第十二章 11

 亜空間トンネルを通って、第六倉庫に入る凜達五人。


 亜空間内部からも、通常空間の様子ははっきりと見える。中にはいかにも荒事に長けていそうな黒服の外人達が、あちこちを行き来している。


「多いね」


 黒服の数を見て十夜が呻く。しかし問題は敵の数だけではない。


「ひゅー、あいつらあんなものまで持ってるのかよ」


 晃が口笛を吹く。厄介なことに彼等はサブマシンガンで武装していた。数の多さもさることながら、火力の違いという点で、まともに戦ったら相当手こずりそうな気配だ。


「さらわれた人とやらの場所をまず把握しないとね」

「はい。私、ちょっと見てきます」


 凜に促されるような形で、ツツジが単身で亜空間トンネルの先へと駆けていく。

 三十秒ほど経過して、ツツジが皆の元に戻ってきた。


「いましたけど……亜空間トンネルを遮る結界が築かれています。敵の魔術師の仕業かと」


 戻ってきたツツジが躊躇いがちに報告する。

 どうして彼女が躊躇っているのか、凜にはすぐわかった。亜空間トンネルを出て、ほころびレジスタンス三名の出番が求められるからだ。ツツジとしては、できれば無用な闘争は避けたかったのであろう。


「多勢に無勢のうえ、火力も違うわね。仕方ない。力を使うわ」


 凜が腰に下げた鞄から、小さな丸い壺を取り出した。

 壺の蓋を開く。中に何が入っているのか覗こうと、アリスイが興味津々に背伸びをする。


「えっ? これってひょっとしてお味噌ですか?」

「ひょっとしなくてもお味噌よ」


 意外そうな声をあげるアリスイに、無感情な声で答える凜。


(まずは味噌増殖の術、と)


 声に出さずに呟くと、凜は怪しげな呪文を唱え始める。

 すると壺の中から物凄い勢いで味噌が噴き出て、亜空間トンネル内のあちこちに、幾つもの大きな味噌の塊が落とされた。どう見ても小さな壺の中に、これほどの大量の味噌が入っているとは思えない。あまりの出来事に、ツツジとアリスイは顔を引きつらせている。


 それだけでは終わらなかった。無数の味噌の塊が蠢きだし、人の形へと変化しだしたのである。


「うおおおおおっ、何ですかっ!? 何ですかこれはーっ!」


 目の前で起こったとんでもない出来事に、アリスイが大声をあげる。亜空間トンネルの中であるが故、通常空間には当然届かない。


「おおっと、ここで出ましたっ、味噌ゴーレムっ」

 晃が喝采をあげる。


「ツツジ、出口を開いて。この子達を出して暴れさせて気を引くから」

「は、はいっ」


 アリスイ同様に驚いていたツツジだが、凜の指示を受けて頷く。


「しばらくしたら私達も出て、いつものように、味噌に気を取られているあいつらを撃つ。いつものやり方でね」

「おっけーぃっ」

「了解」


 意味深な言い回しの凜であったが、晃も十夜もこれからどう行動すればいいのか、ちゃんと心得ている。


「ワッツ!?」

「マッドマン!?」


 亜空間の出口から解き放たれ、突然現れた七体の味噌ゴーレムを目の当たりにし、黒服外人達が驚きの声をあげる。


 味噌ゴーレム達はよたよたと黒服達へと向かっていく。敵意と危険を察知した黒服達が、一斉にサブマシンガンを構え、味噌ゴーレムに向かって乱射する。

 だが味噌で作られたボディーに、銃撃などほとんど意味を成さなかった。おまけに銃弾で穿たれた穴は、すぐに塞がってしまう。


 黒服連中が味噌ゴーレムに気を取られているうちに、凜が先行してこっそりと通常空間へと出る。コンテナの裏――黒服達から見えない場所にだ。


「扉を開く」

 晃と十夜が通常空間に出てきたのを確認して、凜が声をかける。


「おっけーぃっ」

 晃がにやりと笑って銃を構える。


 凜が空間の扉を開く。短い亜空間トンネルの先には、迫り来る味噌ゴーレムに向かって必死に銃撃している黒服達の頭部が見えた。


 晃と凜が、開かれた空間の扉の外に向かって、銃を撃ちまくる。

 黒服達にとっては無防備極まりない、上空からの攻撃。全く察知することかなわず、後頭部や背中を撃たれて、何人かが崩れ落ちる。彼等の耳に銃声は、空間の扉が開いた上側から響いていた。


