第十六章 31
雪岡研究所のリビングにて、純子、真、蔵、みどりの四人が、ソファーに横たわる累に視線を注いでいた。
累が起きたタイミングで話し合うことにしたのはいいが、累はすでに二十時間以上寝っぱなしである。それ以前にも四人で、議論にも似た会話を続けている。
「せっかく累に変化が生じたことだし、熱中できるものも見つけたとあっては、それは喜ぶべきことであるし、少し大目に見てやってはどうかね」
と、蔵。
「限度があるだろ。少しじゃないんだ。家族に心配させるレベルになっているじゃないか」
真が反論する。
「あたしも蔵さんの言うとおりだと思うけど、御先祖様のハマり方は常軌を逸しているぜィ」
蔵の言うとおりと言いつつも、真寄りの考えを口にするみどり。
「いつになっても起きないけど、そろそろ起こすか?」
「起こさない方がいいよ。睡眠を忘れるくらい熱中した反動で、体は疲れきっているみたいだからさあ」
真の言葉に対し、純子がかぶりを振る。
「時間管理して、それに従ってもらう形にしてみるのはどうかな」
蔵が提案した。
「つまり、ゲームをするのは純子に許可を取って、決められた時間だけさせるようにする、と。それで解決はしないかね?」
「累君の性格だと、絶対に私の目の届かない所でこっそりすると思う」
蔵の案で解決するのが理想とは認めつつも、累の性格を理解している純子は、溜息混じりに言った。
「ゲームをしない時は、ドリームバンド自体を隠しておく形にするといい」
「大昔のファミコン本体を隠される子供みたいだわさ。って、言っても、真兄や蔵さんにはわかんねーだろうけどォ」
さらなる蔵の提案に対し、みどりが微笑をこぼして言う。
「累君にどうしてそんなにゲームにハマったのかってことも、聞き出しておきたいところだけどねえ。彼が変わるためのヒントになるかもしれないしさー」
「聞けば話してくれるでしょーよ。純姉は、御先祖様がそれを語らないと見てるのぉ~?」
「んー、例えばゲーム内で好きな子ができたとか、誰かに貢ぐためとか、そういう理由だったら、話したがらないかもだしねえ」
「うっひゃあ、御先祖様がそんな理由でゲームにハマっているとかだったら、ちょっと面白いけどちょっと引くわ~」
純子とみどりがそんな会話を交わしていると――
「そんなうわついた理由ではありません」
目を覚ました累が、不機嫌そうな声で否定した。
「じゃあ、御先祖様は何だってあんなに、あのゲームに惹かれてのめりこんでたわけぇ~?」
「戦いです」
みどりの質問に、まだ覚めきっていないまどろみの状態ながらも、累はしっかりと答える。
「あのゲームは仮想世界とはいえ、戦闘が非常によく表現されていました。真やみどりは今、レベル上げがほとんどで格下ばかりと戦っていますが、僕は別のジョブもいくつかすでに最高レベルまで上げて、装備やステータス強化のために、ハイエンドコンテンツにも参加しています。まあ他のジョブも上げたとはいっても、装備やステータスや好みの問題で、白魔法使いでばかり参加していますが」
「ゲーム始めて二週間とちょっとしか経っていないのに、そこまでいったのかよ」
驚く真。自分やみどりとは、かなりの差がつけられていることがわかる。
「このゲーム自体、レベル上げは物凄くヌルくなって、新規や復帰組がすぐにハイエンドコンテンツに臨めるようにしてあるからねえ。でも、それにしたって二週間くらいでそこまでいくのは、早すぎだけど……」
純子も累のハイペースっぶりに驚きと呆れを禁じえない。
「僕は戦国の世の生まれですし、戦が無くなったことをずっと嘆いていました。かといって、火器に頼る戦は好まざるものですし。しかし僕が忘れていたあの戦いが、あのゲームの中にあったのです。敗北が死に繋がるものではないのが、残念ではありますが」
「素直に裏通りで殺し屋稼業でもすればいいんじゃないか?」
真がわりと真面目に提案したが、累はかぶりを振る。
「あれでは駄目なんです。ていうか、リアルは怖いから嫌です。自分でも理由はわかりませんが、ネットの中は怖くないです。だからもうこれから僕は、あのゲームの中でずっと生きていたいと思います」
堂々とネトゲ引きこもりの廃人になると宣言され、室内の四人が絶句する。
