第六章 20

 煉瓦の面々はバスで旧安楽寺院へと向かっていた。

 安楽市内に入っての移動はほとんどがバイクであったが、すでに自分達の存在が雪岡純子や、アルラウネ奪取を目論むライバル達に知られている以上、移動は目立つことなく行った方がいいという判断である。


「とはいっても、お揃いの格好の集団が同時にバスに乗り込んでいるし、これで隠密行動のつもりってのは、笑えない冗談じゃないかと」

 李が茶化す。


「怪しまれたら射撃サークルだとでも答えればよいでしょう。バスで移動しているのならその言い訳も立ちますが、バイクだと怪しまれますし」

「いやいやいや、その理屈が全然わかりません」


 真顔で答える秀蘭に、隣に座る李が吹き出しそうになる。優秀かつ生真面目な上司であるが、たまにズレていることがある。


「出遅れているのに、バスで悠長に移動していていいんスかね」

 そこに口を挟む張。


「別に遅れてもいいよ。むしろ遅れて行った方がいいってね。アルラウネを狙っている者同士でうまいこと潰しあってくれれば儲けモンてね」

 李が張に向かって微笑みながら告げる。


「えー、それだと先に他の奴等に取られちゃう可能性だってあるじゃないですか」


「あのな、先に手に入れた奴が勝ちっていうゲームしてるんじゃねーぞ。邪魔な奴は皆殺しにして、最後にブツを手に入れた者の勝ちっていう、そういうゲームだ。任務失敗は我々の全滅以外にないんだよね。最低でも神谷惣介は確保しないとね」

「なるほど……それなら先行して潰しあっている奴等が多い方が助かる理屈ですね。漁夫の利できれば言うことなし、と」


 李の言葉に納得する張。


「李らしくないことを言っていますね。別に殺るか殺られるかだけの代物になるとは限らないでしょう? 頃合を見て引いても構いませんよ」


 秀蘭が意外そうに言った。李は常日頃から、部隊に犠牲者を出さないことのみに尽力しているがため、こういう台詞を吐く真意がわからない。皮肉を口にしているのだとすれば納得できるが。


「それじゃあお叱りを受けてしまいますね。我々ではなく、行け殺せと命令するだけのお偉いさん達の方がね」


 愛国心や忠誠心といったものを持ち合わせていない李らしい台詞だと、秀蘭は微笑みをこぼす。それどころか彼は、自国に対しても軍の上層部に対しても、侮蔑の念を抱いている。やはり皮肉だったのだろう。


「ま、やばそうならいつも通り引くとしましょうよ。あるいは、オリジナルのアルラウネとは異なるものだと判明した場合かな。何となくそんな気がする。勘だけどね」


 気のない声で言うと、軽く伸びをする李。


「私も雪岡純子の狂言の可能性は考えていました。いや、そうでなくても、確証は全く無いわけですし。可能性だけを元に私達は動いているわけです」

 と、秀蘭。


「動かされている、の間違いでしょう。そんな可能性とやらのために命張っちゃって、すでに二つもの部隊が全滅、と」

「不謹慎ですよ」


 皮肉る李をたしなめる秀蘭。海外の潜伏工作員の命は、鼻紙の如く安く扱われる。


「任務は淡々と行うまでです。たとえどんなに理不尽な指令であろうと。それに、今回はまだましな方でしょう。目的が明確に定まっていて、納得できるのですから」


 最後の言葉は秀蘭なりの皮肉のつもりであった。自分達に命令を下す、兵の命を駒同然に扱っている者に対して。


***


「来たか」


 旧安楽寺院の庭園内にある天蓋付きの水汲み場の前にて、真はその男の姿を確認して呟いた。

 冬だというのに上着がノースリーブの青い明細シャツに、これまた袖無しの黒いチョッキという格好の男。褐色の肌にオールバックにした黒髪。実際にお目にかかるのは初めてだが、ネット上では真も幾度か目にした、裏通りのタブーの一人。


「ここはやたら広いな」


 荒れ放題の庭園の中を歩きながら、バイパーも真の姿を確認して声をかける。垂れてきた髪を指で後ろに流して、真のいる方に近づく。

 真は全くの無警戒であり、銃を抜く気配は見せない。


(油断はできねーが、餓鬼をちぎりたくはねえからよかった)


 接近しても戦意の見受けられない真を見て、バイパーは内心胸を撫で下ろしていた。


「殺人人形か。俺がここに来た目的はわかっているよな?」

「あんたが惣介の父親か?」


 問い返されて、バイパーは顔をしかめる。真がこちらの質問を無視して質問してきたからではない。その口から出た名前に反応して。


「藍から聞いたのか」

「違う。あんたの主から聞いた」

「ぬぅあにぃ?」


 予想外の答えが返ってきて、困惑するバイパー。


「僕は雪岡に協力するつもりはない。むしろ邪魔してやりたいんでね。だから惣介の父親にアルラウネを移植したのが誰なのか、あたりをつけて接触してみた。雪岡の狙いはお前だぞ。あの子はお前を釣るための餌だ」


