第十九章 27

「ピンチに助っ人なんてそんな都合いい展開は、予想外だったかしら」


 真とみどりを見て、キャサリンは不敵な笑みをこぼす。


「あの二人はできそうだ。バイパーは学生達に任せて、俺達一人ずつで受け持った方がいい」


 ロッドがキャサリンに向かって声をかける。


「そうね。学生達はまだ経験不足……。二手に割くのも得策じゃないわ。司令塔がいなくなるのは不安だけど、信じて任せるわ」

「私が代わりに指示役に回ります」


 桃子がバイパーから離れて宣言する。桃子の代わりに、善太が進み出る。


「よろしく。くれぐれも欲張らず、チキン戦法を徹底で。私達が終わるまで時間稼ぎでもいいから」

「お前達負けるまで時間稼ぎしてどうするんだ。そうすれば僕らがバイパーの加勢に回って、余計に不利になるだけの話だろう」


 真がキャサリンを見据えて煽る。


「イェア、あたしはこっちにしよっかな。近接戦闘同士ってことで~」


 みどりがアポートで薙刀の木刀を手元に呼び寄せ、ロッドの方へと歩んでいく。


「あんた達、くれぐれも私達の方に手出ししようと思わないで。バイパーの相手に徹するのよ」


 真の視線を受け止め、キャサリンが学生メンバー達に告げる。


(共に百戦錬磨同士って感じか。あの特大便器の方が上だとは思うが、相沢にも勝機は有る。ちょっと相沢には荷の重い相手だけどな)


 キャサリンと真という組み合わせを見て、バイパーはそう判断した。

 みどりの方は心配していない。心配するだけ馬鹿馬鹿しい。暗殺という手段でもない限り、彼女を正面切って相手取り、勝利できる者などそうはいないと、バイパーは見ている。


「相沢、そのでかいのは相当なもんだぞ。気ィ引き締めてかかれ」


 学生達の動きを注視しつつ、バイパーが真に向かって声をかける。


「お前がボコボコにやられてる姿なんて、見たくなかったよ」


 嫌味でなく本心で真は言う。何しろかつて自分をボコボコにしてくれた相手だ。

 バイパーは舌打ちしただけで言い返さなかった。何を言い返しても情けない気がして。


***


「ジェフリーとエリックを斃したのは殺人人形の坊や?」

 真に向かってキャサリンが問う。


「残念ながら違う」

「そう。何度もやりあった仲って聞いたけど。エリックなら敵討ちのつもりで、ジェフリーならお礼が言いたかったわ、ね!」


 キャサリンの手よりラリアットが放たれる。

 動きの読めぬ不規則な縄の輪に、真は多少の戸惑いを覚えつつも、右斜め前にステップを踏んでかわし、抜き様に銃を撃つ。


 真の銃撃をかわし、ラリアットを手元に戻しつつ、キャサリンも真めがけて撃った。

 キャサリンの弾丸が、真の膝の真横をかすめていく。


 真がさらに移動し、銃を構えた所に、また縄が飛んでくる。


 その後、しばらく攻防を続ける真とキャサリンだが、やがてキャサリンの攻撃頻度が上がり、真はどんどん防戦寄りへとなっていった。

 キャサリンに銃を撃たれたかと思えば、その直後、ラリアットが飛んでくる。真はそれらをかわすが、銃弾よりも、そのラリアットの方がかわしにくい。


 かわされたラリアットは、すぐにキャサリンの手元へと戻る。そしてキャサリンは引っ切り無しに縄の輪を回している。遠心力をつけるため、そして動きを読まれないため。同じ場所で回っているだけではない。右斜め上、左斜め上、右、左、前方、真上、後方、時には輪がキャサリンの頭部を潜り抜けて回されている事もある。

 ラリアットの輪の部分が、まるで生き物のように踊っている。大道芸でも見ているかのような感覚に陥る真。それが時折自分に向けて放たれ、首にかからんとする。

 飛んでくるラリアットは、さほどスピードがあるわけでもないが、気にかけないわけにはいかない。手元での変則的な動きを見ていても、飛ぶ動きを見ても、どのタイミングで飛んでくるか予想がつきづらいうえに、どんな軌道で飛んでくるのかもわかりにくい。縄の輪が後ろにいったと思ったら、突然飛んできた事もあった。


 キャサリンは主に右手で縄を捌き、輪を躍らせながら、器用に左手で銃も撃ってくる。右手と左手を別個にせわしなく動かし、さらにその太ましい体でもって軽快な足取りで、舞い踊るかのように引っ切り無しに動いており、止まっている時がほとんどない。


