第十四章 エピローグ

「そんなわけで、製造過程では君のクローンは確認できなかった!」


 自宅兼事務所にて、美香は依頼者の大日向まどかに、義久が数日間にわたって撮影した内容及び書き上げた記事を全て見せた。


「美香さんに辛い仕事をさせてしまって、申し訳ありません……。正直、こんな依頼しない方がよかったかもって思っています」


 鞭打ち症梟を閲覧中に何度か泣き、今また涙ぐみながら、まどかは言った。


「何を言うか! 君の依頼がきっかけになったからこそ、多くのクローンが救われる可能性へと繋がったのだ! 私はこれから、ホルマリン漬け大統領に売られたクローンを全て回収するつもりだ! その中には君のクローンだっているかもしれないんだぞ! つまり本当の意味ではまだ君の依頼は果たしきれてないわけだ!」

「でも私……気軽にこんなこと頼んじゃって、美香さんを危険に晒したことが……」


 映像を見て、まどかはかなりショックを受けた。美香が戦っている場面や、人を二人も殺している場面は、特にキツかった。自分の依頼によって彼女に人殺しをさせてしまったと意識し、心底ぞっとした。


「危険な仕事をしている私に、そのような気遣いは無用! 君もプロだろうが! 私もこの道のプロだ! 常に命がけだ!」

「わ、わかりました」


 美香の迫力に押されて、まどかは引き下がる。


「中には良い主人に恵まれているクローンもいて、そういう子は純子の元で手術だけした後、主人の下へと返すとしよう! それがクローンにとっても幸せのようだしな!」


 井土ヶ谷のことを思い出しながら、美香は言う。


「あ、お客さんですかー? はじめまして! ツクナミカ十三号です!」


 と、そこに十三号が姿を現し、まどかに向かって笑顔で元気よく挨拶をする。

 純子に舌を治してもらい、流暢に喋れるようになった十三号である。顔こそ同じであるが、その話し方も笑い方も、オリジナルの美香のそれとは、かなり異なるものとまどかの目には映った。


「始めましてー。貴女が十三号さんですかー。そっくりですねー」

 立ってお辞儀をして、まどかが言う。


「クローンだから当然だ! しかし……表情の作り方が全く違うとよく言われる……」


 言いにくそうに美香。十三号の方が柔らかい表情だと、会う人皆に言われて、少しげんなりしている。


「あー、言われてみると確かにそうですね。十三号さんの方が優しそうに見えます」

「私は優しくないというのか!」


 冗談めかして言うまどかの言葉に、美香は笑い返す。


「毎日歌と銃と体術の稽古をしているんだ! 流石私のクローンだけあって、飲み込みが悪いが、努力家だ!」

「美香さん達も飲み込み悪いんですかあ。私もなんです。ひょっとして替え玉にするつもりとかですか? 美香さんが裏通りで働いている時に、十三号さんに音楽活動の方を任せるとか」

「それも有りかもしれないが、どうせだからデュエットしようと思う! 十三号もそれを望んでいる!」


 まどかの質問に、美香は笑顔でそう答える。


「オリジナルと一緒に人前で歌えるなんて、本当に夢みたいですっ! 私、幸せすぎて死んじゃいそうです!」


 希望に満ちたヴィジョンを描いて表情を輝かせる十三号を見て、まどかは美香の言ったとおり、自分の依頼で彼女が救われることになったのなら、それはきっとよかったことなのだと素直に思えた。


***


 世話になった雪岡研究所の面々に別れを告げ、義久は自宅へと向かった。


「へーい、またいつでも遊びに来いよぉ~。いつでもみどりのこと頼っていいんだぜィ」


 別れ際、みどりが義久を指して言い、にかっと歯を見せて笑う。


「純子や真にはいろいろ協力してもらったけど、みどりは何かしたか? ただついてきただけっていうか」

「精神分裂体を投射して偵察もしたし、何よりあたしの優れたアドバイスがあったからこそ、よっしーは今回うまくいったんじゃんよー。第一、あたしがいれば真兄こそ別にいらなかったんだぜぃ。護衛なんてみどり一人で十分なんだけど、真兄が暴れたくてうずうずしてたから、譲ってあげただけの話でさァ」

