第十九章 23
「グリムペニスのやり方は気にいらねー」
安楽警察署裏通り課。芦屋と松本の二人の刑事を前にして、梅津は憮然とした顔で話し出す。
「若者や子供の純粋さにつけこんで、自分らの思い通りに利用しようとする。こいつらは邪悪そのものだ」
梅津の目の前にはホログラフィーディスプレイが出されている。映っているのはグリムペニスの資料だ。
「薄幸のメガロドンみたいなものですか?」
松本が問う。
「薄幸のメガロドンは、積極的な勧誘活動はしてなかったみたいだがなー。規模で言うとグリムペニスの方がデカく見えるが、十万人も集まるデモの大半は、正規メンバーではない。最も洗脳されている一部の層が、正規メンバーとして取り入れられた連中だろう」
「正規メンバー以外は、暇人らが流行に乗せられて集まってるようだ」
梅津の解説に補足するように、黒斗も言った。
「芦屋の言うとおり、正規メンバーに至らぬ奴等は、ちょっとしたきっかけで離れていくだろうさ。しかしそれ以外の層からも、相当寄付金をまきあげているらしいがな」
忌々しげにディスプレイを睨みつける梅津。
「グリムペニスの上層部だけじゃない。アホみてーに報道しまくっているマスゴミ共も同罪だ。無闇に騒ぎ立てるから興味を抱いて、あんなものに首突っ込みたがる」
「それがわかっているのに警察は、その邪悪そのもののグリムペニスの、言いなりになろうとしているわけか」
忌々しげに梅津を睨みつける黒斗。
「悪と悪の噛み付き合いなんか、やらせとけという感じではあるが、片方が限度を越えた」
体ごと黒斗の方に向くと、梅津は黒斗を睨み返す。
「芦屋、お前は純子の今回の行いを黙認できるのか?」
「いいや……お灸は必要だと思っているよ」
梅津に問われ、黒斗は諦めたように息を吐く。
「今まで散々グリムペニスの捜査に圧力かけられていて、今度は上からの命令で奴等の思惑通りに動くのが、最高に気に入らないだけだよ」
「ははは……そりゃ皆同じだ」
吐き捨てる黒斗に、梅津は力なく笑った。
「安楽警察署の戦力をほぼ総動員とか、大袈裟ですよね」
松本が別の角度で話に混じろうとする。
「大袈裟じゃねーよ。万が一ってことがある。ま、純子の性格考えると、暴れて抵抗したりはしないだろうとは思うが」
その万が一があった場合、どれだけの被害が発生するかと思うと、ぞっとしない梅津であった。
***
夜のグリムペニス日本支部ビルへ、勝浦は変装したうえで忍び込む。裏口の合鍵を持っている自分だからこそ出来る芸当だ。
不安と緊張と恐怖でビクつきながら建物の中を歩く。急がないといけない。幹部達の帰宅時間の前に済ます必要があると言われた。今はわりと時間ぎりぎりだ。
変装の理由は、ヴァンダムや幹部達に気付かれる前に自室に行くためだ。ビル内のモニターでチェックされている可能性もある。
しかし支部長室に行く前には変装を解かねばならない。チェックされていたとして、自分だとわからない者が、支部長室に入るのは、いくらなんでも不審がられる。
支部長室に戻り、隠しカメラや盗聴器が無いかチェックをする。
(何でこんな危ない橋を渡っているのやら……)
自嘲しつつ作業を終え、盗聴器が仕掛けられていなかった事を、メールで純子に報告する。
『積極的に造反をそそのかした幹部はいる? 怪しい人を全員呼んで、レコーダーを仕込みながら会話してね』
純子のこのメールを見て、勝浦は息を呑んだ。純子の意図が何となくわかったのだ。しかしこれは、大きな博打とも言える。
「もし、呼んだその際に私が殺されたら?」
『自衛のためにも銃は用意しておいた方がいいねえ。まあレコーダーに証拠を取ったら、不意打ちかけて、全員その場で処分した方がいいよ。時間が経つほど、勝浦さんの身は危険になっていくからねー』
メールで突然殺害指示を出され、泣きたくなる勝浦。しかし勝浦とて馬鹿ではない。むしろ頭の巡りはいい方だ。その行動が身の安全を図る最良の方法である事も理解できる。
指示通り幹部四人を呼ぶ。幹部の中でも積極的に造反を訴えた者達だ。
実際にはそのうちの三名がヴァンダムと繋がっていて、残り一人は純粋にヴァンダムに反感を抱いているだけであったが、勝浦にはわからない。
「君達の覚悟も聞きたい」
緊張を押し殺し、泰然たる口調でもって幹部四名に問いかける。
「本気でヴァンダムに背くつもりなんだな? 殺す覚悟も殺される覚悟もあるんだな?」
勝浦が改めて確認してきたことに、幹部達は一瞬戸惑ったものの、すぐに毅然たる表情になる。
「もちろんです。何を今更」
「臆したのですか?」
「ひょっとしてヴァンダムに抗う算段がついたと? それなら是非実行してください」
