第十章 1

 月那美香はマッドサイエンティスト雪岡純子の改造によって、運命操作術という超常の力を行使する事が可能となった。彼女が使える運命操作術の多くは、周囲の状況に合わせて起こり得る事態を意図的に引き起こせるかもしれない――という、不確定要素の確率を引き上げる力である。

 また、この能力にはパッシブなものも含まれており、美香本人が意図せずとも自動的に発動しているものまである。場合によっては、美香が気づかない事もある。


 今回はその能力、『蟲の報せ』が発動していたが、美香本人は気づいていなかった。これは自身の危機、もしくは他者の危機を察知し、関連する者に会いたくなったり強く思い起こしたりする能力だ。


 近くにライブツアーを控え、その初日を安楽市で行う事が決まっていたのだが、純子や真に来てもらいたいという欲求が強く働いた。ライブは今まで何度も開催しているし、純子達にもチケットを送って誘った事もあるが、今回に限って何故か、遊びがてらに雪岡研究所を訪れ、直接誘ってみたいという気持ちが働いた。

 友人の少ない美香からすれば、その数少ない友人達がいる雪岡研究所にはよく遊びに行くし、それはごくごく自然な事なので、自身の能力が発動している事に気づかなかったのである。危険への予知と、その関連性に。


「最近とんでもない話を耳にした!」

 雪岡研究所のリビングルームにて、真と純子を前にして、美香は不快げな表情で叫んだ。


「学生らの間で、私の真似をするのが流行っているというのだ! この喋り方のな! 実にふざけた話だ! 人の真似など容易く行う事もふざけているが、そういう問題ではない! 私が小学校に通っていた頃、この喋り方のせいで散々いじめられたというのに! それを面白半分で真似されるなど有り得ぬ! 許せぬ!」

「別に怒らなくていいんじゃないかなー。美香ちゃんがテレビに出るようになって、その喋り方が格好いいと感じる人も多くいて、それで真似してみたくなったんだと思うよー」


 憤慨する美香を、いつもの屈託の無い笑顔でなだめる純子。


「つまりー、市民権をげっとしたと言ってもいいよねー。変わっている事をした人をこぞって叩くのは、この国の悪い国民性だけど、それをミュージシャンだの有名人だのという、肩書き、権威、ステータスの元にやられちゃうと、あっさり見方を変えて掌返すのもまた、日本人の特徴だし」

「それが気に入らないのだ! 本質は何も変わっていない! なのにその人間の肩書きだけで見方を変えるという愚かしさ! そのうえ真似するなど、許しがたいのだ!」

「気持ちはわかるけど、そういうものだと割り切って考えて、呑みこんだ方がいいと思うよ。美香ちゃんは大勢の人に影響を与える事ができるようになったんだからさあ。肩書きという名の説得力を伴ってね。だからその力を有効活用して、美香ちゃんの思う真実を詩にして訴え続ければいいよー。そのためにミュージシャンになったんじゃないのー?」

「ぐぬぬ……」


 純子に説き伏され、美香はそれ以上言葉無く呻く。納得しきったわけではないが、それをどう言葉に表したらいいかわからず、しばらく思案する。


「格好いいからというニュアンスならまだ許そう! しかしだ! 珍獣のような扱いで、その物真似をしているノリの奴もいそうで、それがたまらん!」

 言い表す言葉が見つかり、美香は語る。


「実際珍獣みたいなもんだし、そう見られるのも仕方ないだろ。人前で奇行を行えばな。文句言う方が筋違いだ」

「ちょっと真君……それは言い過ぎだよー」


 身も蓋もないことを言う真に、純子が引き気味になりながらもやんわりと注意する。


「キコウ……だと!? 私の喋り方をキコウだと言うか! キコウの意味はわからんし後で調べてみるが、どうやら真がディスっているのはわかった! じゃあ聞こう! キコウだけに! 私はどうすればいいと言うんだ!」


