第十一章 14
水曜日、期末テストの結果が出て、多くの科目の答案が返された。
「相変わらずすげーな、これ」
休み時間、宗徳が真の答案用紙の数々を手に取って眺め、苦笑する。どの教科も全て白紙で提出し、見事なまでのオール零点だ。
「教科書開いてもさ、やる気出ないんだ。ノートに書き込む気力も沸かないし、何も頭に入ってこない。拒絶しているって感じでさ」
話しながら、昨日の純子との会話を思い出す真。
「でも二学期からそれも改めて真面目に取り組もうかと思ってる」
「明日から本気出すってか?」
「それより聞きたいことがあるんだ。僕、たまに表情作ってることあるか?」
いつも自分が無表情なのは知っているが、純子の昨日の指摘からすると、ひょっとしたら自分でも無意識のうちに表情が出ているかもしれないと期待して、訊ねてみた。
「うん、あるぞ。でもそれ言うのは、何となく俺も仁も避けてるんだぜ。いちいち触れるのも変な話だしよ」
仁でさえ遠慮していたのかと、驚く真。
「どういう時なんだろう」
「喧嘩する前とか、一瞬だけ笑ってたような気がするわ。他は、お前の彼女の話題とか出た時に照れてるのがわかったな。あと俺と喧嘩する前とか、わりと険悪な顔になっていること、多いぜ。社会のあの薄毛教師相手にも凄んでたような。あとは……」
「いや、もういい」
思いのほか沢山あって、しかも無意識に表情を出しているのがわかっても、あまり嬉しくない場面が多いので、真はげんなりしてしまった。
「ちゃんと人並みに表情作れるためのヒントが欲しかったんだがな」
「あんだよ、聞いておいて俺じゃあアテにならねーってか?」
真の言葉に宗徳がむっとしたその時、
『撃て~撃て♪ 俺がルールだ、悪党その場で処刑~♪ それがデカチン刑事♪』
スピーカーから聞きなれたよく通る声で、アニメソングのオープニングテーマ曲が流れてくる。歌っているのは仁だ。
「またあいつ放送室ジャックしたのか」
微笑む宗徳。
「もう風物詩になったな、これ」
そんな宗徳を見て、自分もここで自然に微笑みをこぼすことはできないだろうかと、考えてしまう真。
定期的に放送室に乗り込んで、隙を見て校内放送で自作ソングを歌う仁。しかもそれがひどく上手いし、生徒達のウケもよい。教師達も止めに入るし、たっぷりと仁を怒りはするが、空気を読んで一曲歌いきるのを待ってから止める有様だった。
(うぜーな、またあいつ歌ってるのか。一曲丸々歌わさずさっさと止めろよ。教師もグルとかやっぱ知障は特別扱いされてんだな。糞っ)
一方、読書中の計一は、耳に指で栓をしたい衝動に駆られたが、そんなことをしている姿をクラスの誰かに見られたら、嫌な噂をたてられてしまいそうで、それも怖い。何しろ仁は校内でそれなりに人気がある生徒だ。それを露骨に嫌っている姿勢を皆の前で示すなど、できるはずがない。
(一昨日のあれは何だったんだ。証がどーとか言ってたが)
訝る計一。昨日は自分以外に真を叩く者は、掲示板に現れなかった。あれはひょっとして釣りの一種なのではないかとも疑っているが、それにしても、あれ以来何のアクションも無いのが無いのが気になる。
(ん?)
休み時間が終わろうとしていたため、机の中に本をしまう際、教科書の間に一枚の紙がはさまっていた事に気がついた。
紙には奇妙な紋様が描かれ、アドレスと「ここで願いがかなう」などという短い文が書かれていた。
紙に描かれていた紋様は、小さな字がびっしり書き込まれ、六枚の翅を持つ蝶に似た虫であった。それを見て計一は仰天する。学校裏サイトで見た画像と同じものだ。自分以外に真を叩いていた者。
(あいつは俺だと知っているわけか?)
背筋が寒くなる。もしかしたら他の生徒にも入れられていて、カマをかけているのかもしれないとも思う。あるいは相沢真自身があの場を見ていて、犯人を割り出そうとしているのかもしれないと。
だが疑心暗鬼になる一方で、強く興味をそそられてもいた。あの奇妙な紋様に惹かれ、同時に内容にも惹かれていた。好奇心もあったが、それ以上に何か衝動的なものが計一の脳を突き動かしていた。
気がついたら計一は携帯電話にアドレスをうちこんでいた。
『やあ、昨日連絡くるかと思ったのに来なかったから、駄目かなーと思ってたよー』
すぐに計一の携帯にメールが送られてきた。
『君は一昨日、例のサイトで俺に賛同していた者か?』
カマをかけられているかもしれないと意識しつつ、直接的な言葉は出さずに訊ねてみる。
『そーだよー。君と同じクラスにはいないけどねー。だから安心していいよ』
そんな返答されても安心できるかと周囲を見回す。自分以外に携帯をいじっている者は何人もいたので、誰もが怪しく感じる。
第一、同じクラスにいない人物が、何であのサイトであんな書き込みをしたのか、そこからして謎だ。
『誰なんだ? 回りくどい。力って何だ? 証って何だ?』
『私は雪岡純子。私のことはネットで検索して調べてみてねー。わりとすぐに出るはずだから。回りくどいのは直に接触できない事情があるから。力は、文字通りの力だよ。誰にも負けないためのね。証は今のこのやりとりがそのまま証じゃなーい?』
雪岡純子という人物の名は知っていた。匿名掲示板の都市伝説関連のスレッドで見かけた、あの怪しい噂話。人体実験を行い、超常の力を与えるという雪岡研究所の主の名だ。
『で、最終確認なんだけど、力を望む? 望まない?』
謎の問いかけ。いや、謎ではない。これは雪岡純子というマッドサイエンティストの取引なのだろうと計一は察する。
(クラスの中の誰かと思っていたのに、完全に部外者だった。どうして俺の存在を知りえた? どうして俺にこんな話をもちかける? 俺が相沢を嫌っていることまで知っているとか、どういうことなんだ?)