口々に叛逆の証拠となる台詞を口にしてくれる幹部達。
「わかった。もういい。それだけ聞きたかった。後は任せろ。外してくれ」
鬼気迫る表情で告げた勝浦に、四人の幹部は息を飲み、背を向ける。そのうち三人は、すぐにヴァンダムにこのことを報告するつもりでいた。今すぐにでも、勝浦がヴァンダムを殺しにいくのではないかと、勘繰ったからだ。
四人が背を向けたのと同時に、勝浦はサイレンサー付きの銃を取り出し、その背中に向けて撃った。
一度に四人も殺せるものかどうか、かなり不安ではあった。しかし最初に二人倒れ、残りの二人は突然の事態にパニくって硬直していたので、あっけないと思えるほど、難なく殺害できた。
当然だが人殺しなど生まれて初めて行う。勝浦は死体を見て、ゴミ箱の中へ嘔吐する。
「殺したぞ」
深呼吸してからメールを送る。
『じゃあヴァンダムさんをその部屋に呼んでー』
返信を見て絶句する勝浦。
(いや、当然のことか。呼ぶしかないんだ。これを見せるために殺したんだからな)
さらなる覚悟を決め、勝浦は内線でヴァンダムを自室へと呼んだ。
しばらくしてヴァンダムが部屋を訪れる。造反者を始末した旨は伝えていなかったので、室内の光景を見て、流石のヴァンダムも目を剥いていた。
「彼等は私にヴァンダムさんへの裏切りをほのめかしていました。これが証拠です」
震える声でそう言って、先程のやりとりを録音していた音声を聞かせる勝浦。
「裏切り者をうまいこと燻りだし、始末しました」
かなり無理矢理笑顔を作ってみせて、勝浦は言う。
(ふむ。身の危険をどこかで悟り、自衛のために先手をうったわけか)
勝浦をじっと見つめ、ヴァンダムは勝浦が何でこんなことをしたのか、大体察した。
(しかしこの男の独断で、こんな大それたことができるか? いや、できんな。入れ知恵があったのだろう)
誰の入れ知恵であるかはわかりきっている。
(今ここで始末するか? 最早この男は、雪岡の手下と見なしていい。組織に入り込んだ獅子身中の虫となるやもしれん)
しかしわからないことがある。勝浦にしろ、その背後にいる雪岡純子にしろ、ヴァンダムがからくりを見抜いて、勝浦を即座に殺す判断をすることくらい、予想がつかないのだろうか? この行いで、ヴァンダムが勝浦を殺さない保障など無い。むしろ処分を促すような行為だ。
「ところでヴァンダムさん、日本の本はお読みになられますか?」
ぎこちない作り笑いと共に、勝浦は純子に渡すように言われた本を取り出し、ヴァンダムへと渡す。
(本だと……? この状況で何を……)
訝りつつも受けとったほんのタイトルを見て、ヴァンダムは再び目を剥いた。
『人間爆弾になった俺は青春を取り戻せるのか?』――というタイトルのライトノベルだった。
「……ふむ、ライトノベルという日本の文化か」
「お、面白いですよ」
勝浦が急にこんな本を自分に渡す意味が何であるか、ヴァンダムにわからないはずがない。その真意は、この本のタイトルにある。
(雪岡純子に改造されたということか? それともブラフか? ブラフだと思うがな。本当に改造されているなら、わざわざこんなメッセージを寄越す意味も無い……。だがブラフだとしてその意味は? いや……待てよ)
そこでヴァンダムは、純子のメッセージの本当の意味を悟った。
(ブラフであると見抜く所まで、セットなのだ。見抜かせる事までが、このメッセージ。つまり、ブラフであるイコール、勝浦は私にとって無害な存在であるという事をメッセージで示したのだ)
本のタイトルに再び目を落とすヴァンダム。
(彼女が本気なら、このタイトル通り、勝浦を爆弾に作り変えて私を爆殺することもできたろう。そう示している。しかし、そうはしなかった。していないことを伝えるための、遠回しなメッセージ。いや……それだけではない。私の頭の程度を計っているつもりか? それとも驚かせてみたかったのか? 彼女は愉快犯だとも聞くしな)
その時、勝浦の電話が鳴った。
視線で取るように促すヴァンダム。
『本、渡したー? 渡したんだったら、この電話をヴァンダムさんに渡してもらえないかなー?』
弾んだ声に無言で従い、指先サイズの携帯電話をヴァンダムに手渡す勝浦。
「ハロウ」
『もしもーし。はじめまして~。私が誰かわかるかなー?』
耳に心地好い弾んだ声が響く。
「はじめましてではないだろう? 以前貴女とは電話で会話したはずだ。そう、貴女はあの時船の上だったかな。あの時、私は貴女に宣戦布告した」
ヴァンダムの顔に、心底愉快でたまらないといった感じの笑みがひろがった。
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