 真の方を向いて、かなりの怒気を込めて叫ぶ美香。


「まずな、その叫ぶように喋るのはやめろ。お前自身が思っている以上に、壮絶な変人アピールになってるからな」

「今更やめられるか! 変人なのは自覚しているが、これが私だ! オリジナルの私だ!」

「全て無くすのは無理かもしれないが、少しずつやめる努力していけよ。少なくとも、抑える方は簡単じゃないか? 僕みたいに、抑えられているものを出すよりかは」


 感情表現のことを言っているのかと、すぐに察する美香。


「やめる前提で語るな! 私は自分の振る舞いを引け目に感じた事など無いし、改める気も一切無い!」

「奇行には違いないんだし、少し気にして改める方向にもっていった方がいいぞ」

「私に私でなくなれというのか!」


 真は冷静に思う所を口にしているだけだが、美香からすると頭ごなしに否定されているようにしか受け取れず、頭に血がのぼった。


「気にしなくていいよー。美香ちゃんは美香ちゃんらしくあるのが一番だよー」


 言いながら純子はナイフを取りだし、その切っ先に指先を当てた。力を発動し、指先で触れたナイフの先端部分が熱せられる。


「何してるんだ?」


 さらに熱せられたナイフに向かって舌を伸ばして舌先を押し当て、肉を焦がしている純子を見て、真は訊ねずにはいられなかった。美香も引き気味になって純子を見ている。


「んー? 舌に口内炎ができちゃったから焼いてるだけだよー。能力で直接焼くなり原子分解してもいいんだけど、熱した金属で焼くのって、ちょっと気持ちいいんだよねー。こういうのも風情があるっていうか、粋なもんだしねー」

「今更こんな突っ込みするのもなんだけれど、お前は美香にも増して奇行がひどすぎるな」


 屈託ない笑顔で説明する純子と、頭の中で己の呆れ顔を思い浮かべる真。


「私の変わった言動と純子の変態行動は、質が全く違う……一緒にしてくれるな……」

「えー? 変態扱いはひどいなー。ちょっと変わった事した程度じゃなーい。美香ちゃんならこういうのを理解してくれてもいいと思うんだけど」


 うつむき加減になって呻くような声で抗議する美香と、笑顔を崩さず冗談めかして抗議する純子。


「例えばお前が将来結婚して子供が出来たら、お前のその変人ぷりのせいで子供がいじめられるかもしれないんだぞ? それでもなお自分を通すのか?」

「ぐっ……」


 真の問いに、美香は言葉に詰まる。自身が学校に通っていた時に、この喋り方のせいで散々いじめられた苦い思い出が呼び起こされる。自分が耐えるのはともかく、自分のせいで、身内までもがあのような辛い想いをする事を想像すると、流石に我を通す気にもなれない。


「しかも子供を十人産んだとしたら、いじめも十人分だ。お前のその喋り方のせいで、十人分の人生が悲劇で彩られるんだぞ?」

「それ以前に十人も産まん!」


 俯いたまま叫ぶ美香。


「僕は結婚したら、子供二十人くらいは欲しいけどな。いや、多ければ多いほどいい」

「なん……だと……」

「え、ええ~……」


 冗談とも本気ともつかぬ真の発言に、美香と純子は驚愕の表情を浮かべる。


「言いたいことはわかった。確かに一理ある。だがな、私からも一つ言わせてくれ。真、お前に面と向かって変人扱いされるのは辛い」


 顔を上げることなく、静かな口調で美香は訴えた。


「私は昔から馬鹿だったからな。空気が読めないし、つい調子にのるし、周囲から浮きまくっていようと、変人丸出しの自分を押し通す。うん、馬鹿だ。そして馬鹿のくせに馬鹿だと思われることに傷ついていた。勝手に馬鹿晒して、馬鹿だと思われておきながらな。今はもうあまり感じなくなったが、お前に言われるのだけは堪える」

