第十八章 9
犬飼は咲を抱え、取りあえず側にある交番へと運び込み、奥の部屋で休ませてもらった。
警察官には貧血だからと適当に誤魔化し、救急車を呼ぶような事態は避けた。
「信じてもらえるかどうかわからないが、宇宙人のようなものと遭遇して――」
警察官がいないのを確認して、咲は話し出した。
「なるほどなー、お前の中に人間以外の生物が寄生してて、それがお前の超常の力の源だったわけか」
犬飼は咲が特殊能力の持ち主であることを知っている。目の当たりにした事も何度かある。
「それが今や、お前の体を蝕んでいるようだな」
「そんなはずは……。今までこんなことなかったのに。少なくとも私に対して敵意は無かったし、今まで、私の体に悪影響など及ぼさなかった」
「じゃあ別の病気か何かか?」
「わからない。だがこんなひどい体調不良は初めてだよ。あの睦月と会ってから……おかしい感覚はあった」
体の中で何かが暴れているような感覚が、確かにある。
「よし、雪岡研究所に行こう。お前は一度拒んだらしいが、お前を助けてくれそうな場所でもあるぞ」
犬飼が言い、咲の体を再び抱え上げる。
「待ってよ。そんな怪しい場所、犬飼さんは信用しているのか?」
どう考えても病院に行った方がいいと思うのに、何故そんな場所をチョイスするのか、咲には理解できなかった。
「もし病院へ行って、お前の体の中にいるその得体の知れないものが知られたら、どうするつもりだ? 最悪、問答無用で実験台にされちゃうぞ?」
しかし犬飼の指摘を受け、何故病院を選ばないか理解すると同時に、自分の頭の回らなさを恥じる。
「一方で件のマッドサイエンティストは、実験台志願しない限りはそんな真似はしないって話だし、データ取るだけの興味本位で、診療くらいはしてくれそうだと、俺は踏んだんだが」
「わかった……。任せるよ」
犬飼に説き伏せられる形で、咲は承服した。
(雪岡純子との縁を太くするためにも、そして純粋に咲の体の中に何が詰まっているかを知るためにも、こっちの方がいいんだわ)
そう思ってほくそ笑みながら、犬飼は咲を抱えて、警察官に適当な言い訳をして交番を出た。
***
「どうしたの?」
浮かない顔で帰宅した睦月を見て、亜希子が声をかける。
「あはっ、いろいろあってねえ」
リビングのソファーに横向きに寝転ぶ睦月。
「当ててみせようか? ママのろくでもない企みに踊らされて疲れてる」
「ぴんぽーん」
亜希子の指摘に、睦月はおどけて肯定する。
「で、何があったの?」
「話せば長くなるけどねえ」
亜希子になら話せば気が楽になるかと思い、睦月は自分を狙って襲ってきた者達や、咲とのやりとを全て喋った。
「なるほどぉ~。ママの言っていた宿題って、そのことだったのか~」
神妙な面持ちで亜希子が言う。
「ママは……ただの意地悪、ただの悪ふざけのつもりなんだろうけど、これって考えようによっては、睦月が一つのけじめをつける機会とも言えるよねぇ?」
「うん、俺もそう受け取っているよ」
亜希子に打ち明けて大分気が楽になり、睦月は不敵な笑みを浮かべる余裕さえ生じていた。
「開き直って、これから起こりうる展開全て、受け止めて乗り越えようと構えておく事にするよ。今は見えない――わからない事が、わかるかもしれないしねえ」
「でもママがどんなひどいことしてくるか、わかんないよ? そこが不安じゃない?」
「まあねえ。百合のことだから、ただ刺客を送るだけじゃなくて、何かひねくれたちょっかい出してくると思うんだ。いや、もう出しているけどさ。俺が見逃した相手は、俺に代わって百合が殺したうえに、霊も束縛するとか、悪趣味な真似するようだから、相手を見逃すってこともできないんだよねえ。絶対に俺が殺さないといけないルールらしい」
もちろんそれだけでは終わらないと、睦月は思う。
「睦月、私も睦月と一緒に戦ってあげるわ」
亜希子が力強い声で宣言し、睦月は跳ね起きた。
「何でそんな顔してるのォ? 私と睦月は家族みたいなもんじゃない。いや、家族そのもの? 困った時は助け合う。それは何もおかしくないでしょ~?」
笑顔でそう言うなり、ドンと己の胸を叩く亜希子を見て、睦月はくすくすと笑う。
「あはっ、亜希子さあ、その仕草は亜希子のキャラに似合わないよう」
「勝手に私のキャラ決めてほしくないなあ。ていうかママ相変わらずおかしいよね。私や睦月も敵である純子の元に送って改造させ、また今度も純子を利用とか。もう純子に全部ばらしたい気分だわ~」
「純子はきっと気がついていると思うねえ。で、百合も、純子に気がつかれている事も承知のうえで、純子に改造させてるんだよ。あはっ」
そこまで喋った所で、二人は会話を止める。廊下に足音がしたからだ。
「あら? 私に気を遣わず、どうぞ楽しいお喋りを続けてくださってよろしくてよ」
にっこりと笑って告げる百合であったが、睦月も亜希子も露骨に険悪な形相で百合を見る。傍らには白金太郎もいる。
