040_1910 秘剣Ⅱ~ラストサムライ~


 源水オルグは疑問を覚えた。


 総面を模した頭部装着ディスプレイHMDに示される情報だけではない。センサリングスーツも連動し、皮膚への刺激で接近を伝えてくる。

 なので振り向かないまま後ろに太刀を突き出すと、金属が衝突する。同時にAIが自動迎撃を行い、熱の塊を直接生み出した。

 しかしそれ以上はなく、背後の存在は反撃を避けて離脱した。

 そこでようやく振り返る。中庭に面した校舎の壁に、少女が両足と片手で壁に貼り付いている。電磁力ではなく、流動体形状制御で壁面にくぼみを作り、それを掴んで体を支えている。


 《神秘の雪ミスティック・スノー》が停止した途端、南十星なとせは《魔法回路EC-Circuit》のボディスーツをまとった。

 これまでの小細工を使ったものではなく、本格的な戦闘を源水オルグは予感したが、彼女の戦い方は慎重すぎた。

 太刀と《魔法》によって飛び込めないと取ることもできる。

 十路の指示通り、無理に倒さず時間稼ぎしているとも考えられる。

 しかし源水オルグは異なるものを感じていた。


【ナトセ・ツツミ……あの子は《魔法》で自爆しながら戦うって聞いてるけど……】


 ひとりごとの風情がある女性ポリーナの言葉が理由だった。

 南十星の《魔法》の情報は事前に掴んでいる。みずからの肉体もろとも目標を破壊し、自己修復する。白兵戦闘に特化されているが、応用性は並の《魔法使いソーサラー》では及ばず、核兵器クラスの破壊力まで発揮可能だと。

 なのに今の彼女は、負傷を避けるような慎重さを見せている。推進力を作るため、至近距離で固体窒素を生成・爆破する際の被害はあるだろうが、逆を言えばそれだけだ。負傷を気にせずに突撃するような素振りがない。


 加えて、源水オルグは南十星の戦い方を直接知っている。剣道部の外部コーチとして指導していた時、彼女は武道館にやって来て、当身の指導を求めたのだから。

 その時に感じた空気や気迫とも、今は異なる。


 完全に逃げているわけではない。散発的に間合いを詰め、源水オルグが装着した鎧に触れる。物質形状操作を発動し、装甲を拳に変形させることで、間接的に殴ろうとしているのだろう。それは女性ポリーナが先じて装甲表面に《魔法》を使うことで無効化し、結果南十星は叩く以外のことはできない。

 しかもその攻撃も、渾身のものではない。連撃を加えることはなく、慣性を無視するように加速して間合いを離し、反撃を避ける余裕を残している。


【あなた……このままだと危険よ】

『そうだな。早く援護せねばならぬようだ』


 このまま戦い続ければ、どちらかが勝つかはなんとも言えない。

 万全の状態であれば、源水オルグが勝つと断言できる。肉体の全盛期は過ぎても、一四歳の少女とは経験も技量も違いすぎる。超音速行動をされたところで、ナージャのものを知っている彼ならば、充分に対応できる。


 しかし今、離れた場所で《ズメイ・ゴリニチ》は苦戦している。

 強化パワード外骨格エクソスケルトン《サモセク》が《魔法》を扱えるのは、《魔法使いソーサラー》に負けない演算能力を持つ《使い魔ファミリア》あってのことだ。制御している女性ポリーナも本体は《ズメイ・ゴリニチ》内にあり、無線通信で制御している。

 《ズメイ・ゴリニチ》が破壊されば、《魔法使いソーサラー》と対当に戦うことなど不可能になる。

 今でも双方で《魔法》を使用しているため、演算能力を分散せざるをえず、膠着こうちゃくと苦戦という戦況になっているのに。


 きっと堤十路はこれを読んでいた。出力装置は《サモセク》と《ズメイ・ゴリニチ》の二つにあっても、演算装置は一つしか存在しない。だから別々同時に戦闘を行うことで処理を分散させ、《魔法》による圧倒的火力発揮を封じる。

