第十九章 2

 九十九里清次郎はグリムペニス日本支部に入会してから、すぐに主要メンバーの中に混じっていた。友人の市川善太も一緒だ。

 清次郎より先に入会していた善太も、まだ会員になってから日が浅い。何故二人がそんな位置に混じれたのかといえば、中学高校時代、清次郎と善太と同じ部活でマネージャーを務めていた、銚子桃子の口利きであった。彼女こそが、グリムペニス学生メンバーのリーダー的存在であった。


 桃子は中学高校と、同じバトル陶芸部で常に清次郎と善太と共にいた。異なる大学に進んだものの、疎遠になる事もなく、そこそこに交流は続けていた。しかし彼女がグリムペニスに入っていたとは、清次郎は知らなかった。

 昔から行動力が有り、社交性にも優れ、短気なのがタマに傷だが明朗快活で、容姿も悪くない桃子なら、リーダー格となっているのも頷ける。


 清次郎は桃子に片想いであったが、桃子はあっさりと別の彼氏を作っていたので、その恋は実らず終わったかのように思えた。しかし今、桃子はフリーであるという。

 正直、清次郎には下心があった。誘われて何とはなしに入ったグリムペニスではあったが、桃子の側にいる事ができるというだけで、グリムペニスに通うのが楽しみになるし、どうしてもその先を期待してしまう。


(本当、お金かかってそうなビルだなあ……)


 都心にあるグリムペニス日本支部ビルに通うようになってまだ日が浅いが、来るたびに清次郎はそう思う。ビルは二十階建てで、外観も非常に綺麗だ。ビルの周囲も大理石で埋め尽くされている。

 エントランスの広場や、会議室などで、主要メンバーによるミーティングが行われる。清次郎はいつも黙って話を聞くだけだが、善太はたまに発言し、桃子は当然のようにガンガン発言していた。


「賛同者は順調に増えています。デモに集まる人の数の増加を見ても明らかです。環境保護党も、野党ながら、私達に力添えをしてくれています。協賛企業も少しずつではありますが、増えています。流れは完全にこちら向きです」


 桃子が演壇の前に立って、得意げに喋っている。


「ニュースで報道もされているし、週末は盛り上っているけど、ネットだと叩かれているし、周囲の人もあまりいい目はしてくれないんだよね」

「そうそう、デモは確かに盛り上っているけど、日常生活に戻ると、急に実感できなくなる。多分デモに参加しているだけの人達も、同じこと思っているんじゃないかな」


 アンチな意見が出た瞬間、桃子の顔が怒りに歪む。


「悪い部分ばかり見ても仕方無いでしょうっ。後ろ向きに考えていては前に進めないと思わない? いい部分だけ見ておくべきですっ。確実に流れはこちらにあるのですからっ」


 昔から短気だった桃子が、相変わらずの気の短さを見せつけるようにして、異論を封殺するが、清次郎はそれを聞いて不安になった。


(あんな抑え方でいいの? 反対意見や不安を頭ごなしに抑えつけるやり方って、どうかと思うけどな……)


 リーダーなら、異論が出た場合はもう少し説得力のある言葉を用いて、真摯な態度で臨むべきではないか。そうでないと、下の者の心も離れていく。そう思いはしたものの、口にはできない清次郎。


「相変わらずだろ、あいつ」


 善太も同じ気持ちのようで、顔をしかめて清次郎の耳元で囁く


「うん……」

「牽引力あるのは確かだけど、あのノリのせいで離れていった奴もいるぜ。勝浦支部長が注意してくれればいいんだけどなあ」


 善太がそう言った直後、その支部長であるフレデリック勝浦が、会議室に姿を現す。


「盛り上っている所、申し訳ありません。皆さんに直に会って報告したいことがありまして」


 愛想よくにこにこと笑いながらも、勝浦は言った。この人物に対しては、清次郎もわりと好感を抱いていた。四十四歳だと聞いたが、見た目は五十くらいに見える老け気味の小男で、人当たりの良さそうな風貌のおっちゃんだ。


「残念ながら来日中のグリムペニス会長のコルネリス・ヴァンダム氏は多忙のため、本日はおいでになられませんが、そのうち皆さんとも直に会って交流がしたいと仰いました」

『おおおおおーっ!』


 勝浦の言葉に対し、申し合わせたように拍手と歓声があがる。


(何かちょっと気味が悪い)


 本気で喜んでいるにせよ、空気を読んでいるにせよ、この一斉拍手と歓声には引いてしまう清次郎であった。


「さて、皆さん。御存知の通り、まだまだ世界には悲しいことに、環境破壊などお構いなしに、人類の都合と欲望を優先させるために、無闇な科学信仰を振りかざす輩がいます。その中に、所謂マッドサイエンティストと呼ばれる、条例や規制も無視して、危険な研究を行う者達が多くいることも御存知かと思われます」