(そろそろ動きも読めて慣れてきた)


 真もただ避けていたわけではない。相手の動きとパターンを少しでも読み取ろうと、見て、考えていた。


(そろそろ動きにもなれてきた頃ね。ここまで粘るだけでも大したものだけど)


 しかしキャサリンはそこまで見抜いていた。これまでにも、自分の縄捌きと銃とのコンビネーションに、ここまでついてくることのできた相手は、何人かいた。

 相手が慣れてきたその時を狙い、キャサリンは策を仕掛けてきた。


 キャサリンが輪を放つ。真は動きを読み、避けると同時に銃撃による反撃を試みようとしたが――


 真に向かって飛来する途中、輪が二つに分裂した。

 真は慌てて両方回避しようとしたが、最初の輪が真の間近に迫った時、炎を吹き上げて、真をひるませた。

 そのひるんだ真の左手が、もう一つの輪によってついに絡めとられる。


 キャサリンが腕を引く。

 引っ張られて真が体勢を崩した所に、キャサリンの銃撃。


 真は左胸を撃たれて横向きに倒れる。

 倒れて、床に血が流れだしているのを見て、ぎょっとする真。


(致命傷? いや、心臓は左にあるわけじゃない。それでも……肺を貫かれていたら……)


 撃たれた箇所に手をあて、真は確認する。


(この出血量からすると、大動脈や内臓には達していない。防弾繊維と肋骨で弾が止められたみたいだな)


 即座にそう判断し、真は跳ね起きる。じっとしていたら、とどめに頭を狙われる可能性がある。


***


(ふえぇ~、苦戦してやがんなあ、真兄)


 薙刀の木刀を構えたまま、堂々と目の前のロッドから目を離し、真の様子を伺うみどり。

 ロッドはそれを見ても、迂闊にみどりの間合いに入るような真似はしない。

 ボクシングスタイルで構えたまま、ロッドはみどりを凝視していた。


 ロッドはこれまでに日本刀の達人とも一度相対し、素手でこれを打ち破った経験がある。あらゆる武道の知識に精通し、剣道を習ったことも有り、剣道三倍段という言葉も知っているが、薙刀という異色の武器に関しては、大した知識を持ち合わせていない。存在と名前を知っている程度だ。


 みどりは半身でロッドと向かい、薙刀を斜めに構えていた。みどりの薙刀を握っている場所に、ロッドは注目した。


(あの構え方からすると、ロングレンジではなくミドルレンジに対応したものではないのか?)


 切っ先を斜め上後方に上げ、石突は斜め下前方に下げ、右手は頭の横で握り、左手は腰の横――ロッド側に踏み出している左脚の前で握られている。

 みどりのこの構えは、八相の構えという代物であり、競技としての薙刀術の中では、最も攻撃的な構えとされている。薙刀の打ち合いの合間に、接近した状態になった際に持ち構える構えとしてもよく使われ、即座に敵に攻撃を加えられる。


(しかし互いの距離が開いている今、2メートルを越えるロングウェポンを構えるなら、もっと適した構えがある事くらい、素人の俺にもわかる。つまり……誘っているわけか? あえて俺の間合いでやらせてやると)


 ロッドはそう考える。


 相対した時点で、ロッドは相手を子供とは見ていなかった。いや、見ることができなかった。隙の無い構え。さらにもう一つわかってしまった事がある。


(ボクシングの経験も有るのか?)


 ロッドの微かな動きに合わせ、みどりも動いている。それを見て、ロッドにはわかってしまった。


(イェア~、よくわかったねえ。その通りだよ)


 ロッドの心の中を見るつもりがなくても、みどりには自然と伝わってしまった。そしてそれとなく語りかけた。


(薙刀術の向上のために、別の格闘技も取り入れようと、ジムに通ったからねえ。格闘技だけじゃない。ラグビーやバスケットボール。とにかく激しく体を動かす動きはいろいろやりましたよォ~)


 みどりが歯を見せて笑い、ロッドは自分の心の問いが相手にも伝わり、それを相手が肯定したと受け取った。


 ロッドが師事した剣道の師匠は、竹刀で打つより前に気で打てと教えた。当時のまだ若かったロッドは、精神論などお呼びではないと一蹴したが、今はとてもそれを馬鹿にする気になれない。師が伝えたかった事が、単なる精神論では無かった事も、今はわかる。


(この子に先に気で打たれたら、相当なダメージになる)


 自分がそう警戒している事も、相手に伝わったであろうと、ロッドは確信していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る