第十七章 26

 雪岡研究所の中には、霊体用の研究機材が揃っている部屋もある。

 育夫と明日香はその部屋にて拘束され、純子に観察されている。最初幾つか質問はされたが、それ以降は何も聞かれていない。


 お札が張りめぐらされた巨大シリンダーが、幾つも設置された部屋。そのうちの二つに育夫と明日香が入れられている。純子がどのようにして自分達を観察しているのか、あるいはもうすでに実験の類が始まっているのか、二人にはさっぱりわからない。


「どうして育夫君が特別な力を手に入れたか、おぼろげながらわかってきたよー」


 それまでほぼ無言であった純子が、育夫と明日香に向かって語りかける。


「元々素質があったという点もあるけど、死ぬ時にドリームバンドをかぶっていた事も作用していると思うんだ。それと育夫君の強い執着心かなあ」

「それって僕の素質に依る部分が大きい話だと思うんだぞ。そうでなければ、ドリームバンドをかぶったまま死ねば、力を持つ霊が出来る事になるぞ。それにあの時僕がかぶったドリームバンドは、壊れかけていたぞ」


 純子の分析に異を唱える育夫。


「ドリームバンドのシステムは、脳に直接作用してヴィジョンを見せるわけだけど、これがあまりにいきすぎると、脳におかしな影響も与えてしまうんだ。そのためにセーフティもかかっているわけね。多分、そのセーフティが故障で働かなかったんじゃないかなあ。セーフティを排除して、依存症に満ちたトリップの仕方をさせるプログラムを組んだ、違法ドリームバンドの販売とかもあるしね。それに加え、人間の潜在能力の壁を破壊するように暗示をかけるドリームバンドを実用化した例もあるらしいし。もっともそれを使うと、老化が加速しちゃうらしいんだけど」


 純子はかつて裏通りの噂で、ドリームバンドの違法販売をしている業者二人組が、自らもドリームバンドによって強大な力を引き出し、その結果ひどく老けてしまったという話を聞いたことがある。


「死の間際に、いろんな要因が重なった結果、育夫君は超常の力を持つ霊となってしまったわけだよー。電霊になったのは、単純にオススメ11に執着していたからって理由だろうねえ」


 このシステムを解明することが出来れば、簡単に超常の力を有した者を殺害して怨霊化する怨霊兵器――『力霊』を、もっと簡単に作ることもできるかもしれないと、純子は考える。


「私はそこまで執着してなかったけどな」

 と、明日香。


「明日香ちゃんの場合は、ゲームではなく育夫君に執着していたからこそ、一緒にオススメ11の中に入っていったんじゃない? もちろん育夫君の想いもあって、二人の気持ちがあったままだったからこそ――」

「ちょっとちょっと、こいつの前で堂々とそういうこと言うのやめてくださいっ。私はこいつに殺されたっていうのに……そんな……」


 幽霊でありながら赤面しつつ、明日香は慌てて純子の言葉を遮る。


「しかもゲームの中に幽霊で入った後も、こいつに拘束されていた時間が長かったし、散々だってのに」

「ふん。それというのもお前があんなことしたのが全部悪いんだぞ」


 うんざりした顔を作ってみせる明日香を見て、育夫が不貞腐れた口調で言った。


 その直後、ノックの音がした。


「どうぞー」

 入ってきたのは累だった。


「累、何かちょっと様子が違うぞ」


 ゲームの中であった時と違って、妙におどおどした顔つきの累を見て、育夫が訝る。


「改めてお願いしに……きました。念押しとも言いますが……。その二人に、あまりひどい実験はしないでください。できれば……研究しつくした後は、解放してやってください。僕が……浄化してあの世に送りますから」


 累の嘆願を聞いて、それまで和やかムードだった明日香と育夫が真顔になる。


「純子さん、もし育夫にひどい実験をするようでしたら、私にも同じ処置をお願いします」

「な、何言ってるんだぞっ」


 明日香の申し出を耳にし、育夫が驚いて明日香を見る。


「育夫に罪があるのは当然として、その育夫を作り出した私も、同罪だと思うんです。例え結果的にそうなったとしても、原因は間違いなく私ですし」

「明日香……。そんなの嬉しいけど嫌だぞ。僕はお前とずっと一緒にいるつもりだったし、りずっと束縛してやるつもりだったけど、一緒に不幸になりたいとは思っていないぞ」

「あんた何言ってるの? 私はあなたのおかげで十分不幸だったんだけど」


 うろたえながら、不器用ながらも自分をかばおうとする育夫を見て、明日香は微笑をこぼして言った。冗談半分、本気半分の言葉だった。


「でも、前にも言ったけど、もう恨む気持ちが消えちゃった。貴方は馬鹿だけど、純粋でひた向きで……最初はそんな所に惹かれてた」

「あ、明日香……人前でそんなこと言うんじゃないぞ。恥ずかしいぞ」


 純子と累の目を意識して照れまくる育夫。


「まあ……生前は、自分の興味のあるもの以外は何にも目をくれず、働きもせず、堂々とヒモしていたのには参ったけど……」

「人前でそんなこと言うんじゃないぞっ。恥ずかしいぞっ」


 純子と累の目を意識してうろたえまくる育夫。


「生活の心配も何もない幽霊生活しているうちに、貴方への苛立ちも消えてしまったしね。ただ、ニャントンやタツヨシに力を与えて、人に危害を加えてるのは見過ごせなかったから」