 そのマッドサイエンティストを多く生み出したのは、他ならぬグリムペニスではないかと、心の中で突っこむ清次郎。

 世界中で科学文明の衰退を引き起こし、新しい技術や薬品の開発に目くじらを立てて規制をしまくった結果、それに反した技術者達が多く現れ、犯罪に手を染める者も続出した事は、既知の事実だ。


「彼等はまさにこの地球を蝕む邪悪の化身です。グリムペニスの影響力が乏しく、環境保護の潮流から後退しているこの日本では、悲しいことに、特にマッドサイエンティストの数が多い模様です。裏通りの存在も、彼等を跳梁跋扈させる要因となっております。我々は彼等の存在を断じて認めませんっ」


 しかしその誰もが知る事実をまるで無視して、勝浦は語る。その言葉遣いがかなり大袈裟な煽りであることに、清次郎はまた違和感を覚えてしまう。そして、ここにいる他の連中はそれをどう受け止めているのかと、疑問を抱く。もしストレートに受け入れているのだとしたら、何だかそれは宗教じみたものに感じられてしまう。


「さて、我々グリムペニスが最も危険と見なしているのが、『三狂』と呼ばれるマッドサイエンティストです。知っている方、おられますかー?」


 見渡すとちらほらと手が挙がっているが、ほとんどの者は知らないようであった。


「では、その三狂の一人、雪岡純子というマッドサイエテンィストを御存知の方はー?」


 今度はもっと多い数の手が挙がるが、それでも全体の四分の一にも満たない。


「知らない人はちょっと検索してみましょうか。すぐに出てきます」


 促され、一斉に検索しだす者達。隣で善太と桃子もホログラフィー・ディプレイを投影し、検索しているので、仕方なく清次郎も検索してみる。


 そこに書いてあるオカルトまがいの内容を見て、清次郎は呆れた。雪岡純子なるマッドサイエンティストの危険な人体実験台になると、その代償として望みをかなえる事ができるという、実に眉唾な内容。


「その検索結果は悪戯でも都市伝説でもありません。彼女は実在する人物です」


 清次郎の疑いを見透かしたかのように、勝浦が再び喋りだす。


「彼女は人体実験を繰り返す悪しきマッドサイエンティストですっ。さらに、グリムペニスと過去何度も激しく対立し、我々グリムペニスの環境保護活動を阻害してきた極悪人ですっ」

「そんな悪人がどうして警察に捕まらないんだ……」


 とうとう声に出して、清次郎は呟いてしまう。しかし誰の耳にも入っていなかった。


「私達はヴァンダム会長より使命を与えられました。それはっ、この大悪党たるマッドサイエンティストを倒すことですっ!」

『うおおおおおおーっ!』


 勝浦の言葉に、またもや歓声が沸き立つ。


「倒すってどうやって……」


 いちいち突っ込みどころが満載すぎて、清次郎は呆れきっていた。


「あのー……具体的にはどうやって倒すのでしょう?」


 清次郎と同じ疑問を抱いた善太が、挙手して質問する。


「それはもちろん決まっています。これまでと同じく、デモ行進ですっ。雪岡純子の居場所はわかっています! 彼女が潜伏するという安楽市絶好町にあるカンドービルの中に、デモ隊で突入するのです!」

『うおおおおおおおおーっっっ!!』


 勝浦の説明を受け、これまでで最大の熱狂の叫びをあげるメンバー達。


 デモ行進してどうやって倒すことになるんだと、肩を落とす清次郎。しかし隣の善太もそれで納得しているようで、一緒に歓声をあげていた。


(俺、とんでもない団体に入っちゃったかも……)


 そう思う一方で、清次郎の中には、このおかしな集団に対する興味も芽生えている。彼等がどこへ向かっていくのか、共に見てみたいと。


***


 勝浦は会議室を後にし、ヴァンダムのいる部屋へと向かった。

 ヴァンダムは本当に多忙のようで、机の前で無数のディスプレイを出し、作業に没頭していたようであるが、勝浦が室内に入ると、ディスプレイから目を離して勝浦の方を向く。


「中々素晴らしい演説だった」


 会議室でのやりとりは、全てヴァンダムも聞いていた。


「本当にこれで良かったのですか? デモをすることで、どう雪岡純子打倒に繋がるのでしょうか……」


 指示通り煽ってきたものの、勝浦には全く理解できない。


「どう繋がるか、わからないかね?」

「はい……全く……」

「先を見透かす思考能力を鍛える必要はあると思うが、まあ雪岡純子という人物をよく知らなくては無理も無いな」

「一応調べてはおきましたが」


 裏通りなどという領域は無縁な勝浦からすると、雪岡純子なる者の存在は、眉唾のように思えてならない。


「まあ、わからないというなら、ここで教えてしまうのも味気無い。この先の展開を楽しみにしていたまえ。100%私のシナリオ通りに進むことはないであろうが、八割くらいは思い描いた構図になると思う。すでに私の方でも根回しをしてあるしな」

「はあ……」


 特に自信に満ちた口調というわけでもなく、淡々と語るヴァンダムに、勝浦は気の無い返事をした。

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