第一章 エピローグ

 大組織ホルマリン漬け大統領の大幹部の一人マイク・レナードが、裏通りの生ける伝説の一人として名高いマッドサイエンティスト雪岡純子によって殺害される――

 これだけでも裏通りにおいて注目を浴びる話題としては十分であるが、加えて雪岡純子が雲塚晃という少年を有望なルーキーとして売り出そうと画策し、レナードの死体の中に入って、晃とレナードが戦って負けるように見せ、その様子をネット上に生放送配信。

 だがカメラが回っている途中にも関わらず、純子がレナードの死体の中から出てきてしまうというハプニングは、話題性に拍車をかけ、珍事としてたちまち裏通り中に知れ渡るに至った。


 最初は嘲笑されるところからスタートしていったものの、動画の閲覧数が増えるに従って、次第に異なる反応が出始めた。


『でもさ、あの雪岡がわざわざ売名に加担して推しているということは、かなりの強者なのではないか?』

『言えてる。結構期待できるルーキーなのかも』

『ステマくせえ書き込みが増えてきたな』

『実力がいくらあっても、名声に繋がるわけではない。売り出すための宣伝は何かしら必要だよ。この世界では特にな』

『裏通りで名の知れた奴には、雪岡純子の人体実験を受けた奴も多いし、それだけでもネームバリューにはなっている。力の保障はされている。異なる意味でのユキオカブランドというわけだ』

『このギャグとしか思えない顛末の宣伝失敗動画は、注目を浴びるための手法とも考えられます。いかにも雪岡のやりそうなことです』

『なるほど。わざと炎上させるように仕向けたのか。全部計算したうえで』

『いや、どう考えてもただの失敗だろ、ありゃ。おめーら深読みしすぎだ』

『どちらにせよ注目を浴びるという事だけは成功しただろ。一躍裏社会の有名人だ。依頼したいかどうかはさておき』

『雪岡純子が尻持ちしているようなもんだから、それだけで信用できるぞ。今度試しにうちで雇ってみるわ』


「うちで雇ってみるわ……と」


 裏通りの住人のみが閲覧できる掲示板に書き込まれた、件の話題の投稿の数々に目を通しながら、純子自身もその掲示板に書き込みをしていた。


「ふー……いちいちID変えながら複数の書き込み装うって、何度やっても、心底虚しい作業だと思う」

「やっぱり肯定的な意見はお前の仕業か」


 昼食の最中にも、左手でラーメンを口に運び、右手で空中に投射されたキーをうって書き込みを続ける純子に、テーブルの向かいに座った真がいつもの淡々とした口調で言う。

 真も純子同様にラーメンを食べていた。隣には金髪翠眼に甚平姿の美少年、雫野累もいる。


「全部が私ってわけじゃあないよー。私が書いてるのはせいぜい三分の一くらいかな。てか、真君も責任感じてるならちょっとは手伝ってよー」

「三分の一の時点で十分多い。いや、多すぎだろ。あとな、僕はお前みたいな卑劣ゲノムを持つ生物じゃないから、そういうのはお前以上に向いてないし、やりたくない」

「何その卑劣ゲノムって……」

「奴等へのフォローも、もうそのくらいでもいいだろ。余計なお土産までくれてやったんだし」


 言葉途中にラーメンの汁を飲み干す真。


「あとはあいつら次第だ。甘やかしすぎはよくない。お前だって過保護は駄目だと言ってたくせに、何でそこまで過剰に後押ししているんだ」

「まあ、今回はちょっと引け目もあったしねえ……。ていうかね、真君。自分の弟分みたいなのが出来て、満更でもない感じだったし、手貸せる時は遠慮せず手貸しまくってあげればいいじゃない」