「そのうえ死んでからも、僕のおかげで実験台になるとか、ちょっと気の毒な気がしてきたぞ」


 ちょっとなのかと、明日香、純子、累は声に出さずに突っこむ。


「まあ正直、そんなに残酷な実験はしないつもりだよー。ていうか霊体の時点で出きること限られているし、あれこれ試して、データ取っておしまいかなあ。時間はそれなりにかかると思うけどね」


 相手が霊体という事もあって、いまいち扱いづらいということもある。東京ディックランドの力霊がそうであったように、そのうち役に立つ事もあると見据えて、あくまでデータとして残せればそれでよいと、純子は考えている。


「純子……育夫達に、電霊が増えている話はしましたか?」

「あ、すっかり忘れていた」


 累に指摘され、純子はオススメ11内で、死霊タイプの電霊が増えまくっていることを思い出した。


「電霊が増えている? ニャントンは抑えたんじゃなかったのか?」

「マキヒメの……仕業じゃないですか?」


 不思議そうな顔をする育夫に、累が今まで純子の前では言わなかったその名を、とうとう口にした。何事も無ければ、最後まで秘密にしておくつもりであったのだが、累の推測では、マキヒメの仕業としか思えない。


「マキヒメちゃんも育夫君に力を引き出してもらったの?」

「そうだぞ。累に口止めされていたんだぞ」

「私はすっかり忘れていました……」


 純子に問われ、育夫と明日香がそれぞれ答える。


「マキヒメが僕達の仲間になったのは、わりと最近だったぞ。マキヒメのもう一つの能力は、人を殺してその霊を電霊にして、仮想世界へと放り込むという力だぞ。僕達にとっては役に立たない能力だったし、死者の電霊を増やしているのがマキヒメだとしたら、その力を使っていると思えるぞ」

(明らかに様子がおかしかったし、つまりは……そういうことなんだろうねえ)


 育夫の話を聞いて、純子はどういう事態か察した。リアルで追い詰められたマキヒメが、暴走して手当たり次第に電霊を作っているに違いないと。


 純子の携帯電話が鳴る。相手を見ると、芦屋黒斗だった。


「どうしたの? 黒斗君」

『都内某所で、かなり強力な超常の力を覚醒させた人物が暴れて、無差別に人を殺している。警察内の、超常の力の持ち主も返り討ちにされた。動画を送るから見てくれ』


 黒斗から送られてきた動画を映す。

 一人の女性が電撃を発し、人を殺しまくっている様子が映る。


「マキヒメです……。かなり見た目が……変化してはいますが……」


 累が眉をひそめて言う。動画に映っているマキヒメは、累の知っているリアルのマキヒメより、三十歳以上は老けていた。しかそれでも何とかマキヒメだとわかる。


『そこに累がいるのか? 知り合いか? 実は累に力を貸してもらえないかと電話したんだよ。犯人に殺された者の霊は、成仏できずにどこかに捕らわれてしまうらしいんだ。犯人を殺害するのは簡単だが、その前に、霊がどこに捕らわれているかを聞きだし、累に浄霊してもらいたい』


 霊がどこに捕らわれているはわかっていたが、それは教えないでおく方が好都合だと、純子は判断する。それがわからないからこそ、マキヒメは生かされているという一面もあるだろう。


「彼女のケリは私に任せてもらえないかなあ? 友達なんだ」

『……わかった。場所を教えるから、なるべく早く頼むな』


 静かな口調でお願いする純子に、黒斗は一瞬驚いたように間を空けたが、了承する。


『周囲の住人にはテロリストが紛れ込んだってことにして、避難させたし、警官隊で道の封鎖もしたけど、警官隊に張った結界も、大した時間稼ぎにならずに破られかねないほど、強い力の持ち主だそうだ。あまり遅いと俺の投入も有りうる。安楽市の外だから、そうそう声がかることもないけどね』

「わかったー。実にタイムリーな情報、ありがとさままま」


 電話を切り、三人の顔を見やる純子。


「てなわけで、行ってくるよー。電霊の浄化は、またサーバーに忍び込むしかないねえ。メンテがいつになるかわからないのを待つってのも、もう面倒だから、警察にお願いして落としてもらおう」

「マキヒメは助けられないのか?」


 部屋を出ようとした所に、育夫から声をかけられ、純子は足を止める。


「助けに行くんだよー。いや、救いに行くと言った方がいいかなあ」


 いつもの明るく弾んだ声で――しかしどことなく意味深な口調で答えると、純子は部屋を出た。

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