第一章 11

 銃声と共に、弾かれた様に三体の生物兵器は同時に動く。

 甲虫もどきと針大蛇は一直線に四人へと向かい、六本腕の猿だけが大きく弧を描き、周りこむような動きで接近する。


 針大蛇に向けられていた真の銃口が、やにわに二挺とも甲虫もどきへと向けられ、右、左と微妙にテンポをずらしながら、計四発発砲された。

 厚そうな甲殻はとても拳銃の銃弾など通りそうにないように見えたが、甲虫もどきは左の前脚と中脚を折られて動きを止めた。

 脚の関節部分から体液が滲んでいる。さらに右側の頭部と胸部を繋ぐ関節部分からも体液があふれ出ている。


 戦場で用いられる対バトルクリーチャー用の弾丸の弾頭には、微量で数倍の体積のタンパク質を分解させる溶肉液というものが仕込まれており、真が撃った弾も、そして晃が持つ銃の弾にも仕込まれてあったが、晃は知らなかった。


 晃はコンセントを服用して集中力が研ぎ澄まされていたが故に、真が瞬間的に甲虫もどきの関節を狙って撃ったのがはっきりとわかった。たとえ薬の力を借りようと、自分に同じことができるとは思えない。


 針大蛇が真の前へと迫る。晃が大蛇に向かって銃を撃つ。何発か当たったが、あまり効いているようには思えず、晃の顔に焦燥が滲む。


(実際は、衝撃でそこそこひるんでいるんだがな。でも当てる場所が悪い。いくら溶肉液が仕込まれていても、弾が弾かれているのでは、効果も薄い)


 冷静に観察する真。真の左手から銃がいつの間にか無くなり、銃は右手だけに持たれている。


 大蛇が己の攻撃範囲まで真に迫り、体から生えている針を一斉に伸ばした。4~5メートばかり伸びた針が、真の体を串刺しにしたかのように見えたが、真は軽やかな動きで右前方斜めへと移動し、攻撃をかわしていた。


 針大蛇が身をくねらせ、さらに真に攻撃をしかけようとした瞬間、真が左手を一気に引く。

 蛇の上顎から上が、見えない刃で斬られたかの如く綺麗に切断されて地面へと落ち、ワンテンポおいて、下顎だけになった胴体も崩れ落ちる。


「針だらけだから、ひっかけやすかった」


 左手の袖の下から伸ばした鋼線を巻き戻しながら呟く真。大蛇の攻撃をかわした際に、ユキオカブランド製の超音波振動鋼線を巻きつけ、大蛇の動きにあわせて一気に引いたのだ。


「すげえ……。つーか、一人で複数の敵相手に無双は有り得ないって言ってたじゃんか。なのにあんな化け物二匹、瞬く間に倒しちゃうとか……」


 身を震わせながら、晃が興奮した声を漏らす。


「普通は有り得ないぞ。単に僕がごくごく稀にいる特別な強者なだけだからな」

 無表情のままきっぱり言い放つ真。


「過信は禁物だよー。ちょっと……真君さあ……時間稼ぎしてって言ったのに、何で二匹も殺しちゃうのー?」

 抗議の声をあげる純子。


「はいぃ?」


 純子の声に反応して振り返った晃が、十夜の姿を見て頓狂な声をあげた。

 それまで制服姿だった十夜が、なんとも珍妙な格好になっていた。全身緑色のタイツに身を包み、金属質な緑色の肩当てと胸当てをつけ、さらに鞄の中から手甲を取り出し、装着している所だった。


「着替え終わったよ……」


 最後に鳥を模した緑色の仮面をつけて、十夜は気まずそうに告げた。仮面の目の周りだけは白くなっている。


「じゃあ決め台詞とポーズよろしく~」

「緑鳥戦士、メジロエメラルダー! 参上!」


 純子に促され、適当に両手を上げてやけくそ気味に叫ぶ十夜。腕は微妙に内側へと曲がっているし、指も何かを掴もうとするかのように曲げられていている。おまけに足も内股気味に中途半端に折り曲げられていた。


「いや……好きなポーズ決めていいとは言ったけれどね、いくらなんでもそのポーズは無いと思うんだけど……」

「ナニコレ?」


 両手を上げたままの十夜を見て、それぞれ別の意味で引く純子と晃。


(何でわざわざポーズするよう指示されて、俺が必死に考えたポーズの内容までケチつけられるんだよ)


 一方、十夜は十夜で釈然としなかった。


「ヒーロー系マウスって奴だ。雪岡のマウスの定番パターンの一つだよ。雪岡の趣味全開だけどな」

 真が晃に解説する。


「すごくしまらないよ。てかさー、わざわざ現地で着替えとか間抜けてない……?」

 呆れきった口調で突っ込む晃。


「んー、確かに現地でいそいそ着替えるのもちょっと変な話だけど、タイツはともかく、このかさばるパーツやヘルメットつけたまま人前を歩くのも、いろんな意味でしんどいだろうし。現地で着――」


