第二章 1
バナラ共和国の内戦は終局を迎えようとしていた。
内線が勃発した頃は一方的に政府軍が優勢で、ノバム民族解放軍の敗北は誰の目から見ても明らかだった。政府軍は大量のバトルクリーチャーを投入し、BC兵器までも散布して、解放軍を蹂躙し続けていた。
バトルクリーチャーに食い殺され、BC兵器で苦しみもがいて死ぬ、ノバム民族解放軍の兵士及びノバム民族の人達の姿は、戦場ジャーナリストに撮影されて公、バナラの惨状は全世界に公開された。
当然バナラ共和国政府は世界中から非難の的となったが、彼等はおかまいなしにその後も民族弾圧を続けた。
バナラ共和国内において、長年に渡って迫害され続けてきた少数民族であるノバム民族は、振り上げた拳と共に倒れるだけの運命と思いきや、思わぬ救いの手により、奇跡の逆転を果たした。
数ヶ月前、二十一世紀最大の英雄と呼ばれている伝説の革命家に、解放軍が救援を要請したのである。
これまでに数多の国と戦場を渡り歩き、独裁者の圧政に苦しむ国民のクーデター、少数民族の解放活動、小国に対する強国の軍事介入への抗戦、マフィアの掃討などに務めてきた偉大な英雄の参戦により、戦況は劇的にひっくり返った。
「タカヒコ! 政府が終戦声明を出したぞ!」
あちこちで戦火と煙があがるジャングルの中、解放軍の幹部が駆け寄ってきて、白い歯を見せて嬉しそうに叫んだ。幹部と言ってもまだ十代半ばである。解放軍の少年部隊の長を務めている少年だった。
「ああ、たった今、無線で聞いた所だよ。ここでの仕事もおしまいで、哀れ俺達は職無しだな」
アサルトライフルを携え、木にもたれかかって腰を下ろした髭面の日本人兵士、四十万鷹彦(しじまたかひこ)が笑う。
歳は二十代半ばという所だろう。長身で逆三角形という日本火と離れした逞しい体型に、日焼けした野性味溢れる精悍な顔立ちの偉丈夫だ。
「元々金なんて払ってないけど。とにかく――」
少年が何か言おうとした刹那、鷹彦が弾かれたように立ち上がる。
少年の背後に現れたものめがけて、鷹彦がライフルの引き金を引く。
巨大な四足獣が殺意を漲らせ、少年と鷹彦めがけて跳びかかる。
全長五メートルはあろうか。全身緑色で、頭部は兜のようなもので覆われており、口からは太古に滅びたサーベルタイガーのような長大な牙が伸びている。爪も異常な長さで、手にサバイバルナイフが四つついているかのようだ。
もちろんこのような生物が自然界にいるわけがない。バトルクリーチャーと呼ばれる生物兵器だ。
米中大戦が勃発する以前の二十一世紀前半、世界中の戦場にリモートコントロールの無人ロボット兵器が投入されたが、それに変わる存在として、遺伝子工学とバイオテクノロジーによって、低コストで短時間での量産が可能な、殺傷性に優れた生物兵器の開発が進められた。
動物保護や倫理上の問題はあったが、三十年前の米中大戦にて、国際法を無視して大量に投入されて以来、今やすっかり、世界中の紛争地帯で見かけるポピュラーな存在となっている。
極めて低コストなので使い捨てが可能である事と、俊敏さや機動力が売りの生物兵器ではあるが、当たりさえすれば通常火器も十分に通用する。
また、対バトルクリーチャー用に作られた、タンパク質やキチン質を急速分解する溶肉液というものを弾頭に込めれば、拳銃で殺す事さえ可能である。
鷹彦のライフルから発射された銃弾によって、強固にガードされた頭部が穿たれ、さらには溶肉液によって中から頭部の大半を溶解され、鷹彦めがけて跳びかかったバトルクリーチャーの巨体は、鷹彦の真横に不時着し、そのまま横たわって痙攣を始めていた。
「政府軍の奴等はともかく、こいつらはまだ終戦の意味がわかっていないようだぜ。頭悪いからさー」
不敵に笑い、鷹彦は少年の後ろを指す。
少年が振り返ると、両手で数えられない数の様々な種類のバトルクリーチャーが、二人に向けて殺意を迸らせていた。飛び道具を備えたものもいれば、手持ちの武器では殺せそうにないであろう硬い装甲を持つものもいる。
「数としぶとさと機動力でもって押せ押せ戦術が基本のこいつらが、一匹ってわけもねーよな。これ、三百匹はいるか?」
「十三匹だよ。で、タカヒコの国の言葉で何て言うんだっけ? ゼッタイゼツメー? バンジキュース?」
危機感の無い笑顔を見せる鷹彦のせいか、少年もあまり恐怖を覚えず、軽口を叩く余裕すらあった。
