040_1930 秘剣Ⅳ~少女戦争~


 滅茶苦茶だった。


「《疾雷》実行!」


 立っていた肩口から飛び出し、盾杖の石突側を向けて抱きつくように構え、電磁投射を行い、樹里は《ズメイ・ゴリニチ》に突撃する。

 さすがに《魔法回路EC-Circuit》に覆われた装甲に、突き刺さることはない。しかし武器持ち変形飛び蹴りの衝撃は、トンを超える車体を激しく揺らす。

 しかもそれでは終わらない。反動で離れた空中で《雷霆》を発射し、超高圧電流を叩きつける。


「だぁぁクソッ! 逃げやがるんじゃねーですわよ!」


 苛立ちを怒声にして吐き出し、コゼットはフレームのみ左腕に抱えられたまま、次々と攻撃用の《魔法》を実行する。

 引き続き金属球を電磁投射で発射する。

 巨大な固体窒素を作ってぶつけたと思えば、続けて熱を与え、至近距離で昇華爆発を起こす。

 地面を操り、巨大な腕で殴り飛ばす。


「コシュ! 対戦車砲撃以外ならなにしてもいいから!」


 樹里の指示に従い、人型変形した《コシュタバワー》も、右腕に握る刃をSUVに叩きつける。

 更に抱えたコゼットを肩に乗せて左手を空け、《Quantum-electrodynamics THEL(量子電磁力学レーザー砲)》の高出力自由電子レーザー光線を放つ。


 舗装された道を疾走する《コシュタバワー》に掴まり、《ズメイ・ゴリニチ》を追い込む攻撃は、形振なりふり構っていられないとばかりに、とんでもない激しさだった。


【お姉ちゃん……!】

【く……!】


 対する《ズメイ・ゴリニチ》は、斜面のいただき側になる敷地北部に追い込まれながらも、じっと耐えている。下手に反撃しようとした途端、武装が破壊されると、AIたちは理解しているのだろう。車体に修復用の《魔法回路EC-Circuit》を浮かべ、被弾をかわそうとするが、それ以上はない。

 撃音の最中、少年ルスランの声は恐怖に、少女アナスタシアの声は焦燥の色を浮かべていた。


 しかし一方的に攻めているはずの支援部員たちも、焦りを顔に浮かべている。

 敵 《使い魔ファミリア》は防御行動に全力を注ぎ込んでいるため、損傷させた端から修復されてしまう。


「演算が回復してる……!」


 しかもコゼットが歯噛みするように、修復速度がわずかながら速くなっている。

 ギリシャ神話に出てくる九頭竜ヒュドラーを連想する。ヘラクレスがヒュドラーの首を落としても、すぐさま再生してしまう。物語では甥のイオラオスが、松明で傷口を焼いて再生を阻止することで、見事討ち倒した。

 しかし三頭竜ズメイ・ゴリニチ相手では、神話の再現はできない。

 傷口を焼く――損傷を与えた直後、同じ部位に追加攻撃を与えれば、破壊できるだろう。しかし一輪が破壊された状態でも、ほんのわずか動いて射線をずらせば、装甲に阻まれる。

 尚且つ傷つける端から損傷を回復させるだから、ここで攻撃の手を緩めれば、一気に逆転されるかもしれない。


 更に言えば、修復速度が加速しているということは、《サモセク》側とも兼用している演算能力を、《ズメイ・ゴリニチ》単体で使っているということだ。

 それを証明するように、かすれた南十星と源水オルグの会話が、無線を通じて聞こえてきた。

 十路たちが交戦する前に、南十星が敗北してしまった。まだ死んではいないが、いつ殺されても不思議はない。


「部長! もっとです! 山の中に!」


 樹里は決断する。

 コゼットが《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》を実行する。SUVの下に巨大な腕が作成されて、三トン余りの車体が宙を浮いて、学院敷地と山とを隔てる段差を越えた。