謎は沢山ある。しかし謎であるからこそ、計一は惹かれた。まるで憧れていたファンタジーへの入り口が目の前に開いているかのような、そんな感覚を味わっていた。
休み時間の終わりを知らせる鐘が鳴り、慌ててケータイを閉じる。閉じる前に、計一は短く文字を打ち込んでいた。『望む』と。
***
計一が帰宅すると、当日配達の宅配便で計一宛ての小荷物が届いていた。
差出人の名を見て、計一は大きく目を見開き、息を呑んだ。そこには雪岡研究所と書かれていた。さらに差出人の名の下には、六枚翅の蝶のような紋様と、その周囲を埋め尽くす小さな文字。一昨日ネットに張られ、今日は机の中にあった紙に描かれていたそれと同じ代物だ。
(悪戯にしては……やりすぎだ。マジなのか?)
小包を持つ手が震える。非現実への扉が開かれようとしている気配をビンビンと感じて、恐怖と期待が入り混じって激しく渦巻いている。
自室に入って小包を開き、まず目についたのは、ひょっとこのお面だった。
(何だこりゃ……やっぱり騙されたのかな?)
落胆と安堵が入り混じった気分で、ひょっとこの面を手に取る。その裏には、錠剤の入った薬瓶と、説明書があった。
(こっちが本命か? つーか、このお面は何なんだよ)
訝っていると、丁度いいタイミングでメールが来た。相手はもちろん、雪岡純子だ。
『こちらから送ったもの、届いたかなー?』
届いたと短く返信し、説明書を開く。
書かれていたのは薬の効果、効果時間、飲む量、副作用などであった。薬の効果自体はシンプルだ。強力無比な身体能力を得るという代物。筋力の増大、皮膚が一部硬化、反射神経と動体視力の急上昇。副作用は精神状態が高揚する事と、短い感覚で何度も服用すると、反動で体が動かなくなるという。
『これはあくまで実験だからね。私の協力と引き換えに力をあげるんだから、ちゃんと指示には従ってもらうよ? 薬の服用をする際には、私の確認を取ってからにしてねー。それじゃあまず、その薬の効果が本当かどうか、確かめてみるために一錠飲んでみて』
メールに促されて計一は意を決し、薬を口の中に入れ、自室に置いてあったペットボトルの水で流し込む。
変化はすぐに起こった。えもいわれぬ高揚感と至福感に包まれ、全身に力が漲るのがわかる。自分の腕を見ると、ボディービルダーのようにムキムキに筋肉が膨張し、肥大化していた。
「うおおおーっ! すげえええっ! これなら、この力があれば俺は何でもできる!」
思わず大声で叫んでしまう計一。家族にも聞こえただろうし、不審がっているであろうが、それが些細な事に思えるほど、計一は興奮しまくっていた。
見計らったかのようにメールが来る。
『確認はできたねー? んで、何度も念押しするけど、力を得てやりたいことがあるだろうけど、こちらの指示には従ってもらうよー。あとね、薬の力を用いて何かをする際には、必ず報告するようにしてね。でないと命の保証はできないからねー』
面倒だと思いつつも、この謎の人物の指示に背くともっと面倒なことになりかねないと考え、こちらの要求をメールで送った。
『俺が気に入らない奴等を全員殺したい。相沢含めたうちのクラスの不良らとか、三年の奴等とか。あとは不良なんかに惚れてるあの馬鹿女を犯してやりたい』
躊躇なく己の願望を述べる計一。
『まだ相沢真を殺すのは困るなー。相沢真て子は私にとっても重要な実験台なんだ』
『どういうことだ?』
『彼を追い詰めることに意義があるんだよー。そのために君を選んだんだからねー。私にとっての本命の実験台はあっちなんだー。間違っても彼を真っ先に殺さないようにお願いね。そのための手順もこちらに従ってもらうよ?』
『わかった。取りあえず三年の奴等を殺しにいくのはいいんだな?』
いかなる理由で相沢真を実験台として選んだのか興味はあったが、この時点では聞こうとしない計一だった。興味はあったが、そのうち向こうから教えてくれそうな気がして、それまでお楽しみとしてとっておく方がいいと考えた。
『バレないように気を付けてねー。一緒に送ったものを使うといいよー』
言われて、ひょっとこの面に視線を落とす。
お面の用途を察して計一はほくそ笑み、お面を手に取った。
(まずは、昔俺からかつあげしていた、三年の不良グループに復讐だ)
学ランを脱いで私服に着替えると、計一は薬瓶とひょっとこのお面を鞄の中に入れて、家を出て行った。
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