「ママ……いいかげんにっ――!」
亜希子が怒鳴りかけたが、睦月が手を亜希子に向かって手をかざし、それを制した。
「あのさあ、百合。俺は正直ちょっとだけ感謝している部分もあるよ。でもさあ、その感謝を引っくり返すような真似してくれたら、俺にも考えがあるよ?」
「そこまで信用を失くされ、疑われるのは、いくらなんでも心外ですわね。私はこう見えても、空気くらいは読みますわ。白金太郎と違って」
挑みかかるように言う睦月に向かって、小さく息を吐いてから、なだめる百合。
「ええええっ!?」
一方、いきなり引き合いに出された白金太郎は、引きつり顔でのけぞって大声をあげている。
「仮にも傘下の者――しかも共に暮らしている者に、多少の意地悪くらいはしても、信頼関係を根本から台無しにしてしまう行為に及ぶとしたら、それはもう離別の時ではなくて? 私はまだ睦月や亜希子を手放したいとは考えていませんわ」
「あはっ、確かに……」
百合に諭され、睦月はある程度納得した。現時点で実は離別する気で、睦月と亜希子を貶めて殺す気があって、そのうえで嘘をついているという可能性も無いわけではないが、そこまで疑うときりがない。
「ママって、たまにだけど急に常識的になることあるよね~。本っ当に、た・ま・に・だけど」
嫌味全開の口調で亜希子。
「宿題の提出をやりきる。それだけの話ってことでいいのかな?」
睦月が腕組みし、百合に問う。
「プラスアルファのサプライズがつくかもしれませんし、つかないかもしれませんが、本筋としてはそういうことですわ」
「復讐者を撃退する。その後に何が残るっていうんだろうねえ。俺は何を得るの?」
「その後回しにしてやらなかった宿題とやらを提出して、得るものなど何かありまして?」
睦月の問いに対し、百合は意地悪い笑みを浮かべて問い返す。
「いや、意味わからないんだけど……」
「私にもわからない」
本気で百合の言葉の意味がわからない様子の、睦月と亜希子。
「フッ、睦月と亜希子は学校行った事無いからわからないんだろうけど、そもそも宿題ってのはだ、何も得るものは無いけど、義務で仕方なくやって提出するだけの代物なんだよ。決まりだからやるだけなのさ」
白金太郎が得意満面になって口出しをする。
「白金太郎……貴方は……」
呆れきった眼差しで白金太郎を見る百合。
「学校行ったことなくても、宿題くらいわかるし、白金太郎の考えがすっごくおかしいってことも、私にはわかるわ……」
「つまり白金太郎は学校に通っていた頃、宿題が全く役に立たないものだと頭から決めてかかって、決まり事だから仕方なくやらされているって考えだけで、宿題やって得られるものは何も無かったと、思い込んでいるって事だよねえ」
「あるいは宿題一切しなかった悪ガキだったんじゃないのォ~?」
「まあそれより痛々しいのは、学校に通えなかった境遇の俺達二人を相手にして、ドヤ顔でそんなこと言い切る事だけどさあ」
「あうあうあう……」
亜希子と睦月が口々に言い、白金太郎は口元に手をあててうろたえまくる。
「まあ白金太郎のことはいいとして、ママの言葉の意味もわからないから、わかりやすく説明してよね」
百合の方に視線を戻す亜希子と睦月。
「私が宿題という比喩を用いたのは、本来やるべきことを棚上げしてやらないままであったというニュアンスですわ。それはわかりまして?」
真顔で説明しだす百合に、睦月と亜希子は同時に頷く。白金太郎は固まっている。
「清算すべきものを残しておいたままにして、けじめをつけていなかったのが、睦月ですわ。そのけじめをつける事は、睦月の中にある負の鎖を断ち切れるかどうかという問題。そこで何が得られるかなど、そんな考え自体がナンセンスですわ。負なるものを消せるかどうか、イコール遣り残しの宿題の答え。そしてその答え合わせも、宿題が終わった後で、睦月自身がするべきこと。今、考えることではありませんことよ」
百合の話を、睦月も亜希子もつい真剣に聞き入ってしまう。
「どうやら意味が伝わったようですわね。もっと少ない言葉のうちに察していただきたいものでしたけど」
「俺に殺された人達の周囲を復讐者にしたてあげ、俺に殺させるってのは、結局は百合の遊びにしかならないと思うけどねえ」
睦月が険のある声と目つきで言う。
「それは彼等の選択の結果でしてよ。私が話を持ちかけ、彼等はそこで選択いたしましたの。貴女は彼等の恨みを、返り討ちという形で受け止めるだけですわ。貴女が蒔いた種が、どのような花を咲かせ、実をつけたか。貴女はただそれを摘み取る。それが清算。それがけじめ。それがやり残しの宿題」
「あっそ」
面倒になって、睦月はぷいと横を向く。
「あらあら、不貞腐れちゃって」
百合は睦月の反応を見ておかしそうに微笑んだ。
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