008

 テキサス州エル・パソの中心部にある銀行。夜間も周囲を武装したガードマンが巡回しており、万全のセキュリティーに守られている。

 その近くにある酒場前で、キンスキーが夜風に当たっている。あたかも酔いを醒ましているかのように振る舞っているが、銀行の様子をうかがっているのがバレバレだ。強盗の下見を兼ねているのだろう。

 そしてその姿を、200ヤードほど離れたアパートの4階から、ライフルのスコープ越しに、ローラがチョコレートを食べながら見張っている。夜中だが街灯や建物の灯りのおかげで、視界はすこぶる良好。赤外線スコープなしでも問題なく狙撃可能だ。

 使用するのは愛用のウィンチェスターM70ボルトアクションライフル、.458ウィンチェスター・マグナム弾――完全被甲弾フルメタルジャケット。窓際にベッドを移動して高さを調節し、伏射姿勢で構えている。この距離なら銃弾の落下度合エレヴェーションを調整する必要はない。風の影響ウィンデージのほうはもともと気にしない主義だ。風は絶えず変わるものだから。引き金の重さは2ポンドに設定してあり、驚くほど軽く引ける。それが命の重さだとでもいうように。軽い、あまりにも軽い。

 右目でスコープを覗き込む一方、左目のまぶたも開けたまま、周囲の状況を注意深く観察する。キンスキーの近くに手下の姿は見えないが、おそらく酒場のなかにいるはずだ。銀行強盗を円滑にこなすには、キンスキーを含めて頭数が最低3人は必要だろう。取り分を欲張らなければ、それ以上の人数がいる可能性もありえなくはない。どれだけ仲間がいたところで、キンスキーを狙撃すること自体に支障はないが、あとで死体を回収することを考えると邪魔だ。皆殺しにする必要がある。ひょっとしたら、ほかに賞金首がいるかもしれないし――事前に得た情報では最低でも2人――どちらにせよ、皆殺しにすることは同じなのだが。

 ――と、左の視界に不審な男を発見した。向かいの雑居ビルの窓。いったんキンスキーから狙いを外し、スコープでそちらを見てみる。すると、相手も双眼鏡でこちらを覗いていた。お互いの目が合う。

 あるいはキンスキーの仲間かと思ったが、たぶん違うだろう。もしヤツの一味なら、ローラを見つけた時点でこちらを始末しようとするなり、キンスキーに知らせるなりするはず。だが、今のところそのような動きは見られない。

 その男はまず自分自身を指さして、次にローラのほうを指さした。――まさかこちらへ来るということか? ローラがジェスチャーで訊き返すと、金髪の男――フランク・モリスは満足げにうなずき、すぐにローラのもとへ移動してきた。

「ごきげんようシスター。さっそくだが懺悔をさせてくれ。最後に日曜礼拝へ行ったのがいつだったか、もうまったく思い出せない。食事の前と寝る前のお祈りだってかなりサボっちまってる。しかもおれはこれから、あそこの酒場にいるキンスキーって男を殺すつもりなんだ」

 どうせそんなところだろうと思っていた。ローラと同じくバンパイアハンターだ。そして次に続くセリフも、何となく予想がついている。というか、このタイミングで真正面から会いに来たのだから、それ以外考えられない。

「獲物は1匹、狩人は2人――さて、こういう場合どうすべきだシスター? 獲物を奪い合うべきか。それとも、邪魔者の排除を優先すべきか。最後に立っているヤツラストマン・スタンディングを決めるのも悪くない」

「世のなかには2種類の人間がいるわ。友達が多いヤツと、わたしのようにひとりのヤツ。観測手スポッターは不要よ。わたしはひとりで狙撃する主義なの。そもそも手助け自体必要ないわ。別に好きこのんで敵対する気はないのだけれど、かと言って仲良く協力し合う義理もないわ。わたしの邪魔をしないでくれれば、それだけで充分。何なら、懸賞金の1割を払ってもかまわない。手出しせずおとなしくしていてくれるなら」

