第十七章 21

 大型バージョンアップの当日、バージョンアップのためのメンテナンスが長時間によって行われ、全てのサーバーは落ち、ゲームのプレイは不可能となる。


 オススメ11のサーバーの場所を突き止めるのは容易であった。潜入するのも。

 純子は己の協力者にみどり一人を指名して同行してもらった。一度裏切った累が信用できないのではなく、一度敵陣に寝返った身であるが故に、辛い役目を頼むことになると考慮したが故だ。


「でもさァ、あたしがいなかったらその辛い役目も、当然御先祖様にやらせたよねぇ~?」

「そりゃ、もっちろーん」


 意地悪い笑みと共に指摘するみどりに、屈託の無い笑顔であっさりと認める純子。


「ふわぁ、どうやら読みは当たったみたいだわさ。覚えのある霊気をびんびん感じるよぉ~」

 一列に並べられたサーバーのうちの一つを指すみどり。


「ふと思ったんだけど、他の電霊もサーバーに憑いているモンなのかねえ?」


 みどりが疑問を口にする。電霊はオススメ11以外でも噂されている都市伝説の一つだ。草露ミルクも電霊の類ではないかという噂もある。ミルクに関してはただの噂だが、電霊そのものは他にも存在しているのであろうと、みどりは判断している。


「どうかなあ。今回がたまたまそういう形であっただけだと思うよー。多分いろんなケースがあると思う。共通するのは、ネットの中に潜む霊という話でさ」


 あまり興味が無さそうな口調で純子は言う。肝心なのは、電霊育夫がドリームバンドを通じてリアルに干渉し、他人の能力を引き出す力があるという事だ。ドリームバンドを用いての能力覚醒にはいろいろ難があるものの、調べてみる価値は十分にある。


「じゃ、お願―い」

「がってんだー」


 純子に促され、みどりが小さく呪文を唱える。

 みどりと純子の前にあるサーバーから、二つの霊体の姿が浮かび上がる。


「な、何だっ!? あ、お前は!?」

 戸惑う育夫の霊体が、みどりを見て、戸惑いを驚きへと変える。


「純子さん、来てくれたんですね」

 育夫とは対照的に、とうとうこの時が来たかと思い、安堵する明日香。


「では地縛霊ひっぺがしの術ぅ~、あ、そーれっ」

 みどりが術を唱えると、育夫と明日香は異質な感覚に包まれた。


「これは……何か……おかしいぞ」

「もう電霊じゃなくなったんだよ。いや、電脳空間に潜ることも可能かもしれないけど、少なくともそこに、囚らわれたままの状態ではなくなったってことぉ~」


 電霊が一種の地縛霊であると見なし、特定の場所に固定される地縛霊の除霊を行うことで、育夫と明日香をオススメ11のサーバーから解放したみどりであった。


「ふ、ふざけんなっ、余計なことしやがって! 僕は永久のあの空間にいたかったのに、何てことしてくれたんだぞ!」

「私が頼んだのよ」


 激怒する育夫に、明日香が静かな声で告げる。


「育夫、長かったけど……もうこれで終わりよ。純子さん、みどりさん、本当にありがとう」

 心から礼を述べ、深く頭を下げる明日香。


「気にしなくていいよー。引き換えに実験台になってもらうんだしさあ。あと、さんじゃなくてちゃんづけでいいよー」

 と、純子。


「あ、明日はようやく待ちに待った大型バージョンアップだっていうのに、あ、あ、あんまりだぞ~っ!」

「報いだと思って諦めなさい」


 怒り狂い喚き散らす育夫と、あくまで穏やかな口ぶりの明日香。


「へーい、一つ聞きたいんだけどさァ、育夫はゲームできないタイプの電霊なんだよね? ただ見ているだけなんだし、そんなのが楽しいわけ?」

「楽しいぞっ。俺はあのゲームを遊べなくても、あの世界の風景を見ているだけで幸せだったんだぞ。また新しいイベントや、新しいコンテンツに夢中になる様を見たかったぞ……」


 みどりに問われ、育夫は自分の思いのたけを述べてから、がっくりとうなだれる。


「どうするぅ~? 純姉」

「んー……意地悪することも無いしねえ。まあ、研究所に行ってから考えよう。こちらの束縛からは逃れられない処置をしたうえでね」


 みどりの言いたいことを察して、純子が答えた。


「ふわぁ~、この件もこれで一件落着かー」

 育夫と明日香を封霊用の壺の中へと封じて、みどりが言う。


「最後は呆気なかったよね。ま、そうそう盛り上がるドラマなんて無いのが普通だけどさァ」

「電霊の育夫君をどうにかするだけでは、話が片付かなかったのは、ややこしい部分ではあったけどねえ。彼の配下の電霊使いを抑える方が大変だったし」


 他にも方法はあったかもしれないが、育夫と明日香がメンテナンス中には電脳空間からリアルへと戻るという事に気がつかなかったら、もっと時間がかかっていたかもしれないと、純子は思う。