「コシュ! 堤先輩のところへ行って!」


 そのタイミングで、《使い魔ファミリア》にも指示を出す。

 応じて《コシュタバワー》は武装を空間制御コンテナアイテムボックスに格納し、体を折り畳んで青い大型オートバイに変形しながら、全速力で引き返した。


「あっちの援護に回して大丈夫ですの!?」

「大丈夫です! だけどもっと北へ!」


 コゼットは《魔法》で浮遊して、樹里はコンクリートタイルに覆われた斜面を駆け上がる。ひのきはぜの間に落下した《ズメイ・ゴリニチ》を再び視界に収める。


「このままじゃバッテリーがからッケツになりますわよ!」

「私に任せてください! だからもっと奥へ!」


 《コシュタバワー》の戦線離脱で、単純に火力が三分の二に低下してしまったため、絶え間ない弾雨を作るには不十分になってしまった。

 だから樹里たちの攻撃を受け止め、はんの木にぶつかり、なぎ倒して後退しながらも、《ズメイ・ゴリニチ》も残る一門で反撃を再開した。


「北側になにがあるんですのよ!?」

「なにもないからです!」


 銃弾は盾杖の追加装甲MSASで受け止め、小型榴弾は地面を操作した土壁で受け止め、ツツジやノイバラを焼きながら、足を止めずに《魔法》の砲撃を撃ち返す。

 どこかの戦場でも、もう少し静かだろう。見通りの効かない森林戦であれば、もっと展開が遅いはず。

 爆炎の狭間で不整地走競技トレイルランニングを行いながら、爆音に負けぬよう二人は怒鳴り合う。


「そういえば部長だけ、お見せしてませんでしたね!」

「なにをですのよ!?」

「フェアじゃないからお見せします! 驚かないでください!」


 不意に樹里は低出力の《疾雷》を実行し、盾杖だけを上空に撃ち上げた。


「これが、私です!」


 そして跳ぶ。足の筋力だけで、人の身体能力を超えて。

 コゼットを置き去りにし、張り出した木の枝に掴まり、振り子運動を繰り返す。斜面を走るよりも速く、サルのように上を移動する。

 しかも、より正確には。


「ハ!? 尻尾!?」


 細長い尾が、ミニスカートの中から垂れ下がっていた。時にそれを枝に巻きつけ体を支えているので、オナガザルを思わせる移動だった。


「またブラウス一着ダメになるなぁ!」


 不満を吐き出し、樹里はいびつになった《ズメイ・ゴリニチ》の屋根に飛び移る。それにすぐさま火器管制システムアナスタシアが反応し、多銃身機関砲が眼前に突き出された。

 既に何度も発射しているため銃身は熱を持っているため、手が焼けるが構わない。華奢な両肩がスクールベストを押し上げて発達し、ブラウスの半袖を引き裂いて、変化させた両腕で掴み取る。

 ゴリラよりはチンパンジーに近い類人猿の剛腕は、ガス駆動による銃身旋回を阻止しながら、無人銃架RWSのアクチュエーター出力を凌駕りょうがし、銃口を明後日の方向に向ける。


「《雷陣》実行!」


 そして誰の目にも明確に、《魔法使いの杖アビスツール》なしで《魔法》を行使する。《魔法回路EC-Circuit》を発生させる腕から電流を流し、無人銃架RWSを電気破壊し、発射前の弾薬を暴発させた。

 生き残っていた空間制御コンテナアイテムボックスは爆散する。それを樹里は目に焼き付けながら、爆風にあおられるように車体の陰になる位置に飛びのく。

 これで《ズメイ・ゴリニチ》の通常攻撃手段は排除した。爆破まですれば、砲身そのものは《魔法》で修復できたとしても、構成物質の不足で砲弾は再生できない。まだ《魔法》が使える以上、完全に無防備にしたわけではないが、ひとまずはいい。


 手放すために先ほど上に電磁投射した盾杖が、木々の隙間を縫って落下してきた。

 駆けながら変化させた肉体を元に戻し、離れた土に刺さったそれを引き抜き、樹里は振り返る。


「部長!」


 事前に警告し、本格的な変化を見せていないが、それでもコゼットは、樹里の異能を目の当たりにして固まっていた。


「え、え!? えぇ!」


 必死に逃げようとする《ズメイ・ゴリニチ》を追うため、我に返ったコゼットも再度駆け出す。


 最奥はすぐそこ。

 戦闘開始直前、コゼットが《魔法》で地面を沈降させてできた断崖が、終点だった。

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