 聞きながら、バイパーは真の話に嘘の気配が無いかを慎重に探る。話の内容に矛盾や破綻している部分が無いかを。


「お前が雪岡に手出しすれば、雪岡の大義名分が立つ。実験台に出来る。そのために惣介と藍を利用して、お前をおびき寄せ、自分と敵対させようとしている」


 マッドサイエンティスト雪岡純子が、人間を実験台にする条件はバイパーも当然知っている。


「ふーん、何でそんなこと俺に教えてくれるんだ? 雪岡純子の手下のお前がよ」


 これを訊ねるのはまだ早いかとも思ったが、一番の疑問点に触れてみる。


「よく言われる。別にあいつに絶対服従ってわけでもないんでね。気に入らない場合は従わない。まあ信じるも信じないもお前次第だ」

「んで? 俺に協力してくれて、一緒に雪岡をやっつけて、まだ見ぬ俺の息子を取り返してくれるってのか?」


 気に入らない命令に反抗するとしても、主にそこまで牙を剥くこともできまいと踏んだうえで、皮肉げに問うバイパー。


「場合によってはそうするかもな。でもそうならなくても、予め留意しておくとおかないで臨むのでは違うだろうから、一応情報は伝えておいた。あんたの主からすでに聞いているかもとも思ったけれど、その様子じゃ何も聞かされてないらしいな」

「あんにゃろめ」


 真から聞かされた言葉に、バイパーは舌打ちする


「お前さんの事情は知らねーけど、お前さんが俺を力づくで止めるって選択肢だってあるんだぜ?」


 にやにやと笑い、意地悪い口調でそう言ってみる。相手がその気になってほしくはないが、そうはならないだろうと踏んだ。


「力ずくで止めるのは難しそうだし、それ以前にあんたが惣介を助けに行くのを阻むのも躊躇われるよ。このまま行かせて惣介と会わせたいって気持ちもあるし」

「ふーむ……」


 口元に手をあて思案するバイパー。

 やがて笑みをこぼす。目の前の少年が嘘を言っている気配が無いという事と、いい奴のようだと感じ取ったのだ。


「気遣いありがとうよ。で、お前はどうするつもりだ?」

「状況次第で臨機応変にちょっかいかける遊軍みたいに思っていてくれればいい」

「そうかよ。こっちの足は引っ張んなよ」


 冗談めかして言うと、バイパーは真の前から立ち去り、奥へと向かう。


(入り口は沢山あるが、どっから入ったものかねえ)


 ドーム型の屋根を持つ礼拝堂以外にも、敷地内には無数の建物があり、各建物が礼拝堂と繋がっている構造だ。礼拝堂そのものも入り口も正面口だけではなく、横口や裏口があった。敷地面積もそれなりに広く、建物もそれぞれ大きい。


(片っ端から当たるしかないか……怪しいのはあの塔か? それとも一番目立つでかい建物か)


 礼拝の時刻を知らせる役割を備えた高く伸びた尖塔と、ドーム状の屋根の礼拝堂を交互に見やる。しかし塔はかなり細く小さく、滞在して待ち構えるには狭苦しいだろう。礼拝堂の方にいると考えた方がまだスマートだ。


(って、あいつ……)


 豪奢な屋根付きの道沿いに歩きながら、見知った顔を確認する。


「お前……何してんだ」


 庭園内で所在無げにしていた藍に、バイパーは呆れ気味に声をかける。


「私だけ傍観しているわけにもいかないじゃない。私にもできることがあるかもしれないしさ」


 むっとした顔で言い返す藍。


「こんなとこまできやがって……本当にお前って、ろくでもないことしかしないのな。この期に及んでなお」

「まだ何もしてないのにその言い方はおかしいでしょ。あなたが私の立場なら黙って見ているっていうの? できないでしょ? いてもたってもいられないのが普通じゃない」


 噛み付いてくる藍に、バイパーは小さく息を吐く。髪がまた垂れてきたが、後ろになでつけようとしない。


「そうなる原因を作った奴が偉そうなこと言うな」


 と、バイパー。言葉だけ聞くと辛辣であるが、口調はこの男とは思えぬほど優しかったため、藍も気を落ち着ける。


「つーか、中国工作員だのなんだのも介入してきて、ややこしいことになってんだぞ。足手まといにしかならねーだろ。人質に取られて殺されるとか、流れ弾に当たって死ぬとか、お約束悲劇な展開やらかしたら、餓鬼を助けたとしてもバッドエンドになっちまう」

「一応それも考えて、高性能な防弾ベスト買って着込んできたわよ。性能いいのに、あまり人気無い商品なのね」


 服を少しはだけて、服の下の防弾プレートをバイパーに見せる藍。


「銃撃戦はかわすのが基本だ。性能悪くても、動きに影響の出ない薄めの防弾繊維の方が好まれるからな。ま、お前にはそれの方がいいがな。むき出しの頭を撃たれないよう、それだけは用心しとけよ」


 そう忠告してバイパーが歩き出す。その後を同じ歩調で藍はついていく。


「って……お前、俺の後をついてくる気?」


 すぐに立ち止まって振り返り、しかめっ面で訊ねるバイパー。


「安全じゃない? その方が」

「お前にとってはな。俺にとってはお荷物なだけだ」

「じゃあ見捨てる? 私はそれでもいいけど?」


 口元に意地悪い笑みを浮かべて挑発的に言い放つ藍を見て、バイパーは心底忌々しげに舌打ちすると、無言でまた歩を進める。

 そんな二人の一部始終をずっと見ていた者の存在に、藍はもちろんバイパーですら気がついていなかった。


(あの女こそが全ての元凶だ。ボスをおかしくして、俺の仲間を死なせた原因だ)


 庭園内のかなり離れた場所から、藍とバイパーを双眼鏡で観察していた生江健が、声に出さずに呟く。


(今ここで殺すのは簡単だが、それじゃ俺の気が済まねえ。あの女にも俺と同じ想いを味合わせてやる)


 心を憎しみで焦がすことの心地よさに酔いしれ、健は歪んだ笑みを浮かべた。

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