「ネトゲにハマるのが悪いとは言わないけど、五日も徹夜するほどのめりこむとか、僕らに心配かけるような真似はやめろよ」
正直ネトゲにハマることそのものもどうかと思うが、変化があったのは良いことだし大目に見てはどうかという蔵の言葉を思い出し、真はできるだけやんわりとたしなめた。
「御先祖様が寝てる時に話したんだけどさァ、ゲームは一日一時間てことにして、それ以外の時間はドリームバンド没収ってことに決定したんだよね」
みどりの言葉に、累は目を剥いた。眠気が吹っ飛び、不機嫌な表情を露わにする。
「いやいやいや、一時間とか時間の設定までは決めてないけど……」
そもそもネトゲを一日に一時間しかできないというのは、いろいろとキツいものがあると、純子は思う。PTでプレイする際、結構な時間がかかることもしばしばであるし。
「ふざけないでください。一日たったの一時間しか許されないなんて、そんなの耐えられません。残りの二十三時間は何をしていればいいというんですか」
「いや、それ以前に、お前はこれまでいつも部屋の中に引きこもって、何していたんだ? そこからして僕らは知らないわけだが」
反発する累に、真か真面目に問う。
「うずくまって昔の思い出に浸っていたりとか、ただぼーっとしてたりとか、あるいはラジオ聴いてました」
「思い出に浸るとかぼーっとしているのはともかくとして、ラジオでいいんじゃないか?」
「うん、ラジオはいいね。魔法の箱だよね。テレビとはまた一味違う好さがあるしぃ~」
累の言葉を聞いて、蔵とみどりが言った。
「たとえ君達が僕のことを心配してくれようと、せっかく僕が見つけた僕が生きられる場所を奪われたくはありませんっ」
怒りと哀しみがないまぜになったような顔で叫ぶと、累は部屋を飛び出ていった。
「本当に彼、五百年以上も生きているのか? そのまんま見た目通りの子供に見えるんだが」
蔵が微笑みながら言う。子供らしからぬ子供の多いこの雪岡研究所にあって、見た目そのままの子供っぽい子供である累には、素直に好感を持てる。
「累君の場合は、中身が子供のままだからこそ、生きてこれたんだよ。肉体の維持が出来ても、精神の老いを止められる人ってのは、限られているからねえ」
純子が言った。不老不死の肉体を手に入れても、心の老いは防げない。それを止められる人間は限られているし、心が歪であるが故に心の老いが止まる事もあれば、その逆もある。
「あれ? 研究所の外に向かう気だ」
リビングにとりつけてある、立体ディスプレイではない古めかしい液晶モニターから、研究所入り口の外へと出る累の姿を見て、純子が意外そうな声をあげる。
「ていうか、ドリームバンドちゃんと回収したか?」
真が純子に向かって尋ねる。
「してないよ。外に出て、私達の目の届かない所で、ゲームの中に引きこもる気なんじゃないかなー」
「家のヒキコモリを脱して、外でゲームに引きこもるとか……」
どんな冗談だと呆れかえる真。
「しばらく放っておいた方がいいかもねえ」
「純姉、本当に放っといて大丈夫なのぉ~? 御先祖様、結構頑固で意地っ張りな所もあるしさぁ。しっかりと納得させた方がいいと思うんだけどな」
純子の言葉に、みどりが異を立てる。ゲームのやりすぎで倒れたのが研究所内であったからこそよかったものの、これが外だとしたら、本当に命の危険に関わる可能性もある。実際にネトゲのやりすぎで衰弱死というケースはあるし、ヴァーチャルトリップゲームは、ある一定のラインを越えてやり続けるとよくないと、純子も念押ししていたほどだ。
「五百年以上も生きた伝説の魔人が、最期はネトゲのしすぎで死亡とか、そんな可能性だって捨てきれないじゃんよ」
冗談のような話だが本当に有り得ると、みどりは見ている。
「いざとなったら真君が、『抱いてやるから戻ってこい。さあ、おいで』とか言えば、ホイホイ戻ってくるから大丈夫だよー」
「そんなこと絶対言わないから、全く大丈夫じゃないな」
場違いな冗談を口にする純子に、真剣に累のことを心配している真は、軽い苛立ちを覚えた。
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