第十八章 11

 咲と犬飼が研究所を後にし、純子と真とみどりの会話は、自然と今の二人と睦月の話題となった。


「その睦月って人、話聞いてる限り可哀想だぁね」

「うん、私もそう思うよ。世間的には絶対同情なんてされない存在だけど、私は同情できるなー」


 みどりと純子が言い合う。


「睦月ちゃんは反省してるんだし、これ以上責めても仕方無いとも思うしねえ。なのに、睦月ちゃんを怨んでいる人が大挙して押し寄せ、復讐しようとするとかさあ、睦月ちゃん本当可哀想だよねえ」


 口とは裏腹に楽しそうな笑顔で話す純子を、呆れた目で見る真とみどり。


「お前は死刑制度賛成の立場じゃなかったのか? 睦月は表通りの法で裁きにかければ、どう考えても死刑だろ。それなのに知り合いだから同情して、本人も反省しているっていう理由だけで睦月は無罪ってことか?」


 純子に向かって真が言う。


「うん、死刑はあって然るべきだよ。でもそれは私の知らない人に限った話かなー」


 屈託のない笑顔で、純子は平然と述べる。


「社会のルールとしても、被害者の遺族の感情を考えても、大罪を犯した人には死刑の執行はあって然るべきだよねえ。でも真君の言うとおり、私の知り合いは許していいと思うんだ。だって、死刑で殺しちゃうより、生きていた方が楽しいじゃなーい。死んでほしくないと思って当たり前じゃなーい」

「イェア、その件に関しては、純姉ってばあたしと全く同じ考えっ。知らない奴は死刑で殺しとけー、知ってる奴なら反省させてそれで許しておしまいでオッケイ。うん、何も間違ってないよぉ~」


 純子の言い草に、本気で同調している様子のみどり。


「普通それをあけすけに言い過ぎないものだが、手前勝手な感情論にだけ従うなら、その考え方も間違ってないのかもな」


 真とて、睦月を死なせたいとは思わないし、彼女に法的な罪の償いを求める気持ちも無い。


「で、お前が改造した奴等は、当然睦月を殺せるだけの力があるんだな?」

「もちろん――と言いたい所だけど、正直怪しいなっていうのが何人かいるかな。何しろ睦月ちゃんはズバ抜けた再生力の持ち主だし。一人一人個別に復讐しにいったとしたら、大半が返り討ちなんじゃないかなあ」


 純子の言葉を聞き、真は内心安堵する。


「睦月への復讐者達を改造していることはもうとやかく言わないとして、僕が睦月を助けたら、お前はどう思う?」

「何とも思うわけないじゃなーい。ていうかね、真君なら絶対に助けにいくと、折りこみ済みなんだけど?」

「そういう答え方はしてほしくなかったかな」


 半ばからかうように言う純子に、真はかちんとしてそっぽを向く。


「すまんこ……。真君、軽口のつもりだったのかと思って、私もその気持ちで返しちゃって……」


 失敗したと思い、即座にすまなさそうな顔で謝る純子。


「僕が無表情で言葉が足りなかったのも原因だろうけどな。ようするに聞きたかったのは、睦月に怨まれて復讐される立場にある僕が、睦月を助けにいきたいと思う気持ちそのものに、お前の考えを聞きたかった」

「んー、今言った、他人なら死刑、親しい人間なら無罪という考えと、一脈通じるものがあるねえ。倫理だの道理よりも、自分の気持ち徹底重視。それでいいじゃない。で、これも今言ったけど、私は真君なら絶対に助けに行くと思ってたからねえ。大体この間だって、最後は睦月ちゃんのこと助けてたでしょ?」

「じゃあ助けてくる」


 真が立ち上がる。


「ねね、真兄待って。これ何よ。殺人人形マークⅡって。しかも赤城って」


 会話の合間に携帯電話のディスプレイを投影して、裏通り関連の掲示板を眺めていたみどりが、声をかけつつ、空中のホログラフィディスプレイを反転させてみせた。


「何だ? これは」

「こんなの知らないよ、私……」


 掲示板を見て、真が純子を見て問うも、純子も戸惑いの表情で首を横に振った。


「毅君、こないだ買い物から帰って、その後でまた出て行って、そのまま帰ってきてないんだよねえ」


 毅に簡易ロボットの胴体を与えたのは失敗だったかなと、純子は思う。逃亡するくらいは予想していたが、こんなことをするとは思わなかった。


「あいつはお前と同じで、典型的な、行動力のあるろくでなしだから、放っておくと何するかわからないぞ」

「私と同じは、否定しないけど余計だよー」


 真の言葉に対し、純子は笑いながら言った。


***


 百合の邸宅の前。


 百合の前に、三人の男がいた。

 三人共、百合が声をかけた、睦月に親しい者を殺された者であり、復讐を決意して純子の元で人体改造を済ませた者達である。


 そのうち一人は中年。二人は少年だ。一人は睦月を襲撃した木村紺太郎である。失敗したから始末しようかとも考えた百合であったが、当然のようにリベンジの意気込みに燃えている紺太郎を見て、もう少し楽しませてくれそうだと思い、紺太郎の心が折れない限りは、手を出さないでおくことに決めた。


