第五章 19
夜――眠らない遊園地、東京ディックランドの第二幕が始まる。
日本のHENTAI文化の頂点と言われる東京ディックランド目当てに、世界各国から訪れる海外のお客様が主流になる時間帯だ。
「結局今日も進展無しだ……」
肩を落とす瞬一。
「そうとも言えまい! 日戯威が何かしていることはわかったし、調べていない場所も残りわずかに限られている! つまりそこに盲霊師が潜んでいるということだ!」
運命操作術を幾つか発動させた状態でもって、美香は東京ディックランドを練り歩いていた。盲霊師が潜伏している場所に近付きさえすれば、必ず察知するはずである。
「今情報屋から報告があったが、日戯威の方は私達の知らないところで盲霊師と接触し、交戦したようだ! 返り討ちにされたようだがな!」
携帯電話のメールを確認して美香が告げる。
「つまりそれってやばいじゃん。盲霊師は潜伏していることバレてここから立ち去ったってことだろ」
「否! 盲霊師は基本的に動きが取れないと純子は見ているらしい! 力霊の状態が不安定故に、ここに結界を築いて霊を封印し、援軍の到着を待っているというのが、純子の予想だ!」
「姉ちゃん、ちょっと声がでかいって……」
しつこく変装しなおして、今度は二人とも金髪のかつらにお揃いサングラスで、カップルを装っているとはいえ、昼間に日戯威とドンパチしているせいで、頻繁にすれ違う彼等の警戒心が半端ではない。
彼等が仕掛ける爆弾の処理も、とても出来たものではなかった。少しでも怪しい素振りを見せたところで、それを見咎められたらまた抗争になる。しかも今度は一気に仲間が集まってきそうな雰囲気だ。
「おい、あいつらか?」
「あぁ、今確かに盲霊師の名を口にしていた」
黒服軍団がそんなことを口にしながら、瞬一と美香の周囲に集まってくる。
「ほら見ろ……」
大きな溜息をついて美香を見る瞬一。
「私のせいか!?」
「そりゃそうだろ、いてててて」
瞬一の瞼をおもいっきりねじりつねあげる美香。その二人の周囲を、十人の黒服が取り囲む。
外国人客達はその光景を見て立ち止まり、何のアトラクションが始まるのかと目を輝かせている。
「おい! ここで銃撃戦をすれば表通りに犠牲が出るぞ! 日戯威はそれでもいいのか!?」
銃撃戦に巻き込んで一般人の命を奪う行為は、裏通りではタブーの一つとされている。それを破る者も下級のチンピラ連中には多いが、そんなことを平然と行う組織とあらば、組織としての信用を失うのは元より、日戯威も中枢から厳しい処罰が下されるであろう。
(肉弾戦にもっていけば、うまいこと突破できるかな)
そう考えた矢先、黒服の何人かが銃を抜き様に撃ってきた。
「おかまいなしか」
呟くなり、瞬一は銃を抜いて応戦する。一般人への誤射はともかく、包囲されている状態であるが故に、敵も同士撃ちしないように撃たねばならないから、乱射はできないらしく、たてつづけには撃ってこない。
(これ、真剣にピンチくさくないか?)
相手の数が多いうえに地の利も奪われてしまっている。焦燥感に駆られ、脂汗が噴き出す瞬一。
美香は瞬一とは別方向の黒服を相手にしていたが、彼等の背後には野次馬が集まっていて反撃のしようがなく、歯噛みしながら回避に徹していた。
(きついな! いちかばちか、上級運命操作術でも使ってみるか!?)
