第十二章 16
ミサゴの姿を見ただけで、凜は彼がどういう用件で来たのか、大体察しがついた。
「よくここがわかったわね」
「裏通りの情報はちゃんとチェックしているのでな。岸部凛。そして昨日一緒にいたのは柴谷十夜と雲塚晃であろう?」
床に下りて、間近で凜を見上げてミサゴは言った。
「お約束で言ってみただけよ。真面目に答えなくていいわ」
すぐに自分達の素性を調べ尽くしたからこそ、ここに来たことなど凜もわかっている。
「なら真面目に答えるのも挨拶の一つだ」
ぶっきらぼうに告げるミサゴだが、その言葉自体にはある種のユーモアのようなものを凜は感じた。
「昨日は手を引けと言ったが、考えを改めた。どうせそう言ったところで、辞めるわけもないだろうから、効率的に協力してもらう方がよかろうとな。故にここを訪れたのだ」
ミサゴの言葉を聞き、やっぱりねと思う凜。
「私もそうした方がいいと思うわ。でもあなたのその気変わり、本当にあなた一人だけで考えを変えたのかな?」
不適に笑って問う凜に、ミサゴは沈黙する。
「言っている意味がわからない――ではなくて、図星みたいね」
「イーコも人間も、女は勘が鋭い」
ミサゴが凜から視線を逸らし、小さく息を吐く。
「あなた一人で動いているわけではないのよね? 誰かと共闘関係にあるのか、あるいはあなたはすでに他の誰かに助けを乞われて動いている。その逆も考えられるけど」
凜がそう直感したのは、この融通の利かなさそうな性格のミサゴが、急に気変わりするには何らかの理由があると見なしたからだ。単純に敵戦力が強大で助力が欲しいと計算したとも考えられるが、それよりかは、何者かにアドバイスされたと見なした方が自然な気がした。
「ツツジ達と同じだ」
仕方なくといった感じで端的に告げたミサゴの言葉が何を意味するか、凜にわからないはずもなかった。
「あなたが雇った人達だけでは戦力不足? それとも人手不足? 単純に頭数を揃えて成功率を上げたいだけ? あなたが雇った人達にそう言われたのね? もしかして私が知っている人かしら?」
矢継ぎ早に質問をぶつける凜。答えが返ってくることは正直期待してもいない。
「明らかにお前達を知っている口ぶりだったとだけ、伝えておく。それでどうなんだ? 共闘するのか、しないのか」
「断る理由は何も無いけど?」
ミサゴの問いに、とぼけた口調で答える凜。
「今現在、具体的に私達に要求したいことや頼みたいことはあるの?」
尋ねながら凜は空になったコーヒーカップを手にして台所の方へと向かい、新たなコーヒーを注ぐと共に、ミサゴの分のコーヒーも用意する。
「特に非ず」
「臨機応変にって所かな。共に行動するわけではないのよね? はい、どうぞ」
ミサゴの前にコーヒーカップを差し出す凜。
「常に群れたいとは思わぬのでな。第一、僕と共に行動など、ツツジ達が嫌がるであろう」
ミサゴは数秒逡巡していたが、カップを手に取った。
「頂戴する」
軽く会釈し、コーヒーを口につけるミサゴ。
「あなた一匹狼タイプだもんね。私も本来はそうだから、あなた見ているとわかるよ。ああ、同族だってさ」
「……ミルクも砂糖も入ってないのだな」
「私、コーヒーはブラックしか認めない主義なの」
今まで無表情だったのが、露骨に顔をしかめているミサゴに向かって、凜は悪戯っぽく微笑んでそう言った。
***
「いやー、とても壮大でしたっ。宇宙すごいですっ」
プラネタリウムを出た所で、興奮さめやらぬアリスイが感想を口にする。
「連れてきていただいてありがとうございます。とても貴重な体験でした。こういう所って、イーコの身では入れないので」
「亜空間からこっそり見ることとかできるんじゃない?」
例を口にするツツジに向かって、何の気無しに十夜は言ったが、ツツジは驚いた顔になる。
「お金も払わずそんなことはできませんよ」
「あ……そ、そうだね。ごめん」
ツツジに言われて、流石はいい子だと思いつつ謝る十夜。
「へいうか、今後はほの変装でいろんな場所に入ればひひんひゃない? ふぁ~」
目をこすりながら、欠伸をして晃が言った。誘った本人が速攻で寝てしまい、終わるまでずっと寝ていた。晃曰く、三十秒で睡魔が訪れたとのこと。
「おっと、そろそろ御飯にしようか。いい天気だしピクニック日和だよね。あっちに飯売ってる売店あるよ」
晃が言い、一人でどんどん先に進む。その後をついていく十夜達三人。
『弾痕の安らぎ』と書かれた看板が置かれた、和洋折衷な外観と内装の店の前に立つ四人。
「何でこの店、こんな名前なんですか? ていうかこれ……本当に弾痕じゃないですか」
看板にも店の柱や壁のあちこちに弾痕が穿たれているのを見て、ツツジは引き気味になる。
「うおおおっ、こっちには血痕がいっぱいありますよっ」
アリスイが店の脇を覗いて大声をあげる。
「ちょっとちょっと君、そこは今から洗うんだから。大声でそんなこと言わないで」
