第十六章 22
純子はタツヨシの居場所をサーチし、ネナベオージではなく、純子の姿と名前そのままのキャラで、タツヨシと接触しに向かった。
「どの辺りにいるかなー」
プレイヤー検索結果によると、タツヨシの名の横にエリア名が表示されていて、中心都市の港湾区がわかった。シンプルなデザインのエリアなので、他に比べれば比較的人探しは容易い。
「いたいた……街中でも電霊を堂々と引き連れて歩いてるのかー。こりゃ目立つねえ」
生気に欠けた虚ろな表情で、綺麗に列を作って全く同じ歩調で歩く電霊プレイヤーを従えて歩く、タツヨシを発見する。
「すみませーん、タツヨシさーん? 中の人も同じタツヨシさーん? RMTでキャラとか売ってないー?」
「え?」
堂々と声をかける純子に、タツヨシは戸惑いの表情を浮かべる。
ニャントンは別として、タツヨシが他のプレイヤーに声をかけられるなど、久しぶりの話だ。
「久しぶりー。と言っても私はキャラが違うからわからないかー。ジュンコだよ、ジュンコ」
「ええっと……」
全く覚えの無いプレイヤーから親しげに声をかけられ、タツヨシはさらに戸惑う。
「あれ、名前出しても覚えてないかー。まあ、物凄い昔の話だしねえ。こちらは助けてもらった身だから、覚えてるんだけどねえ。いやー、あの時のタツヨシさんは格好よかったなー」
「は、はあ……」
嬉しそうに話しかけてくる女性プレイヤーに、タツヨシは最早戸惑いを通り越して、パニック気味になっていた。
久しぶりに声をかけられ、しかも相手は可愛らしい女性プレイヤーであり、そのうえ自分に好意を抱いてくれている様子。せっかくの機会だというのに、しかし相手のことを全く思い出せないのでは、その良い機会も取り逃してしまうのではないかと焦る。
(どうしても思いだせん。適当に誤魔化すのは無理があるし、ここは素直に覚えてないとはっきり言ったうえで、相手からあれこれ聞き出す形で会話に持ち込み、相手と親しくなろう)
素早く計算を働かせるタツヨシ。知らない相手と親しくなるのは、わりと得意である。その後が続かないのであるが。
「どうしても思い出せない。悪いね。どういうことがあったか、もっと詳しく言ってくれれば、思い出せるかもしれない」
タツヨシがあっさりと話にのってきたので、純子はこっそりほくそ笑む。
「んー、まだサービス開始して間もない頃かなあ。兎の高原で兎が大リンクして、私のPTがピンチな所をタツヨシさんが現れて、助けてくれた時。その後、タツヨシさんとPTメンバーと、PTは別なままで会話しながら稼ぎ続けてたんだけど」
「ああ……」
ぽんと手を叩くタツヨシ。それは覚えがあった。PTの中に好みの女の子がいたので、ついついその場に留まって会話していたのだ。どんな話をしたかも覚えていないし、気に入った子とは結局仲良くもなれなかったが。
今純子が口にした話は、ビッグマウス経由で聞いて知ったもので、その場にいたわけではない。その場にいたのはビッグマウスだ。
タツヨシの気を惹くエピソードが何か無いかと彼女に尋ね、ビッグマウスがタツヨシと会った際のエピソードを純子に教え、その話を純子はタツヨシの前で語っている。
「私、結構前に嫌なことあって、鯖移転したり辞めたりしているんだけど、オススメ11がまた復活する兆しを見せたから、キャラ作りなおして、またこのピンク鯖に戻ってきたんだー」
「キャラ作り直すとか……。せっかく育てたキャラなんだから、それを復活させればいいのに」
「んー、でも嫌なことあってねえ。ストーカー被害にあったから、またあのキャラ使うと、その時のストーカーに目つけられるかもしれないし」
純子の話を聞いて、ぎくりとするタツヨシ。もちろん純子は、タツヨシが気に入った女性キャラに散々ストーカーをしまくっていることも知ったうえで、自分が似たようなケースを口にしたことによる、タツヨシの心理作用も計算したうえで、そのような話を作って喋っている。
「ひどい奴もいるな。許せないな」
動揺しながらもそれを何とか外に出さないように努め、タツヨシは話をあわせる。自分なんかに話しかけてくれるということは、少なくともこの子は晒しスレは見ていないのだろうと判断する。
「良かったら俺がいろいろ手伝うから、気軽に声かけてね」
愛想よく笑いかけながら、タツヨシは純子にフレンド登録申請を送る。もちろん純子はこれを受諾し、互いにフレンド登録をする。
大抵のネットゲームに存在するが、フレンド登録とは、機能的にはフレンドサーチができるようなり、後はメッセージを送れるようになる程度の代物だが、文字通り友達としての関係にある証でもある。
「いやー、タツヨシさん親切なんだねえ。復帰組の手伝いなんて普通面倒でやりたくないでしょー」
「そんなことはない。一緒に遊べる仲間が育っていく経過を見るのは楽しいものだ」
心にもないことを言うタツヨシ。一応彼も他人の手伝いはするが、手伝い中に面倒になって、その手伝いを放棄するという事を今まで何度も繰り返している。それも嫌われる原因になった。
最初はそれの何が悪いか、タツヨシにはさっぱりわからなかった。周囲に散々説教をくらい、ようやく理解し、そしてタツヨシは自分の親を激しく恨んだ。親がまともな教育をしなかったから自分がおかしく育ってしまい、その結果、嫌われたり馬鹿にされたりしているのだと。
「本当~? えー……じゃあ、早速お手伝い頼んでもいいのかなあ」
声のトーンを落として、上目遣いで言いにくそうに言う純子。
純子の狙いは、タツヨシと親しくなることだ。電霊育夫に近づくためには、まず電霊使いである人物に接近するのが、手っ取り早いと見た。
タツヨシからどれだけ情報を引き出せるかは不明であるが、例え情報をろくに引き出せなくても、彼を実験台にするというヴィジョンも見据えている。もちろん純子のルールでは、実験台志願者か、自分に敵対行為を働いた者だけしか、実験台としては扱えない。
ゲームの中での敵対行為はあくまで遊びであるから、それに該当しない。この先親しくなって、リアルで出会った際に、タツヨシは自分に対してそのような行為に及ばないかと、純子は密かに期待している。
「フレンドになったんだから当然だろう。何でも言ってくれよ」
頼もしい系キャラを演じてみせるタツヨシ。
(いや、演じるだけじゃダメだ。今度こそ失敗しないように……嫌われないようにしないと)
頭の中でタツヨシは自戒する。
(もう人に嫌われたくない。徹底的に謙虚にならないと。我を出しちゃダメだ)
歯軋りするほどの切実な気持ち。誰にも避けられる有名人となって、数年もの間惨めな孤独の時と過ごし、それでもこのゲームから離れられず、タツヨシはこの機会をずっと待っていたのだ。また再び人と知り合い、触れ合う機会を、ずっとずっと待ち続けていた。
(こっちが驚くくらいトントン拍子に話が進むなー。この人きっと、いつもこんなノリなんだろうねえ)
一方純子は、タツヨシをただのお調子者程度にしか見ておらず、彼の中にある葛藤や決意など知る由も無かった。
(あ、いいこと思いついた。うまくいくかどうかわからないけど、やってみる価値はあるね、これ)
タツヨシの気をさらに自分に惹くため、親しくなるための手が思い浮かび、純子は今後のシナリオを組み立てて一人悦に入りながら、タツヨシと会話を交わしていた。
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