 《魔法》のシステムを普通の科学で再現しただけでは、到底本物の《魔法使いソーサラー》に敵わない。それが露呈してしまっていた。


「兄貴は遅れそうだし、とっとと終わらせなきゃなんないし、そろそろいっかぁ」


 不意に南十星が、一〇メートル余りの距離を開いて、中庭に着地した。

 またも理解できない。攻めあぐねいていたのなら、援護を待つ方が正しい。単独で無理に仕掛ける必要性はない。

 彼女が源水オルグを急ぎ倒さねばならない理由は、存在する上に予想もできるが、時間稼ぎにも思えるこれまでと矛盾する。


「ちょっちタンマね」


 言うなり南十星はトンファーをベルトに挿し、脇腹のファスナーを下ろす。

 手出しせずに見守っていると、やがてジャンパースカートの内側から、プレートと衝撃吸収材トラウマパッドを抜き出した。


『その隙に攻撃されるとは思わぬのか?』

「おっちゃんなら大丈夫っしょ」


 敵であるはずの源水オルグに妙な信頼を見せ、身軽な格好になってファスナーを上げ、改めてトンファーを握り締めて。


「さぁ、本気でやろうか?」


 左足を強く落とし、踏鳴ふみなりした。


 南十星はあまり安定感ある構えを作らない。かかとを浮かせた、スポーツ格闘技では珍しくないが、武術であれば初心者と見る構えを取る。

 力を抜く構えが身についている。

 敵を倒すためのパワーではなく、観客に魅せるためのスピードと手数を発揮するために。そんな蹴り技を多用するために、わざと腰を浮かせている。

 きっとアクション俳優の卵であった癖だろう。


 しかも彼女の《魔法使いソーサラー》としての戦術には、大して影響がない。

 スピードは固体窒素の爆発で生むため、足運びなど大きな要素にはならない。

 触れれば効果を発揮できるのだから、突きや蹴りにパワーなど不要だ。

 なのに南十星は、構えを変えた。言葉通り、本気で戦うために。


「甲冑装着の抜刀術……今度は真剣で見せてもらおーじゃん?」


 その構えは、知られた武術では見る事ができない奇形だった。トンファーを握ったまま、体をほぼ完全に横に向ける。前となる左手を額上に置き、肘を突き出す。後手になる右腕はやはり肘を張り、拳を脇前に。

 肘で間合いに入る敵を受け、拳や刃物を突き込む、カウンターアタックのためのスタイル。柳生心眼流たい術、山勢厳さんせいがんの構え。


『竹刀でも白刃取りできなんだのに……どうするつもりだ?』


 その意に源水オルグも応じる。太刀を鞘に収め、そして鎧の上から帯を締めてびていた鞘ごと抜き、腰に構えて背筋を伸ばした。


 かつて南十星に請われ、武道場で『それらしきもの』は見せたことがある。鞘のある模造刀ではなく竹刀で、とても本物とは比較にならない児戯ではあったが。

 思えばあれから幾日も経っていないのに、随分と状況が変化したものだと、総面HMDの中で思わず笑いがこぼれる。


【あなた……】

『心配無用。手出しも無用』


 女性ポリーナがやや不安げな声を出したが、聞く耳を持たない。AIもそれ以上は止めず、強化パワード外骨格エクソスケルトンの制御に勤める。


 少女の言動が、源水オルグの琴線に触れた。

 彼は《騎士ナイト》と――《魔法使いソーサラー殺しキラーと呼ばれる一角に数えられている。当然 《魔法使いソーサラー》たちと交戦し、撃破してきた。

 しかし目前の少女は、彼が倒してきた者たちとは異なる。みずからの正義に忠実でも、テロリズムの正義ではない。ほんの些細ささいで大きな自己満足のために、世に出るのではなく逆に埋もれようと足掻あがき続ける。

 形を変えた求道者とも言える生き様だった。それがこのどうするか、立ち塞がる壁となって試したくなった。


 そういう意味では彼の性根は、指導者なのだろう。誰かの個性を理解し、可能性を引き出すことに、なにかしらかてを見出している。

 かつてナージャに。剣道部員たちに。ほんのわずかな時間、南十星にも行ったように。


軍参謀本部情報総局GRUタポール部隊……初実剣しょじつけん理方一流りかたいちりゅう甲冑抜刀術。オレグ・サノスケヴィチ・リガチョフ』


 初めて手合わせした時のように、幼き戦士へ礼節をって、正しく名乗りを上げる。


「修交館学院総合生活支援部。次世代軍事学型ソーサラス近接格闘術CQB。堤南十星」


 未熟なれど、今この時だけは対等と遇する先人に、少女もまた敬意を表して応じる。


して参る!』


 重量と踏み込みの勢いで、足元が砕けた。


「Dodge this!(避けてみな!)」


 爆発を作らず、レンガタイルを蹴る。

 双方腰を浮かさず、すり足に近い走法で距離を詰める。


 走りながら右手に握ったトンファーを腰のベルトに落とし、南十星が無手の掌底でなにかしようとしたのは見えた。

 しかしその手が突き出されるより前に、鉄こしらえの鞘から、源水オルグは太刀を抜き放った。刃渡り二尺六寸の長剣は、並の者では居合腰で抜くことが出来ない。それを可能にするのは、優れた体躯とたゆまぬ研鑽けんさん


 抜刀術の利点は、間合いの読まれにくさと、物理学者ニールス・ボーアが理論した『受け身の能動性』の利用だ。フィクションの影響で剣速と思われるが、実際は振りかぶって斬り下ろした方が速い。

 だが比較しないのであれば――否、比較したとしても、源水オルグ立合たちあいは神速と称して構わないだろう。


 プレートを外した防弾繊維のジャンパースカートは、機械で強化された腕力と、つちかわれた技量の前には、守りにならなかった。

 合金の刃が潜り込む。肉を斬り、はらわたを裂き、骨を断ち、血とあぶらをまとわりつかせて、駆け抜ける。


「がはっ――!?」


 支えを失い上半身は宙を舞う。重りを失い下半身は地にかしぐ。

 被堅執鋭ひけんしつえい剛毅果断ごうきかだん。白刃一閃。一刀両断。

 抜き打ちざまの胴斬りは、南十星を腹部で泣き別れにした。

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