第十三章 ゴスロリと小太刀で遊ぼう

第十三章 三つのプロローグ

 一隻の豪華客船が、シドニー沿岸を航行している。

 正規の乗客は皆白人だ。白人の上流階級しか受け付けない会員制のツアーであるから、当然と言えば当然である。


 だが乗船しているのは、白人だけではない。数多くの日本人も乗せられている。老若男女様々、中には年端もいかない子供の姿も見受けられる。

 日本人達はペットか囚人よろしく、甲板の上に無造作に置かれた鉄の檻の中に入れられていた。ぎゅうぎゅう詰めで、寝転がるスペースもろくに無い。そんな状態でもう何日も監禁されて船旅を行われているので、全員憔悴しきっている。


 檻の外にいる乗客達は、ニヤニヤと悪意に満ちた笑みを浮かべながら、檻の中の日本人達を眺めていた。


『大変長らくお待たせしました。これより『赤い潮』を開催いたします』


 甲板にアナウンスが流れ乗客達が歓声をあげる。


『まずはミセス・ハリスから、皆さんに御挨拶があります』


 甲板に設けられた壇上に乗客達の注目が向き、拍手と共に一人の女性がマイクを片手に持ち、壇上に姿を現す。世界最大の環境保護団体『グリムペニス』の幹部が一人、アンジェリーナ・ハリスであった。


『御存知の通り、この黄色い猿達はこともあろうに、鯨と海豚と牛と豚を同列に扱います。肉として食うなら一緒だと我々に向かってほざきます。そんな馬鹿な理屈があるはずがない! 我々はこの屁理屈を簡単に論破できる! 海豚と鯨は可愛いし賢い! 故に食すなどもっての他! 可愛くて賢い動物と、そうでない動物の当然の区別!』


 自己紹介は省略し、初っ端から檻の中の日本人達を指し、気持ちよさそうに、侮蔑たっぷりに持論をぶつアンジェリーナ。


『そしてこの醜いイエローモンキーを見てください。明らかに可愛くない! 鯨や海豚の方がよほど可愛い! そして鯨や海豚を殺して食う時点で原始人並の脳に違いない! 故に我々と同じ人間扱いする必要も無し! 繰り返し言います。これは差別ではなく区別です!』


 拍手と賛同の声があがる。英語のため、檻の中の日本人達の多くは何を言ってるかわからないが、罵られていることだけは何となくわかった。


『では、鯨達の姿も見えてきたことですし、皆さんお待ちかねの赤い潮を見るとしましょう』


 アンジェリーナが指を鳴らすと、壇上に巨大ミキサーが運び込まれる。さらに檻が開けられ、屈強な黒服の男達によって、何人かの日本人が壇上へと連れて行かれる。

 ミキサーが轟音と共に動き出す。必死の形相で日本人らは暴れて拒むが、黒服達は容赦無く次々と彼らをミキサーの中へと放り込む。入れられた瞬間、人だったものは大量の血しぶきと共にあっという間に原型を留めぬ肉片と化す。


「お願いですっ、この子だけは助けて!」


 惨殺される光景を見て、まだ実際にもならぬ我が子を抱いて、泣きながら嘆願する母親。


「シャラップ! カラードの餓鬼などモンキーの子と変わらん!」


 黒服の一人がその母親の顔に容赦の無い拳を振るう。白人の乗客達がその台詞を聞き、その光景を見て、高らかに笑う。

 母子もミキサーの中へとまとめて放り込まれるが、その光景を見て眉をひそめるような乗客は一人もいない。全員、残酷ショーを心の底から楽しんでいた。


 やがて囚われていた全ての日本人がミキサーにかけられ、ミキサーの中は大量の血と肉片で満たされていた。そのミキサーが黒服数人によって壇上より下ろされ、甲板の隅へと運ばれていくと、角度を直角にして、中の血肉を海へと撒いた。


『さあ、そろそろ赤い潮が見られますよっ』


 アンジェリーナがマイクに向かって高らかに宣告すると、船の横に巨大なザトウクジラが現れ、勢いよく真っ赤な潮を吹いた。


「オー、ビューティフォー、何と見事な赤い潮か」

「今回の赤い潮はまた一際でした」

「私は初めて見ますが、ジャップは生意気にも我々と同じ赤い血が流れているのですな。てっきり血も黄色いのかと思っていましたよ」

「ははは、それならニグロは黒い血ですかな」


 乗客達が楽しそうに会話を弾ませる。


『この美しい地球を汚した害種も、肉片にしてしまえば自然へと還ります。地球の平和のため、環境の保護のため、我々は可能な限り多くのカラードを、大地に、海に、還さねばなりませんっ!』