 そう告げて、ローラはふたたび狙撃に集中する。今、キンスキーは酒場のなかへ戻っていった。グラスが空になったからだ。様子見はもう充分だろう。次に出てきたときがヤツの最期になる。

「バンパイアを殺すにはライフルが一番よ。遠くから心臓を狙撃されたら、金剛力も不死身も無意味だもの」

 ましてやキンスキーは早撃ちの名手、正面からやり合うのは得策ではない。向こうが反撃するチャンスを完全に潰してしまったほうが無難だ。

「そうかい。だが、おれはピストルがいい」

「メキシコのことわざを知らない? ピストルとライフルが戦えば、かならずライフルが勝つ」

「初耳だな」モリスはきびすを返して歩き出す。

「どこへ行く気? わたしの話を聞いていなかったの? よけいな手出しはやめて」

「シスターは『ジャッカルの日』を知っているか?」

「ハァ? ……映画版なら観たことがあるけれど」

「殺し屋ジャッカルは、なぜド・ゴール大統領暗殺に失敗したか? ――標的はカカシじゃないんだ。思わぬときに動く」

「それはもちろんそうよ。それで、だからどうだと言うのかしら? 命中する瞬間を見きわめて引き金を引くのが、狙撃手スナイパーの腕の見せどころだわ」

「だが、どんなに注意深くタイミングを計ったところで、的が動くリスクは避けようがない。だったら、絶対に動かない状況を作ればいい」

 そんなことができるなら誰も苦労しない。そもそも、それができれば狙撃なんてする必要がなくなる。標的が動かなければ、ナイフでもカンタンに殺せる。

 いや、モリスが言っているのはそういう意味ではない。完全に身動きを封じるのではなく、狙撃の瞬間に絶対動かないよう仕向けるということだ。しかし、むしろそのほうがよほど難しいだろう。彼の言うとおり、標的はカカシではないのだから。

 そんなことで頭を悩ませるヒマがあったら、さっさと引き金を引いてしまったほうが手っ取り早い。1発目が外れたら、2発目で仕留めればいいのだ。むろん下策ではあるが、さいわいこのライフルの装弾数は5発ある。

「まァ聞け。普通なら、そんなのは瓶のなかの油を一滴残らず垂らすようなモンだ。だが、ことキンスキーにかぎっては、そう難しい話じゃアない」

「どういうこと?」

「カンタンさ。情報によればキンスキーは早撃ちが自慢で、大の決闘好きだそうじゃアないか。その最中なら、ヤツは指一本動かさないだろうし、第三者からの攻撃に対して無防備になる」

「つまり、あなたがオトリになってくれるってこと?」

「そのとおり」

 それならば、狙撃の成功率をはるかに高めることができるだろう。またどちらにせよ、ローラのやることは変わらない。加えて、キンスキーの手下のこともある。キンスキーひとりを始末するだけならともかく、連中をまとめて仕留めるとなると、仲間がいたほうが効率はいい。

 ゆえに問題があるとすれば、すべて終わったあとのことだ。

「それじゃア、あとあと揉めないように賞金の取り分を決めておこうか」

「キンスキーの懸賞金は、全部あなたに差し上げてもいいわ。その代わり、わたしは手下の分をもらうことにする」

「待て待て。手下が何人いるかわからんが、全員分足したらキンスキーよりも高くなるかもしれん」

「だったら山分け?」

「いいや。おれはキンスキーと命懸けの勝負、おまえさんは安全な場所から高みの見物。となると配分はこっちが7、そっちが3ってとこでどうだ?」

「確かにあなたは命懸けかもしれないけれど、もしわたしが狙撃に失敗すれば、あなたはかならずキンスキーに負けるでしょうね。分け前が少なくなってしまうと、狙いが外れるかもしれないわ」

「まァ外すときは覚悟を決めておけ。おれを裏切ったヤツは、二度と太陽を拝めなくなるんだ」

「太陽? バンパイアに何を言ってるのよ」

 夜空で三日月が笑う。

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