「貴方方の戦いは、最早あなた達だけの戦いではありませんことよ」


 三人の復讐者を前にして、朗々たる声で告げる百合。


「この言葉の意味、おわかりかしら? 私は八つ裂き魔に大事な人を奪われた人達に、手当たり次第に声をかけました。ですが当然その全てが貴方方のように呼応したわけではなくてよ。様々な事情や想いで、怒りと悲しみに心を焦がしつつも、復讐には踏み切れなかった人達の方が、むしろ多いわけでして」

「そいつらの気持ちも背負って、復讐を果たせというわけか」

「おおっ、やってやるとも」


 ツンツン頭の少年と、バーコード頭の中年男が声を震わせ、復讐の意気を高める。


(まったく単純な人達ですこと。ま、単純な人の安っぽい命と意気込みを踏みにじる事も、私が生み出す芸術作品の一環になりますけどね)


 それを見て、百合は侮蔑の視線を投げかけていたが、気付く者はいなかった。


「俺は俺のためだけに復讐を果たす。他なんかどうでもいい」


 一方で紺太郎は、百合の煽りにも乗る事無く、冷めた口調と表情で言った。


(この子はやはり、少し見込みありかしら)


 百合からすると、単純な善人よりは、こうした個人主義者の方が好感が持てる。


「皆さんにはさらに心強い助っ人を用意いたしましたわ」


 百合が片手を上げて合図を送ると、門の陰から一人の男が現れた。


「彼は裏通りでも名うての始末屋でしてよ。ミスターパーフェクトなどとも呼ばれていますの」

「通り名はともかく、前半の言葉は誇張しすぎだ」


 紹介する百合に、早坂零がかすかに顔をしかめて言った。


「復讐目当て以外の奴は信用ならないな。協力者なんていらん」


 ところが紺太郎が、敵意にも近い視線で零を睨み、つっぱねる。


「他にも復讐者達がいるって聞いたが、そいつらにも取られたくない。こいつらにもな。八つ裂き魔は、俺の手で始末しないと気がすまない」

「そうですか。確かに貴方達三名の他にも、復讐者はいますので、早い者勝ちですわね」


 粋がる紺太郎ではあるが、結局は一人では無理と判断し、他の二名と手を組んでいる事に、百合は失笑を禁じえない。

 やがて紺太郎達が立ち去り、百合と零の二人が伸される。彼等を煽りつつ、零を加えるつもりであったが、紺太郎に拒絶されたので、零は別の機会に参戦させる事にする。


「本気で睦月を殺しにかかる気か? あるいは殺そうとしているのは俺か?」

 零が皮肉げに問う。


「まさか。あくまでこれは興の一つに過ぎませんわ。零、貴方にはバランスを取って欲しいだけでしてよ」

 と、百合。


「それにこの遊びは、すでに純子も関知していることですわ。純子も何らかの形で、干渉してくる可能性が高いと見てよろしくてよ。つまり、相沢真も出てくる可能性がありますわ」

「奴と相対したら、俺はお前のことなど無視して奴を殺すかもしれんぞ?」

「その程度で壊れる玩具でしたら、私の興味の対象からも除外されますわ」

「俺程度に殺される相手ではなどと、俺の前でよく口にできたもんだ」


 冷たい声を発する零。


「あら。失言でしたわね。ごめんあそばせ。けど、そう言われないほどの実力をお持ちであれば、私もそのようなことを口にはしませんことよ」

「ところでこれはどう思う?」


 百合の皮肉を無視して、零は携帯電話のディスプレイを投影し、裏通りの掲示板に書かれている内容を指す。


「雪岡純子の殺人人形マークⅡ? 純子ったら、新たにそのようなものを用意していましたのね」

「赤木毅。元は純子と敵対した組織のボスか。それが今はどういう経緯か不明だが、純子の傘下に加わっているとは」


 真に向けているのと同様の、嫉妬の念が沸き起こる零。わざわざ殺人人形マークⅡというからには、純子が信頼を寄せる直接の僕なのであろう。そんな者が真に続いてもう一人出現することが、認められない。許せない。


「わざわざマークⅡとまでつけて、相沢真と対等に並べる辺り、かなりの強者、純子にとってかなり重要な人物と見なしてよろしいですわね」

「ああ、俺も同じことを考えた」


 真面目に警戒の念を抱く二人だった。

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