第十六章 24

「へーい、また育夫の妨害にあったりしないのぉ~?」


 若干からかい気味な口調で、みどりが明日香に問う。


「今は育夫がニャントンと接していて、そちらでいろいろ話をしているので、多少の時間は平気でしょう」

 明日香が答える。


「私は半ば捕らわれの身です。移動は自由にできますが、多くの時間は育夫に見張られているのです。私が度々育夫の目を盗んで動いていることも、育夫は知っています」

「多少は平気と言っても、それではあまり長い時間はいられないということだな。なら用件だけ手短に伝えてくれた方がいい」


 明日香の話を聞き、真が言った。


「重要な話があるというわけではありません。ですが、純子さんのお仲間である貴方方が、ビッグマウスとも一緒にいる所を見て、声をかけたくて、つい現れてしまっただけです。何しろ私は、育夫以外と喋ることもほとんど無かったですし。かつてのフレを見かけても、こんな姿で話しかけるのも躊躇われましたが……とうとう寂しさに屈して、姿を見せてしまっただけです」


 言いにくそうな口調で語る明日香。


「明日香、純子から話は聞いてるネ。水臭イヨ。もっと早くに会いに来てくレレば……いや、もっと早く助けを呼べばヨカッタのにネ」

「ごめんなさい。私は――この空間に霊として捕らわれているのも、罰として受け入れてたの。結局私も育夫を殺したわけだし、破滅の原因を作ったわけだから。でも育夫が他のプレイヤーに力を与え、電霊を量産しだしたとなると、流石に放っておけなくて」

「その代償に、純子の実験台とナルこと、望んだのネ?」


 ビッグマウスの確認に、明日香は無言で頷く。


「私もこのゲームを育夫と一緒にやっていました。育夫の気持ちもわからないことはないのですが、超常の力を用い、多くの人を犠牲にしてまで、この世界を永らえさせようなど、どう考えても間違っています」

「雪岡に依頼することも間違っている――と言いたいところだが、他にあても無し、か」


 真が溜息をつく。雪岡研究所には、藁を掴む気持ちで訪れる者もいる。しかも自分のためではなく、他人のためにというケースもある。そうしたケースを目の当たりにするたびに、真はやるせない気持ちになる。


(そういう実験台志願者だと、妨害したくても、妨害しづらいことが多いんだ。今回もまさにそうだ)


 自分が純子に代わって解決できるなら、そうしてやる所だが。今回は何をどうしたらいいか、全く見当がつかない。それどころか純子でさえも、まだ手探りの状態であるようだ。


「あ、ただお話にきたと言ったけど、一つだけ新しい情報もあります。電霊化された人は、まだ生きているんです。霊だけ抜かれて、体は生きているという話を聞きました。だから、リアル側から助けることはできるかもです」

「へえ……」


 感心の声をあげるみどり。重要な情報をもたらした明日香に対してではない。ほぼ推測が当たっていた純子に対してだ。


「それともう一つ、言い忘れていたことがあります。育夫が何度か接触していた有名なプレイヤーが一人います。電霊使いとしての力は与えていないと、はっきりと断言していました。ダークゲーマーという人です」

「ダークゲーマーと? あれは私とも古くカラの付き合いヨ」


 ビッグマウスが意外そうな声をあげる。


「あ、育夫がまた意識をこちらに向けています。すみません。戻ります」


 一方的に告げて、明日香は姿を消した。


「他のプレイヤーにも今の場面見られちゃったけど、いいの?」


 ビッグマウスの方を見て、みどりが尋ねる。ビッグマウスは名の知れたプレイヤーであるし、電霊と接触している場面を見られて、悪い噂を立てられるのではないかという危惧であったが――


「平気ヨ。噂なんて元々気にしないタチだカラ。気遣いアリガトウネ、みどり」


 みどりに向かって笑いかけ、ウインクしてみせるビッグマウスであった。


***


 久しぶりに生身のプレイヤーとPTを組んだタツヨシは、ジュンコのミッションや重要クエストの手伝いを三つこなした。

 その間、タツヨシは細心の注意を払って接した。威張らず、上から目線な言動を行わず、絶対に我を出さず、徹底して紳士的に振る舞った。

 久しぶりのPT。しかも可愛い子と二人きりで。それはタツヨシにとって、このうえなく甘美な時間であった。


(ジュンコちゃんか。凄く可愛かったな)


 次に会う約束までしたうえで、ジュンコと別れ、その後ずっとタツヨシはにやけ顔で余韻に浸る。


(何年ぶりだろ……まともにプレイヤーと会話したのは。ニャントンはまともじゃないからノーカンとして)

 胸が痛む記憶が呼び起こされる。


(散々馬鹿やって、仲良くなった女からも逃げられまくって、人から嫌われまくって、叩かれまくって、それでもこの世界から離れられなくてしがみついて……)


 胸の前に両手を上げてうつむきながら、ぎゅっと拳を握り締める。


(もう同じことは繰り返したくない。繰り返さないぞ)