「ええーっ。それってズルじゃないですかーっ」


 その様子を見て、未だツツジの亜空間トンネルの中にいたアリスイが叫んだ。

 凜はすぐさま空間の扉を閉じ、また別な場所と角度に空間の扉を開ける。今度は味噌ゴーレムから見て正面――つまり味噌ゴーレムに気を取られている彼等の背後にだ。


 再度、凜と晃による銃撃の雨。何名かの黒服が崩れ落ちる。


「多少は数を減らせたけど、まだまだ大量ね」


 すぐに空間の扉を閉ざして、凜は溜息混じりに呟く。


 味噌ゴーレムの一体が黒服の一人へと迫り、逃げ出そうとした黒服に飛びかかって、頭から覆い被さる。いや、味噌ゴーレムは最早人の形を崩し、球状になって黒服の頭部を包み込んでいた。

 男は必死に足をばたつかせ、両手で頭を覆う味噌をひっぺがそうとしていたが、やがて動かなくなった。大量の味噌が鼻と口から体内に侵入し、胃や肺をあふれさせて突き破ったのだ。


 明確な死因こそわからなかったが、味噌ゴーレムに覆われて動かなくなった男を見て、他の黒服達は戦慄した。男を殺した味噌ゴーレムが再び人型を取り、新たな獲物に狙いをつける。


「ヒアッ!」


 コンテナの裏に隠れていた凜達三人だが、どこからともなく彼等の横側に現れた黒服が、三人の姿を発見して叫び、銃を撃ってくる。

 慌てて身をかがめる晃と、身をかがめると同時に黒服に銃を撃ち返す凜。

 凜の銃撃を喉に受け、黒服はサブマシンガンを撃ちながら崩れ落ちる。


(不味い。居場所が完全にバレた)


 舌打ちしたい気分になる凜。まだ十分に敵の数を減らしきれていない。このままガチで戦うのは危険だ。


「入って」


 亜空間の扉を開き、二人の少年に命ずる凜。一時的に退避して、別の場所に移動して態勢を立て直す目論見であった。

 だが二人が扉に入るより早く、わらわらと敵が集まり、一斉に銃を撃ちだす。慌てて別のコンテナの横の物陰に隠れる三人。


 悪いことに十夜と晃は、凜とは別のコンテナの裏に隠れてしまった。これでは二人が亜空間へと逃走もできない。


「ノーッ!」

「ファッ!?」


 その時、三人を撃っていた黒服達から立て続けに悲鳴があがった。


 何事かと凜達が恐る恐る顔を覗かせると、小さな影が高速で黒服達に襲いかかり、長く伸びた爪で次々と黒服達の首筋の頚動脈を切り裂いていく。


「あれって……イーコじゃないの」


 凜が呻く。黒服達に明らかな致命傷を負わせてまわっている小さい影は、どう見てもイーコだった。


「イーコって人を傷つけちゃ駄目なんじゃないの?」

 と、十夜。


「あれはミサゴです……」


 亜空間トンネルの中から姿を現し、凜の隣へとやってきたツツジが渋面で言った。アリスイもやや遅れて通常空間に現れ、こちらは十夜と晃のいる方へ向かう。


「君達の仲間じゃないの? バリバリ人殺しまくってるよ?」

「イーコは殺しませんっ。でもミサゴは殺しますっ。何故なら彼はワリーコだからです!」


 晃の問いに、アリスイが両手を握り締めて、苦々しい面持ちで答えた。

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