 純子の言葉に真は何も答えなかった。本心を見透かされたことへの気恥ずかしさもあったが、真自身も、目の前の少女に散々手助けされて今の自分がある事を思い起こしていた。


***


 一ヶ月後――安楽市にある工業地帯の一角。


 使われなくなった倉庫が立ち並ぶ場所にて、ひっきりなしに乾いた銃声がこだまする。


「ちょっと今回はきついかなあ。あははは」


 建物の陰に身を隠して、場にそぐわない明るい笑みを見せる晃。

 違法ドラッグの取引の邪魔をする仕事だったが、取引していた組織の双方が結託して敵にまわり、数に押されて危険な状況となってしまっている。


「情報が洩れていたんじゃないか? そもそも依頼者からして組織の一員だし、取引を台無しにすることで上役の失墜を狙っていたわけだからさ」

 隣にいる十夜が厳しい表情で言う。背には長い鞄を背負っている。


「情報洩らすって、誰が何のために?」

「依頼者の側近が実は上役側に通じていたとか、いろいろ考えられるよ。だとすると俺らはピエロじゃん」

「だからそんな汚れ仕事に加担はよそうって、僕が言ったのに」

「少しでも金と名声稼ぎたいからって、結局折れたのは晃だろ。つーか汚れ仕事以外にどんな仕事があるってのさ」

「いや、汚れ仕事のニュアンスが違うからさ」


 言い合いをしているうちに、敵が多数接近してくる気配を感じとり、十夜は背負った鞄を意識した。


「凛さん、またお願い」

『やれやれ、結局私頼みなのね。貴方達見ているとヒヤヒヤしっぱなしだし、最初から使ってもいいけれど』


 エコーがかかったような響きの女性の声が鞄の中から響く。


 やがて十夜達を追い詰めている男達が現れる。成人している者もいれば、十夜らと同年齢か少し上程度の未成年の者もいる。全員手には銃が握られている。その数、十五人。

 人一人がくぐれるサイズで空間の門が開かれる。

 平面状に現れた門の先には、敵がやってきた方向から十夜と晃が隠れている建物が見え、さらにはこちらに駆けてくる敵の背が映し出される。


 晃がにやりと笑い、空間の門の向こう側にいる男達の背に向かって銃を乱射する。

 背後からの奇襲を受けて、たちまち数人が倒れる。彼等が振り返った時には、すでに空間の門は閉じられている。


「後ろにもいるぞ!」

「いつの間に挟まれたんだ! 何人かあっちに向かえ!」


 敵が背後にいると錯覚した男達が分散する。


『サービスでもういっちょいくか』


 機械的な声が再び響いたが、今度は男性のものであった。二人の前に開いた空間の門は、今度は男達の上空だった。そこにさらに銃撃を浴びせる晃。


「屋根の上からも狙われてるぞ!」

「糞! 罠にかかったか! あちこちにいやがる!」


 混乱し、倉庫の屋根に向かって銃を撃つ男達を見て、晃はほくそ笑む。


「だいぶ数減らせたみたいだし、十夜行って」

「はいはい」


 晃の指示に従い、十夜は建物の陰から躍り出て男達めがけて突っ込む。


 十夜の背後からは晃が銃撃でサポートする。十夜への銃撃もいくつかあったが、危うげながらも回避し、そのまま男達の間近にまで迫る。

 徒手空拳の十夜の手刀や蹴りを受け、崩れ落ちる男達。晃の銃が残りを始末した。


「あとは分散した奴等をやればいいね」


 銃弾をリロードしつつ、晃が倉庫の陰から出てくる。


「取引の邪魔するだけでいいと思ったら、まさか掃討戦になるとは。てか、便利だけど、これ持ち歩くのは神経使うよ」

 背負った鞄を親指で指す十夜。


『助けてあげてるのにその言い草は無いでしょう。おまけにこれ扱いとか……』


 声と共に、十夜と晃の前に等身大のホログラフィーが現れる。

 黒ずくめの格好に蛇が絡まった十字架のペンダントまで再現した、岸部凛だ。未だ脳と目と脊髄だけの状態ではあるが、凛と町田博次の二人分の声を出す機能と、凛に限って映像化できる装置を取り付けられた。


『早く体が欲しいわ。元に戻ったら、あなた達を強制的に弟子にして、みっちりと鍛えてあげるから』


 映像の中で凛が両手を腰に当て、十夜と晃を睨む。


『ふっ、裏通りに堕ちたばかりの頃の危なっかしい君を見て、私も体が欲しいと何度も思ったものだよ』

『歴史は繰り返すってことね。あの時の町田さんの気持ちがわかっちゃった』


 音声だけ発する町田に、ため息をついてから、いつもと役割が逆だと思う凛。


「てか、それだったら相沢先輩に教授してもらうから、別にいいんだけどなー」

 こっそり呟く晃。


『それよりもね、純子は中々私の体の再生やってくれないんだけど。いつになったら元に戻れ

るって話よ』

「最近どっかの組織とやりあって、実験台を大量にゲットできたから、そっちで遊ぶ方に夢中らしいよ」


 凛の呟きに十夜が答える。いざという時に便利とはいえ、仕事の度に脳だけの凛を背負って歩くのは面倒なので、十夜としても早く元に戻して欲しい所である。


「便利だからそのまま脳のままで、僕らの役に立っていてくれないかなあ」

『そういうこと言うと、もう助けるのやめるよ』


 冗談めかして言う晃に、凛は微笑んでそう答え、映像を消す。


「さて、大分敵の数も減らしたし、残りも片付けちゃおう」


 地面に転がる無数の死体を一瞥し、嬉々とした表情で晃が銃を構える。


 ふと十夜は考える。ほんの一ヶ月前の自分からすれば、今目に映っている光景は、異常そのものとして映るだろうなと。だがもう今の自分にはこれが、当たり前の日常になってしまっている。

 おかしな世界に堕ちてしまった事に、後悔はしていない。未練も無い。一度迷って、晃と別れて普通の生活に戻る決意をした事も、今となっては何だったのだろうと、思い起こす度に苦笑気味になる。

 たとえ目の前に転がる死体と同じ運命を辿ることになろうとも、十夜はこの世界に居続ける。晃と共に、これからも楽しい時間を過ごすために。


第一章 裏通りで遊ぼう 終

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