「じゃあ気遣って適当にお茶を濁しておけばいいか? 僕がストレートにズバズバものを言う人間だって事も知ってるだろ? 知っていながらなお話しているんだろ。でもまあ、そうした方がいいならそうする。美香の前だけでは本音は出さないように努める」


 美香にとっては痛切な訴えだったにも関わらず、真はすげなくそう言い返し、美香は言葉を失くした。


「真君さー、その言い方はちょっと意地が悪いよ」

「悪かった」


 見かねた純子が諭す。今度はやんわりとした口調でもなく、純子にしては珍しく、やや硬質な響きがあった。真も指摘されてそれを認め、即座に謝ったが、美香はすっかりしょげてしまい、うつむいたまま無言になってしまった。


 しばらくの間、気まずい空気が流れ、三人とも沈黙したままであったが、やがて美香が口を開いた。


「すっかり忘れていた。これを渡しに来たんだ」


 美香が覇気に欠けた声と共に四枚のチケットを取りだし、純子へ渡す。


「純子と真と累と蔵さんにな。よかったらライブ、来てくれ。来てくれると嬉しい」

「イェアー、行かせてもらうぜィ」


 部屋の扉が勢いよく開き、現れた少女が明るく弾んだ声を発した。


「あたし、みどり。真兄の新しい愛人だよぉ~。よろしくたのんま」

「は?」


 美香が口を開く前に自己紹介すると、みどりはにかっと歯を見せて笑い、小走りで真の元へと向かい、その膝の上へと座る。みどりの言葉とその馴れ馴れしさを見て、美香は呆気に取られる。


「どーせ御先祖様はさァ、ライブみたいな人の多い場所とか行けねーっしょ~。だからその分をみどりが貰っといてあげるよぉ~」

「累のことだ」


 膝の上に座り、さらには体を預けてきたみどりを押しのけて、真が美香に言った。

 一方美香は、誰だこいつ誰だこいつという強烈な念のこもった視線を、純子の方へと向ける。真に対する馴れ馴れしい態度や、冗談にしても品の無い新しい愛人発言のせいで、美香のみどりに対する第一印象は、いいものではなかった。純子は美香の視線に気が付きつつも、必死に目を逸らしている。


「ああ、行きたいけどこの日は私、用事があるねー。私の分でみどりちゃん行っておいでー。美香ちゃん、誘ってもらったのにすまんこ。」

 チケットを見て純子が言う。


「そうか、残念だ」

「ふわあ~? オフの月那美香さんてば叫ぶようには喋らないのぉ~? あれってやっぱ話題作りのためにキャラ作ってただけなんだね。何かすっげー残念だわ~」


 みどりの指摘に、美香はますますむっとする。


「失礼な事を言うな! この男のせいで、たまたま落ち込んでテンションが低くなっていただけだ! 私はこれが素だ!」


 年下の女の子にムキになるのもどうかとも思ったが、言いたい放題言われているのも癪なので、いつもの調子を取り戻して美香は否定する。


「うっひゃあ、真兄のせいかぁ~。確かに真兄は女心わからない所あるね。うん。みどりもそれでいつも泣かされてるんだわ、これが」

「いつ泣かせたってんだ。そもそも出会ってから大して時間も経っていないのに、いつもとか言われてもな」


 わざとらしく腕組みして神妙な顔を作って頷くみどりに、思わず突っ込む真。


「みどりを服従させるためのバトルとかさァ、そりゃあもうひどいもんだったよぉ~。ああいうのって、純姉が真兄に仕込んだの?」

「いや、どういう戦いだったか私知らないし、そもそもみどりちゃんがここに住む事になったいきさつからして、知らないんだけどー」


 みどりに話を振られ、苦笑気味に返す純子。そのやりとりを見た美香は、このみどりという少女は、純子ですら持て余しているかのように見えた。

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