第十一章 26

 返ってきたのは最悪の答えだった。名前と外見まで一致。


(何かの間違いだろう……? 純子が……そんな人間だったと? そしてよりによって梅宮に力を与えて、梅宮は僕と僕の周囲の人間を殺そうとしている?)


 真には彼女がそんな酷い人物とはとても思えないし、そんな事は信じられない。あの笑顔も、言葉の数々も、嘘とは思えない。自分とは確かに心が通じ合っていた実感があった。強く感じられた。それよりも由美の言う噂とやらの方がよほど嘘くさく感じられる。


「まあ雪岡純子という人物は、梅宮が力を手に入れたきっかけに過ぎないだろう。それより問題はお前を憎んでいる梅宮の方だな」


 由美の言葉を聞いて、真もこの件を考えるのはやめようと思った。純子がそんな人物ではないと信じることにして、忘れようと。自分の知っている純子こそが全てだ。


「何でよく知りもしない奴から一方的に憎まれるんだか……」


 その一方で、梅宮計一の動機が全く理解できない。


「梅宮のこと、何か知らないか? 一応担任なんだし、あいつの悩みとか聞いてないのか?」

「一応とは何だ。そうだな……少し会話したことはあるが、コンプレックスが非常に強い生徒だというのは、言葉の端々でわかったよ。そのせいで誰にも心を打ち明けられない。だが一応そのサインは送っている感じだな。ちょっとこれを見て見ろ」


 空中に画面を開き、どこかのサイトと繋ぐ。


「何だこれ? 掲示板?」

「学校裏サイトという代物だ。これはうちのクラスのだな」


 ぱっと見しただけで、異様に自分の名が多く出ていて、しかもそれが悪口ばかりであることに真は愕然とした。


「僕って陰でこんなに嫌われてたのか?」


 不良扱いされていたのは知っているが、周囲に嫌われるようなことをした覚えは無い。三年の不良グループになら恨まれていたかもしれないが、校内で心当たりといえばその程度だ。それとも無自覚のまま何かひどいことをしたのかと、真面目に思い起こそうとする。


「よく見ろ。お前を叩いている奴の文章、全て似たような文体だろう。叩いている内容もほぼ同じだ。しかもここを利用している者達にも見抜かれている始末だ」


 よく見ろと言われても見たいものではない。嫌悪感を我慢して書き込み内容を追っていくと、確かに由美の言う通り、自分の中傷の書き込みがどれもこれも似通っていて、同一人物と思えなくもない。

 語彙も貧困で、文体も同じように見える。仮に同一人物だとしたら、如何なるコンプレックスがあるのかも、自分のどこらへんが嫌いなのかも、続けて読んでいくことで、段々と理解できた。


「本当にこれが一人の仕業? ID違うみたいだけど」

「IDを変えて複数の人間を装っているんだ」

「何でそんなことするんだ?」

「IDを変えなければ一人だけが粘着して嫌っているのが丸わかりだが、複数を装えば、大勢が嫌っていると偽装できる。本人もその方が気持ち的に落ち着く。その偽装さえバレているが、そんな証拠は無いと言い張れる。大勢に嫌われているという事にできる。書き込んでいる人間は、そういう設定にしておけば安心できる。そういう心理だ」


 由美の解説を聞いてもいまいちピンとこない。真には全く理解できない心理である。


「じゃあ……これが梅宮?」


 この書き込みが梅宮計一だとして、自分に向けられたその底知れぬ悪意と憎悪に、真はおぞましさのあまり吐き気すらもよおした。一体こいつに何があって、自分はここまで忌み嫌われるに至ったというのか。

 そしてその憎悪から発した悪意が自分に向けられ、進行形で襲いかかってきている。しかも苦しませるために、周囲の人間を殺していくという外道なやり口。


 今まで落ち着いて考える余裕も無かったが、改めてそれを意識しなおすことによって、真の中で嫌悪感と怒りがふつふつとわいてきた。


「お前の周囲の人間から殺していき、苦しませたうえで殺そうなどと、そこまで憎む者は他には考えられないだろう。さぞかし毎日お前のことばかり考えていたんだろうな。毎日ある程度決まった時間に現れては、お前の悪口を書きなぐっているし」

