第十章 25
都心某所の公園にて、月那美香が翌日開くライブのための会場準備が行われていた。
今回もまた屋外ライブであるが、かなり広い公園で行われる。これにより、周囲の建物から狙撃できるポイントは大分限られてくるうえに、見晴らしがいいので、襲撃者が逃亡した際にも公園の外に出るまでは容易に居場所を把握できるというメリットがある。デメリットとしては、襲撃者が逃げた際、逃亡コースが多岐に渡るので、カバーする人員が不足している事だ。
会場の建設準備の際、真、蔵、みどりと、半分引きずり出される形で嫌々ついてきた累の計四人は、美香の口利きで、会場内の公園に谷口陸捕獲のための仕掛けを作っていた。
「僕にまで……こんな肉体労働を……させるなんて……体力が無い僕まで……わざわざ使うなんて……」
ぜえぜえ息を切らしながら、白く長い柱を運び、公園の地面に刺して立てる累。
「大した作業でもないじゃんよぉ~、御先祖様ぁ。確かに量は多いし、範囲は広いけど、四人で手分けしてやってるんだし、そんなにかかんないから頑張ろうよぉ~」
累同様、柱を地面に刺す作業を行いながらみどりが励ます。
「ありゃ、石がある。ここは駄目かなー。真兄、どうすんのよ」
「真、指定された場所が土でなくアスファルトだぞ。この場合どうすればいい?」
みどりと蔵がほぼ同じタイミングで真の指示を仰ぐ。
「その場合は柱の間隔の範囲を広げるしかないな。できるか?」
公園の地図を地面に広げ、それを見下ろしていた真がみどりに向かって問い返した。柱を立てる予定の場所には赤い点がつけられている。柱を示す赤点は、特設ライブ会場を取り囲む形で何十個も地図につけられていた。
「10メートルくらいならオッケ。みどりは亜空間結界術あんまり得意じゃないし、御先祖様の方が適任なんだけどさぁ」
にかっと笑い、柱を持って近くを通る累を見やるみどり。累は不貞腐れたようにぷいと横を向く。ライブ当日に手伝いに行く事は、例によって『人が多いから』という理由で拒否をした累であった。
「芦屋にも手伝わせたかったが、あいつの姿が事前にちらついてしまうと、罠だと思われそうでね。ぎりぎりまで隠れてもらうことにした。本当は僕も来ない方がよかったけれど、一応これでも指揮官ポジションだから、流石に現場にいないわけにはいかないからな」
「へーい、みどりが見張ってるから平気ぃ~。誰もあたしたちの事は警戒してないよぉ~。そういう気配があったらすぐわかるから」
みどりは作業を行うと同時に、公園とその周囲にまで精神波を拡げ、公園内に出入りする人間を精神世界から全てチェックしていた。
「純子にも手伝ってもらうと言っていたが、拒否したのか?」
休憩に入り、皆で一息ついた所で、蔵が真に訊ねた。
「いや、あいつも手伝ってくれるらしい。雪岡は――あいつを狙撃した男の襲撃に備えると言っていた」
それを聞いて、みどりが露骨に表情を暗くする。
「杏姉を殺したあいつか……。気配を全く感じさせない殺し屋。あいつだけはあたしにも察知できないし、来るとしたら視認するしかないわ」
「しかし、察知できない相手に、純子はどうするつもりなんだ?」
さらに疑問を口にする蔵。
「どうするつもりなんだろねぇ~」
とぼけた口調のみどり。
(何か手があるみたいだな)
真が声に出さずに問う。
(まあね。あたしの口利きって奴だけど、対処する方法、純姉にあたしが教えといた。でもそれは秘密ぅ~)
一応みどりは真の手駒というポジションだ。にも関わらず、純子には教えられて自分に言えないことが何であるか、真は非常に気になった。
「また襲撃があるとわかっていて危険なライブだというのに、予約が殺到しているらしいな。一応、死んでも文句は言わない人だけ来るようにと前もって告知してあるらしいが」
蔵が言った。前回のライブで死傷者を出し、次回も危険とわかっていながら、批判も襲撃も上等でツアーを強行する事にした美香に対して、ファンからは喝采の声があがり、その他からは批判の声があがっていた。
「刺激に飢えているんだろう。死の危険なんて平和に暮らしていればわからない。だから現実味が無いし、怖いもの見たさで、という所じゃないか?」
表通りの住人の気持ちがいまいちわからない真なので、想像で語っている。
「自殺するのは怖いから大好きな月那美香のライブで死ねたらむしろラッキーだとか、そんな動機もある。ネットの書き込みを見た限りだがな」
雪岡研究所の情報収集担当もこなしている蔵が言い、口から茶を噴出して紙コップに注ぐ。
「イェアー、いいねえ破滅主義、みどり大好きだよぉ~」
みどりが笑顔でその紙コップを受け取り、茶をすする。
「僕は大嫌いだ。そういうのは」
後ろ向きな思考自体を好まない真からすれば、自殺の代わりとして巻き添えの死を望むなど、唾棄すべき発想としか思えないし、そうした人間の心情を理解したいとも思わない。
(あのね、真兄はさァ、もう少し弱い人の心ってのも考えられるようになるといいォ~?)