「んにゃ。危機一髪の所を正義のヒーローが現れて助けてくれるお約束シーン」
「それはね、言葉ではなく文章でしょ。鷹彦は質問の意味をちゃんと理解して答えないと駄目ですよ。うん」
鷹彦が少年兵士に答えた直後、後ろから聞き慣れた声がかかる。
「何かね、政府は降伏の白旗を上げておいて、各地に放ったバトルクリーチャーは放置しっぱなしみたいですね。こういうのはちょっと迷惑だから、敗軍の方でちゃんと処理していただきたいですねっと。代わってお掃除しちゃいましょっと」
見なくても後ろで超常の力を発動しているのが、鷹彦にはわかった。鷹彦は得体の知れない妖術だの超能力などは一切持ち合わせてないが、長い付き合いのおかげで、相棒がそうした力を発動した場合、気配でわかってしまう。
鷹彦と少年に襲いかからんとしていたバトルクリーチャー全てに、異変が生じた。
その場に倒れて体を小刻みに痙攣させる者、口から泡を吐きながら苦しげにのたうつ者、涙をこぼしながら吠え続ける者など、混乱してその場をぐるぐる回転する者など、異変の種類は様々だが、一匹残らず戦闘力を奪われた状態にある。
「殺すことだけがインプットされているバトルクリーチャーにも、お前のその力が効くってのは、面白いよなー」
「とはいえ、昆虫レベルの知能と精神になっちゃうとねー、流石に通用しないんですけどねえ。まあ哺乳類や鳥類くらいなら問題無く効きますね。うん。社会性の高い爬虫類にも効きそうですよ。ワニとか」
鷹彦の言葉に、眼鏡をかけた小柄な男が答えた。鷹彦と同じく日本人で、少年くささを過分に残した、人懐っこい顔立ちの青年だ。
「ここいらはまだ危ないですからね。とっととね、バイバイしちゃいましょ」
数多の偉業を成し遂げた希代の革命家――天野弓男は、そう言って先に踵を返した。鷹彦と少年も後に続く。
ジャングルを抜け、拠点の一つである村落に帰り、勝利を喜ぶノバム民族解放軍から英雄として熱烈な歓迎を受けた後、弓男は憂い顔で犠牲者達の墓へと向った。
「それにしてもひどいものですねー、これは。うん、ひどい。とってもひどい。本当にひどい」
犠牲者達を追悼しながら、弓男は墓場の隅に一瞥をくれる。
墓場の隅には、未だ埋められずに並べられた無数の死体。それらの死体は全て全身に赤い湿疹が発症しており、自ら掻き毟った引っかき傷だらけになっている。
まとめて焼却される手はずになっているが、次から次に死体が運ばれてくるために、中々焼却されずに野晒しの状態にされている。
政府軍が用いたBC兵器、『レッドトーメンター改』による惨状であった。
それとは異なる『レッドトーメンター』は、性転換ウイルス、吸血鬼ウイルスと並ぶ世界三大人造ウイルスの一つであり、国際社会で認められた暴徒鎮圧用BC兵器でもある。
感染すると全身に赤い湿疹が浮かび上がり、それらが生み出す痒さはまともな行動を一切できなくさせるものの、命に別状は無く、半日で回復する。後遺症も残らない。
免疫が出来にくいために何度でも感染してしまうし、何より空気感染する。相手を殺さずに無力化するためには便利な代物だ。
だが日本の裏通りのある武器製造密売組織が、このレッドトーメンターを改造し、致死レベルにまで引き上げて、レッドトーメンター改としてバナラ政府に販売しだしたのである。
ノバム民族解放軍から弓男への救援要請が入り、弓男がバナラに到着した時にはすでにひどい有様で、生物兵器による無差別大虐殺が行われている真っ最中であった。
「どいつもこいつも超もがき苦しみながら死んでいったな。バナラ政府の糞共も、こいつで五百回ぐらい殺してやりてえところだぜ」
弓男の隣で煙草に火をつけ、渋面で吐き捨てる鷹彦。
「バナラ政府にバトルクリーチャーを売り渡していたのも、ウイルスを売り渡していたのも、同じ組織でしたよねえ? 日本の――」
「ああ、『破竹の憩い』とかいう中堅武器密造密売組織だ。ていうか日本、超懐かしいよな。もう十五年ぐらい帰ってねーし。裏通りの馬鹿共は相変わらずなんかねえ」
「私達が日本を出たのは五年前ですよ。よっしゃ。次のお仕事、決定しましたよー。今決めちゃいました」
童顔に不敵な笑みを浮かべる弓男。
「その破竹の憩いとかいう組織を潰しちゃいましょう。ぐちゃっとね」
「そうくると思った」
鷹彦もにやりと笑い、大きく紫煙を吐いた。
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