第一章 25

 突然の大爆発により、辺りはしばらくの間、粉塵に包まれていた。

 粉塵が収まった後の瓦礫に包まれた周囲の風景を見て、十夜と晃は、建物ごと爆破された事を知る。爆発の際に音は一切無かったので、最初は何が起こったのかわからなかった。


「あれ? 何これ」


 崩れた柱に触ろうとして、晃の手がすり抜ける。


「ここは亜空間のトンネルだ。通常空間の景色は見えても、触れることはできない。次元が一つずれた場所だ。こいつに妖術を使わせて避難した」


 真が鞄のチャックを開けて中の物を見せる。


「何それ?」


 それを見て晃が顔をしかめ、十夜は絶句する。真が鞄の中から取り出した容器の中は液体で満たされ、台座から伸びる無数のコードが取り付けられた、脳と目と脊髄が浮かんでいた。


「岸辺凛だ。心肺停止していたが、十夜にうったのと同じ薬を投与して奇跡的に脳だけは助かったから、この有様だが蘇生できた。空間操作術も扱える。まだ喋る機能まではつけてないが、一応こっちの言葉は聞こえている」

「つまりー、建物ごと爆破して俺等を一網打尽にしようとする手も、純子は予め見抜いていたって事だね」

「僕も見抜いていたし、そもそもこの対処法も僕の思いつきなんだがな」


 十夜が感心したように唸るのに対して、真が心なしか不服げな物言いをする。


「てかさ、純子は何してるの?」

「あの道化が逃げるのを止めているんだろう」


 晃の問いに、真が答えた。


「煙も収まってきたし、とりあえず元の空間に戻るぞ。崩れてくる天井や柱には注意しろ」

「それならその脳みその力で、外にワープとかできないの?」

「無理だな。こいつの術は、亜空間の通路を作って空間移動する代物で、自由自在にワープできるわけじゃない。おまけに出入口を作れる場所は限定されてしまうし、視界内に限る。建物が崩れた後に扉が埋まってしまわないように、出口は出来るだけ上空に作ってもらったが、うまくいったみたいだ」

「なるほどー。相沢先輩よく考えているねー。見習わないと」


 真と晃で喋りあいながら、三人は坂になっている亜空間の道を上へと進んでいく。通常空間の景色も全て視界に映るので、自分達が倒壊した建物の瓦礫の間をすり抜けて移動しているように見える。

 やがて瓦礫の上に出た所で、亜空間の出口を抜け、通常空間に戻った。


「懐かしいなー、こういう所歩くの。小学生の時に廃墟とか探検したのを思い出すぜー」


 瓦礫の上を歩きながら、晃が笑顔で言った。十夜も同じ想いだったが、足場が不安定すぎて怖くもある。瓦礫の下に空洞が出来ていたり瓦礫がモロイ部分を踏んだりしたら、足場が崩れて落下する事態も考えられる。


「さっきの話に戻るけど、あのピエロのお面の奴を倒して宣伝てのも、ちょっと難しそうじゃない? フォローするってどんな風にフォローするの?」


 建物の瓦礫の上を歩いて外へと向かいながら、十夜が真に訊ねた。


「どんな方法で手助けするかはっきりと聞いてはいないが、こいつの術を用いれば、わからないようにフォローするくらいできると思うがな」


 凛の脳が浮かぶ筒を軽く叩く真。それを聞いて十夜は、何となくわかったような気がした。


「てか、この脳みそってあの綺麗なおねーさんでしょ? 僕達の敵だったのによく協力してくれるね?」

 不思議そうに訊ねる晃。


「そりゃ生殺与奪の権は雪岡が握っているし、こいつは協力せざるをえないだろ。元の体を作り直すという飴もちらつかせられれば、余計にな」

 と、真。


「なるほどー、そういうことか。本当、純子ってえげつないねー」

 それを聞いて晃も納得した。


 崩壊した建物の瓦礫の上から降りて、そのまま門をくぐって敷地の外へ出た所で、三人の前にて、戦いのクライマックスのシーンが展開された。


 道化の仮面を被った黒人と、白衣を纏った少女の体が重なったかと思うと、黒人の方の体が弛緩し、口と胸から血をしたたらせて、だらりと頭と手を垂れる場面。

 純子の右手がレナードの胸の中央――心臓の部分を貫いていた。


「すごい……あの強いピエロマスクをあんなにあっさり倒すなんて……」

「あのなあ、お前が殺してどうするんだよ……」


 驚愕して唸る十夜と、呆れて突っ込む真。


「んー、何か不味かったの? あ、仮面の下の顔見ておこっかな? それとも見ないでおくのが武士の情けかなあ?」

「そいつを晃に倒させて、宣伝にする予定だったんじゃないのか?」

「うん、でもまともにレナードさんと戦っても勝ち目がないから、フォローするって言ったでしょー? 私にいい考えがあるよー」


 真に向かって言うと、純子はレナードの胸から手を引き抜いた。血が噴水のようにほとばしり、純子の体に降りかかる。顔面もあますところなく返り血まみれの凄絶な有様で、しかしいつものあの屈託の無い微笑みを浮かべているのを見て、十夜は妙に興奮してしまう。

 だがその直後、自分におかしな性癖でもあるのかと疑い、十夜は慌てて純子の顔から視線を逸らした。


 純子はレナードの骸をうつ伏せに寝かすと、その背から腰にかけて手刀で切れ目を入れる。人間の体が障子紙でもあるかのように、純子の手は容易くレナードの体を切り裂いていた。

 そのうえ純子が切れ目の中に両手を入れ、中をかきまぜ始めるのを見て、十夜と晃は顔をしかめた。一体何をしているのか、何をしようとしているのかわからないが、スプラッタ極まりない光景だ。


