンの脂肪たっぷりの腹部を穿っていた。


 前のめりに倒れるかと思われたキャサリンだが、床に両手をついてそれを阻止する。


「ふおおおおおおっ!」


 雄叫びと共に立ち上がるキャサリン。まだ闘志十分に見える。腹部の銃撃も効いていないかのようにすら見える。

 だが真は、キャサリン以外の周囲の状況の方を見ていた。

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