第十一章 16

(俺は凄いことをやった。同級生の誰もが出来ないような凄いことをやったんだ)


 殺人という行為を実行した計一は、このうえない達成感と優越感で満たされていた。


(誰にもできないだろ、人を殺すなんてこと。でも俺はやったんだぞ。これがどれだけ凄いことだと思うよ?)


 最底辺だと思っていた自分が、一気に大逆転して格上の存在となり、全ての人間を上回ったような感覚を抱き、そのカタルシスに酔いしれる計一。


(人を殺して何が偉いんだ?)


 放課後、トイレの中で、にやにやしながら用を足している計一に、頭の中で虚像が語りかけてくる。


(ただの異常者なだけだろう。馬鹿丸出しだ。本当にそれで偉いのなら、世界中に向かって宣言するがいいさ。俺は人殺しができたから偉いんだぞ、凄いんだぞってな。それで誰がお前を偉いだの凄いだのと認めてくれる?)


 突発的に現れては、常に自分を否定することばかり口にする虚像。自分を否定してこき下ろす自分。何故こんなものが頭の中に現れるのか、計一はわかっていながらわかろうとはしない。認めようとはしない。


(力を手にして、望みをかなえて、有頂天になって、その先に果たして何がある? まともな未来をお前に作れるのか?)

(じゃあせっかく手に入れたこの力を使わず、また惨めな毎日を過ごせってのかよ)


 虚空に向かって、頭の中の虚像を睨みつける計一。


(これは天からの授かり物だ。誰ももってない特別な力を、とうとう俺は手に入れたんだ。ラノベの主人公みたいになっ。これで俺は望みを全てかなえてやる。気に入らない奴は全て殺してやる)


 暗い面持ちで宣言すると、虚像は哀れみの視線を向けたまま溜息をつき、姿を消した。


(糞っ、人がせっかくいい気分になっていたのに……!)


 激しい苛立ちを覚えながら、トイレを出た所で、計一は視界内に礼子の姿を確認した。丁度下校する所のようで、階段を下りている所だ。今日は部活が無いらしい。

 計一は鞄の中にある物を意識し、歪んだ笑みを浮かべる。かねてからの欲望をかなえるための決意をした。


(この力とこのお面さえあれば、妄想の中じゃなく、現実であの女を犯してやることができるんだ。俺になびかず、俺の大嫌いな相沢に惚れるなんて、許せない大罪! 断じて有罪! 被告、菊池礼子! 天下の往来で白昼堂々見せしめレイプの刑に処す!)


 声に出さずに高らかに宣言すると、計一は歪んだ笑みを張り付かせたまま、礼子の後を追っていった。


***


 計一は礼子の後をこっそりとつけていく形で学校を出た。


 ストーキングという行為を己が行っているという事実に、計一は興奮する。だがこれからそれよりもっと凄い事を実行するかと思うと、心が躍る。


 三年の不良グループを殺した計一は、すでに良心のタガが外れており、いかなる犯罪も躊躇いなくできる精神状態となっていた。


 ただ欲望を満たすだけではなく、なるべく人通りの多い場所で犯して、人目に触れさせてさらなる辱めを与えることで、あんな相沢真などに惚れて自分を苦しめた罪に対する、厳しい罰を与えようという、妄執のような使命感にとらわれている計一であった。


(もし途中で通行人や警官が止めに入っても、レイプ執行妨害の罪で死刑にしてしまえばいいしな! よし、ここいらでいいな! いくぞ!)


 邪な笑みを満面に広げ、鞄の中から薬瓶とひょっとこの面を取り出して準備にかかる。

 薬を服用すると、すぐに興奮状態はピークに達し、同時に性欲も漲りまくる。


「ひゃっはあああぁあぁぁっあっあぁぁっ!」


 わりと人通りの多い通学路にて、人目も憚らず奇声をあげ、計一は礼子に後ろから飛びかかった。


「え?」


 奇声に反応して振り返る礼子。

 すでにひょっとこの面がアップで迫っていた。そして驚く礼子をそのままアスファルトの上に乱暴に押し倒す。


 薬で得た筋力により、礼子の一切の抵抗を封じ込め、服を剥ぎにかかる。公衆の面前での強姦行為に、通行人達の何人かは足を止めて恐々と見物し、何人かは関わりあいになりたくないとして足早に立ち去る。