 笑顔で熱弁を振るうアンジェリーナに、乗客達も皆朗らかな笑顔で、惜しみない拍手を贈った。


 それが半年前の話。


***


 臼井亜希子は名家のお嬢様として、生まれた時から大勢の使用人に囲まれ、家の中においては何不自由無く、欲しいものは家の中で扱えるものなら何でも与えられて育ってきた。

 だが足りないものや不可能な事があれば、どんな贅沢でも満たされず、欠けた物を強烈に欲するようになる。


「外に出たいのっ! 皆は外に出てるのにどうして私だけ駄目なのっ!?」


 六歳になったばかりの亜希子は、久しぶりに帰宅した父親を前にして、喚き散らした。

 亜希子は外出を禁じられている。使用人達ですら休みをもらってこの家の外へ行くというのに、亜希子だけはここから出ては駄目ということになっている。


「亜希子は生まれながらに選ばれた特別な存在なんだ。だからこの館の中ではどんなことをしてもいい。使用人も全て亜希子の言いなりだ。でも、この館を出ることだけはいけないよ?」


 父親は優しく微笑みながらも、いつもと同じ台詞を口にする。


「もう二度とその話をしちゃ駄目だ。もし亜希子が外に出たら、亜希子は全部失くしてしまうからね。何もかも消える。特別な存在でもなくなるし、御飯も食べられなくなる。家にも帰れなくなるからね。わかったらもう外に出たいなんて言わないように」


 笑顔で――しかし有無を言わせぬ圧力を亜希子にかけていた。


 その理由を知りたいと思った亜希子であったが、口にするだけでも禁止され、そのうえ何もかも失うとまで言われて、怖くなってそれ以上は尋ねる気になれなかった。

 亜希子の外に出たいという願望は、ずっと消えることは無かったが、やがて亜希子は諦めるようになった。それさえ諦めれば、後は幸せなのだ。いや、それさえ諦めれば幸せだと、亜希子は自分に言い聞かせるようになっていった。


 だがたとえ意識しないように努めても、自分だけが館の外には出られないという事実が無くなるわけでもなく、外に出たいという願望が亜希子の心の底から消えるわけでもない。


 この館の中では自分の言いなりの使用人達だが、彼等は外に出ることが許されている。その事実が無性に腹が立ち、亜希子はこの歳から、使用人達に鬱憤をぶつけるようになっていった。


 それが十二年前の話。


***


 ジェフリー・アレンとエリック・テイラーはここ数年、日本で活動することが多い。


 海チワワの幹部であるが、殺人鬼という側面を持つジェフリーは、組織にとって頭痛の種でもあるため、本部や重要な支部からも遠ざけられるという扱いを受けている。

 本人はそれを気にした素振りを見せない。元々組織への帰属意識も乏しい男だ。


 だがその日は、グリムペニスと海チワワの双方の日本支部による重要な会議が行われるため、出席することになった。


 会場はかなりのスペースが有り、グリムペニスと海チワワ双方で、数十人の構成員が集まっている。


『本日は我々の宿敵である、日本のマッドサイエンティストの頂点に君臨する三狂への対策について、話し合いたいと思います』


 グリムペニスの幹部が司会を務め、何やら語っているが、ジェフリーはまるで関心を示さず、上の空で会議が早く終わるのを待っている。眠気をこらえるのに精一杯だ。自分の出席はどうせ形式上のものだ。そもそもジェフリーに会話を振ろうとする者もいない。


『悪魔や魔物といった空想上の人外を意図的に作り出そうとしている草露ミルクは、特に危険な存在と思われます。御存知の通り、ネット以外には決して姿を見せぬ謎の人物であり、我々はもちろん、『ヨブの報酬』も彼の正体を掴もうとしておりますが、成果はあがっていません。我々は草露ミルクの作った吸血鬼ウイルスを盗んで培養したがため、草露ミルクからは激しく敵視されており、我々の活動を様々な形で阻害しています』


 吸血鬼ウイルスの奪取はグリムペニスと海チワワにとっては快挙であり、その後思う存分に利用させてもらっている。草露ミルクのヘイトが上がったとはいえ、元々姿を現さない人物なので、その活動範囲は知れているし、被害も一見して乏しいように見える。

 だがジェフリーはこう考える。草露ミルクは単に自分が表立って動かないだけで、配下と思われる者を動かしているのではないかと。正体不明の襲撃者によって襲われ、構成員が殺害されることが多いグリムペニスであるが、それらは草露ミルクの配下の仕業ではないかと。


 構成員が頻繁に殺されている事実を、グリムペニスは必死に揉み消している。もしそんな危険があると知れたら、組織の弱体化は免れない。表向きは環境保護団体であり、構成員の大半はカタギの者なのだ。


『また、三狂の一人の雪岡純子ですが、彼女は非常にプリティーです。ビューティフォーです。私は彼女のファンです。あの赤い目に見つめられただけで昇天してしまいそうです』