「わかったよ。今度何か困ったことあったら、みどりに全面的に頼ってやるからな」


 みどりの真似をして、義久も口を大きく横に広げて歯を見せて笑うと、みどりの前にごつい拳を突き出す。それに応じ、みどりは義久の拳に自分の拳を結構強く当ててきた。


 自宅に帰る途中、義久はいろんなことを考えていた。吹雪のこと、香のこと、これまでの自分のやってきたこと、これからのこと。


(香があんなサイコな馬鹿たれだったとは思わなかった。ただ大人しい奴だと思っていた俺が間抜けだったのかもしれないけど)


 子供の頃ずっと一緒だったが、おかしな兆候は一切見られなかった。香がうまいことひた隠しにしていただけなのかもしれないが、とにかく義久は香から異常性など感じたことは全く無かった。


(まあ、一ジャーナリストとして、心機一転して頑張るしかないな。何のかんの言って、ここ数日は充実してた。俺が明かした真実が高い評価を受けて、盛り上がって、最高だった。朝糞にいた時は味わえなかった感触だ)


 情報組織鞭打ち症梟が運営するサイトで、連日自分の記事が大反響を呼んでいた様を思い出すと、どうしてもにやけてしまう義久である。


(純子達の力を借りはしたが、今度からは自分一人でも――)


 自宅マンション前まで来た所で、いい気分だった義久は緊張で固まることになった。

 どこからともなく現れた五人の男達が、素早く義久の周囲を囲んできて、銃を抜く。


(まさか……)


 彼等が何者なのか、どうして自分を殺そうとするのか、義久はすぐに理解した。思い当たる事は一つしかない。

 五人の男達は義久に向かって一斉に銃を撃ち、住宅街に幾つもの銃声がこだました。


***


 かつては吹雪とそのペットの犬共にいることが多かった部屋――しかし今や自分一人しかいない部屋で、香はリラクシングのよく効いた椅子に深く腰かけて、天井を仰いでいた。犬は全て処分した。


 つい先程まで香は眠っていた。

 眠る前に、香はフリーの殺し屋数名に殺しの依頼をしていた。


「身も蓋も無い結末だが、こうなることも考えられなかった時点で、お前は裏通りに向いてなかったんだよ、義久。お前みたいな純粋な人間が、生きていけるわけがない。例え私がこうしなくても、誰かに同じように殺されたさ」


 かつての親友に刺客を差し向けた香は、ニヒルな口調で呟いた。最低ランクのチンピラ同然の殺し屋数名に依頼したが、それでも十分すぎる。


「そんな屑みたいな連中に殺されるという、惨めな最期、お前には相応だ。それが私からのプレゼントだ」


 呟きながら香はワインの蓋を開けグラスに注ぐ。


「あの時しっかり私を殺しておけばよかったんだ。生かしておけば、当然こうするさ。何がペンの力だ。笑わせてくれる」


 虚空に向かって語りかけながらワインを呷ると、電話を取ってメールを確認する。仕事を完遂した報告があるはずだと思って、受信欄をスクロールしていくが、複数雇ったチンピラのうちの一人からも、メールが来ていない。


 まさかと思った直後、トイレから水を流す音が聞こえた。


「はあ?」


 振り返ると、トイレから出てくる義久の姿があり、香は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「よう。刺客御苦労様」


 笑顔で片手をあげ、香へと早足で近づいてくる。

 香が身を起こし、銃を抜いたが、義久の左手が銃を払い落とし、次いで右ストレートが香の鼻の芯を砕いていた。


「八発も撃ち込まれたぞ。痛いったらありゃしない。おら、あと七発お返ししてやる」

「ど、どどぼぢで……」


 鼻血を撒き散らしながら、義久を見上げる香。


「報復もありそうだって話だし、今後裏通りでやっていくには荒事に備えて、然るべき力も必要だって説得されて、結局純子に改造してもらったんだよ。再生能力は確かにすげーけど、痛みは無くならないし、再生すると結構疲れるな」


 肩をもみながら首をこきこきと鳴らす義久。まだ再生自体に慣れていないのか、全身に違和感と疲労がある。

 香は逃げ出そうとしたが、義久の手が伸びて襟を掴まれて引きずり倒され、胴体の上に馬乗りにされ、さらに顔面に一発拳が振り下ろされる。


「懲りずにまた刺客を送ってきたら、例えどこに逃げてもお前の居場所を割り出して、こうやってお返ししてやるから、覚悟しておけ」


 笑顔でそう宣告すると、義久は笑顔のまま、引き続き香を殴打し続けた。



第十四章 ジャーナリストと遊ぼう 終

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