「おっし、胴体部分は完了っと」


 満足そうな顔で呟くと、純子は手足や頭部も、同じように切れ目を入れて、中に手を入れてかき混ぜていく。

 その後、純子はレナードの体を起こすと、まるで着ぐるみの中に入るかのように、背中の切れ目からレナードの骸の中へと入っていった。


「どうですかー、お客さーん、これで私はどう見てもレナードさんだよー。で、晃君、私と戦ってね。で、私がわざと負けるから、その戦っている様子を撮影して配信すれば、ホルマリン漬け大統領の幹部を倒したってことで、晃君の評価うなぎのぼりって寸法ね。どーですかー、お客さーん? ナイスアイディアでしょー? で、真君はカメラ回して撮影してねー」


 着ぐるみよろしくレナードの骸の中に完全に入り込んだ純子が指示を出し、ぶんぶんと威勢よく手を振って見せる。


「いいのかねえ、そんなんで……」

「すげえっ、純子ってひょっとして天才なんじゃね?」


 十夜が呆れる一方で、晃は素直に感心して目を輝かせている。真は無言でカメラを構える。


「やあやあ、我こそはホルマリン漬け大統領大幹部、マイク・レナード也~。あ、どこからでもかかってまいれー」


 歌舞伎のように芝居がかった口調で名乗りをあげ、おまけにわざわざ大見得を切る純子入りレナード。声も純子のものではなく、ちゃんとレナードの声になっている。


「うぉのれぇ、猪口才な~。雲塚晃ァ、いざ! いざまいるぅー」


 晃もそれを受けて悪ノリし、見得こそ切らなかったが、純子と同じく芝居がかった宣言をして、銃口をレナードの死体に向ける。どこかからか三味線や笛の音が聞こえてくるような錯覚を覚える十夜。


「うおおおー、や~られーたー」


 晃はまだ何もしていないのに、レナードが左手を胸にあて、右手を高く上げてわなわなと震わせ、大袈裟に苦悶してみせながら崩れ落ちる。


「こんなの流しても逆効果じゃないかな……」

 呆れ顔のまま呟く十夜。


(まあ、こんな猿芝居でも、何も知らない視聴者からしたら、案外気づかないもんだ。まさか中に雪岡が入って動かしているなんて想像しないだろうし)


 カメラを構えたまま、真がそう思った矢先、


「どう? いい絵撮れたー?」


 レナードの死体を中から破るようにして現れた血まみれの純子が、カメラを構えた真の方に笑顔を向ける。


「まだカメラまわってるぞ。リアルタイムで配信している最中だ」


 全身血と臓物にまみれた壮絶な姿でにっこりと笑う純子に、カメラのレンズを合わせたまま告げる真。それを聞いて、純子と晃の表情が劇的なまでに同時に凍りついた。


「えー……駄目じゃーん……。せっかくの晃君売り出し計画がおじゃんだよー?」

「ま、マジでぇーっ!? つまり宣伝工作やってたのも、裏通り中に知られちゃったってことじゃんよ……」


 純子が額を押え、晃は愕然として肩を落とす。


「早く出てきすぎなんだよ。つーか、止める合図くらい最初に決めておけ」

 カメラを切って文句を言う真。


「んー……つまり私の責任かー、晃君、すまんこ」


 晃に向かって両手を合わせる純子だが、晃は魂の抜けたような顔のまま、無反応。


「んー……ていうか、よく考えたらこれ、生放送でなくてもよかったよね。映像も後から編集すればいいしさあ」

 純子が難しい顔になって唸る。


「ここにいる全員それに気づかないってのも、とんでもなく間抜けな話だな」

 ため息まじりに真。


「えっと、これってつまり……晃が裏通りでやっていくには、絶望的ってことじゃない?」


 虚空を見上げて呆けている晃と、渋面の純子を交互に見やり、十夜が恐る恐る言った。


「ああ、その通りだよ。インチキ工作して売り込もうした奴ってことで、評価が最悪になるのは目に見えているし、そんな奴を誰が雇いたい? この世界は信用が何より重要だってのに。まあ、僕もすぐにカメラ止めなかったのが悪かった。ごめんじゃすまないことだが、ごめん」


 真が十夜に答えてから、晃の方に向き直り、深々と頭を下げた。


「いやあ……謝らないでよ、先輩。きっとズルしようとしたバチが当たったんだよ。マイナスからの出発になっちゃった感があるけれど、それでも僕は諦めないよ。あは……あはは……」


 力なく笑う晃が、十夜の目に痛ましく映る。

 今までの努力が、ほんのわずかなミスで全て台無しになってしまった事への落胆が、十夜には痛いほど伝わってきた。しかも自分のポカではなく、援助してくれた純子や真によるものなので、失態を悔やむことも怒ることもできずで、やり切れない気持ちに捉われていた。


(俺が支えになってやらないと)


 あからさまにしょげている晃を見て、十夜は表情を引き締める。


「晃っ!」


 力強い声で名を呼ばれ、晃は顔を上げて十夜を見る。決意のまなざしが、晃を見据えていた。


「俺がついてる」


 端的で、不器用極まりないフォロー。他に気の利いた言葉は思いつかないし、他に出来る事も無い。側にいて、もしも力が必要なら力を貸す、それが出来る全てだ。


「あはは、そんなセリフ、十夜のキャラには似合わないね」

「うるさいな、言ってて自分でもわかってるし、恥ずかしいんだからな」


 嬉しそうに、そして照れくさそうに微笑む晃に、十夜もつられて微笑んだ。

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