店のおばちゃんが笑いながら注意し、ホースから水を出して、まだ新しい血痕を洗いにかかる。
「安楽大将の森って、夜になると抗争の場になるからねえ」
十夜が申し訳無さそうに言った。十夜と晃もここで何度かドンパチをしたことがあるからだ。
「まあねえ。それで開きなおってうちもこんな店名に変更したんだけど」
笑顔で言う店のおばちゃん。
「十夜、ここで飯買おうぜ……」
十夜よりさらに申し訳なさそうな顔で促す晃。
「あそこの柱にある二発、僕が前に撃った奴だと思う」
十夜の耳元でこっそりと晃が囁く。
「おおうっ、このサンドイッチの名前も凄いですっ。弾痕ウィンナーサンド! このちっちゃいウィンナーを弾痕に見立てているんですねっ!」
「他のお客さんもいるのに、店の中で騒がないで」
商品を手にとって声をあげるアリスイに、ツツジがキツめの口調で注意する。
「すみません、いつもいつもお騒がせして」
十夜と晃に向かって、すまなさそうに頭を下げるツツジ。
「お、おなじくすみませんっ。これはオイラもわかっているんですっ。興奮しやすいうえに興奮すると声を出すタチでしてっ。抑えようと思えば抑えられのですが、ちょっと気を緩めると声が大きくなっちゃうんですっ」
アリスイもツツジに習うかのように頭を下げ、大声で謝罪する。店内にいた老夫婦の客が、その様子を微笑ましそうに横目で見ている。
「大丈夫だよ。ちょっと騒がしい変わった子がいる程度にしか思われないよ」
晃が微笑み、フォローした。
「昔の晃を思い出すね」
「ちょっ、子供の頃の僕ってあんなんだったっ? 冗談だろー」
十夜の一言に、晃は嫌そうな顔でアリスイを見た。
店を出た後、四人は芝生の前のベンチで昼食を取っていた。
「興味本位なんだけどさ、何でそこまでして人間を守ろうとするの? 掟だからってだけでその掟に従っているだけ?」
おにぎり片手に尋ねる十夜。
「ふっふっふっ、それが聞きたいですか? なら特別に教えてあげましょうっ」
得意満面になってアリスイが口を開く。
「何故ならそれがイーコの生き様だからですっ」
「いや、もっと具体的に」
十夜が突っこむ。
「オイラ達は古の妖術師にそう作られたんですからっ。生まれてきてからもその教えと掟を叩きこまれますっ。ですが、掟だからと盲目的に従っているだけではなく、オイラ達は人間を保護する役割を誇りに思っていますよ! 大抵のイーコは人間のことが大好きですし、尊敬もしてますし、その成長する様を喜びますし、その失敗と停滞に心を痛める事もありますし、歴史の移り変わり、人間の作る社会、人間から生み出されるいろんなものが大好きですから」
拳を握り締め、同時に手にしていたサンドイッチをも握り締めていることにも気付かずに、アリスイは熱弁を振るう。
「オイラ達は、確かにいろんな面が人間より優れています。肉体的にも生体的にも知能も上で、術を編み出すことにも長けています。けど、さっきツツジも行っていたように、文化面の創造という点に関しては、全くダメダメですからねっ。だから余計人間の可能性に憧れます。人間、一人一人に、大きな可能性があると思ってますっ。だから守るんですっ」
一気にまくしたてたアリスイに、何故か十夜と晃は心のこもっていない拍手をしだす。二人ともポカンとした表情だった。
「今日のことは一生忘れません。いつも眺めているだけの人の世に、人と同じ立場で交わり、楽しむことができたのですから。本当に楽しかったです。ありがとうございます」
ツツジが改めて感謝の言葉を口にする。
「ていうかイーコ皆、今日のツツジとアリスイみたいに変装すれば、人間社会の中にも普通に溶けこめるよね」
十夜が不思議そうに言った。
「それをやっちゃいけない掟とかもあるの? いや、そんな掟があるなら今していることも違反だし、無いよね?」
「ええと……それは……あれです。その、恥ずかしい話ですが……」
十夜の指摘を受け、しどろもどろになるツツジ。
「イーコの中にそういう発想がありませんでした。考え方自体が人とは違うというか、固いというか、その辺がやっぱりイーコの駄目な所だと思います」
「確かに楽しいですけど、イーコ達の間で変装して人の町を歩く習慣は根付かないと思いますっ。何故なら、イーコには服を着るという習慣がないですからねっ。服を着ることも皆抵抗がありそうですしっ」
「ふーむ、そういうもんかー」
イーコ達の話を聞いて、十夜は少し残念そうな顔になる。根本的な部分で人とは違うややこしい種族という気がしてしまった。
「ていうかもう今日はおしまいみたいなノリになってるけど、まだ一時だし、遊ぶ時間はたっぷりあるぜぃ」
晃が茶目っ気に満ちた笑顔をイーコ達に見せて告げた。
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