第十二章 19
その後凜達は、船内の一般客が立ち入り可能な場所を一通り巡り、自分達が借りた船室へと戻った。
ツツジとアリスイの二人に、凜が調査内容を報告する。
「ミサゴが言っていた私設軍隊とやらもいるみたいね。立ち入り禁止のスタッフエリア周辺にいた船員は、明らかに荒事に長けた者達だって一目でわかったし。黒い煙がたちのぼっていた」
「黒い煙?」
ツツジが訝しげな声をあげる。
「ごめん、わからないよね。私の表現。私だけに見えるっていうかね。まあ気にしないで」
蛇の絡まった十字架のペンダントをいじり、微苦笑をこぼす凜。
「で、今後の方針なんだけど――」
凜は話を切り出そうとしたが途中でやめ、晃の方に顔を向ける。
「晃ならどうする?」
「んーとね」
凜に急に話を振られても、晃は慌てることなく堂々としていた。
「今調べてきた怪しそうな場所に、まず凜さんの力で潜入。イーコはイーコの亜空間トンネルで待機。さらわれた人達を見つけて、戦闘の必要があったら戦闘して、さらわれた人を確保したらイーコの方の亜空間トンネルで避難させる、と。どうよー?」
すらすらと作戦を口にする晃に、凜は舌を巻いた。自分が思い描いていた案と全く同じだったからだ。
「凜さん、晃は元々頭が回るし行動力もあるんだよ。さっきも言ってたじゃない。凜さんからいろいろ学ぶために、ここ半年ほとんどずっと黙って凜さん任せにしていたんだ」
十夜が自慢げに語る。
(でもさっきは何も考えてなかった風だったじゃない。考えている時と考えていない時が明らかにあるような……)
そう思う凜だったが、あえて何も言わないでおく。
「いやー、僕なんかまだまだですわー。だからしばらくはまだ、凜さんからいろいろ吸収したいなーなんて思ってるよお?」
ドヤ顔で言う晃を見て、凜はいつもの晃に戻ったように感じられた。
「誘拐された人を凜さんの亜空間トンネルで逃がすのは無理なのですか?」
不思議そうに尋ねるツツジ。
「私の開く亜空間トンネルは、イーコのそれより大分劣るからね。短いし、場所も限定的にしか開けないし、融通も利かないし」
凜が言った。
(悪かったな。オリジナルである町田流妖術の方が使えない力で)
それを聞いて町田がぶーたれる。
「気になるのはイーコの存在――亜空間からの潜入すら感知する魔術師ですね。はっきりと姿は見ていないのですが。亜空間の道を用いる方法はもう知られてしまったので、警戒していると思われます」
と、ツツジ。
「でもさー、知らない状態でも見つかったくらいだし、その魔術師とやらが側にいたら不運と諦めるしかないんじゃない?」
晃がツツジに向かって尋ねた。
「魔術師がいても見つからずに潜入する方法があればいいのですが……」
言いにくそうにツツジ。
「でもさー、さらわれた人達の側で見張っている可能性大だし、その魔術師がいたら確実に戦闘の覚悟はしないとね。イーコ達はそれが嫌なんだろうけどさ」
イーコが戦闘を避ける案にもっていこうとしていることに、晃も気がついていた。
「少なくとも私は有効な手を思いつかない。そこでドンパチになる可能性が高いからこそ、イーコの協力も必要なのよ。発見された場合は私達が戦うことになる。その間にアリスイとツツジで、人質を保護して逃がすわけ。その方が確実でしょう?」
作戦の意味をより突っこんで語る凜。ツツジが争いを避けたくているのをわかったうえで、理屈で納得させようとの試みだ。
「あ、そうそう。僕等が現れた時に、さらわれた人達を人質に取られたり、すぐに別の場所に移動されたりって可能性もあるよね」
そう言って晃が視線を凜に向け、意見を伺う。
「人質は有りうるけどね、船っていう閉鎖空間での中に捕らわれている人を、短時間でそうそうほいほいと移動できるもんじゃないでしょ」
「人質にされた時は、それこそ控えのイーコに頑張ってもらうしかないと、僕は思うんだけどねえ。凜さん的にはどう思うー?」
「それは是非やってもらわないと。人質にされた人達の前にも姿を現すことになるでしょうし、かなり危険な賭けにはなると予測できるけどね」
「戦闘を念頭に入れているなら、最初から奇襲かける形にしてもいいんじゃないかなー?」
「奇襲というより強襲ね。戦闘が避けられるのなら避けた方がいいけど、私は避けて通れないと見ているわ」
あれこれと意見してくる晃に、凛は真摯な眼差しで見つめながら答えていく。
晃がこうやって考えて物を言えるようになった事は素直に嬉しく思う。元々晃は頭が回ると十夜は言っていたが、実際には凛が脳みその状態の時の晃は、とんでもなく考えなしで無鉄砲だった。頭が回っても頭を使わないのでは意味がない。
「貴方達だって、空間操作の能力だけでは人質を助けられないと踏んで、私達に頼んだのでしょう?」
言いつつ、アリスイとツツジを見る凛。アリスイは渋面になり、ツツジも唇を噛みしめてうつむく。掟を破る事になる依頼となってしまった事に、二人共胸中穏やかでは無い様子なのが見てとれる。
(何かこういうのって、イライラするな。自分達だけいい子ぶって汚れ仕事を私達にかぶせるなら、まだ許せる。でもそのうえでさらにウジウジしてるとかもうね……。自分達はこんなことしたくありませんでしたー、望んでないんですーって気持ちを表に出し過ぎなのよ)
出会った最初の頃から、凛はイーコにあまりよい感情を抱いていない。会う前は、憧れていた存在であったというのに。
「方針変更。夜は少し遊んで息抜きしましょ」
大きく息を吐いた後、凛は告げた。
「やったーっ! でも何で急に気が変わったの?」
晃が歓声をあげた後に尋ねる。
「この子達を見ていたら、あまり根詰めて真面目に仕事するのも馬鹿らしくなっちゃった。私達がドンパチするのが余程お気に召さないようだし」
かなり毒をこめて言い放つ凜に、ツツジは申し訳無さそうに目を伏せ、アリスイはあたふたと凜、十夜、晃、ツツジにと視線を移していき、顔色を伺っていた。
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