「何をしているんだ! やめないかっ!」


 そんな中、頭髪が見事に禿あがった一人の中年男性が、敢然と止めに入った。計一の後頭部に蹴りをくらわし、さらに肩を掴んで引っぺがしにかかる。


「おのれぇっ! 早速レイプ執行妨害か! 死刑ッ!」


 怒号と共に振り返り様の手刀が一閃し、勇気ある中年男性の首を跳ね飛ばす計一。


「禿も余罪だ!」


 そう吐き捨てると、計一は青ざめる礼子の方に向き直り、行為を再開する。目の前で起こった惨殺劇と、道路に転がる生首を目の当たりにし、足を止めていた通行人達も悲鳴をあげて逃げ出す。

 しかし何人かは写真撮影してから逃げ出し、さらに何人かはそれでも踏み止まって、動画撮影を行っていた。


 計一はむしろそのギャラリーが都合いいとさえ思った。きっとこいつらはネットで動画を流すに違いない。そうすれば余計に礼子に対しての辱めへと繋がるからだ。動画を見つけたら学校裏サイトにも張り付けてやろうと、計一は心に決める。

 礼子は恐怖と恥辱のあまり、ろくに抵抗も出来ずに震えている。恐怖している顔にそそられ、ますます興奮する計一。


 礼子の裸体を鑑賞し、ひとしきり弄ぶ計一。その間、礼子は声も全く出さず、とめどなく涙を流しながら目を閉じていた。もっと泣き叫んで抵抗するかと思ったし、そういう反応を望んでいた計一としては、その辺が残念とも思えたが、それでも片想いの女子を強引に征服した感動と興奮が強く、それだけでも大満足だ。


(よーし、今まさに! 夢にまで見た瞬間だァーっ! いざ! ドッキングぅーっ! あっ、そーれっ! ドッキングぅぅーッ!)


 ひとしきり感触を楽しみ終えた後、心の中で高らかに叫びながら、最後の一線を越えようとする。礼子の苦痛に歪む顔を間近で見て、計一の興奮はさらに増す。


(ははっ、ざまーみろ! 俺の心を弄んだ罰だ! しかもその自覚も無い罪深さ! これは罰だ! 罰だっ! ざまーみろ! お前は俺のことを小石か何かくらいにしか意識してなかっただろ!? その小石とドッキングされる気分はどうだよ!? ええっ!? え……? え……? えええええっ!?)


 心の中で罵声と問いかけを浴びせ、興奮しまくっていたが、計一は行為に及べなかった。


(え? な、何だ……? 何で戦闘態勢に入らないんだ……? 外だからか……? 人目があるからか……?)


 頭はハイテンションで勝利感のような感覚に酔ってはいるというのに、体の方は緊張のあまり、全く反応してくれない。


(何コレ? ピクリともしない……ついさっきまで興奮してたのに、今は緊張しまくって……何だこれ……。気持ち悪い……)


 薬の効果による躁状態すら打ち消すほどの冷めっぷり。吐き気すら催した計一は、ふと礼子の顔を見て、愕然とした。

 どこも見ていない虚ろな瞳。壊れた人形という言葉が脳裏をよぎる。壊れた心。絶望のピーク。罰として絶望を与えてやろうというつもりだったにも関わらず、計一は己が今しでかそうとした行為に、底無しのおぞましさと罪悪感を覚えた。


 昨日行った殺人は全く罪悪感など無かったのに、今の強姦未遂は途轍もなく胸が痛み、頭の中がざわめき、さらには急激に吐き気がこみあげる。


「おえええーっ」


 堪えきれず、計一は胃の中身を吐き散らした。ひょっとこのお面をかぶったまま吐いたがために、お面の中が反吐であふれ、計一の顔がゲロまみれになる。

 礼子の顔にかけまいと反射的に上体を逸らしたのは、礼子に正体知られまいと、お面を外して吐瀉物をお面の外にこぼす目的もあったが、彼の中に残った微かな良心の呵責という理由もあった。


「畜生……こんなはずじゃ……何で俺がこんな目に……」


 思い描いていた展開とは全く異なる事態に、何者に向けて放ったのかもわからない呪詛を口にして、計一は礼子から離れて、その場を駆けだした。


(罪を裁こうとした俺がダメージ受けてるとか、どうなってんだよ、おかしいだろーがよ!)


 走りながら、声に出さずに喚く計一。

 力を手に入れて有頂天になっていた所に冷水を浴びせられたような気分を味わい、どこまでいっても自分は運命に弄ばれるピエロなのかと思い、計一は激しく歯噛みした。

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