第十四章 22

 タクシーが向かったのは、先日向かった製造工場がある地域と同じ方角で、同じ道を通っていた。

 目的地の調教施設は、町に大分近い場所にあったが、やはり山の中であることに変わりは無かった。しかし今度はちゃんと道沿いに存在する建物だ。


 建物は二階建てで、一階は何かを作る工場であったと思われる。大きなシャッターが下りていて、シャッターの中に直接車が入れるように道が伸びている。


「廃工か。裏通りの組織のアジトとしては定番だが」


 目当ての建物を見て、主に義久を意識して解説するニュアンスで、真が言う。


「クローンが教育を受ける施設にしては、適しているようには見えないな」


 と、義久。何人くらいのクローンが中にいるのか不明だが、数が多いとなると、あまり居住に適した建物ではないように思えるし、扱いの悪さをいろいろ想像してしまう。


「美香ちゃん、十三号ちゃんに何か聞いてない?」

「聞くべきだったのはわかっているが、聞けなかった……」


 義久に問われ、若干暗い表情で、いつもとは異なる押さえた声で美香は答える。


「ああ……そりゃ聞くのしんどいだろうな。変なこと聞いてごめんな」

「いや、私が意気地無しなだけだ。気遣いは無用」


 謝罪する義久に、美香は言いながら怖い目で工場を睨み、懐に手を入れる。


「よっしー、下がった方がいいよ」


 みどりに促される。義久は言われるままに後方へと下がり、カメラを回す。敵がお出ましにになってドンパチが始まるというのであろうと、真と美香の空気で義久も察した。


 真が前方に進み出る。それと同時に工場の脇から二人の男が姿を現す。

 一人はくたびれたトレンチコートをまとった中肉中背の中年男。もう一人はサングラスをかけ、リーゼントで頭髪をてんこ盛りにした、縦縞模様の背広姿の痩身の壮年男だった。前者は地味だが、後者は派手で目立つという、異色のコンビだ。


「懐かしい顔だ。いや、懐かしい頭と言った方がいいかな」

 リーゼント男の方に視線を注ぎ、真が呟く。


「木戸康清、それにエンジェルか!」

 出てきた二人の名を口にする美香。


「ホルマリン漬け大統領に雇われて、私達を迎え討つためにこんな山奥で待機していたわけか!」

「そういうこと。結構暇だったし、君達が来たっていう報告受けて、やっと退屈から解放されるって、ほっとしていたよ」


 美香の言葉に応じる形で、木戸が軽口をたたく。


「今日の俺は守護天使であり死の天使。天使達の教育場を守るために、君達に死をもたらす使者となる」


 芝居がかった口調でエンジェルが宣言する。


(何だ、こいつ……)

 エンジェルのノリに引きながら、義久はカメラを回す。


「僕のことは覚えているか?」

 そのエンジェルに向かって闘志に満ちた視線をぶつけ、真が問う。


(真に殺気が無いな)


 いつもなら膨大な量の殺気で相手を威嚇する真であったが、闘気だけに留めていることを訝る美香。


「当然だ。君も随分と成長したようだな。ヒエラルキーで言うなら、エンジェルがドミニオンくらいにはなったか?」


 エンジェルが答えると、カメラを構えている義久の方を向く。いや、サングラス越しでもはっきりとカメラ目線だとわかる。


「カメラも回っているし、宣伝にもなるからアピールしておけって、父ちゃんなら言うだろうしな。自己紹介させてもらおう。俺の名はエンジェル。裏通りの始末屋という姿を借りて人の世に舞い降りた天使だ」


 義久のカメラに向かって指差し、ポーズを決めて名乗るエンジェル。


「自分で自分のことエンジェルとか名乗ってる時点で痛いしキモいが。言動といい、クネクネした仕草といい、何もかもキモいな」


 義久が言った。当然、後で自分の声は編集して切るつもりでいる。


「言いたくないし思い出したくもないが、そいつはラットの中で唯一、僕に土をつけた男だ。もっともあの時の僕はまだまだ駆け出しだったし、今なら僕の方が間違いなく強いだろうけどな」


 断言する真に、エンジェルはおかしそうに笑う。


「その土をつけたときからお前が成長しているように、こいつもその期間の間にレベルアップしてるんじゃないのー?」

「よっしー、その理屈は正しいけど、あたしの見立てじゃ真兄の方が少し強いと思うよォ~? あくまで少しだから、勝負したらどっちに転ぶかわからないけどさァ」


 真に向かってそう突っこむ義久に、さらにみどりが言う。


「わからないことはない。僕が勝つに決まってる。いずれにせよ、あいつは僕に任せてもらおう」


 強気な発言の根拠はどこにあるんだよと思いつつ、義久はカメラを回す。


「私は木戸の方か!」


 木戸を見据える美香。

 一応美香は木戸康清の名は知っていた。そこそこに名も知れている始末屋だ。名声通りであれば、かなり腕も立つ。エンジェルと違い、本職は殺し屋ではないが、殺しの仕事を請け負うことが多いとされる。


(二人共、無事でいてくれよ)


 死地へと赴く少年少女の後姿をカメラに収めながら、義久は祈る。


(二組のバトルでカメラ同時に回すとかできないし、片方ずつ戦って欲しいけど、流石にそんなこと言えないなあ)


 一方でこっそりそんなことを思う義久でもあった。


「真! まずは木戸に攻撃しろ!」


 美香が突然そんなことを口走る。エンジェルとサシでやると言って、美香自身も木戸と睨みあっていたにも関わらず、この発言だ。

 一同の注目が美香に注がれる中、木戸だけは美香の言葉に従って真が攻撃してくるのではないかと思い、ほんの一瞬だが、真の方に注意が向いた。

 美香にしてみればその一瞬で十分だった。その一瞬だけ、木戸が自分よりも真の方に強い意識を払ってくれることが狙いだった。


 付き合いの長い真は美香の狙いをすぐ見抜いたが、他の面々は美香の発言の意味がわからないままである。


「魂の死角!」


 対象から己の存在の認識を一瞬だけ消すという、運命操作術を発動させる。発動条件は、自分以外に気を引く相手がその場に存在すること。気を引く意識が強ければ強いほど、発動率も上がる。そのために、木戸の意識を自分よりも真に対して強く意識させる必要があった。


 木戸の中から美香の存在が消え去る。美香が何かアクションを一つ行うまで、木戸には美香が認識できない。その行えるアクションの一つは当然、木戸への攻撃となる。美香を認識できないのだから、かわすこともできない。

 一見恐ろしい能力に思えるが、この運命操作術は確実性が無いという欠点と、攻撃の際には高確率で解除されるという特徴もある。また、連続使用をするごとに効果が下がる。


 美香が銃を抜き、二発撃つ。かわされた際を想定した銃撃は混ぜず、二発とも木戸の体を狙って撃った。

 一発は木戸の腹部に、もう一発は木戸の胸部にヒットした。銃弾の衝撃にうずくまり、腹から血を流す木戸。


(あっさりケリついたな。まあ銃の戦いなんてこんなもんか。しかし人がもろに死ぬ場面撮るのは、キツいな)


 カメラを持つ手が震えないように必死になる義久だが、足の方は小さく震えている。


 美香の銃撃に反応するかのように、真とエンジェルもほぼ同時に銃を抜き、ほぼ同時に横に動き、真の方が少し早く銃を二発撃ち、エンジェルは少し遅れて一発撃った。


 真の銃撃は外れていた。しかしエンジェルの銃弾は真の右足を穿ちぬいていた。

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