「で、もうオススメ11はやめるの?」

「んー? 別にやめなくてもいいと思うけど」


 意外そうな顔をする純子。


「ごめん、あたしはもう飽きた。真兄も嫌になってきてるっぽいよぉ~?」

「そっかー……でもせめて、バージョンアップ後のイベントは皆で楽しもうよ」

「そこでどうして真兄が嫌になってきたのか、こっそりとあたしに聞くとか、そういう事に気回らないよねえ、純姉は」

「え……? んー……あはは……」


 みどりに溜息混じりにそう言われ、純子は頬を人差し指でかきながら苦笑いをこぼした。


***


 マキヒメは警察署に任意同行し、事情聴取を受けていた。

 両親が自分の前で倒れる所を隣人に見られてしまい、誤魔化すためにやむなく救急車を読んだら、警察まで関与してきた。きっとあの隣人が110番にかけたのだろうと察し、マキヒメは忌々しく思う。


(バージョンアップ当日なのに、こんな事になるなんて……。今はメンテ中だけど、間に合わなかったらどうするのよ)


 マキヒメの心配は自分の身の上よりも、そちらの方だった。


(メンテ延長してくれないかな……)


 メンテナンスに延長はつきものだが、延長に苛立ちを覚えた事はあっても、延長して欲しいと望むのは初めてである。

 両親が同時に死んだとあって、病死とも言いづらい。突然倒れて自分にも原因はわからないと歌えたが、しつこく尋ねられ続けている。


「検死の結果が出だが、外傷が無い。ショック死でもしたかのように、死因が全く不明なんだ」


 取り調べ室にて、刑事がねちっこい口調で、座っているマキヒメの後ろから声をかける。ほぼ密着しながら声をかけてくるのが、キモくて仕方がない。トカゲを連想させる刑事の面を正面から見なくて済むのは救いだった。


「薬物反応も無い。原因不明というのが一番面倒で困る。何か心当たりはないのか? 何か隠してるなら言ってほしいわ」


 刑事がマキヒメの両肩に手を置いて揉んでくる。こんな安っぽいドラマに出てくるような、セクハラまがいの取調べが実在した事に、マキヒメは驚きとショックを受けていた。

 おそらくは、マキヒメが怪しいと踏んでいるのだろう。彼等の嗅覚が、マキヒメが両親を殺めた事を察しているに違いないと、マキヒメも察する。


「それより、そろそろ帰してください。話すべきことは話しました」

 精一杯強がって、毅然とした声を出すマキヒメ。


 帰ってオススメ11にインしなければと焦る。バージョンアップのメンテナンスが終わり、イベントも始まってからでは遅い。ネナベオージと約束してある。ネナベオージとイベントを共に過ごすことだけを楽しみにしていたというのに


「あのね、ちゃんと答えてほしいね。警察なめるんじゃないよ。あんたが御両親と不仲だったのは知っているんだよ? そもそもあなたの家族はどうなってんのさ?」


 もう一人いた若い警官が恫喝する。


「君の旦那さんとその母親が行方不明になっている。不明届けは出しているが、こうも事件が立て続けに起こるとね。警察だって黙っていられないよ」


 トカゲ面がマキヒメの顔を覗き込み、内臓が病気でやられているのではないかと思われるひどい口臭を放ちながら、さらにネチッこさを増した声で言う。思わず顔をしかめるマキヒメ。


「こっちの手間を省いてくれると嬉しいんだけどなあ。ねえ?」


 ちろちろと舌を出すトカゲ面。マキヒメの頬に触れこそしないが、今にも触れそうな所で留めて、マキヒメを不快にさせて楽しんでいるのがよくわかる。


(醜い……何でこっちは醜い奴等ばかりなの……)


 マキヒメの中で怒りがマグマのように噴き出てきた。


(私がその気になれば、こいつなんてゴキブリより簡単に殺せる。なのにそのゴキブリ以下の奴が私を拘束して、私を嫌がらせて楽しんでいる。ああ……もういいや……もういいでしょ……我慢することなんてない……)


 不意にマキヒメが嘲笑を浮かべたので、刑事が怪訝な顔になる。


 直後、室内にいた二人の警官は、悲鳴をあげることもできず硬直した。

 マキヒメの体から生じた電撃の渦が、二人を貫いていた。


「醜さの坩堝……この世界は皆……計り知れないほど、醜い……」


 倒れた刑事二人を侮蔑の視線で見下ろし、うわ言のように呟くマキヒメ。


「何だ!?」


 取調室の外にも電撃が漏れていたため、別の警官が部屋を開けて、中の光景を見て目を剥いた。

 再び電撃の渦を発生させて、その警官も殺害する。そしてマキヒメは電撃の渦をまとったまま、廊下へと出た。


 途中で遭遇した警官を片っ端から殺害して電霊化しつつ、マキヒメは悠然とした足取りで、警察署の外へと出ていった。

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