「何故か僕が何度もここに書きこみしていることにされているな」


 己に対して否定的な書き込みに対して全て『お前相沢本人だろう』と返しているのを見て、真はうんざりした。真ではない相手を勝手に真に見立てて喚いている様は、壁に向かって延々拳を振るっているかのようだ。


「同じクラスなんだし、気に入らないなら面と向かって言うなり、堂々と喧嘩売ればいいじゃないか」

「誰もがお前のように堂々と己をさらけ出せる度胸があるわけではないぞ」

「いや……もういい。見たくない」


 気持ち悪さが限界を越え、真は拒絶した。由美が画像を消す。

 ここまで一人の人間に憎まれる理由がわからない。少なくともあの梅宮という、存在感の無い生徒と接点は無かったし、何か恨まれるようなことをした覚えも無い。


「心当たりが無いなら、本人に問うしかあるまい。憎む理由を」

「そうだな。それだけは聞いておきたい」


 殺す前にな――と、声に出さずに付け加える真。


「いつまでもここにいるのも不味い」

「あいつはどうやって私とお前の場所を探り出せるんだ?」


 ベッドから降りて乱れた服を直す真に、由美が訊ねる。


「わからないけど……そういう力があっても不思議じゃない。さもなきゃもっと単純に、裏通りの住人を雇って見張らせているとか」


 喋りながら、自分達が一ヶ所にずっと留まっていても計一が現れる気配が無いのは、向こうも睡眠をとるなりしているからなのかもしれないと、真は思った。


***


 自室で目が覚め、時刻を見て計一は驚いた。すでに夕方の五時半になっている。


 家の一階には家族の亡骸がそのまま放置されていた。自分のした行為について考え、ため息が出てしまう。家族に一切の愛情は無いし、心は全く痛まないが、後始末や今後の生活の事を考えるといろいろと面倒だ。


 ふと携帯電話を見ると、雪岡純子から三通ほどメールが届いていた。メールの内容は全て真の居場所を記したものだ。


『どうして相沢の居場所がわかるんだ?』


 不思議に思って訊ねてみると、すぐに返信があった。


『企業秘密だよー、と言いたい所だけど、私の配下の人間に見張らせているだけの話だよー』


 答えはあっさりとしたものだった。しかし配下の人間までいると知り、この人物の命令に背くのは危険だと改めて思う計一。報告せずに薬を飲んだことを知られたら不味い。


 由美を真に保護させる形にしてから鬼ごっこをしろという指示も、雪岡純子からによるものだった。計一としては、そんなゲームをしていないでさっさと殺したい所であったが、雪岡純子からすれば、それが彼女に必要な実験だというから、言う通にするしかない。


『それと、相沢真君を殺害する際にも手順があるからちゃんとそれに従ってねー』


 メールから送られてきた注文内容を見て、計一はにやにやと笑っていた。


『あんたも相沢に恨みでもあるのか? ここまであいつを苦しめるなんて』


 興味本位で突っ込んだ質問をしてみる。


『恨みではなく学術的興味だよ。彼もまた私の研究対象にすぎないんだー。彼の精神をとことん追い詰めてその反応を見ることが、私の研究ってわけ』

『その研究対象が、何であいつである必要があるんだ?』


 真に何か特別なものがあるのかと思うと、また腹が立つ。尤も、雪岡純子がお気に召すようなトクベツさなど、自分にあっても困るのだが。


『それは言えないなー。プライバシーにも関わることだからねー』


 プライバシーなどという言葉を出してきたことで、余計に気になってしまう。


(今、奴がいるのはホテルか……。って、先生と一緒にホテルかよ。まさか、ヤッてたりはしねーよな。命狙われているこの状況でよ)


 そのまさかであったが、計一が二人の状況を知る由も無い。


『ターゲットが移動しだしたよー。今メール受け取れる状態で、向かうことができるなら、逐一メール送るけどどうする?』


 雪岡純子からまたメールが届く。


『くれ。決着をつけにいく』

 歪んだ笑みを浮かべ、計一は返信した。

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