真の不快感を読み取り、みどりが声ならぬ声をかけて諭す。
(世の中には弱い奴ってのもいるし、そいつらの心を一笑に付して無視しちゃうと、思わぬ所で落とし穴に落ちちゃうんだぜィ。純姉とかあんなんでも、そこん所すごくわかっているし、寛容で優しいよね。真兄もそこん所、受け入れろとまでは言わないけど、せめてわかろうとした方がいいと思うわー)
純子と比較する事が、真を諭すのに最も効果的である事をみどりは看破していた。ただし乱発すれば流石に効果が薄れるだろうから、ここぞという時にのみ使おうと心掛ける。
(お前は僕の教師か何かと問いたいが、お前の言うことは一応聞いていた方がいいんだろうな)
年長者面して説教するのは純子一人で沢山だと思う真であったが、より己に磨きをかけるためには、彼女らの言葉を吸収した方がいいのはわかっているし、内心では感謝もしている。
***
ライブ会場からかなり離れた所にあるホテルの窓から、純子は会場となる公園で柱を立てる作業をしている真達四人を見ていた。
「真君達、頑張ってるみたいだねえ」
「そこから見えるのか!」
美香が純子の隣に立ち、窓から公園を見る。公園の木々の緑の葉の部分はかろうじて見えるが、とてもじゃないが人の姿は見えないので、双眼鏡を取り出して見る。
「目はいいからねー。正確には人工魔眼の出来がいいからだけどさあ。千年以上かけて何十回もバージョンアップしたけど」
「あれは何をしてるんだ!?」
双眼鏡で真達が柱を立てている様子を確認し、美香が問う。
「柱を立てているってことは、多分結界を張るための準備だと思うよー。こっちには妖術師もいるしさあ。累君とかみどりちゃんとかね」
「そう言えばそんなことを言っていたな!」
「真君が言ってた通り、狙撃ポイントはある程度、厳選されるねえ。彼が来る場所は幾つかしぼりこめる、と」
先日、全く殺気を漂わせることなく、自分を狙撃した狙撃主のことを意識する純子。
「谷口陸はともかく、その殺気の無い狙撃主とやらも来るのか!?」
美香の質問に、純子は少し間を置いてから答えた。
「勘と霊感だよ。確証は無いよー」
口ではそう言う純子だが、あの狙撃主と谷口陸が、コンビを組んで行動している可能性は高いと見ている。真の話を聞いた限りだけでなく、別口からの情報も聞いたうえで、そう判断していた。だからこそ、霊感という言葉も口にした。
「あいつが来たらまた見境なく人が殺される! この世界をゲームだと信じ込んでいる奴だという話じゃないか! そしてゲームだからと何の躊躇いも無く戯れに人を殺す! 最悪の存在だ!」
先日のライブでファンが何名か殺されたことを思い出し、美香は憤る。安全を考えればもうツアー自体を中止した方がいいのだが、身の安全と殺されたファンの無念を晴らすべく、おびき寄せて決着をつけるために強行する運びとなった。
危険を承知でのツアー強行への批判はあるが、一方でチケットは今まで以上に無い勢いで完売し、転売屋はネットオークションでとんでもない値段に吊り上げている。死の危険を承知のうえで、むしろそれを楽しんだうえで、歴史的瞬間を直に御目にかかれるかもしれないという期待を胸に秘めた者が数多くいた。
「それとはちょっと違うけど、この世が魂の修行の場だと説く宗教って多そうだよね。私も実はその説が有力じゃないかと思ってる。でも実はゲームの世界でした的な概念も面白いかなー」
「あの世や転生があるというだけで、自殺も他殺も増えたというのに、実はゲームだったとあれば、それこそ世の中のカオス度は加速しそうだな! 谷口陸がどんどん量産されるようなものだ!」
美香の言葉を受け、純子は大量の陸がこの世にあふれている図を想像して、笑ってしまう。
「でも大抵の生き物は命に執着する本能が備わっているよね? それは何でだと思う? 命が大事とかそういう価値観の問題ではなく、本能そのものにあるってこと」
「それは……例えあの世だの来世だのがあっても、今生きている人生に、己自身に執着や未練があるからではないのか!?」
「うん、私もそう思うし、だからこそ美香ちゃんの言うようなカオスにはならないと思うよ? 十年前、冥界と転生の実在が判明してから、確かに命をおろそかにする人は増えたけどさ。皆が皆そうってわけじゃないしね」
「確かにそうだな!」
美香が頷く。
「ちょっと妄想してみたんだ。この世は辛い事も多いけどその分刺激があって楽しい反面、あの世は平和だけれども退屈な世界なんじゃないかなあって。んでもって、簡単にはこの世に受肉することはできないんじゃないかって。あの世の方がこの世より圧倒的に人口多くて、転生するための権利を当選するのに苦労するとか、そんなのがあるんじゃないかなーって。だからこそ皆、こんな苦しみに満ちた生であろうと執着するって考えれば、理にかなっていると思わなーい?」
「いいな、それ……」
純子の話を聞きながら、美香はうつむき加減で額を抑えて思案し、ぽつりと呟いた。
「今の純子が言った話、歌詞のネタにしていいか!? いや、くれ! させろ!」
「どーぞどーぞ」
真剣な眼差しで頼み込む美香に、純子は笑顔で応じた。
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