040_1510 嵐の前には凪が来るⅡ~ネバダ・ミステリー/静けさは危険な香り~
ところ変わって修交館学院の、校門が見える駐車場の片隅で。
「
学校に戻ってきた
樹里はボロボロの格好で気絶していた。そんな彼女をタンク部分に腹ばいで乗せて、南十星がAI制御に任せた《コシュタバワー》で戻ってきた理由を、ようやく納得した。
ちなみに樹里は今、保健室に運ばれ、つばめと手伝いの野依崎に任せてある。
「それで、木次の姉貴が現われて、強引に気絶させた、と」
「うん。ゲイブルズ木次ユーアって名乗ってた」
「ゲイブルズ?」
国際結婚を示すであろう、後輩の少女とは異なる苗字に、十路は眉をひそめる。
聞き覚えがある――というより、《
「あと、《デュラハン》って呼ばれてた」
「心当たりないな……」
たびたび話は聞くが、会ったことのない樹里の姉は、やはり《
更には通称の関連、普通は搭乗も許さない
「そいで、兄貴はじゅりちゃんの
「知ってるって言っても、多分なとせと同程度だろう」
妹の、わずかな警戒を含んだ視線に、十路は少しだけ嘘を混ぜる。
南十星の話を聞く限り、樹里が暴走した場面を見ただけだろう。
十路はそれよりほんの少しだけ、踏み込んだことを知っている。だが隠すべき事柄であろうから、誤魔化しておく。
彼には、樹里を守る理由がある。強制や義務となっている様子はないが、恩義や希望や他の思惑で、可能な限り彼女を守りたいとは思っている。
しかし過ぎるくらいに家族想いの南十星は、兄を守るためならば平然と命をかける。
だから最悪、異質な樹里を排除しようとする南十星と、樹里を守ろうとする十路が、戦う未来がありうる。
全てを明かして理解を求める方が、衝突の可能性を減らせるであろうとは思う。だが知らないことばかりの現状では、いたずらに混乱させるだけであろうから、語りを迷ってしまう。
「やはり木次さんは、《
もっともコゼット・ドゥ=シャロンジェが、波打つ金髪に触れながら納得の口ぶりを開いたため、説明をする要もなくなったが。
「部長まで知ってたんですか?」
「木次さんの《
《
「兄貴。これ訊いちゃいけないことだろうけどさ」
総合生活支援部には、互いのことを詮索しない暗黙の了解がある。しかしこの件は別だと前置きし、南十星は険しい顔を作る。
「じゅりちゃんって、何者?」
「それは知らない。というか、本人も理解してないみたいだ」
自分の正体を知りたいがために、この部活動に参加していると、いつか彼女は語っていた。
だから今ここで十路たちが考えても詮ない。
「気になるのはわかるが、木次の
「今からの事態で、けっこー大事だと思うけどさ? それともロコツに話そらしてウヤムヤにしようとしてるん?」
「そうじゃないが、切羽詰ってるのは木次の件じゃないだろ」
本心を言い当てられ内心顔をしかめながらも、十路は事実を使って話を区切り、改めて二人の格好を確かめる。
「それより、部長たちも本気で戦う気ですか?」
コゼットはパンツルックに着替え、Tシャツの上から部分鎧を装着していた。水溶き片栗粉を封入したパックをベスト状にしたものを着て、黒い硬質プラスティックに見える物体を重ね合わせた、上半身前面のみを覆う
南十星のジャンパースカートは、上半身が膨らんでいた。防弾繊維を使った改造学生服の本領を発揮させるため、セラミックプレートと
そして総合生活支援部の身分を示す腕章をつけ、これからの戦闘では使えないのはずの《
ちなみに十路も戦闘準備を済ませている。支援部員を示す腕章を左の二の腕に着け、
これまでにない戦闘準備をしているが、それでも十路は心元ない。
「ナージャの言葉を信じるなら、相手は二四人……なとせが夕方いくらか減らしたみたいですけど、後方要員を含んだ数とは思えませんし、人数の差は覆りません」