 純子が真面目に弁解している最中に、様子を伺うように大回りに動いていた六本腕猿が、直前まで迫って飛びかかってきた。狙いは晃だ。


 十夜の変貌に気を取られていた晃は慌てて転がりまわって、猿の跳躍からの攻撃を避ける。二本の鉈が晃の脚をかすめ、制服のズボンを切り裂いたが、体には届いていない。


「ほら十夜君、行ってー」


 純子にさらに促され、十夜はポーズを解き、弾かれたような動きで猿めがけて突っ込んだ。十夜のその常人離れした速度を目の当たりにして、晃は目を剥く。


「メジロ地獄突き!」


 純子の予めの言いつけに従い、ちゃんと技の名前を叫びながら、十夜は猿の喉元めがけて手刀を繰り出す。

 猿は二本の鉈を振るい、さらにナイフをも同時に突き出して十夜を迎撃しようとしたが、先に十夜の手刀が猿の喉を貫いていた。鉈は虚空を振るい、ナイフは十夜の胸当てによってはじかれる。


 手刀が喉より引き抜かれ、猿の喉より赤黒い血が一気に噴き出す。致命傷と思われたが、猿は一瞬ひるんだだけで、咆哮をあげながら四本の武器を二本ずつ交互に振るう。

 十夜は全く恐怖を覚えることなく、落ち着いてそれらの動きを見てかわす。純子曰く、十夜の装着しているスーツには、戦闘中に精神高揚作用が発生し、コンセント同様に集中力と反射神経を高めるとのことであるとの事だが、正に今それが働いていることを十夜は実感する。

 鉈を勢いよく振り下ろしたはずみで、前のめりになって後頭部と背中まで晒す猿。その上体を十夜は素早く上から抱え込み、そのまま己の頭上へと猿の体を大きく抱え上げる。

 猿は逆さまに抱え上げられた状態になってパニックを起こしたが、暴れる間もなく、十夜が次の攻撃へと移っていた。


「メジロボム!」


 叫ぶなり、勢いをつけて猿の頭頂部を地面へ叩きつける。

 喉から余計に血がしぶき、頭部の全方向についた全ての目が外へと飛び出る。頭蓋骨が割れる確かな感触が、抱えた体越しに十夜に伝わってきた。


「うん、上出来。いや、十夜君の出来は上出来だけど……」


 血の海の中で痙攣する猿の凄絶な死に様を見て、満足そうに微笑む純子。が、その直後、アンニュイな表情に変わる。


「イベント的につまらないなー。向こうにも本腰入れてやる気出してもらおうと、わざわざ出向いて挑発しておいたのに、この程度なのかなあ」

「いっそホルマリン漬け大統領の演出係も、お前が務めればいいんじゃないか?」


 不満を口にする純子に、真が言った。


「いや、それじゃ自作自演になっちゃうし、私からすると意外性無くて楽しめないよー」

「皮肉くらい理解しような?」


 純子と真が言葉を交わしている最中、建物の中から一人の女性が現れた。


 胸元に大きく切れ込みが入った黒いスーツと、肌の上で輝く蛇が絡まった十字架のペンダント、黒いタイトスカートという出で立ちの長身長髪の美女が、ゆっくりと四人の方へと歩いてくる。


(射撃場で会った人だ)

 十夜はその人物の事を覚えていた。


「おやおや、凛ちゃん、久しぶりー。たった二年ですっかり大人になっちゃってまあ」


 黒ずくめの女性――岸部凛に純子が声をかけたが、凛は純子よりも十夜と晃の方に、交互に目をやっていた。


 凛がおもむろに手を己の顔の前にかざし、何かを握る仕草をする。


「えっ?」


 被っていた仮面がはがされたことに驚く十夜。


「ふーん。やっぱりあの時のあの子か」


 素顔が露わになった十夜を見て、凛が呟く。その手には十夜が被っていた仮面があった。


「離れろ。ここは奴の手が届く場所だ」


 真が十夜のスーツの首根っこの部分を掴み、無理矢理後ろへと引っ張る。凛の手にある仮面を見て、真の言葉の意味が十夜にも何となく理解できた。

 十夜には見えなかったが、真と晃ははっきりと見ていた。十夜の顔の横から、手首から先の手だけが空中に現れ、十夜の仮面を取って引っこむようにして消えたのが。


 凛が仮面を放り投げる。すると先ほど十夜がいた空間に仮面が現れ、地面に落ちた。そのまま凛は何やら思案するかのように、十夜と晃を交互にじっと見つめている。

 その後、凛の視線が真の方へと向いた。視線には敵意のようなものが混じっていたが、殺気はまるで感じられない。


「何であの女は仕掛けてこないんだ?」

「うん、戦意がまるで無いし。何か事情でもあるのかなあ?」


 動こうとしない凛を訝る真と純子。


 やがて凛は踵を返し、建物の中へと戻っていってしまい、真以外の三人は狐につままれたような顔になる。


「今の人、一体何だったの?」

 晃が呟いた直後――


「げほっ!」


 十夜が血を吐いて蹲る。


「おい、十夜! どうしたんだよ!」


 晃が顔色を変えて十夜を覗き込む。十夜は一瞬虚ろな目で晃を見たが、そのまま白目を剥いて地面に倒れた。


「十夜! 十夜っ!」

「こらこら、そういう時に体を揺すっちゃだめだよー」


 十夜の体を揺さぶる晃を純子が制する。


「どういうことだ?」

 その純子に非難の視線を向けて、真が静かに問う。


「んー、ちょっと調整失敗したかなあ。体への負担が大きいのかも。まあ向こうもどういう事情か知らないけれど引き上げてくれたし、こっちも退却しよう」


 純子が十夜の体を抱き上げて、外へと向かって歩き出した。真と晃もそれに従うような形で後に続いた。

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