 司会が突然奇妙なことを口走り、会場がざわめく。


『私は彼女になら人体実験されて改造されても全然構いません。ソーリー、正確にはもう改造されてしまいました。雪岡純子に改造されて逞しく美しくなった私の姿、皆さんに是非見てもらいたーいっ!』


 歓喜に満ちた表情で司会が叫ぶと、司会の肌がドス黒く変色し、全身の筋肉が盛り上がり、身長は3メートルを優に越し、口が大きく裂けて鋭い牙が生え、手が異様に長く伸び、体中にヤマアラシのような長い刺が生える。


『HAHAHAHA、味わってくださーい! これが皆さんの大嫌いな科学の力でーすっ! 人類の文明が正常に発展すれば、こんなウキウキパワーが得られるのでーすっ!』


 ラリっているかのようなノリノリな口調で叫ぶと、化け物になった司会は側にいる構成員を長い両手で掴みあげ、雑巾のようにしぼりあげて殺害する。


「あはははは、何かすげー楽しいことになってんじゃねーかよっ。なあ、エリック?」

「ミャー」


 目の前で起こった事態に眠気が吹き飛んで、ジェフリーは心底愉快といった笑顔で拍手する。エリックも笑顔で一声発する。


 化け物に変身した司会はさらに他の構成員にも襲いかかり、素手で惨殺していく。

 悲鳴が続けざまにあがり、パニックを起こして構成員達が逃げ出そうとしたが、会場の出入り口の一つが外から開くと、銃声が何度も響き、真っ先に逃げようとした数人が崩れ落ちた。


「ミャー」


 サブマシンガンを掃射した人物の姿を見て、エリックが嬉しそうに鳴く。相沢真だった。右手にサブマシンガン、左手にはショットガンを携帯している。


「ちょっとー、真君、できるだけ殺さないでってばー。実験台に使いたいんだからさー」


 その真の後ろから雪岡純子が現れ、真に抗議する。


「ミャミャッ!」


 その真めがけて、嬉しそうに猛ダッシュで突っこんでいくエリック。


「猫まっしぐらかよ」


 その様子を見ておかしそうに呟くジェフリー。

 エリックの両手が猫のそれに変形し、真の上体めがけて、上から両腕が同時に振るわれる。


「久しぶりだな」


 サブマシンガンとショットガンを顔の上で交差させ、エリックの攻撃を防いだ真が、すぐ間近から自分を見下ろすエリックの顔を見つめて言う。


「ミャー」


 真を見て嬉しそうに鳴くエリック。その鳴き声一つで、エリックが自分と同じことを思って伝えているのが、何故か真にはわかってしまった。


(こいつとじゃれあうのも何度目か)


 友人のような間柄という意識も、感じないことはない。自分と拮抗した実力の持ち主であるし、互いに楽しみながら戦っているのがわかる。


 完全にエリックの間合いとなり、常人の目には追いつかない速さで猫パンチが連続で繰り出される。真はその攻撃をわりと余裕をもってかわすか、あるいは銃器で防いでいる。ただ、防戦気味になって、中々反撃ができない。

 エリックに隙が出来るのを見計らいつつ、防戦に回っていたが、ようやく隙が生じたのを見て、エリックの脇腹めがけてショットガンで殴りつける。


「ミャッ」


 痛打に顔をしかめつつも、エリックは長い足を繰り出し、真の左腕を蹴り飛ばした。互いに体勢を崩して少し距離を取る。


「お前のおかげで僕も近接戦闘が大分得意になったよ」


 真がサブマシンガンの銃口をエリックに向け、引き金を引く。


「ミャーミャミャミャーミャッ」


 吐きだされる弾を両手猫パンチ連打で片っ端から弾き落とそうと試みたエリックだが、流石に防ぎきれず、肩や腕に銃弾を受けた。


 サブマンジカンの弾が切れたので、ショットガンを撃とうとした真であるが、殺気を感じ取り、大きく後方に跳ぶ。真が今しがたまでいた空間に、黒い鎌の刃と柄の一部分だけが現れて、振り下ろされる。


「退くぞ、エリック」


 黒い鎌を担いだジェフリーが声をかける。化け物と化した司会は、すでにジェフリーによって一刀両断され、床に転がっている。また、壁に大きな穴が開けられ、構成員達はそこから逃げ出していた。

 一方で純子はというと、逃げ遅れた構成員を片っ端から追い回しては触り、行動不能にしている。


「ミャ~」


 名残惜しそうな声をあげて真を見ると、エリックは堂々と背を向けてジェフリーが開けた壁の穴へと向かっていった。


(あそこまで堂々と隙を晒すと撃てないもんだな)


 頭の中で苦笑する自分を思い浮かべ、真は銃口を下げた。


「ジェフリー君は逃げちゃったかー。ま、実験台の数を多く欲しかったから仕方ないけどね」


 純子が言う。会議場の床には、何人ものグリムペニスと海チワワの構成員が、昏倒して転がっていた。


 それが五ヶ月前の話。

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