しかも、更に不安材料が増えた。
「ナージャは『クレタ島の守り神がある』とも言ってましたけど」
「ギリシャ神話のタロスですわね。島に近づく船を石で沈め、上陸した敵には体を熱して焼き殺す、鍛冶神ヘパイストスが作った青銅人形。タロース、タローンとも言いますけど」
「強電磁環境下でどこまで使えるのか不明ですけど、そんなものが配備されてるなら、俺たちの攻撃はほとんど無効化されます」
読書家で博識なコゼットと共に、十路は冷たく重い金気を含んだ息を吐く。
神話伝承の再現が行われるのではない。同名の長距離艦対空ミサイルが存在したが、ずっと前に退役している。
だから符合が示す物はひとつしか考えられない。偶然か故意か名前を受け継ぐ兵器が存在する。アメリカ軍で研究開発中のものを示すが、他国でも研究開発されて当然の物であり、夕方の出来事を考えると警戒に値する。
「貴方がそう仰るから、校舎にはそれ用の罠を
「罠はどこにどう設置してます?」
「それなりの数を細工しましたから、わかりやすく床に線を書いてますわよ。なんかあるって敵にバレバレでしょうけど」
「自爆の方が恐ろしいですし、細かい場所なんて覚えてられませんし、仕方ないですか……」
不安は尽きないが、その一応はしている。壊れかけの石橋でも叩いてみたのだから、渡りきれるか砕けるか、実際に試してみるしかない。
だからコゼットは、別の不安を口にした。
「相手の通常戦力だけでもシャレになってねーのに、《魔法》を封じる《ズメイ・ゴリニチ》は、堤さんがなんとかするっつー予定ですけど……本気ですの? ほとんど特攻ですわよ?」
「大丈夫です。問題ありません」
「それ、死亡フラグじゃねーです?」
「…………」
コゼットの指摘に十路は沈黙する。映画で周囲に止められて尚、危険行為に及ぶ登場人物は、大抵は大丈夫な結末を迎えない。そして敵兵器への特攻で全米が泣く。
「やたら威勢張るのも、死亡フラグっぽくね?」
「……………」
南十星までも指摘する。
一方的な展開に『見くびっていた』『本気を出さねばならんようだ』などと敵キャラが言い捨てると、一時は逆転するかもしれないが、最終的にはやられて終了というパターンが多い。
「あー……まぁ、俺は全力でフラグ折る気でいるけど、他に手段もないわけで」
現実には物語の主人公のように、勝利と生存を約束された人物など存在しない。そもそも自分が主人公になれるタイプとも思っていない。
首筋をなでて気まずさを誤魔化し、十路は話の軌道修正を図る。
「だから一応準備はしたけど、俺としては、なとせと部長は二号館地下に引きこもってて欲しい」
「避難したって、兄貴が負けた時点でダメじゃん? 核シェルターだって、《魔法》があれば意味ないっしょ」
聞く耳を持つつもりはないらしい。頭の後ろで手を組んで、南十星も言い添える。いつものように
「イチレンタクショーなんだよ。方法がこれしかないんだったら、あたしたちも戦ってセイコーカクリツ上げるしかないじゃん」
言い分はその通りなので、反論することもできない。
コゼットに至っては、十路の胸倉を掴み上げ、瞳を細めた顔を近づけ、ほんのり紅茶の香りがする息を吹きかけた。
「ナメくさんなボケ」
彼女が普段披露するパーフェクト・プリンセスからは、極地の言葉と共に。
「わたくしにだって、守りたいものくらいありますわ。それを人任せにするクソッタレにさせんじゃねーですわよ」
誰かのためではなく、自分のために。それが結果、誰かのためになるならば。
浅慮だ。愚かだ。無謀だ。利口な者の選択ではない。
だが、ある時には大胆と呼び、ある時には勇敢と呼ぶ。
反論材料は尽きた。こうなれば彼女たちは、絶対に退かない。家族である南十星はもとより、短いながらも濃密な時間を共にしたコゼットも、そういう人間であると知っている。
