第十章 18
「ねね、今このタイミングで芦屋に来られたら、陸おしまいなんじゃない?」
片足を引きずりながら夜の住宅街を歩く陸に向かって、由紀枝がどうでもよさそうな口調で言った。
由紀枝は陸が純子や張達と戦う場面を隠れて見物していた。陸のツレである自分の存在を察知されて人質に取られる可能性もあるので、強敵相手との戦いでは、できるだけ隠れておくよう心掛けている。
「あれはどう考えてもプレイヤーだね。乱入してきた連中はわからないけど」
判断基準は陸自身にもよくわかっていないが、直感的に陸は純子を自分と同類であると位置づけた。
「負けっぱなしって感じだな。キングの負けまくり病がうつったみたいだ」
立ち止まり、住宅の塀に背を預けて尻もちをつく陸。凍らされた足を内側に折り曲げて、血が通うようにマッサージする。
「しかし流石は雪岡純子と言ったところかな。中々手強かったよ」
「手強かったとかそういう次元じゃなくて、一方的にやられて逃げただけでしょ。あの援護射撃が無かったら危なかったじゃない」
「うぐ……」
冷めた口調で由紀枝に指摘され、陸は口ごもる。
「芦屋と同じく、まだ俺のレベルではかなわない相手か。でもまあ嬉しいね。自分より強いプレイヤーがいるってことがさ。それも敵で。いずれ倒してやるっていう目的が生まれて、やり甲斐が出て来るよ」
「そう言うわりには芦屋だけは毛嫌いしてるじゃない」
「いや、あれはしつこすぎるんだよ。あいつもプレイヤーだろうからしょうがないけどさ。あいつの攻撃パターンは大体読めるようになったけど、だからといって戦って勝てる相手じゃない。芦屋の動きがわかった所で、その攻撃を潜り抜けて、俺の攻撃を仕掛けられるほどの余裕は無いってこと。逃げるのが精一杯」
「何度も聞いたよ、それ」
陸の隣に寄り添うようにして腰を下ろす由紀枝。
「陸が芦屋に捕まえられたら、私は一人になっちゃうな」
夜空を見上げ、由紀枝はぽつりと呟く。
「うん、そうならないように、俺はあいつの顔見たら全力で逃げてるんだ」
優しい声音で言いながら、陸は由紀枝の頭に軽く手を置いた。
「でもまあ、由紀枝だってレベルは低いけどプレイヤーなんだし、こんな糞ゲーでもできるだけ楽しんでみてはどーかなと思うよ?」
「私は陸みたいに殺人プレイとかしたくないもの」
一応由紀枝は、陸に話を合わせている。
「だから陸のゲームについていく。それだけでもいいじゃない。陸が迷惑だっていうなら仕方ないけど」
「迷惑ってことはない。でも、なんていうかなー、一緒にゲームをプレイしているんだから、由紀枝もちゃんと楽しんでほしいって気持ちはある。通行人殺すとか、そういうの抵抗あるんなら、それはしなくてもいいからさ」
これまたいつものやりとりであった。陸からすると、どうしても歯がゆいものがあるので、ついつい何度も同じことを言ってしまう。
「私は陸のゲームしている姿を後ろから見てて楽しい」
そう返す由紀枝の言葉も、これまたいつもと同じものであるが、由紀枝のその言葉に嘘は無い。陸が何をするか見ることが、由紀枝にとっての一番の楽しみである。陸の言うゲームとやらと、由紀枝はリンクした気分でいる。一緒に冒険している気になっている。しかしその一方で、ある興味と欲求があった。
(陸は私と違う世界を見ている。私も陸と同じ見方で世界が見られたら、陸と同じ考え方になるのかな?)
視力が無くても、陸は世界が見える。ただし、立体だけに限る。面や線の世界は見る事ができない。空気の揺らぎまで脳で把握できるが、光は見えない。由紀枝はそのことを知っている。それはどんな世界として映っているのだろうと、いつも考えている。
「このゲームってどうすればクリアなの?」
以前から抱いていた疑問をぶつけてみる由紀枝。
「その条件も探してるよ。普通の盲導犬RPGとかだと、話が勝手に進んでいってそのうち終盤ぽい感じになって……って感じだけど、どうもこのゲームはそういうんじゃないみたい。そもそも俺以外のほとんどのプレイヤーが、ゲームしている意識すら無いから、手がかり掴むのも一苦労だ。百合と出会えたのはラッキーだった。その百合にしてみても、ゲームクリア条件は教えてくれないし。ま、先は長いよ」
陸が運営スタッフだと言う百合という人物とは、先程初めて会ったばかりだが、うまいこと陸に話を合わせて、利用しようとしているのは明らかだ。陸にとって危険な存在だと、由紀枝は直感的に思ったものの、しかし由紀枝にはそれを陸に説明する上手い言葉が思いつかない。
「その先に何があるか、私も見てみたい」
陸を見つめて由紀枝は言った。陸に話を合わせているだけではない。自分と陸の度の行く末に何があるのか、それを考えると、期待と不安で胸がいっぱいになる。
「うん。俺もだよ。このゲームの外の世界がどんなんだったかも、全く覚えてないし、ちゃんとゲームクリアしたうえで、それも知りたい。ていうか、クリアしたら自動的に戻って、元の記憶を取り戻しそうな気がするから、今あるこの好奇心は消え失せちゃうんだろうけどさ」
「私の想像だと、ここよりずっと文明が発達した未来世界なんじゃないかと思う」
「ああ、それは俺も同じこと考えてた。こんな実物大バーチャルなゲーム空間を作るからには、今の時代じゃ無理だしね」
「うん。クリアーする時は、陸と一緒にリアルに戻れるのかな?」
「多分同じパーティーにいる扱いで、一緒に戻れると思うけど」
「そっか」
こうして陸に合わせて会話をしていると、由紀枝も陸の話を信じて、そちらの方が真実だと思い込みたくなる衝動に駆られる。そうすることで陸に近づけるような気がして。
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