美香が使用できる運命操作術の多くは中級までの代物であり、上級と呼ばれる代物は未だ一度も使ったことが無い。また、使用できるものも二つ程度に限られている。
そのうちの一つなら現在の劣勢を覆すこともできるかもしれない。ただ、効果は絶大だが、引き換えとなる代価も相当なものになると予想できる。
「そこまでだ!」
やにわに勇ましい声がかかり、野次馬も含めその場にいる全員が声の方に視線を向けた。
「何だ、お前は!?」
誰何したのは美香だった。
美香と瞬一、それに黒服達も、その場に現れた人物を見て呆気に取られた。全身焦げ茶色のタイツに身を包み、金属製の茶色の肩パットと、同じ金属とおぼしき顔が全て隠れた、何か鳥を模したヘルメットをかぶった人物。一見して戦隊物のヒーローのような格好の人物が、両手を大きく広げてポーズを取っていた。
「労働拒絶戦士! ファイナルニート! 義により助太刀する!」
全身茶色タイツの男は名乗りあげるなり、左手を黒服達の方へ突き出し、その突き出した左腕をゆっくりと手前へと引いていく。
「う、おっ、おおっ!?」
黒服の一人がファイナルニートの手の動きにあわせて、地面から足を離して宙に浮かび上がり、まるで磁力にでも吸い寄せられるかのように、体勢を崩しながらファイナルニートの方へと引き寄せられていく。
「動かざること……山の如し!」
体勢を大きく崩した格好のまますぐ手前まで引き寄せられた黒服の顔面めがけて、ファイナルニートの右の鉄拳が繰り出される。黒服の頭部が爆ぜるようにして粉々に吹き飛ぶ。夜であるが故に、血飛沫はさほど見えなかった。
「オー! ワンダホー!」
「ブラボー!」
「ハラショー!」
野次馬達は目の前で行われた殺人行為を、東京ディックランド名物のバイオレンスグロアトラクションの一部だと信じて疑わず、子供達も保護者も大喜びで拍手喝采する。
「貴様っ!」
黒服達の何人かが一斉にファイナルニートを撃つ。
「絶対現実回避!」
叫びつつ両手で頭を抱えてしゃがみこむファイナルニート。すると彼の周囲の空間が一瞬歪み、銃弾が空中で固定されたかのような状態で静止した。
ファイナルニートが立ち上がると、空中で静止していた弾丸が地面に落ちた。
その光景を見た黒服達が、あからさまに青ざめてひるみだす。突然現れた、超常の力を有する正義のヒーロー。弾丸も効かない不可思議な力の持ち主。それだけで彼等を恐怖させるには十分すぎた。
「すげえ……こんなことってあるんだな」
一方で瞬一はこの展開に興奮していた。ピンチの所に都合よく助っ人が駆けつけるという、フィクションでのお約束シーンも、現実に起こってみると震えがくるほど感動して胸が高鳴るものだ。
しかも正義のヒーローなどというものが実在して、それが自分達を助けてくれたとなれば尚更である。彼が何者であるかという疑問は差し置いて、こんなことが実際に世の中にあるとは思わなかった。
「あいつ、最高にかっこいいな! 純子のマウスだとわかってはいるが!」
美香も武者震いしながら、興奮した声で叫ぶ。
「何だ……そういうことか」
一方で瞬一は美香の言葉でネタがバレて、ちょっとだけがっかりする。
「何をしている! ここは俺に任せて君達は逃げるんだ!」
瞬一達に向かって、ファイナルニートが叫ぶ。
「応! 恩に着る!」
美香が礼を告げる。
「魂の死角!」
その場にいる全ての人間から認識と記憶を消して、黒服達の間をすり抜ける美香。
「本当便利な力だね、それ」
「運命操作術はお前が思っているほど便利なものではない! 発動させるのにそれなりの条件が必要だ! 魂の死角に限って言えば、己以外に注意を払う対象が必要だからな! それにこれは、よけることや逃げることや隠れることにしか使えん! 不意打ちはできん!」
「知ってるよ……」
昼にも似たような術をやられたばかりだ。コンビを組む相手としては傍迷惑な話だと、瞬一は小さく息を吐いた。
「動かざること……」
ファイナルニートが再び左手を突き出し、ゆっくりと引く。今度は動きにあわせて二人が引き寄せられる。
「山の! 如し!」
宙に浮いて引き寄せられた二人の顔面めがけて二発パンチを繰り出すファイナルニート。黒服二人の顔面が粉々に吹き飛び、再び周囲から拍手と喝采があがった。
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