殴り倒すくらいしないと、彼女たちを止められない。
「……部長って、いい女ですね」
「バーカ。ようやく気づくようじゃ、見る目なさすぎですわよ」
半ば皮肉で言うと、胸倉を掴んでいた手が離された。代わりに人差し指で十路の額を押し、コゼットは歯を見せ不敵に笑う。
すると南十星も服を引っ張ってくる。
「ねね、兄貴。あたしは? 戦うあたしもいいオンナ?」
「お前はなにも考えていないアホの子にしか見えない」
「ひどっ! なにこの扱いの差!? ぶちょーがパツ金ブルーアイだから!? パイオツあるから!? それともやっぱ兄貴は年上好きだからか!」
「えっ……」
南十星の言葉にコゼットの態度と姿勢が変わった。装飾杖を抱くように持ち変え、体ごと十路から目線をずらして
つい先ほど『ボケ』『クソッタレ』などと吐き捨てた人物と思えない、純真乙女ポーズだった。
「堤さんって、その……年上属性、でしたの……?」
「自覚ないですけど。というか、部長のその意味不明な狼狽にツッコむべきですか?」
そんな、一種なごやかな会話をしている場に、スピーカーを通した
【ここで割り込むのも気が引けるのですが、時間も限られているので、そろそろ宜しいでしょうか?】
「正直、お前は無視したいんだがな……」
背後からの声に仕方なく十路が応じ、しかし振り向かないまま親指で示し、問う。
「なとせ。どうして《
青いオートバイに並んで、
「理由はあたしも知らね」
【堤南十星に
「むしろついて来んなって蹴りつけたけど? 無人のバイクと一緒だと、あたしまで変な目で見られてたし」
結局南十星は引き離すことは諦めて、交通違反でも幽霊オートバイと一緒は勘弁と、《コシュタバワー》に乗ったまま《真神》のハンドルに手を添えて、器用な運転に見せかけたようだが。
支援部員たちの困惑と迷惑など知ったことでないと、AIカームは口調を変えずに言い放つ。
【こちらにも都合がありますので、鹵獲したことにしてください】
「どういう都合だ?」
【
そしてスピーカーから流れる声が、変換されても苦痛の色を帯びている、荒いものに変わった。
『堤十路……聞いてるな? 木次樹里に託そうとしたんだが、色々あって無理だったから、こういう形で伝える……』
録音された音声なのだから仕方ないが、負傷してこの場に来れないのであろう市ヶ谷は、一方的に情報を伝えてくる。
『ナージャ・クニッペルが、
仕方なく十路が振り返ると、《真神》のディスプレイには、口頭説明に付随する数々の情報が表示されていた。
具体的な作戦命令書などは、存在しないのか入手できなかったのか。しかし二つの書類を見ただけでも、組織の枠を超えた作戦に、ナージャが関わっているのは推測できる。
『だが、ナージャ・クニッペルは利用されてる。《
そして爆弾の写真が数枚と、
『このデータと、カームを使って、アイツを助けてやれ……』
【……というわけです】
さして長くない話が終わると、市ヶ谷が名前を出したAIが締めくくり、黙った。反応を待っているのだろう。
しかし支援部員たちは質問などせず、ただ呆れ顔を作った。銀色の《
首筋をなでながら一応は言葉を選んだものの、そのままズバリを言うしかないと、十路は事実を語った。
「もう知ってるんだが……」
【なにをですか?】
「だから、ナージャの体に爆弾が埋め込まれてて、そのせいでアイツは行動が制限されてるのは知ってる」
【…………………………………………】
長い沈黙があった。《
【つまり、私の
「ありていに言えば」
だから彼らは、二四時間以上前から行動を開始している。
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