 改めて決意するタツヨシ。


(今度こそ嫌われないようにする。ジュンコには徹底していい人として接する)


 タツヨシが声には出さず、何度も何度も自分に言い聞かせていた、その時であった。


「フッ、ジュンコをかどわかしているようだが、やめたまえ」


 突然声をかけられ、タツヨシはびっくりして振り返る。

 見ると、低脳発情猫の美少年が口元に手をあてて、にやにやと笑っていた。ネナベオージだ。


「何でお前にそんなこと言われなくちゃならないんだよっ」


 タツヨシはカッとなって、ネナベオージに噛み付いた。どうやらジュンコと一緒にいる所を見られたようだが、名前も知っていて呼び捨てということは、知り合いなのだろうと察する。

 せっかく知り合って仲良くなりかけたジュンコが、すでにこんな女垂らしと知り合いであったという絶望感。そのうえ自分よりずっと親密な仲なのかもしれないと思うと、タツヨシは嫉妬と落胆で気が狂いそうになる。


「君のような不純かつ不浄で不潔で不遜な存在が、純真無垢な女性プレイヤーと関われば、相手の女性プレイヤーが100パーセント不幸になるのは目に見えていよう。僕とは正反対になっ」


 軽蔑しきった感じの上から目線で見下し、嫌味ったらしい口調でネナベオージは言い切る。


(んー、いくらネナベオージのキャラでも、他人を罵る時にこういう言い回しするのは凄く抵抗あるなあ……)


 純子としては、演技とはいえ自分の言い回しが悲しくなった。ストレートにディスるのは自分の趣味にも合わないし、ネナベオージというキャラも大事にしているので、その大事なキャラを壊しているような感じがあって、非常に抵抗がある。


「はあ? 何もわかってないくせにっ、えらそうに!」


 しかしタツヨシには効果覿面だった。

 更生を決意したタイミングで現れて、タツヨシの事を汚らわしいものとして見下した発言に、怒りと悔しさが爆発した。悔しくて、涙が出てくるほどであった。そう言われても仕方のない存在だと、心のどこかで自覚していた部分もあるが故に。


「お前みたいなろくでもない女垂らしにそんなこと言われる筋合いは無い! 消えろ!」

「フッ、確かに僕は女垂らしかもしれないが、女性を不幸にするような真似は断じてしない」


(ただし、このゲームの中での話だけどね)

 口に出さず付け加える純子。


「もう一度言おう。客観的に誰がどう見ても、君と僕とで、君の肩を持つ人などこの世にいるのかね? 君が付き合っていた人をここに呼んで聞いてみようか?」


 ネナベオージの言葉で、タツヨシの脳裏に思い浮かんだのは、先日、マキヒメとネナベオージが親しげにしていた姿だった。それによって嫉妬と恥辱に狂うタツヨシ。

 もしも本当にマキヒメをここに呼ばれて、二人して自分を罵られたらどうする? そんな想像さえ思い浮かぶ。そうしたら自分はどうなってしまう? また一生もののトラウマを一つ増やしてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。


「消え失せろ! さもないとまた……」

「フッ、論破されたら力に頼るか。君は所詮その程度の男だよ」

「それの何が悪い! お前、俺に負けたから悔しくてちょっかいかけてきたんだろ? この世界は所詮力が全てだ!」

「程度の低い価値観だ。君はその新しく知り合った子が気に入らないことを口にしたとしても、暴力で解決するのかな?」


 とうとうブチキレて、それ以上は取り合わずに襲いかかろうとするタツヨシであったが、交戦モードに入る前に、ネナベオージは転移してその場より離れる。

 一度交戦モードに入ると、転移もできないし、ログアウトも回線を抜いたり電源を切ったりしない限りは落ちないうえに、たとえ電源や回線を切ってもキャラはしばらくサーバー上に残り、交戦記録はしっかりと反映される。


(糞っ! あいつ、ブッ殺してやりてえ! リアル突き止めて電霊にして奴隷にしてやりてえ! 畜生っ! あんなのに粘着されちまうなんて!)


 タツヨシからしてみれば、ネナベオージは悪魔のような存在に思えてならなかった。忌々しく憎らしい一方で、恐ろしくも感じる。


「あのー……」


 一人うなだれていると、聞き覚えのある声がかかり、タツヨシは心底仰天して声の方を向いた。

 ネナベオージが消えて数十秒後、ほぼ入れ替わりのような形で、再びジュンコがタツヨシの前に現れたのである。


「ど、どうしたの?」

 必死に平静を装って、タツヨシは声をかける。


 ジュンコの顔を見て、タツヨシはほっとする一方で、今しがたネナベオージに言われたことを嫌でも思い出し、引け目と不安と劣等感が混ぜこぜになってもいる。


「すまんこ……。今の会話、聞いちゃった」

 ジュンコのその言葉に、タツヨシの心臓が大きく鳴った。

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